第1話
「やぁやぁようこそ! こんなむさくるしいところによくお越しいただきました! えーっと?」
和泉重工のテントを訪れた啓次を出迎えたのは、あまりにも場違いな陽気な声だった。
抱きつかんばかりに腕を広げ歓迎の意志を見せている、ようには見える。
啓次は以前の事もあり、和泉重工の技術者というものにあまり良い印象は抱いていない。
福沢の妙なテンションに一切合わせることなく、淡々とした口調で完璧な答礼を行う。
「大和陸上軍第三師団中尉、柏啓次であります」
「はいはい! 柏だったね、柏中尉! もう覚えたよぉ」
「福沢さん、貴方も自己紹介をしてください」
「そうだったね、僕は福沢健吾。強化外装骨格『叢雲』の開発主任だよ。で、こっちのみっちゃんは――」
「和泉重工第19開発室副主任、重原岬と申します。以後、お見知りおきを」
「柏さんと言いみっちゃんといい堅いなぁ。もっとゆるく行こうよ、ゆるく」
直立不動を貫く啓次と、一切表情を揺らがせない重原。
その間の空気を読まないかのように、へらへらと笑い続ける福沢。
緊張感がまるでない男である。
「じゃ、とりあえず柏中尉にはここで待って貰ってて。僕はすぐ用意してくるよ」
「了解しました。柏中尉、どうぞお座りください」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、失礼します」
重原に促されるまま、啓次は勧められたパイプ椅子に腰を下ろす。
どうぞ、と水とタオルとを手渡された啓次は礼を言いつつ顔を拭いた。
拭き終わった後は、水を一口。
その一連の動作の終わりを待っていたのか、啓次とは机を挟んで真正面に座っていた重原が口を開いた。
「ところで、柏中尉はどこまでお聞きになられましたか?」
「強化外装骨格について、ですか?」
「ええ、それ以外に何か?」
「いえ、まぁ……」
啓次は口を濁した。
どうかしたのか、と首を傾げる重原。
正直に言うのは憚られるが、言ってしまった方が良いのだろうと決心する。
「一応、受けたのには受けたのですが、私の印象からすれば強力な馬力と装甲を兼ね備えた二足歩行兵装、といった感じでしょうか」
「それだけですか?」
「ええ。むしろここ、クファールへの派遣の方が衝撃的でありまして」
「……失礼ですが、貴方に今回の件を説明した方はどのような方でしたか?」
「ああ、ええと……白衣を着ていて、色白で、かなり腕が細かったと」
「その方は人の話を聞かず、自分の喋りたい事だけを一方的に喋るような人ではありませんでしたか?」
「はい、正にその通りの人です」
啓次の肯定を受けると、重原はやっぱりかと言う思いを込めた溜め息を吐いた。
よくはわからないが、あのもやしの様な男はかなりの厄介者なのだろうと啓次は想像し、正にその通りであることが重原の口から語られた。
その男の名は萩野雅義、和泉重工で最も優秀な科学者で、最も厄介な人物だと言うことだ。
曰く、萩野雅義は常に自分の研究室に引き篭もり、いつ出社しているのかもましてや退社しているのかも誰も知らないという怪人物であること。
曰く、和泉重工開発部門の最高責任者であること。
曰く、研究室から出てくるのは新しい発明が出来た時か、もしくはその新しい発明を自慢する時くらいだそうだ。
で、啓次が和泉重工を訪れた時はたまたま新しい発明を自慢する為に外を徘徊していた時期であり、外部の人間に自慢したいと言うことで。
「そういう経緯があったんですか」
「本当に申し訳ありませんでした。萩野部長は和泉重工に多大な利益をもたらしているので、多少の無茶は簡単にまかり通ってしまうのです」
重原の口調からは疲れが感じ取れる。
余程荻野という男は自由奔放なのだろう。
それでも、会社から放逐されないのはそれらのデメリットを超えてあまりあるメリットを会社にもたらすから。
成程、合理的である。
「それでは、荻野部長から大体の事を聞いているとは思いますが、細かい事は私が捕捉させていただきます」
会社勤めの悲哀か、重原は上司荻野が悪いようなことは一切言わず、あくまで伝えるまでも無かった細部の補足であるということを前提にする。
上下がある以上、どこも似たようなものなのだと啓次は思いつつ、重原の想いを汲んでただ、お願いしますとだけ言った。
「柏中尉も得体のしれないものに身を任せるのは不安でしょう? 何か聞いておきたいことはありますか?」
「そうですね、まずは防御面からですか。荻野部長は着る戦車と表現していましたが」
「その表現は間違いありません。表層の流動性金属装甲、中層の細分化超硬金属群、下層の柔金属製筋繊維により、理論上は戦車に搭載機銃程度は十二分に耐えられる筈です」
「戦車の機銃!? 12.7mm弾をですか!?」
「はい、その通りです」
啓次は素直に感心した。
戦車に搭載される機関銃といえば、12.7m弾を使用する重機関銃が世界的に主流である。
有効射程、最大射程は歩兵の持つ自動操縦を大きく上回り、その破壊力と連射性は驚異的だ。
それを防ぐことが出来ると言うのはかなり画期的な装備であろう。
「しかし、いくら強固な防御力があると言えども同じ個所に被弾すれば防御能力は極端に落ちます。私としては戦車に突貫するような無謀な真似はお勧めできません」
「さすがに、そう言う無謀な真似はしませんが」
「念の為です」
「ははは……」
苦笑いを浮かべる啓次。
しかし、頭の中では防御の要であろう知らぬ言葉が渦巻いている。
荻野が話していた柔金属製筋繊維はもちろん、流動性金属装甲に細分化超硬金属群。
啓次程度の頭では理解しきることのできない最新科学の塊、それが強化外装骨格なのであろう。
戦車の重機関銃にさえ耐えると言うのならば、量産の暁には間違いなく戦場の花形になってもおかしくない。
彼らの言うスペックがその通りであるならば、という注釈が付くが。
もし、その性能通りに発揮されなかったら――
「どうかされましたか?」
「いえ、少し緊張してきまして」
「我々の方も数多くの実験を繰り返してまいりました。安心してください」
啓次は溢れ出た冷や汗を拭き取る。
もしもの時、自分はこの異国の地で死ぬことになるかもしれない。
軍に入った以上、常に死ぬことは覚悟していたつもりであった。
が、強化外装骨格という『安全』の保障に委ね切って、死の泥沼に足を取られる可能性も十分にあるのだ。
絶望とは時に希望をちらつかせてくるものであることを、忘れてはならない。
「ああ、ところでその『叢雲』の武装については?」
「それは――」
「みっちゃーん、用意できたよー」
重原の言葉を遮るように、へらへらとした笑いを顔に張り付けた福沢がテントの中に頭だけを突っ込んできた。
あまりにも場違いすぎる空気に一瞬毒気を抜かれるが、すぐに張り詰めた空気がテント内に満たされる。
が、そんな空気を一切気にしないのが、福沢という男だ。
「んじゃ、みっちゃん、柏さんの準備の方はよろしくねぇ」
福沢が顔を引っ込める。
啓次は福沢が顔を出していたテントの入口をじっと見ていたせいか、重原は不快な思いをさせたと判断したのだろう。
重原は頭を下げた。
「騒がしい人で申し訳ありません」
「いえ、あの人の下で働くことをお察しします」
「荻野部長と同じように優秀な人なんですけどね」
荻野と同じように、普段の行動に問題がある優秀さなのだろうが。
荻野といい福沢といい、どうして重原程の落ち着きがないのであろう。
技術者は人間性と技術力は反比例するのではないかという失礼にも程がある偏見を、啓次は和泉重工に持ち始めていた。
「それでは、準備を始めましょう。ついて来てください」
「了解です」
重原に促され、啓次が立ち上がる。
テントの外へ一歩踏み出して、啓次は空を見上げた。
雲一つ存在しない空は雨という物を感じさせることはなく、どこまでも澄み切って。
太陽は中天に座して圧倒的な光線を降り注がせる。
「どうかしましたか?」
「いえ、少し眼が眩んだだけです」
「もう昼ですからね」
確かに、どこからかスープのほのかな香りが漂ってきた気がしたが、それもすぐに硝煙の臭いで掻き消えていった。
◇
案内されたテントの中で、啓次は呻いていた。
とある物を手に持って。
「本当に着るんですか、これ?」
「はい。いますぐに着替えてください」
啓次がこのテントで手渡されたのは黒のパンツである。
パンツはパンツでも必要な所以外は一切隠さないもの、所謂ブーメランパンツだ。
しかも素材は強いゴムで作られているようであり、もの凄く締め付けてきそうである。
「服はこのカゴに入れておいてください。穿いたら呼んでくださいね、すぐ隣に居ますから」
そう言うと重原は薄い布一枚に仕切られたテントの向こう側に行く。
カーテンと同じように吊られた布の向こうからは、先程からカチャカチャという金属が擦れるような音がしていることから福沢が居るのだろう。
鎮座する強化外装骨格と共に、啓次が来るのを待っているのだろう。
手渡された一枚の布をじっと見て、啓次は覚悟を決めた。
いや、決めるしかなかった。
「着るしかない、のか」
軍服に手を掛け衣服を脱いでいく。
上着を脱いで畳み、その上に首にかけていたドックタグを置く。
次にズボン、下着と脱いでいき、裸になったところでもう一度、自分が穿かなければならないものを見つめた。
「ええい、ままよッ……!」
脚を入れて一気に引っ張り上げる。
強烈な締め付けが下半身を襲う。
軽く悶絶しそうになるが、懸命に堪える。
想像以上に強い締め付けだ、一体何の意味があるんだこれは。
呪詛の言葉が口をついて出そうになるが、精一杯の精神力で堪える。
外していたドッグタグを首にかけなおすと、啓次は着替えが終わった旨を伝えた。
「終わったの? ほら、みっちゃん開いて、はやく!」
「わかりました」
そう聞こえたかと思うと、間にあった布が開かれた。
啓次の目に飛び込んできたのは、こちらに背を向けて立っている『何か』。
背中をぱっくりと開けられたその黒い『何か』は、魂が抜けた骸のように俯いている。
そして啓次の目を引いたのは中身、開かれた背から覗く色は血の様に暗い赤色であった。
見方を変えれば、背中を食い破った化け物が啓次を飲み込もうと待ち構えているようでもある。
「これが強化外装骨格『叢雲』だよ」
「これが……ですか?」
「うん、そう。いやぁ、それにしても君、良い身体してるね。まぁちゃんと君の様な人間を選んできてもらったんだけどね」
啓次の圧倒されるような気持ちなんて屁でもないと言う様に、福沢は啓次に近付くとぺちぺちとその身体を叩く。
軍隊生活もあるのだろう、引き締まった身体にはバランスよく筋肉がついており、動きを阻害するような無駄なものはない。
男の憧れ、とも言って良いだろうか。
「失礼、やめてもらえますか?」
「ああ、ごめんごめん。ついね。やっぱり、そっちの気はない?」
「ありません」
「これは失敬。軍隊生活が長いとそう言うこともあるのかな、と」
失礼なことを言っている自覚があるのかないのかわからないが、以前としてへらへらと笑っている福沢。
軍隊をなんだと思っているのだろうかと啓次は思うが、確かにそういう特殊な趣味を持っている者も、居るには居るのでなんとも言えない気分である。
とにかく、この福沢という男は化け物だ。
啓次は改めて福沢という男をそう結論付けた。
いくら軍の駐屯地で、周りを戦車と装甲車と更には屈強な兵士で囲まれているとはいえ、ここまで緊張感なく笑っていられるものだろうか。
テロリストの巣窟言われるこの地で、この余裕はなんなのか。
そして、福沢の目は、今に至るどの瞬間であっても、笑ってはいないのだ。
「じゃあ、準備しようか。とりあえず、叢雲の前に立ってもらえるかな?」
「わかりました」
さっさと終わらせてこいつから離れよう。
そう考えながら、啓次は強化外装骨格『叢雲』の前に立つ。
何度見ても不気味な背中だ。
ぱっくりと開いた背中から見える暗い赤色が、獲物を待ち構えた化け物の口の中のよう。
「はいはい、それじゃ柏さん、靴と靴下を脱いでね。裸足で入らないと中身を傷つけるから」
「わかりました」
「うん? 脱いだ? じゃあそのまま、ブーツを履くように中に突っ込んでいって」
言われるままに、啓次は脚を化け物の口に差し出した。
どうやらこの赤い物体はジェル状の物質らしい。
ひんやりとした感触、そしてぐちゅりともぐちゃりともとれる、血の滴る生肉と内蔵の中に手を突っ込んだような嫌な音が響く。
顔を顰めながら、まずは右脚そして左脚と、嫌な音を響かつつ突っ込みきると、抜けていた身体に魂が宿るかのように少しずつ起き上がってくる。
魂を漲らせた鎧は、少しずつ力を入れて立ち上がり、啓次の腰の辺りまで這うように登って来た。
と、そこで一旦動きを止める。
下半身はすべて啓次を覆ったが、未だ上半身は垂れ下がったままだ。
「いいよいいよぉー。じゃあ、次は同じように腕を突っ込んで」
言われるままに、魂が抜けて垂れ下がったただの筒の中に腕を突っ込む。
もうひんやりとした感触も、この肉の中に手を突っ込む様な音にも慣れたのか、今度は随分と勢いがある。
そして、命を漲らせた腕が少しずつ這い上がってくる。
「ああ、みっちゃん、柏さんのドッグタグ外しておいて」
「わかりました」
重原が啓次の首に掛かっていたドッグタグを外す。
今や完全に魂を取り出したのであろう叢雲は啓次の腹を覆い、背中を覆い、首元まで這い上がってきていた。
そしてぴっちりとその口を閉じて、啓次を完全に覆ってしまった。
露出しているのはもう頭ばかりである。
「じゃあこれが仕上げ」
啓次は一瞬、それを蒼い眼をした生首と見間違えたがそうではなかった。
最後の仕上げとして装着する叢雲の頭部を、福沢は持っていたのである。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
中をちらりと見た。
その中も、やはり血の色で満たされている。
ああ、これも他の物と同じなのだろうと予測しつつ、被りはじめると案の定、ひんやりとしたかと思うとあの嫌な音が響いてきた。
今度は耳元のすぐ近くで。
もうどうせこれが最後なのだと、啓次は一気に頭を押し込んだ。
首元でぺちゃりという粘度のある液体が滴るような音がしたかと思うと、ほんの僅かに外気に触れていた首筋の隙間が塞がれる。
目元周りには水中用のゴーグルを押し付けた様な圧迫感があるが、瞼の上にはそんな圧迫感は全くない。
恐る恐る目を開いてみれば、目の前に変わるのは先ほどと全く変わらない、ただのテントの中だ。
「うん、装着完了だよ。おめでとう」
「終わったん、ですか?」
その実感が、啓次には無い。
ただ、何か不気味な皮を被っているような感覚しかないのだ。
「福沢さん、装着者登録を忘れています」
「ああ、そうだそれをすっかり忘れてた」
「なんなんです、それは?」
「セキュリティだよ。強化外装骨格のね。もし中身だけが殺されて引きずり出されても、相手が装着できないようにする為っていう」
さらりとした口調でそんなことを言う。
まるで何でもない事のように、明日の天気や今日の晩御飯のメニューを述べる様なそんな気軽さで言ってのける。
一方で重原が眉を少しだけ顰めている辺り、命というものの考え方も、二人の間では天と地ほどの差があるのだろう。
「それじゃ柏さん、右下の隅の方に視線を動かして二回まばたきして」
「まばたき、ですか」
「そう。まばたき」
言われた通り、視界の隅の方に視線を動かす。
すると端の方からブラウザが立ちがるようにして啓次の前に広がる。
眼前には『装着者情報登録』と『ENTRY』の文字がでかでかと表示されていた。
「何か出てきましたけど」
「そう、それ。文字の色が赤くなったらまばたきして。それがOKのサインだから」
「一応聞いておきますが、NOの場合は?」
「色が暗色になったら、同じようにまばたきすればいいよ」
言われて『ENTRY』の文字から視線を外してみると、確かに、赤かった文字は色を失いくすんだ灰色になっていた。
もう一度、『ENTRY』に視線を戻すと字は再び赤くなる。
そして、啓次は素早く二回まばたきをした。
表示されていた文字が全て消え、次に表示されたのは『装着者情報登録開始』の文字。
そのすぐに下にはパーセンテージと視覚化された進捗状況がある。
「うっ!?」
身体全体を締め上げる様な感覚。
叢雲が身体と一つになろうとしているような、そんな感じだ。
息苦しいような、そんな感じが数秒続いたかと思うと少しだけ力が抜けて行き、タイツを着ているような圧迫感くらいになる。
目の前のゲージはみるみる溜まっていき、100%になると『装着者情報登録完了』となってその表示は消えていった。
「その様子だと終わったみたいだね」
「ええ、終わったみたいです」
「そうそう、装着者情報登録が完了した強化外装骨格を他の人に着させちゃだめだよ? 防衛機構が働いて中の人を押し潰すから」
「……それ、先に言ってくれませんか?」
「先に言っても着てくれた?」
今すぐ殴ってやる、という気持ちをやっとのことで堪え、ふざけるなという叫びも必死に堪える。
福沢はこういう人間だと堪えるしかないのだ。
一々その行動に反応していたらすぐに寿命が尽きてしまう。
「さてさて、他にも君の装備である叢雲の説明をしたいんだけど、そろそろ作戦開始時刻なんだよね」
「なんですって?」
「じゃ、あそこにある武器を持って外に出ること。君の仲間が待ってるから」
「ちょっと、作戦とかなんとか、それに武器があれって冗談でしょう!?」
福沢が指差した先にあるのは鞘におさめられた日本刀が二振り。
ふざけているのだろうか、作戦の内容もともかく、支給される武器が日本刀とはどういうことだ。
一体真意はなんなのだ、目的は。
一気に押し寄せる思いが啓次の口を開かせる。
まだギリギリの理性はあるのか、声を荒げるものの口調は済んでのところで荒れずにすんではいる。
「そういうわけなんだよ。実地評価試験なんだしさ。聞いてるでしょ?」
「聞いてはいますが……、その任務の内容までは!?」
「ああ、そんなこと」
明らかに興味を失くしたかのような口調で、福沢は啓次から離れていく。
そしてモニターや通信機器と言った一目でわかるものから、啓次には見ただけでは用途不明な雑多機器が積まれた机の方に向かっていった。
その機器の中に埋もれるように、福沢は椅子に腰かけてただ一言。
「後は頼んだよみっちゃん」
それだけだった。
「柏中尉。こちらへどうぞ」
「……」
「作戦指示書の方は装甲車の方に積まれています。どうかよろしくお願いします」
懇願を僅かに滲ませた声で、重原は言う。
理不尽は今までに何度もあったが、今回のこの感覚はなんだ。
啓次は二振りの刀と共に置かれていたベルトを叢雲に巻くと、左腰に両刀をぶっ差してベルトの金具で鞘を固定した。
「……準備、できました。装甲車の方へ向かいましょう」
「ありがとうございます。それではまたついて来てください」
湧き上るものを必死に抑え、啓次は重原の後に従っていった。
◇
テントから出ると、先程の猛暑が嘘のようである。
強化外装骨格の機能の一つであろうか、外の熱気は内部までに伝わって来ず、やや涼しめの温度で保たれていた。
しかし、それをありがたがることが今の啓次にはできない。
怒りという感情が渦巻いて、どうしようもないのである。
この感触はあの時、和泉重工本社で荻野と会った時以来だ。
そう思いながら、連れて行かれた先には、啓次と同じように強化外装骨格を着込んだ者たちが居た。
三台の装甲車の前に立ち並ぶ、総勢11名の強化外装骨格装着者たち。
だが、そのどの強化外装骨格も啓次の着る叢雲のような丸みは無く、より正統派な兵器という角張った印象を与えるものばかりであった。
「遅いぞ! 貴様が最後だ、何をやっていた!」
その11名の前に立っていたのは、金髪緑目というグランツ人の特徴を見事に備えた居丈高のグランツ軍人だった。
啓次の他種強化外装骨格との初めての邂逅を邪魔するように怒鳴ってくる。
すぐに頭を切り替えてその男に着目すれば、肩の階級章を見る限り少佐に位置する人物のようだ。
強化外装骨格を着込んでいる為に、他の人間の階級はわからないが、この男より階級が低い事はあるまい。
「申し訳ありませんでした!」
「ふんっ……まぁいい。お前が大和陸上軍の柏啓次中尉だな?」
「ハッ! そうであります」
踵を揃え姿勢を正し、敬礼をして返答する。
未だ怒気が収まってない様子であったが、叢雲の腰に差された刀を一瞥すると少佐階級の男は11人の方へと向き直った。
「アーサー・コールリッジ大尉、ヴォルフゲル・シェーナー中尉、前へ!」
名前を呼ばれた二人が全く同じタイミングで返答をしつつ一歩前へと踏み出す。
二人の強化外装骨格は全く同じものであり、全体的に角張った印象を与え、目に位置する部分も叢雲のようなツインアイではなくゴーグルタイプであった。
どことなく、より出来そうなイメージを受ける。
「アーサー・コールリッジ大尉、ヴォルフゲル・シェーナー中尉、柏啓次中尉、、貴様ら三名は別れて装甲車へと搭乗。装甲車内で作戦指示書を読み、任務を遂行せよ。以上!」
ハッ、という返答が青空へとこだまする。
そして駐車されていた装甲車へと向かう。
上手い具合に分かれたところ、啓次が搭乗した装甲車は横に『03』とペイントされているものだった。
装甲車内に置かれていた作戦指示書をすぐさま取り上げ開く。
書かれていた内容を全て読み取った後、啓次の口からは自然と言葉が漏れ出していた。
「クソッタレぇ! これが実地試験だと!? 人間はモルモットじゃねぇんだぞ……!」
作戦指示書に書かれた内容は極めて単純だ。
強化外装骨格装着者四名のみで、地図に記載されたテロリストの潜伏地を指定日時までに探索、襲撃し壊滅させること。
壊滅させる為の手段は一切問われず。
作戦行動に関して国家統治連盟平和維持軍は一切関知してこない。
国際条約で禁止された兵器を使用した場合も、国家統治連盟は一切関知しない。
つまりは、兵装自由。
作戦行動終了後、強化外装骨格に関して気付いたことなどを報告する。
それ以上も以下も無く、本当に、ただそれだけ。