第2話
自分たちの隊長である柏啓次中尉は機嫌が悪い。
『03』とペイントされた装甲車に集まった人員は、共通してそれを感じ取っていた。
一番奥の席に陣取って、神経質そうに貧乏ゆすりをする人物が、機嫌が悪い筈がない。
それに顔は見えなくともその醸し出すオーラそのものが、険呑なのだ。
一体何が原因なのか、彼の心情の変化の理由がわかるはずもない。
あれから大した時間が経ったわけでもない、ならば何故、彼はあそこまで怒っているのだろうか。
誰ともなく、三名の装着者は顔を見合わせてから、彼らの中で一番先頭に居た人物が啓次に話しかけた。
「遅くなって申し訳ありませんでした、柏中尉!」
凛とした女性の声が車内に響く。
兎にも角にもまずは切っ掛けが必要である。
そして、自分たちに非が有ろうと無かろうと、彼の機嫌の悪い理由がわからなければ対処のしようもない。
まずは一番理由として有りそうな、自分たちの行動の遅さについて謝った。
が。
「お前らがうちの人員か。歓迎するぜ。で、お前らの中で装甲兵員輸送車を動かしたことのあるやつはいるか? まぁ、車みたいなもんだろうが」
別にそうではなかったらしい。
話しかけられた瞬間に、先程までの険呑とした雰囲気はあっという間に霧散していった。
どこか拍子抜けしたような空気が辺りに満ち溢れる。
しかし、逆にそういう拍子抜けした空気が啓次には不思議だったようで。
「なんだお前ら? 何をぼっとしてるんだ? コイツを動かしたことがあるのか、ないのか、どっちだ?」
「あ! ぼ、僕は訓練で何度か動かしたことがあります!」
「よし、じゃあお前が操縦しろ」
「は、はいッ! 了解しました!」
啓次の問いに答えたのは二番目に入って来た装着者だ。
声変わりしていないような、男性にしてはやや高めの声で啓次の問いに答える。
落ち着きがない、というよりは事に当たる時の狼狽癖があるのか、言葉を詰まらせつつも啓次の要請に答える。
「ああ、おい」
「な、なんでしょうか! 柏中尉!?」
啓次に指名されて、APCの運転席に座ろうとしていた装着者が素っ頓狂な声を上げた。
強化外装骨格を着ていることもあり、ぎこちなさのあまり動きの硬い彼はロボットにしか見えない。
更には緊張の糸が張り詰めているのであろう、彼の言葉は少しばかり悲鳴寄りだった。
「なんだも糞もねぇよ。名前と所属と階級を言え」
「ハッ……?」
「あのなぁ、俺以外のヤツを見てみろ? 似たような姿しやがってよ、違いが判らねぇだろうが。それにお前の所では『お前』とか『おい』で呼ばれてたのか?」
「そ、そういうわけでは……」
「だったらさっさと言え。誰でもいい。早いもの順で覚えてやる」
「フランツィスカ・S・シェーンハイト。所属はグランツ軍。階級は一等兵であります」
「ああ、一番地味な見た目のお前がシェーンハイトな、わかった」
幼さを強烈に残しながらも、儚さを含んだ声で、三番目に入って来た装着者が誰よりも早く名乗りを上げた。
覚えてやるの『る』が言い終わるか否かの速さだ。
さて、啓次からしてみると、似たような強化外装骨格を装着した中で、一番装備品が少なそうなヤツ、それがシェーンハイトだった。
「で、お次はお二人さんのどっちだい?」
「ぼ、僕はっ!」
「セリーナ・アーリス。オーダーゲート軍所属。階級は少尉です」
「アーリス少尉か、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします。柏中尉」
最初に啓次に声を掛けた女性が、次に早く名乗りを上げた。
相手の階級が少尉であるからか、啓次の口調も幾分か大人しいものになる。
ふむ、と啓次はアーリスの強化外装骨格を見定める。
頭部の眼に当たるは三人とも共通のゴーグル状であり、規格が統一されたその様を見ると否でも兵器であることを再確認させる風貌だ。
また、職人が作り上げた最高級の鎧の様な、流線美の滑らかさを持つ叢雲とは異なり、彼女らの強化 外装骨格は金属から削り出されたことを如実に表した、全体的に角張った装甲である。
それ以外に大きく共通する点といえば、背負われたバックパックだろうか、いや、装甲によって造られているだろうそれは、どちらかといえばコンテナか。
そう言った共通点はあるが、ところどころ差異が見られるのも彼女らの強化外装骨格の面白いところであり、アーリスのは全体的にややごつく、特に脚部の太さが相当に目立つものだ。
「アーリス少尉、ところで君の強化外装骨格だが」
「私達の強化外装骨格は全て和泉重工の製作によるものです。開発コードは『天津風』、と担当の方が言っておりました」
「それが全て同一規格なのか? かなり違って見えるが」
「私の天津風は正確には天津風甲型といい、超長距離射撃を主眼とした装備であると聞いております。また、天津風の基本形としてはシェーンハイト一等兵のものがそうであります」
なるほど、道理だ。
啓次はそう心の中で呟いて、シェーンハイトの強化外装骨格を見直した。
確かに、他の二人のものと比べれば随分とシンプルである。
恐らくはあれを元に局地戦型などを増やし、低予算であらゆる戦地に対応できる兵器を造るという腹積もりなのかもしれない。
一つの強化外装骨格と、複数の局地戦対応装備。
まぁ、和泉重工がどういう手段で売り込もうとしているのかは啓次には興味はないのだが。
目下の興味は一つだけ。
「アーリス少尉、君は超長距離射撃を目的とした機体だそうだが、それらしい装備はどこに?」
「装甲車に既に積んであると聞いております」
「……すまない、それは誰から聞いた?」
「? 和泉重工の重原殿でありますが?」
つくづく、和泉重工とは変人に当たるという妙な縁があるらしい。
アーリスが女性であるということも十二分にあるだろうが、時間が無くとももっとしっかりした説明ができるやつを当てて欲しかった。
三名の隊員を預かる身でありながら、何も知らない自分が情けなくなって来るではないか。
もしかしたら自分の相棒とも言える強化外装骨格・叢雲にも自分の知らないことが数多くあるんだろうな、と思ってしまうと。
叢雲の中で溜め息を一つすると、啓次は最後になった彼に視線を向けた。
「で、お前が最後だ」
「は、はいッ! 自分はエヴァン・マクラウドであります! 所属はオーダーゲート軍! 階級は軍曹であります!」
「落ち着けマクラウド軍曹。先任下士官として兵たちの規範となる君がそんなことでどうする。『鬼の軍曹』ではなく『仏の軍曹』と呼ばれてしまうぞ、それでは」
「も、申し訳ありません、柏中尉! い、以後気を付けます!」
お前は軍人としては致命的に向いてないんじゃないか、と言ってしまいそうになったがとりあえず飲み込む。
何はともあれ、軍曹まで昇り詰めた見であるのは間違いないのであり、それに見合うだけの資質と働きをしてきているのだろう。
それを疑ってかかるのは失礼にあたる。
「マクラウド軍曹、君は」
「申し訳ありません! 自分はつい先日軍曹に昇進したばかりであり、あの、それで!」
「わかったから落ち着け」
やれやれと啓次は首を振った。
軍曹、という地位は下士官でありながらとてつもなく重要な地位だ。
古参の軍曹の意見は新人少尉の意見よりも採用されることが多いことからもわかるだろう。
しかし、マクラウドは先日昇進したばかりという所謂新人軍曹だ。
啓次が期待したような古参兵ではないということになる。
多分、何の因果か強化外装骨格の装着者に選ばれた時に昇進でもしたのだろう。
一等兵と新人軍曹が一人、最高だ、隊員四人の内二人は新人とは。
「で、君の機体の特徴はなんだ、マクラウド軍曹」
「はっ! 自分の強化外装骨格は『天津風乙型』であります!」
「その特徴は?」
「え、あ、はい! 通信機能と索敵機能を強化した支援機であります!」
「じゃあ……そのバックパックの中身は?」
「通信機一式であります!」
「では、その頭部についているものは追加センサーか?」
「そ、そうであります! よくお気づきになられましたね……」
マクラウドの強化外装骨格・天津風乙型。
装甲自体はシェーンハイトの天津風とあまり変わらないが、その特徴はやはり背中の、装甲バックパックとでも言おうか。
その装甲バックパック内に収納された通信機器と、必要に応じてゴーグル前に降ろす頭部の追加複合センサーだろう。
確かにセンサー類を一つのパーツに全て収納するのはコストもかかるし、一度壊れたら替えが利きにくい。
しかし、策敵用に更に高度化させたものを別のパーツとして製造し、装備として追加すると言うのはコスト削減に極めて有効だろう。
あえて二つに分けることで、高価な部品の使い過ぎを抑制するとは。
「ところで中尉、一つよろしいですか?」
「……っと、すまない。なんだ、アーリス少尉?」
「貴方の強化外装骨格は一体どんな特徴を持っているのでしょうか?」
啓次の天津風乙型への考察は、アーリスのそんな疑問で遮られた。
そしてああ、しまったと啓次は気付く。
一番重要な事を忘れていたのだ、啓次が一番知らなければいけないことは、自分の事、つまりは叢雲のことではないか。
一体何が得意で何が出来るのか、それを一番知りたいのは啓次である。
「それがわからんのだ。和泉重工の連中にも碌に説明されずに放り出されたものでな」
「説明も受けずに、ですか? てっきり説明を受けている為に遅れたのかと」
「知っての通り、俺は後続の大和陸上軍の一員だからな。先遣隊として入っていたオーダーゲートとグランツとは違い、確かに時間がなかった。しかし、何故説明されない?」
まさか説明しなかったことに意味があるのだろうか。
いや、それとも他にもっと深い意味が、いや、あの福沢という男を思い出すとそうは思えないような気がする。
しかし、と思考の袋小路にはまりかけていた啓次を救ったのは、意外にもマクラウドであった。
「あの、柏中尉……他のAPCは動き始めてますけど、僕たちはどうします?」
「ん、ああ。そうだな。俺たちも出発しよう。とりあえずこのポイントまで進んでくれ」
「了解しました」
考えていても埒が明かないだろう。
今は前へと進むしかない。
啓次はマクラウドにとりあえずの第一目標を指し示し、装甲車を走らせることにした。
◇
砂塵を巻き上げながら、APCの車輪が止まる。
国際統治連盟平和維持軍の駐屯地から出発して2時間ほどのところで、装甲車は一旦停止した。
丁度、啓次が指示したポイントでもある。
第一の目的地に着いたことで、啓次は新たに指示を出す。
「さて、マクラウド軍曹。お前は外に出て、そのレーダーで周辺の敵反応を探れ。あまり離れるなよ、万一の場合はすぐさま戻れるようにしておけ」
「了解しました!」
「アーリス少尉は俺と物資の確認を」
「了解」
「シェーンハイト一等兵、お前はAPCの席に着け。マクラウド軍曹が対処困難な敵を発見した場合、速やかに発進できるようにしておけ」
「了解です」
そう、まずはともあれ何ができるかの確認である。
今ある自分たちの装備がなんであるのかが分からなければ、話は始まらないのだ。
まずは己を知ることから始めるのは兵法の基本であり、作戦も立てられたものではない。
「さて、とりあえずは補給物資、食料の方から見てみるか」
「了解です。それなりにあればいいのですが」
と、装甲車の一角を占領しているコンテナを調べていく。
目的のものはすぐに見つかった、いくつかのコンテナのラベルに『戦闘糧食』と印字されたラベルが貼られていたのである。
分かりやすくていいと思いつつ、その中身を確認していく。
「大和にグランツ、オーダーゲート、どれも三軍で使用されているものばかりだな」
コンテナ中身は大抵がプルトップ無しの缶詰だ。
軍用レーションの缶詰は空輸の際、高度から落とされてもその衝撃に耐えられるようにするため、プルトップを付けないのだ。
もちろん、簡易の小型缶切りを付けている場合もあるが、数が多くないこともあり取り合いになりやすく、それを知っているが為に缶切りを持参する兵も居るくらいだ。
戦場という極限状態の中、食事というのは極めて重要な娯楽なのである。
「そうみたいですね。グランツのEINにNV、我々のGPR。これは大和の携帯口糧Ⅱ型ではないですか。美味しいらしいですよね、これ」
「スターフラッグのレーションに比べりゃよっぽどうまいのは確かだ。一回食ったことがあるがあれは不味かった」
「スターフラッグのレーションは不味いことで有名ですからね。後はヒーターに浄水剤、飲料水に市販のスポーツドリンク……ところで中尉、チョコバーはお好きですか?」
「急にどうした、アーリス少尉?」
「いえ、中尉はお好きなのかな、と」
ふと、考えてみると昼飯を食べていないことを啓次は思い出した。
他の隊員が食べていないのなら、食事にしてもいいし、既に食べているのであれば一本頂戴しよう。
「ふむ。アーリス少尉、昼食は食べたのか?」
「既にいただいております」
「ならマクラウド軍曹も食べているか……軍曹! 君は昼食を食べたか?」
「え? はい、合流前に早めにいただきました!」
「シェーンハイト一等兵、お前は?」
「食べていません」
どうするか、昼食を摂っているものも摂っていない者も半々。
腹が減っては戦は出来ぬと言うが、と叢雲頭部装甲内で視線を動かし時刻を表示させる。
オーダーゲートのとある一都市の名を冠したグレニッチ標準時では既に午後三時を少し過ぎたばかりであった。
まだ銃器の点検も済んでいないが、だからと空腹のままも辛い。
啓次は決めた。
「二本貰おうか」
「中尉は欲張りな方なんですね。はい、どうぞ」
「……なるほど、突然チョコバーがどうのと言い出したのはこれのせいか」
啓次がアーリスから手渡されたのは、双方不味いと評価するスターフラッグのレーションの一つ、チョコバーである。
確かに、スターフラッグがこの手のデザートに関しては開発に熱心な国の一つであるのには間違いない。
わざわざこれが支給されているのは気の利いた配慮といえるだろう。
ご丁寧にデザートバーと呼ばれる高温地域でも融けないことが特徴の、砂漠戦仕様チョコバーだ。
最前線では貴重な甘味として、取引にも用いられるこのチョコバー。
一つ食べれば戦闘員が一日に必要とする最低限のカロリーを余裕で摂取できる優れものである。
「シェーンハイト一等兵、すまんがこれを食べていろ」
「あ、ありがとう……ございます」
「しかし中尉、どうやって食べるのです?」
シェーンハイトにチョコバーを投げ渡した啓次は、アーリスの素朴な疑問に硬直した。
食べる為には頭部装甲を外さなければならない。
単純なことではあるが、かなり面倒な事じゃないのか、これは。
どうしたものかと悩み始める啓次だが、その悩みを与えた張本人であるアーリスがまたも解決する。
「頭部装甲内のメニューの一つにフェイスマスクの装甲を開放できる場所がある筈ですよ」
「そうなのか?」
「少なくとも天津風にはその機能があります」
同じ和泉重工が造ったのなら同じ機能がある筈だ、そう信じると果たして、叢雲にもその機能があったようだ。
早速使用して見ると、ぱきりという堅い物が割れる音がしたかと思うと、ぐじょという粘着性のある物体が動く音が口の周りから聞こえてきた。
それも僅か数秒、口周りが完全に外気に触れたのがよくわかる、口周りだけがやけに暑い。
チョコバーのパックを開けてとりあえず齧り付く。
「味はどうですか?」
「ほんのり甘いが簡単には噛み砕けやしない。チョコレートじゃなくて粉を食ってるみてぇだ。すげぇな、茹でたじゃがいもよりはマシな程度っていう注文を忠実に再現してやがる」
「美味しいからと、兵士に気軽に食べられても困りますからね」
「それもそうなんだがな」
啓次はなかなか噛み砕けないチョコバーを齧りつつ、アーリスと共に残りのレーションの確認をしていく。
最も、大して変わったものが出て来る筈も無く、一通りの確認はすぐに終わった。
「かなりの量が積まれていますね。四名なら2週間、節約すれば3週間はいけそうです」
「三日か四日あれば十分達成できそうなもんだが、食料はあるに越したことはない。それと、装甲車を破棄する可能性も踏まえてバックパックに詰めるだけ詰めておこうか」
「随分と……念入りですね?」
「ああ、まだ話していなかったが、今回の作戦行動に国家統治連盟平和維持軍からの支援は一切ないからな。最悪は常に想定しておく」
啓次の言葉に、車内の空気は完全に冷えて固まった。
支援がない、ということは、援護の打電をしても助けが来ない?
つまりは救難要請を出しても、救援部隊が出ることはない?
じゃあこの不自然なまでに多く詰まれた食料はつまり?
数々の疑念が渦巻き始める中、啓次は淡々とレーションのコンテナを閉じた。
「強化外装骨格を装着した兵士が極限状態の中でどれだけ生存できるのか、どれだけの戦闘行動を取れるのか確かめているんだろう」
「そんなぁ! それじゃあ僕たち、実験用のマウスみたいじゃないですか!」
「そうだな、似たようなものかもしれん。だが俺は死ぬ気は無い。必ず任務を成功させて戻る、それだけだ」
「そうですね。我々にできることをやり遂げて、必ず帰りましょう」
一気に重くなった空気を払う様に、啓次はチョコバーを思い切り噛み砕いた。
◇
「次は銃器類だな。さっさと終わらせちまおう」
「はい……」
啓次の声は依然として変わらないが、アーリスの声は明らかに意気消沈していた。
何の補給も受けることが出来ない、助けも来ないというのが想像以上にプレッシャーとしてのしかかってきているのだろう。
無理もあるまい。
「少し休むか? アーリス少尉?」
「いえ、やります。少しでも動いていた方が気が紛れます」
「その意気だ」
それでも、やるしかないのだが。
銃器類のコンテナはレーションの入っていた以外のものである。
最初から選り分けられているようなものだ、一つ一つ開けて調べてみる。
中には梱包材で丁寧に包まれた、鈍く輝く銃器が満載されていた。
「どれもオートマチックか。拳銃にアサルトライフル、短機関銃に軽機関銃か」
「こっちはショットガンと各種グレネード、爆薬のようです」
「対人榴弾に閃光弾と焼夷弾、更にはセムテックスか。より取り見取りだな。四人が使うには過剰な銃器だ」
「弾薬も相当数ありますね。一体何を相手に想定しているのでしょうか?」
「相手はただのテロリストの筈だが、もしかするとここからどういう武器を選ぶかまで選考に入っているのかもしれんな」
「まさか」
「まさかと思うか?」
「そう言われると、有り得ないことでもないのかもしれませんが」
「ま、俺らみたいな前線の兵士が、頭のいい奴らの考える事なんかわからないのは当然だからな」
啓次は丁度、取り出したP220の一つにマガジンを装填したところだった。
そして、じっと銃を見てみる。
アーリスも別のP220を取り出したところだったが、そうやってじっと銃を見ている啓次に気付いて不思議そうに尋ねた。
「どうかしたんですか中尉?」
「いや、こいつは強化外装骨格専用に調整した銃器だな。全部がとは言わないが、大半はそうに違いない」
「どういうことです?」
「なに、簡単だよ。グリップは大きめに作られているし、トリガーガードもやけに大きい。みろ、俺の叢雲の指でも簡単に入る」
「……マガジンを装填した銃で試さないでもらえますか?」
「そいつは悪かった」
頭部装甲で隠されてはいるが、冷たい眼で睨まれているだろうことは容易に想像がつく。
啓次は肩をすくめて見せるとP220からマガジンを抜いて元の場所に戻しておいた。
今のところ叢雲に銃をしまえるような場所は無いのである。
二振りの日本刀を提げているベルトに捻じ込もうかとも思ったが、もしかしたら似たようなものが物資の中にあるかもしれないと僅かな希望を抱きつつ、銃器類のチェックを再開することにした。
が、どうにもうまくいくことばかりではないらしい。
叢雲頭部装甲内に『音声通信』の文字が入ったかと思うと、マクラウドの裏返った声が聞こえてきた。
『た、隊長!』
「どうしたマクラウド軍曹! 敵か?」
『敵かどうかはわかりませんが、ジープが二台、接近してきます!』
「乗っている人数と人物の特徴はわかるか?」
『ええと、はい、見える限りでは5人、全員頭にターバンを巻いて肌はやや浅黒いです! クファール人かと思われます!』
「車載銃は見えるか?」
『恐らくは装備していないと思われます!』
「他に反応は?」
『ありません! 接近してくるジープだけです!』
はてさてどうしたものか、と啓次は考える。
逃げるのは簡単だが、相手はジープだ。
戦車と違い小回りも効くし足も速い、逃げるにしても最後には追いつかれるのは間違いない。
それに最初から敵と判断して行動するのもどうか、もしかしたら砂漠の真ん中で助けを求めているだけかもしれない。
いや、そんなことはまずありえないだろうが。
だが、これは逆にいい機会なんじゃないか、と啓次は思った。
「全員に一つ聞きたい、実戦の経験はあるか?」
「私はありません」
「私も、です」
『僕もありません!』
「実を言えば俺も無い」
意外かと思うかもしれないが、軍人といえども実戦に出て、しかも人を殺したことがある様な人間ばかりじゃない。
大きな大戦が無くなった今、軍人が銃器を持って敵を撃てるのはこのような紛争地域への出兵時のみである。
しかも、その出兵も全軍が出るわけではない。
クファールに出兵しているのは軍全体の何パーセントだろうか。
それだけではない、軍には空軍もあれば陸軍もあり海軍もあり、それぞれ違う場所で戦っている。
更に前線で戦う者もいれば衛生兵や通信兵と主に後方で戦っている者も居る。
むしろ、軍人で人を殺す実戦を経験した方が少数であるのだ。
「マクラウド、装甲車に戻れ」
『に、逃げるんですね?』
「違う」
『え?』
だから、啓次は決めた。
迫ってくるジープは恐らく敵だろう。
万一、ただ助けを求める民間人の場合もあるかもしれないが、備えておいて損はない。
どうせ人を殺すことになるのだ、それが早いか、遅いかの違いのみ。
ならば、戦うために剣を取る。
「総員戦闘準備! 初の実戦と行こうじゃないか」