すうぃーと☆えんじぇる
すうぃーと☆えんじぇる
一月二日、朝、八時頃に目を覚ましたユウスケ。
遊びたい盛りな高校一年の冬休み、それなのに、行きたい所も、どっかに行く予定も全然なし、せっかくもらったお年玉も使う当てがなくて、遊びに行こうにも、友達はバイト三昧。
寝正月を決め込んでいたユウスケは、カーテンの隙間からこぼれる朝日をさえぎる為、掛け布団を頭まで被って、ベットの中に潜り込んじゃいます。
コンコン…
ユウスケの耳に届くノックの音…でも入口のドアじゃなく、どー聞いても、ガラスを叩く音。
コンコン…
また聞こえるノックの音…間違いなく、外から窓を叩いている音です。
半信半疑、そっと布団から顔を出して、カーテンの掛かった窓を見たユウスケは、ゆっくりと起き上がって、恐る恐る窓に向かって歩いて行きます。
だって、普通に考えれば、有り得ないことなんです。
ここは二階で、窓の外には屋根なんかの足場は一切無し、塀を挟んで一メートル先は、道路。
下から友達が小石を当ててなんてことはあったけど、これは、どー聞いてもノックしてる。
窓の前に立ったユウスケは、ゴクンと息を飲み、意を決してカーテンを勢いよく開けます。すると、そこには……。
「ゴメ~ン、ちょっと開けてくれる?」
そう言われて、思わず窓を開けてしまうユウスケ。
セミロングの茶髪、ちょっと気の強そうな感じだけど、まあまあカワイイ顔、赤いブルゾンを着て、首には白いマフラー、ユウスケ&寝起きのムスコには少々刺激が強すぎる、見えそうで見えない超ミニのチェックのスカート、それに冬っぽく上の淵に白いモコモコのついたベージュのロングブーツ。
それだけなら、ユウスケとそんなに年齢の変わらない、どこにでもいる、普通の女の子なんだけど…。
「あんがとっ、よいっ…しょっと」
窓の外に、どう見ても浮かんでいたとしか言いようがない、その女の子は、ブーツを脱いで、背中の『モノ』が引っかかって窮屈そうに窓から中に入ると、窓を閉じて、カーテンを閉めます。
「ありがとっ、助かったわ」
そうお礼を言った女の子は、ブーツを床に寝かせ、ベッドに腰を下ろして、フゥーっと一息つきました。
「え、ああ、いや、あの…それって…」
実物感ありあり、どう見ても作り物とは思えない…驚きで言葉が出てこなくて、ただただ女の子の背中を指差すユウスケ。
「ん? ああ、これ?」
たたんでいた背中のそれを広げて、その白くてフワフワした柔らかそうなものを軽くパサパサと動かして見せる女の子。
そう、女の子の背中には、片側一メートルくらいの大きさの、真っ白でキレイな翼が生えていたんです。
「私リン、去年なの。ヨロシクねっ!」
「……はぁ?」
リンという女の子が言ったワケのわからん言葉に、首を傾げるユウスケ。
「もうっ、だ~か~ら~、私は去年なの。ホラ、去年ってあまりいい話って聞かなかったじゃない? だから、今年の奴等がさぁ~、去年なんて早く忘れて、今年を楽しく生きようなんて、去年の排除運動を始めちゃってね、それで今、今年に追われまくりなもんだから、かくまってもらったってワケ。ねえ、名前は?」
「う~ん………オレは、ユウスケ」
ぜんっぜんワケが分かんないけど、なんとなく分かったような、分かんないような…複雑な顔で名前を教えるユウスケ。
「ふぅ~ん…改めてヨロシクね、ユウスケっ。そうだっ! せっかく知り合ったんだし、私のこと、手伝ってくれないかなぁ~。実は去年って、もう、私一人しか残ってなくて、私があいつらに捕まったら、去年が、この世から消えちゃうの。ユウスケも去年になってくんない? ねっ? おねがいっ」
「そう言われてもなぁ…排除されるんだろ?」
「ふふっ、ビビッてるんだ? 違う違う、えいっ!!」
パシ~ンとユウスケのおでこに、直径五センチくらいの丸いシールを貼り付けるリン。
シールには、白地にデ~ンと赤い文字で『去年』と縦書きされています。
「なっ!?」
「これで貴方も去年の仲間入りっ。なぁ~んにも危ないことなんてないんだよ? 捕まって、そのシールをはがされたら負け。私もホラっ」
立ち上がってお尻に付けてあるシールをユウスケに見せて、もう一度座るリン。
「ただの鬼ごっこみたいなもんだから。ルールは簡単。去年は、全員捕まってシールをはがされたら負けで、今日の日暮れまで今年から一人でも逃げ切るか、今年の大将にはられてる『今年シール』をはがせば勝ちなの。どう? 手伝ってくれたら、た~っくさん、お礼しちゃうんだけどなぁ~っ」
そう言って、ワザと見えそうで見えないように組んでいた足を開いて、組み直して見せるリン。
ユウスケは、鼻の下をビロ~ンと伸ばして大きく「うん、うん」とうなずいちゃいます。
「ホント? サンキュ~っ! じゃあ、こんなトコにいて見つかっちゃったら逃げ場ないし、二人で行動しても同時に捕まっておしまいだもん、別々に逃げよう? それで、日暮れまで逃げ切れたら、ここで…ねっ?」
そう言ってかわい~~くウインクして見せたリン。
更に長い鼻の下を伸ばしたユウスケは、大きくうなずいて、鼻息も荒くヤル気満々、勇み足で外へ出かけていきました。
「ん? そういえば、このシールって、見られたらメッチャ恥ずかしいんでないの?」
家を出てすぐの路地、おでこのシールを触りながら、路駐していた車のウインドウに自分の顔を映してみるユウスケ。
「あれ? おっかしいなぁ~…確かに、ちゃんと…」
おでこを触って、シールがあることを確認しながら、もう一度ウインドウをのぞいて見ても…。
「ふむふむ、普通の人には、見えないんだな。まあ、それならいっかな」
とりあえず一安心で歩き出したユウスケ。どこへ行くわけでもなく、ぷらぷら住宅街を歩いていたユウスケだったのですが…。
「…ん? あれなんだ? …まさか!? あれかっ!!」
遥か上空から物凄いスピードでユウスケを目掛けて向かってくる何か、豆粒みたいだったそれらは、あっという間に肉眼でハッキリ確認できるくらいまで接近っ。
背中には、リンと同じような翼があって、全身迷彩服で兵士って感じ、四頭身くらいのチョット可愛げのあるキャラで、頭には『今年』のロゴが、ド~ンと真正面に入った工事現場のヘルメット(黄色いやつ…なぜ? 兵士なのに?)を被ってる。
そんなやつらが、ユウスケへ向けて、マシンガンやらバズーカやらを構え、そのうちの一人が、肩に担いだ六連装のミサイルポッドをぶっ放しちゃいました。
ドシュッ!!! ヒュ~~~~~……
「ミ、ミミミ、ミサイルぅぅぅ~っ!! じょ、冗談だろ? おいっっ!!」
ヒュ~~~、ちゅど~~~ん!!
「うわぁぁぁぁ~~~~」
ヒュ~~~、ちゅど~~~ん!!!
「ひえぇぇぇぇ~~~~」
ヒュ~~~、ちゅど~~~ん!!!!
「ぎゃあああーーーっ!! た~~す~~け~~て~~~~っっ!!」
一方その頃…。
「ぎゃ~ははははっ、ひゃ~ははははっ、いひひひ…あ~もう、おかしい。笑いすぎてお腹痛くなってきたわ」
リンは、ユウスケの部屋のベッドに寝転がって、新春のお笑い番組を見ながら笑い転げていました。
ちゅど~~~んっ!!
「ひぇぇぇ~~っ、あのアマっ、騙しやがって…クソっ、もう、あったまきたっ!! これでも食らいやがれーーーっっ!!」
ユウスケは、石ころを拾って、ランチャーを構えた今年の兵士に向かって投げつけます。
カコ~~ン!!
「ふふっ、見たかっ! 草野球のエースで成らしたオレのコントロールをっ!!」
見事、石ころは兵士のみぞおちにクリーンヒット、上空にいたその今年は、地面へと落下、すかさず、踏みつけてトドメをさした(ブルースリーよろしく)ユウスケは、ランチャーを奪って気が狂ったように乱射開始であります。
ちゅど~ん、ちゅど~~ん、ちゅど~~~んっ!!
「ぐわ~~っはっはっは~っ! 死ね、死ね、死ね~~いっ!!」
一方、その頃…。
「ほ~ら、リンちゃん、お雑煮できたわよ~」
「わ~い、お母さん、ありがと~う。食む、食む…う~ん、おいすぃ~~」
リンは、いつの間にかユウスケの家族に溶け込み、リビングで団欒を楽しんでいたりなんかして…。
沸いて出るように倒しても倒しても現れる無数の今年と戦い(逃げ?)ながら埠頭へとやってきたユウスケ。
正月休みで誰もいない埠頭は、まさに戦場と化していました。
ズダダダダ…カチっ、カチっ…
「ちっ、弾切れかっ!」
持っていたマシンガンを投げ捨て、コンテナの陰に隠れたユウスケは、ポケットから手榴弾を出して歯で安全ピンを抜き取ると、今年たちへ向けて投げつける。
どっか~~んっ!!
ふっとぶ数人の今年、その中の一人が持っていたマシンガンが爆風で飛ばされて、シュルシュルと回り、地面の上を滑りながらユウスケの方へ。
コンテナの陰から出て、すかさずそれを拾ったユウスケは、今年の放つ無数の弾丸をかいくぐり、マシンガンをぶっ放し、今年を倒しながらコンテナの陰から陰へと走り抜けていきます。
一方、その頃…。
「去年がなんだ~っ! 今年こそは、一花咲かせてやるってんだ」
「そうら、そうら~~っ! 去年なんて、くそくらえら~~っ!! お父さんっ、去年のことなんて忘れて、パーーっとやりまひょ、パーーっと!! さ、もう一杯っ」
「おっ、わるいね~、リンちゃん」
お前は、去年だろっ! なんて思わずツッコミを入れたくなるようなことを口走りながら、リンは、ユウスケの父親と、すっかりできあがっていました。
日暮れ間近、埠頭中に数え切れないほど転がる、動かなくなった今年たち。潮風を全身に受け、岸壁にたたずみ、水平線に沈む夕日を見ながら、勝利を確信していたユウスケ。
そんなユウスケの背中を見つめながら、何者かが、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「…あんたが大将だな?」
気配に気付き、ゆっくりと振り返ったユウスケがそう言う。
年齢四十前後で、濃い~顔立ち、黒いマントをはおり、黒光りしたピチピチの皮パンツに黒いカウボーイブーツ、そして、冬なのに紫のタンクトップで、そのタンクトップの正面全体を『大将』という金色の文字が埋めています。
そう、間違いなく大将です。
「まさか、去年の中に、お前のような男がいるとはな…」
黒いマントからのぞく筋肉の塊のような太い腕、左拳を右手で握って、バキバキ鳴らしながらそう言った大将は、嬉しそうに口元に笑みを浮かべ、ユウスケと対峙しています。
「まるごし…か。なるほど、とことんやりたいワケだ」
肩に掛けていたマシンガンを投げ捨てるユウスケ。
お互い、口元に笑みを浮かべながら睨み合いを続け、動かない、いや、動けずにいた二人。
吹き続けていた潮風がピタっと止んだその時、勝負は、一瞬にして決しました。
「完敗だな。……私の負けだ」
そう言って、両手両膝を地面につき、うなだれる大将。
「そんなことはないさ。俺の運が、たまたまよかっただけ。なあ大将。去年ってさ、確かに悪いことばっかだったかもしんねえけどさ、少しは、いいことだってあったと思うんだ。それをみんな忘れちまうことなんてないじゃん。それにさ、悪いことだって、覚えてりゃ、今年は去年よりもいい年にしてやろうって、みんな、がんばれたりするんじゃねえかな? 去年と今年、うまくやってけると思うぜ? オレはさ。さあ立てよ大将。日が沈むぜ」
肩を抱き合い、お互いの健闘を称え合った二人は、沈んでいく夕日を、ただただ、眺め続けていましたとさ。
ちなみに、二人の勝負のプレビューを…。
「最初はグー、じゃんけん…」
ユウスケはパー、大将がグー。
「あっち向いてホイっ!」
右を向く大将。ユウスケは、指を動かすと見せかけて、大将の右胸にはられていた『今年シール』を剥がす。ただ、それだけだったりして…ひ、卑怯じゃんっ!
一月三日、朝、八時ごろ…。
「ふぁぁぁぁ~…まさか、まる一日寝ちまうとは…しっかし、へんな夢見たもんだな…いてててって、なんか体中いてーな…寝すぎか?」
腰を抑えながらベッドを降りるユウスケ。その時、コンコンとノックの音、そう、ドアじゃなくて、あきらかに外から窓を叩く音が…恐る恐るカーテンを開けるユウスケ。するとそこには…。
「ごめん、ユウスケ。また、かくまってくれない?」
窓の外には、左胸に『来年シール』をつけたリンが…。
「げっ! 夢じゃなかったのねんっ」
どうやら、ユウスケに寝正月は無理みたいですね。
おしまい