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剣戟に祈りを、鋼鉄に鎮魂を  作者: ばーぐらんと
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第3話

 国家統治連盟が平和維持軍を派遣したという話を聞いて、仲間のカーセルはこう叫んだ。


「やったぜ! 神様は俺たちに味方してくれてるな!」


 そうだ、カーセルの言う通りだ。

 俺たちはいつもうまくやってきた。

 民間人に偽装すれば派遣された兵隊なんて余裕だ。

 ちょっと気弱な顔をして近づいて、助けてくださいと叫びながら寄ればいい。

 そうして銃口を下ろしたところで首をかっ切るなり、隠し持ってた銃でズドンだ。

 後は服を奪ってガソリンを奪って武器を頂戴し、とにかくもらえる物は全て貰っていく、もちろん命もだ。

 ああ、いい女が居たならもちろん“楽しませて”もらった後にそういう専門の連中に売り払えばいい金になる、ちょろい稼業だ。

 紛争様々だ、解放の鷹だか何だか知らないが、平和になったら俺たちみたいなのが困る。

 俺が乗ってるジープも、並んで走ってるやつともかなり長い付き合いになったんだ、寂しいじゃないか。


「で、どうするよ?」

「駐屯地の周りを哨戒しているやつらを狙うべきだな、なるべく駐屯地から離れていて、単独行動をしている連中に限る」

「そうだな、援軍を呼ばれたら、俺たち5人じゃどうしようもできねぇ!」

「いいから前を見ていろ。ここで車がこけたらどうしようもねぇぞ!」

「うまい冗談だ! こけて車が駄目になったら維持軍の駐屯地に行って助けてもらおうぜ!」


 一同大笑い。

 相変わらずカーセルは冗談がうまい。

 そう、こういうやつだから、カーセルは俺たちを惹き付ける、こいつといるとなんでもうまく行くような気がする。

 そうだ、子供の頃は碌に信じちゃいなかった神様だって、今なら信じていられるさ。

 なんせ、俺の除く双眼鏡には格好の獲物が映っているんだからな。

 こいつはカーセルの言う通りだ、神様は俺たちに味方してくれている。


「カーセル! 獲物だ! 装甲車が一台止まってんぜ!」

「ナイスだ! いいぜいいぜ! 俺たちゃついてる! どう見ても周りにやつらの仲間はいねぇ! しかも駐屯地からはここはかなり離れてる! ずらかる時間も十分だ!」

「一号車から二号車に連絡、全員武器を隠せ! あの装甲車に接近するぞ! 狩りの時間だ!」

『はははっ! 女が居るかな~? 居ないかな~? 居ないなら居ないであの装甲車をかっぱらうか! あれがありゃ村の一つも簡単だ、女を攫い放題だ!』


 二号車からもご機嫌な声が返って来る。

 あちらに居るのも徐々にボルテージを上げているのだろう、その熱気がこっちまで伝わってくるようだ。

 もちろん、こっちの車両だってやつらには負けてはいない。

 二つの意味を込めて言ってやった。


「“ヤ”り放題だな! ははは!」


 装甲車がぐんぐんとでかくなってくる。

 こうして見ると小山みたいなもんだが、見方を変えれば宝の山だ。

 一体何が詰まってるのか楽しみでたまらない。

 あれに乗ってる兵隊どもは中で休んでいるのか周りに姿が見えやしない、だったら俺たちは丁寧に助けを求めるだけだ。

 そう、行儀よく丁寧に、ノックしてやればいい。

 カーセルが装甲車の近くにジープを停車させると、もう一台も同じように車を止める。


「た、助けてください! 国家統治連盟の方ですよね! お願いします! 我々の村が襲われているんです! どうかたすけてください!」


 カーセルが車から飛び降りると悲痛な叫び声をあげて駆け寄っていく。

 何度聞いても素晴らしい演技だ、惚れ惚れするぜ。

 頼みもしてないのに正義感という勘違いに酔った連中には最高の賛辞だろうな、助けを求められるってことはよ。

 カーセルに遅れて向こうのジープに乗っていたモブタザルが降りていく。

 アイツの演技もカーセルに負けず劣らずの素晴らしいもんだ。


「お願いします! 妻と子を助けてください! きっと貴方たちは我らの神が遣わした救世主(メシア)なのです! どうか御慈悲をおかけください!」


 獲物の前じゃなきゃ大笑いしてたところだ。

 あいつらは神なんかが助けてくれなくたって自分で何とかしてみせるやつらだ。

 現に砂塵避けのマントの下にはマシェットとハンドガンを忍ばせてある、あれで多くの兵隊ども屠ってきたんだ、ただの野盗には負けはしない。

 それに俺たちだっている。

 こうして車両に残っている俺たちは、要は後詰だ。

 カーセルたちが取り逃した獲物を刈り取る為にサブマシンガンを持って構えている、そうさ、俺たちは五人で一つの狩人(サッヤード)さ。


「そうか、それは大変だったな」

「おお、そうなのです! どうかお助けください!」

「そして受け入れてくれるのであれば、どうか治療の程もお願いしたいのです! やつらに斬られた傷から血が止まりません!」

「ふむ……。わかった、今開ける」


 まったくもってちょろいもんだ、自分に酔った連中ってのは。

 そうやって自分の軽率さを恥じるんだな、馬鹿め。

 装甲車の後部ドアがゆっくりと開いていく。

 カーセルがマシェットを構え、即座に首を刈り取る用意をする。

 俺たちも同様に、もしもの時に相手を蜂の巣に出来るように銃を構える。

 あと少しだ、あと少し、後数秒で決着だ。

 ドアの中から黒い影が出てくる、人に間違いない、さぁカーセルのマシェットが閃いた。


「殺った! ……な、なぁぁぁぁぁ!?」

「勝手に殺されちゃ、俺も溜まったもんじゃねぇな」


 装甲車から出てきたのは、なんだあれは、なんと言えばいいんだ。

 黒く底光りする滑らかな肉体に生き物の熱さは一切感じられない、この灼熱の大地とは不釣り合いなくらいの冷たさだ。

 生物なのか、動いているし喋りもすると言うことは生物なのか、しかし生物ならば何故、カーセルのマシェットを左腕で受け止めているんだ。


「狙った相手が悪かったようだな」

「あ、あ、あああ、ああ、や、やめ――」


 黒々とした腕がカーセルの頭に伸びて行き、掴み、そして……捩じ切った。

 カーセルの頭が飛んで行く、血の軌跡を空に残しながら飛んで行く。

 は、ははは、どうしてこんな砂漠の真ん中に噴水があるんだ、しかも真っ赤な血の噴水、ははは、カーセル、どうしてそんなに血を噴き出しているんだい。

 冗談はやめてくれよ、カーセル。


「カァァァァセェェェェル!」

「散開!」


 どうしてだ、どうしてこうなった。

 隣でサブマシンガンを構えていたハマジィーの額に、小さな穴が開いた。

 そこから血と汚い水を撒き散らして倒れちまった。

 装甲車の中から機械人形が出てきやがった、アイツがハマジィーを殺ったのか。

 撃たなきゃ、撃たなきゃ。


「なんだこりゃ、逃げ――」


 連続した発砲音がモブタザルの声を掻き消した。

 身体中に穴を開けて、そのありとあらゆる穴から赤いものを噴き出して、モブタザルが砂の上に倒れてく。

 撃ったのはあいつか、アサルトライフルを構えた機械人形が、装甲車の運転席から降りてきていた。


「残敵2!」

「残りはジープに一人ずつだ、逃すなよ!」


 聞きたくない言葉だ。

 逃がさないってことはどういうことだ、つまりみんな、殺すってことか。

 恐怖が一気に湧き上ってくる。

 どうしてこんなことになった、どうしてこんな。

 逃げよう、逃げよう、死にたくない、死にたくないんだ、神様。

 ジープの運転席に滑り込み、鍵を回す。

 ああ、一発でエンジンがかかってくれた、俺はツいてる、逃げられるんだ。


「逃がすかよ」


 真っ黒な腕が俺の肩を掴んでいた、逃げられらない、離せとも言えない。

 先程、首を捩じ切られたカーセルの姿を思い出してしまって動くことが出来ない。

 逆らっても、逆らわなくても殺されるのに、動けない。

 そして、肩から何かが砕ける様なものすごい音がしたかと思うと、急に天地が逆さになって砂の上に放り出された。

 熱い、すごく熱い、砂が熱いんじゃない。

 この砂の熱さは幼い頃から慣れ親しんだ熱さだ、不快なんかじゃない。

 俺の肩が熱いんだ、すごく熱いんだ。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ! う゛わぁぁぁぁ!」

「中尉、こちらのジープの敵は制圧しました」

「ご苦労少尉。後はコイツだけか」


 死んじまった、仲間がみんな死んじまった。

 悲鳴も上げることもできずに、ただただ殺されちまった。

 どうしてだよ、どうして殺されなきゃならないんだよ、俺たちは完璧だったはずなのに。


「あああ、あああぁぁぁぁ!」

「軍曹、来い」

「な、なんでしょうか?」


 助けてくれ、その一言が言えない。

 肩の骨が砕かれて、息が出来ないくらいに痛い。

 はやく固定しなきゃ、はやく病院に行かなきゃ、せめて痛み止めを打ってくれよ。


「確か一人も殺してなったな。いい機会だ、お前が止めを刺せ」

「ぼ、僕がですか!? でも、相手は……」

「作戦行動に関して上の連中は無関心さ。大丈夫だよ」

「そう言う意味じゃありません! もう相手は無力化されてるんですよ! それなのに止めって!」

「撃って貰わなきゃ困るんだ、嫌でもな。例え一時は無力化しても、見逃せばまた後々銃を持って向けてくる。俺たちがこれから相手をするのはこういうテロリストであり、軍隊などではない。こんなことはこれからいくらでもある」


 そ、そうだ、いいぞ、そっちの機械人形。

 そのままその黒いのを説得してくれ、俺は悪くないんだ、カーセルが悪いんだ。

 でもそのカーセルは死んじちまった、なら俺はもういいだろう、助けてくれよ。


「しかしっ!」

「これから俺たちが戦うのはこういった連中だ。一般人と変わらない服装で、敵か味方かもわからない中で、俺たちは銃を持った人間を殺さなきゃならない」

「どうして、ですか?」

「銃を持った以上、敵対の意志があるとみなし射殺するのが紛争地域での鉄則だ」


 ひ、ひひひ。

 そうだ、争え、言い争え。

 今気付いた、俺の近くにはあるじゃないか、俺のサブマシンガンが。

 やつらはこっちを見ちゃいない、議論に夢中だ、ひひひ、やっぱり、最後に勝つのは……。


「俺だぁぁぁぁぁ!」

「中尉ッ!」

「離れろ軍曹ッ!」


 黒いのが機械人形を突き飛ばす。

 ひひひ、でもお前は死ぬんだ、ひひひ、いくらお前でも、サブマシンガンの一斉掃射だ。

 死ぬさ、死ぬに決まってる、人間なら、人間なら。


「……防御力は半信半疑だったが、まさかいきなりコイツに助けられるとはな」


 生きていた。

 顔を庇うようにして、吐き出された銃弾を全て受けていながら、生きていやがった。

 ボディーアーマーを全身に着てるのか。

 いやしかし、あれは完全に衝撃を防ぐわけじゃない、下手すりゃ骨が折れるんだぞ。

 ひ、ひひ、何考えてるんだ、今そんな、冷静に考えている場合じゃ……。


「こういうことだ軍曹。今回は運良く助かったが、こういうこともある。相手が例え倒れていても、すぐに止め刺せ」

「了解しました」

「しかし中尉、今回ばかりは貴方の不注意ですよ」

「そうだな、本来は肩を掴んだ時に殺しておくべきだったな」


 や、やめてやめて踏まないで潰さないで俺の左腕をやめ――


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

「騒ぐな、銃を向けなければこうもならなかったんだ」

「…………」

「軍曹、慈悲を与えたいと思うなら、今すぐに殺してやれ。どうせ、この傷では助からん」


 お前が俺の腕を潰しておいて何をそんなこと言ってんだよ。

 銃を渡してるんじゃないよ。

 やめて、銃口を向けないで、お前は俺の味方だろ、なぁ、機械人形。

 お願いだから銃口を俺に向けるな、な。


「一発で仕留めろ。脳天を狙え」

「…………」


 機械人形を唆そうとする黒いヤツ。

 ああ、そうか。

アイツは、あの蒼い眼をした黒いヤツは、悪魔(イブリース)なんだ

 ずっと昔に母さんが話してくれた御伽噺に出てきた悪魔なんだ。

 だったら、だったら勇者が助けてくれる筈さ、そうに違いない。

 だからさ、だからさ、助けてくれよ。


「た、たすけ、助け……て。お願いします、助けて、助けて」

「……ッ!」



 バケツの底を金槌で叩いた様な軽い音が辺りに響いた。

 男の額には、マクラウドの持つ銃から撃ち出された銃弾によって穴が開いていた。

 恐らく即死であろう、指先ひとつピクリとも動かそうともしない。


「よくやったな、軍曹」

「凄く、嫌な気分です」

「これからいくらでもあることなんだがな、まぁいい。今は休んでいていいぞ」

「申し訳、ありません」


 ふらふらとした足取りで、マクラウドは装甲車へと戻っていく。

 入れ替わるように、アーリスが啓次に近付いてきた。


「大丈夫でしょうか、軍曹は」

「わからん。だがこれからも同じことは幾らでもある。だから、撃って貰えなきゃ困るんだ」

「そうですね。もしも生身であったなら、今頃貴方は死んでいますからね」

「キツイな。一度の失敗を何度も責めたてないでくれないか、少尉」

「命に関わる事ですから、何度でも責めさせていただきます。中尉殿」


 確かに、啓次は生き残ることはできた。

 至近距離でサブマシンガンの一斉掃射を受けながらも、啓次はまったくの無傷だった。

 弾丸による衝撃も全て吸収し、装着者を完全に守ってみせたのだ、強化外装骨格・叢雲は。

 しかしだ、それはあくまで結果論である。

 本来の装備であるならば、今頃啓次は身体中に穴を開けて、砂の上に血を撒き散らしながら死んでいた。

叢雲(コイツ)の防御力を疑っていたのに、まさか自分で証明して更に助けられるとはな、と啓次は自嘲する。


「それでは、これからどうしますか?」

「武器をこのままにしておくわけにもいくまい。とりあえず一箇所に集めておいてくれ。シェーンハイト一等兵! 聞いていたな、お前はアーリス少尉の手伝いをしろ!」

「了解」

「了解しました、行動を開始します」

「そうしてくれ、俺は死体を集めることにする」


 早速サブマシンガンを拾おうとしたアーリスの手が止まり、首だけが啓次の方を振り向いた。

 もちろん、どんな顔をしているかなんてわかる筈ないのだが、啓次には言わんとしていることがわかる。


「そんな顔をするな。どうせ血に塗れちまってんだ。今更汚れたってどうってことねぇよ」


 そう言って、啓次は一箇所に死体を集めていく。

 額を撃ち抜かれた者、身体中に穴を開けたもの、首を捩じ切られた者。

 叢雲に血がまとわりつくが、すぐに乾いては剥がれていく。

 命、それはとてつもなく重い物ではあるが、失われる時は本当に簡単だ。

 命が抜けた人の身体は、既に“モノ”と成り果てていた。



「中尉。武器の回収、完了しました」

「ご苦労。丁度こっちも終わったところだ」


 ジープの荷台の上には集められた銃器が置かれていた。

 サブマシンガンにハンドガン、マシェットにナイフにグレネード。

 相当数の弾丸にガソリンが満載された燃料タンクまである。


「なかなか豪勢な眺めだな」

「ええ、それにこちらを見てください」

「なんだそれは?」

「見て貰えればわかります」


 アーリスが啓次にスーツケースよりはやや大きい、緑色のガンケースを見せる。

 そして慎重に留め金を外していき、その蓋を開く。


対戦車兵器(RPG)か!」

「そうです。これを使われていたらヤバかったですね」


 黒色の梱包材に包まれていたのは世界で最も有名な対戦車兵器の発射器である。

 その威力は対戦車兵器の名に恥じず、厚さ5cmの鉄板を貫く。

 いくら強化外装骨格とはいえ、直撃すれば無事では済まないだろう。

 こんなものまで持っていたのかと啓次は今更ながら危険な賭けをしていたのかと肝を冷やした。

 もし、装甲車に撃ち込まれていれば。


「そしてこっちが弾頭になります」

「……こいつが使われていなくて良かったと本気で思う」

「そうですね。動きからこの手のことには相当手練れていたようですし、彼らの驕りがこれを使わせなかったんでしょう」


 梱包材に並べられた6つの弾頭を見て、啓次は更に気を引き締める必要があると感じた。

 そしておもむろにハンドガンを手に取って、眺める。

 メンテナンスが行き届いていた銃だった。

 砂漠地帯において銃器のメンテナンスは非常に重要である。

 入り込んだたった一粒の砂が発射機構に重大な影響をもたらす場合があるからだ。

 そう思いながら銃を回しつつ見ていて、気づいた。


「こいつは……! アーリス少尉、シェーンハイト一等兵」

「なんです中尉?」

「ここにある銃器類にコピー品はあるか?」

「コピー品? わかりました、探してみます」


 嫌な予感がした。

 よくよく考えてみろ、こんなたった5人ほどの連中がこれだけの武器を持って、あまつさえRPGまで持っているんだ。

 そして、いま気が付いたこの銃の最大の特徴。

 もし、もしも考え付いた通りなら。


「中尉、ざっと検品して見ましたが」

「コピー品は見つからず、すべて純正品だった、そうだろう」

「はい。シェーンハイト一等兵の方はどうか?」

「こっちも、純正品ばかりです」

「そうか。これは……どういうことなんです中尉?」

「わからん」


 多くの場合、テロリストが使用するのは粗悪なコピー品であることが多い。

 何故ならば資金は無限にあると言われる正規の軍隊と違い、テロリストの資金力は大幅に限られているからだ。

 しかし、と啓次は発射機を見る。

 RPGなんてものは政府関係の横流しやブラックマーケットから流通品が主な入手先なのだ。

それをこんな、他に大きな仲間も居ないような連中が入手できるのか。

 最後の一人は尋問してから殺すべきだったかと思いつつ、アーリスへの言葉を続けた。


「わからんが、とにかくこれ以上の装備を襲撃地点の相手は持っていると考えるべきだな。簡単な任務では無さそうだ」

「了解しました。ではこれらは?」

「武器は全て持っていこう。ジープもあって困るもんじゃない。一台はこのまま使わせてもらう」

「最後の一台は?」

「死体と一緒に焼いちまおう。せめてもの手向けだ」


 そう言って、啓次は武器を積んでいない方のジープに集めた死体を乗せていく。

 一つ、二つ、三つと重なっていく死体。

 抜ける血もなくなってしまったのか、だらりと垂れさがった四肢からは血が滴ることもなかった。


「しかし中尉、なぜそんなことを? 別にそこまでする必要は……」

「確かにない。本来ならジープに穴を開けるだけでいいだろう」


 啓次は次の死体を乗せようとする手を止めて、アーリスを見た。


「ただ、な。戦争とはいえ初めて人を殺した以上は、思うところもあるのさ。マクラウド軍曹にはああ言ったが、これも俺なりの、吹っ切るための儀式みたいなもんさ」

「中尉……」

「それにだ、任務を達成しさえすれば何をしようとお咎めなしっていうお達しが来てるからな。やりたいようにやらせてもらうさ」


それだけ言うと、四つ目の死体に取り掛かろうとする。

 が、それより先にアーリスがその死体を掴んでいた。


「おいおい、どうする気だよ」

「私も手伝います」

「別に良いんだぜ、ってシェーンハイト一等兵もか」

「柏中尉とアーリス少尉がやっておられるのです。ならば私が手伝うのはむしろ当然の事です」

「やれやれ、付き合う必要はねぇってのによ」


 そうして積み上げられた五つの死体。

 見ていて気持ちの良い物ではない、命の鼓動を失い、光を失った眼がこちらをじっと見つめてくるのだ。

 けれども、これが自分たちのやったこと。

 そう、この眼はこれから先、人と戦う以上は何度も作っていくことになる。

 だが、敵を殺すことに躊躇することはできない。

 もし相手を殺せなければ、その戦いの中で自分がこの眼をすることになるのかもしれないのだから。

 啓次が奪った武器の一つであるハンドガンを撃って、ジープのエンジンに穴を開けた。

 漏れ出すガソリンは、この暑さもあって地面に吸われるものよりも気化する量の方が多いだろう。

 そして少しの間を空けた後、もう一度ハンドガンを撃った。

 弾丸はジープの表面をかすると火花を散らし、その火花が気化したガソリンに火をつける。

 火が付いたところまでを見届けると、啓次は残りのジープに飛び乗った。


「一応、こいつには何もなかったんだよな?」

「はい。使用範囲のごく短い無線機がついているくらいでした」

「そうか。じゃあ俺はコイツを動かして後ろに付いてくから、お前らは装甲車を動かしてくれ。別に今日中に拠点を制圧する必要も無いからな。2、3時間走って影になりそうなところがあればそこで野営しよう」

「了解です」


 アーリスとシェーンハイトが装甲車に乗り込んですぐ、装甲車のエンジンが掛かる。

 低く鈍い鼓動が地面を通して伝わってくる。

 啓次もジープのエンジンを掛けて、追走する準備を整える。

 装甲車が唸るような咆哮を上げるとタイヤが砂埃を上げつつ走り出す。

 啓次もアクセルに脚を置いて、燃えるジープをミラーで見る。


「燃えろや、燃えろ。全部燃えちまえ」


 それだけ言うと、啓次はアクセルを踏み込んでジープを走らせはじめた。

 装甲車の後ろを、付かず離れず着いて行く啓次。

 時々警戒するように辺りを見渡すが、この何処までも広がる荒野に自分たち以外の姿はない。

 本当に今回の襲撃は、偶然に偶然が重なった上での襲撃なのだろう。

 そしてこちらが負ける要素も十二分にあった。

 生き残れたのは偶然に過ぎないのだから、次の戦いは万全の態勢で臨み、全員を生還させる。

 それが部隊を率いる者としての務めだ。

 啓次は一人静かに、ハンドルを握る手に力を込めたのだった。


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