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あれよあれよという間に、あたし達は中学を卒業した。それでも、あたしはナホの家に遊びに行った。
聞けば、あんなに恥ずかしそうにしていたセイジも、必ず週一回は遊びに行っているようだった。それは決まって、ナホが早く帰ってくる金曜日だった。
セイジは毎日、高校の図書館で勉強していた。塾にも通い始めて、結構楽しんでいたはずの部活も、高校ではやっていなかった。
あたしはカレンと一緒にバスケ部に入った。カレンは塾に入ったから、部活は半分くらいしか来なかったけど。リョウタは部活に明け暮れて、テスト前になるとあたしに泣きついてきた。そういう時はだいたいセイジを無理やり付き合わせて、ナホの家に行って3人で勉強をした。
「だいたい、なんであたしに泣きつくのよ。セイジに頼んだらいいでしょ」
「やだよ、セイジ冷てぇもん!」
「俺だってやだよ。リョウタがいると勉強にならねぇ」
テストの点数落ちたら末代まで呪ってやるからな、とセイジは凄む。
そんなあたし達3人を可笑しそうに眺めながら、ナホは焼き立てのクッキーと良い香りのする紅茶を淹れてくれた。甘い香りを吸い込んで、いただきますと言いながら手を伸ばす。
あたしの手よりも早く、リョウタの手がクッキーに届いた。リョウタをギロリと睨む、とその向こうに、ノートから顔を上げたセイジが見えた。
ありがとう、とナホに向けるセイジの笑顔は、ナホの作るクッキーよりも、紅茶の香りよりもずっと甘い。
「そういえば、ナホの大学って○○大学だよね?」
あたしが何気なく口にすれば、セイジがぴたりと固まった。ビンゴ!と思ったら、自然と顔がにやける。
セイジは、図書館で遅くまで勉強をしていることを、頑なにひた隠していた。
偶然、図書館に立ち寄ったあたしと目があったセイジが、さっと顔を青くしたのは笑えた。
ナホの出身大学で、今ではナホの職場になっている○○大学。それはこの辺りでは1、2を争うほどのレベルの高い大学だった。
ナホ頭良かったんだなー、なんてリョウタがバカみたいな顔でナホを仰ぐ。失礼な、と笑うナホを見て、セイジが耳を赤くしてうつむいた。
セイジが勉強一本になった理由。あの真っ赤な耳の、素直な反応。甘ったるいほどの笑顔。
セイジ、ナホが好きなんじゃん。
そう気づいたら、むくむくと対抗心が湧き上がった。セイジだけ抜け駆けは許さない。幸い、あたしの成績は悪くない。勉強も、自分で言うのもなんだけど、できる方だ。
だったら、あたしも行こう。
ナホはあたしの“特別”でもあるんだから。
***
高校3年生になって間もなく。
なにを思ったのか、リョウタも同じ大学を受けるから一緒に勉強してくれって言い出した。
は?と眉尻を上げたあたしに、リョウタは高校の廊下で土下座した。そこまでされたら、早く頭を上げてもらうためにも、わかったわかった、と返事するしかない。そのせいで、あたしの受験勉強は難航した。
あたしだけが多大な迷惑を被ることになるのが嫌で、セイジも道連れにしようとした。セイジは「知った事か!」と一言言っただけで、今回は付き合ってくれなかった。
当たり前か。セイジは本気すぎるほど本気だ。
高校3年生。体育祭も文化祭も終わり、どんどん季節は過ぎていく。センター入試も終わって(もちろんあたしはいい点数だった)、あっという間に肌寒くなり、受験の本番も目の前に迫る。
そんな金曜日の夕方、7:00過ぎ。
「なんで来るんだよ…」
最後の数週間の追い込みをしようと、リョウタを連れてナホの家に行ったら、セイジがいた。ナホの家のこたつを一人で陣取って、嫌そうな顔でじろりとあたしを睨みつける。
いらっしゃい、と笑顔で玄関を開けてくれたナホとは大違いだ。
そんなセイジの様子にも気づかず、リョウタはさっさとセイジの真向かいに座りこむ。あろう事かリョウタは、テーブルの上いっぱいに広がったセイジの参考書をホイホイと退かしはじめた。もっと嫌そうな顔になるセイジの視線を受けて、あたしは苦笑するしかない。
はい、すんません。どう見ても、ナホと二人の時間を満喫していましたね。
テーブルの上にはカップが2つ。それにセイジの座っている場所の横には、見覚えのある小さなメモ帳とピンクのペンが置いてある。大学を卒業して学童保育を去るナホに、主指導員のタカが渡していた卒業祝いだ。
つまり、ナホのだ。
さぞ幸せな時間を噛みしめたんだから良いでしょう、と非難を込めて眉をひそめて見せれば、諦めたようにため息をこぼしたセイジ。勝手にヒトの参考書動かすなよ、とリョウタの手を叩き落とし、自分で片付け始める。肩からカバンを下ろして、あたしもテーブルにつく。
その間に、ナホがあたし達のお茶を用意してくれた。
せっかくナホと2人で…
ごめんってば。
ぐしゃぐしゃのカバンから参考書を出すリョウタを横目に、セイジとあたしはボソボソと言い合う。はいどうぞ、とあたしやリョウタのお茶とともに、セイジのお茶のおかわりを持ってきたナホ。不機嫌に目を細めていたセイジは、途端に目じりを下げる。
勉強がんばっているのね、とぽんぽんと頭を撫でられるとすごく満たされるのを、ナホは分かっているんだろうか。
ナホの淹れるおいしいお茶を飲みながら、あたしはにんまりと微笑んだ。
大学受験まで、あと少し。
絶対セイジと一緒に、ナホの大学に入学してやる。
かなり強引な終わらせ方をしましたが、こんな感じで…
少しの間、『金曜の~』を書きたいかな、という気がしています。頑張ります。