現実との乖離
皆さんはじめまして
ミストと申します
今回はプロローグ的な場面を書きました
ひまつぶし程度にお楽しみ頂けたら幸いです
H.P.ラヴクラフトに敬意を込めて…
物事というのは、始まってみればなんてことは無く進んでいき、最後には『こんなものか』と思うほどあっけなく終わってしまう。
だから、事が始まる前から何を考えていようと、全ては無駄な事である
そんなありがたい先人の教えが、私の頭の中から脱走するのに、それほど時間はかからなかった
第一章、~視線の先~
先週までの雨が嘘のように晴れ渡り、テレビの中ではお天気お姉さんが満面の笑みで本日の快晴を伝える
氷の溶け落ちた炭酸飲料の入ったグラスは、カランと音を立て、飲め!と催促する
部屋を出る為一気に飲み干した
彼女が駅に着いたのは10時過ぎ
学生や通勤客でごった返す時間を避けたので、普段とは違う空気を感じる
少しでも人の少ない方が気配は察知しやすい
だが、どうにもこの時間よりも夕方の時間帯を狙った方が効率は良さそうだ
思い至り、彼女の意識はそこで途切れた…
戸利伊市―県立九条高校―
佐野『じゃあな、梁!』
クラスメイトの佐野が、俺に声をかけて背後から追い越して行く
牧坂『おう佐野、また明日な』
そう言えばアイツの下の名前はなんだっけ…
そうやって佐野の名前を考えていたら、いつの間にか玄関をうちばきのまま素通りしてしまいそうになっていることに気づく
『あっぶね、考え事してるといつもこうだ…』
下駄箱まで戻って履き替えたが、そのせいで佐野の名前は思い出せなかった
校舎壁面に取り付けられた時計が5時過ぎを差し示していた
『もう夕方じゃねぇか…』
何故、俺こと牧坂梁が、こんな遅い時間まで学校に居たのか?
と言えば、それもこれも時田の奴が…
まぁ、いい…今度アイツには学食を奢らさせてやろう
赤い夕陽が水平線に沈むのを見つめながら歩いていると、まるで太陽と地平線との継ぎ目が目玉焼きの黄身みたいに見えた
おや?
もう大分暗くなりつつある夕闇の中、消え行く太陽に照らされ伸びる影があった
普通ならその程度気にもかけないのだが…やけに引っかかる
特段気になったのはその影が駅ビルの屋上にあったことだ
しかも取り壊し中の古い方の駅ビル
もちろん、今は誰にも使われていない
俺の心の中を好奇心が渦巻く
まるで、小学生の時にかくれんぼで、見知らぬ家と家の隙間を縫って進む時のわくわくに似ている
高揚感に浮かされたように
俺は旧駅ビルへと駆け出していた
―カン、カン、カン―
と、鉄の階段を上がって屋上を目指す
あの影の人物がそのまま鍵をかけないでいてくれたおかげで、順調にここまで来ることができた
しかも、鍵が開いているとなると、この先にあの影の人物がいる可能性は高い
―危険につき、責任者の同意無しには開放しない事―
張り紙のされた鉄製のドアをゆっくりと開ける
サアッ!と空気が俺の制服を揺らす
眼下には街の明かりが、夜のネオンとなってまばゆい光の芸術を作り出していた
あの影は…どこだ…?
注意深く目を凝らす…
しかし、どうしてこんなにも気になるのだろう?
これはまるで…あの影の主が、
俺の心をここに呼びつけて罠を仕掛けて待っているかの様ではないか
『…来たのね…』
少し離れた場所で女の声がした
声の主を確認すべく、そちらの方へと向きなおる
そこには
―女が、立っていた―
いつ取り壊されるとも知れぬこのビル
壁から数メートル突き出た鉄骨の上にひとり
命綱もつけず、涼しげな顔で
彼女はまるで子供をあやすような笑顔で
―そこから飛び降りた―
『…っえ?』
あまりの事態に5秒程放心していた
『飛び降りたのか…?』
俺は、あわててビルの階段を駆け降りた
『ヤバイ、ヤバイ!』
こんなところにいたら、俺が犯人だと疑われてしまう!
彼女は止める間も無く自殺したのだ
それを俺に見ていて欲しかったのか?
いや、1人で死ぬのは寂しかったのか
俺じゃなくとも誰か…誰かに見ていて欲しかったのだろうか
だから、ああやって俺が来るのを
待っていたんだ…
旧ビルを抜けた俺は、周りに気づかれないよう人混みに紛れ込む
彼女が落下した場所にはパトカーが何台も停めてあり、規制線(黄色いテープ)が張られ、その中で青いブルーシートに囲まれた部分に、せわしなく警察官が出入りしている
間違いない…
本当に彼女は死んだんだ…
俺は倦怠感を伴って家への帰路をたどった
お疲れ様でした
次回からは不定期ですが本編に突入します
美少女ホラーの予定ですのでお楽しみに