クビ
神様が、暇つぶしに降誕して数十年、それに便乗するように天使と悪魔が世界にでて数十年、最初の頃はそりゃあ世間は大いに騒ぎだし、この世の終わり説まで唱えられていたという。
しかし世間というのはどうも上手くできているのかいないのか、彼らが出てきてもさほど変化はなかった。
最初の混乱もどこ吹く風、いまや神さまだって駐車違反や光速移動の暴走行動でスピード違反や飲酒運転で捕まる事も多くなるという、神話の時代では考えられないほどに馴染んだ。
いや、それでもかわったといえば、昔のようなギャグマンガのような体験が一般人には多くなったという事はかわったことである。
笑いの神の影響で、トラックに突っ込まれてもアハハと笑って済ませるほどの回復力を得た。
笑って済ませる範囲も大分増えてきたという事だ。
そんな笑いの神の一端であるうちの事務所の社長はこういった。
「お前アイドルとして地味だよな あははは」
身一つで故郷から出てきてまで、夢だったアイドルとして契約して2ヶ月、他の同期のアイドルグループはやったというのに、お披露目を忘れられた私に対して笑って済まそうとした。
弱小とはいえ、古くからあるアイドル事務所の社長に就任したこのデブとしたおなかをグーで殴りたいがそこはアイドルとしてぐっとこらえていた。
「まぁそんなわけでキミ クビね あははは」
「はっ?」
「そのリアクション普通だね まぁほらなんていうのこうキミアイドルとしてキャラが薄いんだよ」
たぷたぷと頬を揺らしながら、小刻みにシェイクアップでもしているのか、それとも貧乏揺すりの影響でたぷたぷといっているのかは不明だが、どうやらクビを宣告しているようだ。
「笑顔をとどけるが、モットーのうちのアイドルとしてなんていうかそう地味すぎてね、その点有望なミーちゃんズみてみろよ、ちょー可愛いよ」
ミーちゃんズとは、うちの事務所の同期である。
猫耳をはやした天使達で構成されており、天使かわいい、猫かわいい、ちょーあざといの三拍子そろっている期待の新人グループで、弱小グループと揶揄されつづけたうちの事務所が、復興をかけたアイドルグループである。
予算はすべてミーちゃんズが、今のところ最優先で仕事もこのアイドルグループが優先である。
「まぁ可愛くない地味なキミはクビって事で一つよろしくね あははは」
手切れ金と今まで働いた分として十万円ほど渡された。
3万円を返し、私は思いっきり腹をぶん殴った。
笑いの神というのは本当に容赦なかった。
その後タライが何度も落ちてくる、対してこちらは、ふざけんなとばかりにそのタライをぶん投げた、事務員の皆さんが引き剥がさなかったら私はまだ殴りかかっていたかも知れない。
「アイドルが簡単に人を殴っちゃだめでしょ」
「勢いに任せて殴った事は反省しています」
「いや、7万円きっちり残しているところでいささか冷静だよね」
事務員の方々にこってり絞られた後、私はお払い箱となり、事務所で借りている部屋の荷物を整理をして出て行った。
故郷の母に申し訳がないと泣けるようであれば、アイドルとしてまだ良かったのだろう。
生憎とそんな事より、別の事務所に入れないかと、都合のいい事を駅のベンチで安売りしていた賞味期限間近の菓子パンを齧りながら考えていた。
「おっ暇そうで地味な人発見」
幼く、色黒であざとそうで、色々な所が軽そうな悪魔が声をかけてきた。
「失礼ですよ、よしこ」
よしこと悪魔をそう呼んだ天使は、長髪の金色の髪に2枚の綺麗な白い羽根、先程の悪魔と並ぶと大人の雰囲気と比肩するのも可愛そうな胸がある。
天使と悪魔が仲良くというよりは、ぴりぴりとした雰囲気だ。
「よしこ言うな!なんであんた芸名で呼ばないのよ」
「デビューしたら呼びますよ、よしこ」
「あぁくっそ、まぁいいやあんた芸能活動でお金稼ぐの興味ない?」
「言い方を考えてください、よしこ」
チャンスが舞い込んだ、いやまさに捨てる神あれば拾う神ありだ。
「あります、ちょーあります」
「マジで、いやぁうちらアイドル事務所なんだけどさ、一人面子連れないと契約がぱぁでさ」
アイドルとはますます、ラッキーだ。
「悪魔の甘言に耳を傾けないでください天罰があたりますよ」
「ちょっ、せっかく勧誘しているのに何考えてるのよくそ天使」
「いいから、そんな天罰とかより芸能活動したいんです」
「悪魔の甘言で入ると後で苦労しますよ」
「だからアンタは黙っていてナナ、そこの人悪魔との契約じゃないから」
「うっさいアイドルになりたいんじゃ、はやく契約させろ」
「分かったから あんた名前」
「私は望月ヒナです よろしくお願いします!」
希望も絶望も同じ箱に入っていたと聞いたとき、あぁ箱につめた奴は分別ができなかったんだろうなぁと思ってしまった私。
一緒にしてはいけないものというのは少なからずある、いやそういったものが多いのだろう。
それなのに一緒に詰め込んだというのは、今の私のように自棄になっていたのかも知れないし、もしかしたら私のようにやむにやまれぬ事情があったのかもしれない。
いや絶望も希望も同じものに見えたのかもしれない。
「はい これで契約完了」
「ありがとうございます、一生懸命働きます」
誘ってくれた、よしこさんとナナさんにお礼を言う。
「いや適当でいいよ、ナナみたいになるとやり辛い」
「労働を適当でいいわけないだろう、よしこ」
「デビューしたんだから、アミと呼んでよ!」
とりあえず、事務所で契約の手続きをして、晴れてまたアイドルへと復帰した私
「じゃあアイドルの仕事一発目は廃墟寸前の学校内放送でラジオ放送だからよろしく」
「誰が聞くんですかそれ?生徒さん?」
「いや、だれも聞かないよ、スタッフ誰もいかないし、バラエティ番組の企画でお蔵入りになるかもだけど頑張ってね」
「はい!誠心誠意がんばります」
ナナさんは、そういったがそれは、お蔵入り前提の企画のような気がしてならない。
「めざせ、低予算、高視聴率の番組だ」
「ねっ適当でいいでしょ」
「ほら、お前達も意気込み」
まぁ以前の事務所に比べれば、早速仕事がはいったわけだし、とりあえずアイドル活動頑張ろうとちいさくこぶしをあげる事にした。