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剣戟に祈りを、鋼鉄に鎮魂を  作者: ばーぐらんと
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序章

 戦争が良い事か悪い事かと聞かれたら、俺は悪いと答えるさ。

 そりゃ、建前上悪い事だと答えないといけないのは皆が知ってる。

 戦争なんてものは汚いものだ、殺人なんてものは当たり前でそれが仕事で、場所によっちゃ略奪や強姦だってある。

 だけどな、戦争があるおかげで進歩したところがあるってのも事実だから、悪い事ばかりじゃないと言うやつもいる。

 確かに、酷い大戦の後に国家統治連盟なんてのができて、言語も統一されたおかげで世界は前より広くなったさ。

 でもな、やっぱり。


 戦争ってのは、やるべきじゃあないんだ。

 改めて言う事でもないんだがな。

 まぁ、それでも……それでももし、戦わないといけないのならば、俺は剣を取るがね。



「柏啓次二等陸尉。君にここに来てもらったのは他でもない。君にとある命令が下ったからだ」


 基地司令室に呼び出された柏啓次を出迎えたのは、司令官のそんな一言だった。

 突然の基地司令室への呼び出し、そして基地司令官大河原陸将直々の命令伝達に戸惑うのは当たり前で、無礼と考える暇も無く啓次は思わず聞き返す。


「命令、でありますか?」

「ああ。君の格闘技能を見込んで新型兵器の評価試験任務についてもらいたい」

「新型兵器? それは開発実験団の方が適任では?」

「そこに回せない任務だからこそ、この任務が回って来たのだよ。それも、私がわざわざ君に直接伝えるようとの要請付きで」


 眼鏡をきらりと光らせて、基地司令は啓次を威圧する。

 大河内総一郎、老いてなお健在。

 根元まで白くした髪はその年季を物語り、眼光の鋭さは衰えた者のそれではなく、研ぎ澄まされた刀の様な鋭さで啓次を射抜き、鍛え上げられた体は啓次に覆いかぶさってくるような無言の圧力を与える。

 恐ろしい事にそれが居るだけでその場に居る者に与える印象だということだ。

 しかし一方で啓次もその迫力に一切物怖じすると言うこともない。


「はっ。任務については了解しましたが、その詳細についてはいったいどうなっているのでしょうか?」

「質問は私ではなく後に君の元へ訪れる担当官に言いたまえ。私はただ命令を下すだけだ。繰り返す、私は命令を下すだけだ、君がこれから行う任務の無いようについては一切関係が無い。わかったな」


 露骨なまでにこの任務に拒否権は無く、自分は無関係であると伝えてきている。

 一体どういう任務なのだろうか、余程秘密主義にしなければならないものか、もしくは関わりたくないほど危険なものかのどちらかだ。

 本音を言えば啓次とて、そんな任務に就きたい筈がない。

 だが、それでも受けなければならない、何故なら上からの命令だからだ。

 受けなければ自分の首が飛ぶという組織、そういうものなのだ、(ここ)は。


「はっ! 了解しました!」


 完璧な敬礼をしてみせて、啓次は任務を受諾した。

 そのまま踵を返して基地司令室を後にする。

 歩く動作、扉を開けてから閉めるまで、その一挙一動が機械の様に正確に行われる。

 そして扉を閉じた瞬間、啓次の物わかりのいい兵士という実直な顔はすぐさま苦々しげな顔に変わり、帽子を脱ぐと勢いのまま整えていた短めの髪を前髪ごと一気にかきあげた。


「くそったれ、なんで俺がこんな命令を受けなければならないんだ」


 そう吐き捨てた啓次は自室へと歩き出す。

 廊下では革靴の立てる大きな足音が当分響いていた。



 辞令を受けてから三日後。

 啓次が訪れていたのは国内トップのシェアを誇る和泉重工本社の一室だった。

 どこまでも白く清潔な部屋の中に、一人制服で座っているのは落ち着かない。

 改めて命令を下した基地司令に舌打ちと呪詛の言葉を心の中で放ちつつ、啓次は大人しく待っていた。


「いやぁ、お待たせしました」


 そういって、部屋のドアを開けたのは白衣を着た優男。

 如何にも細く、ひょろ長いその容姿はどことなくもやしを連想させる。


「いえ。それは別に構いませんが、それよりも新型装備についてです」

「いやいや、とりあえずお茶でもいかがです?」

「ですからそれよりも今回の――」

「長いお話になりますから、そう遠慮なさらずに」


 そう言うと白衣の男は部屋を出ていく。

 彼の言葉の通りならばお茶を汲みに行ったのだろう。

 技術屋とはこうも話を聞かないものなのだろうか、と辟易しながら啓次は天を仰いだ。

 もちろん、白い天井に蛍光灯が並ぶばかりである。

 窓の外に目を向ければ、陽の光を反射する銀の木が立ち並ぶ。


「すいません、何度もお待たせして」

「お構いなく」


 お盆の上に湯呑を二つ乗せてきた白衣の男は今でも崩れ落ちそうで、触れるだけで折れてしまいそうである。

 今まで極限にまで鍛えられた男たちの中に居たこともあって、啓次からすればこの男の印象はかなり柔い。

 日に焼けていない真っ白な細腕が、余計にその印象を際立たせている。


「さて、わざわざ本社までお越しいただいて申し訳ありません、柏二等陸尉」

「任務ですから。それよりも私に一体何を頼みたいと?」

「それなんですが……ところで、柏二尉はクファールをご存知ですか?」


 どうして一々話を逸らすんだと舌打ちしたくなった啓次であったが、クファールと聞いて顔色が変わった。


「クファール? なんだってそんなところが出てくるんです?」


 クファールとは南の沿岸のみが海に面し、北方は険しい山岳地帯となっている荒野の国だ。

 荒野の国、とは伊達ではなく国土の80%が砂と岩で成り立っていると言って良い。

 まともな緑は首都であるガーバート市と各地に点在するオアシスくらいしかないと言われている。


「さすがにお詳しいですな、柏二尉」

「あまり冗談は好きではないんですよ、私は。ええ、仕事柄よく知ってますよ、軍国主義国家クファールについてはね」


 クファール、その荒野の国が良く知られている一番の原因は軍国主義だ。

 徹底的な軍至上主義と秘密主義はよく知られており、その国の内部事情のほとんどが世間に出回らないという、世界から切り離された国。

 多くの活動家がその国の真実を伝える為に国境を越え、二度と帰ってくることの無い不毛の地。

 また、北部の山岳地帯は軍国主義国家転覆を狙う反政府活動家も多く、そこがテロリストの温床になっているとの批判も多い。

 一時期この国からもテロリスト撲滅の為の派兵を行おうとしていた時期があり、啓次が詳しいのもそれが原因である。


「しかし何故クファールなんです? 一体和泉重工と何の関係が……」

「柏二尉は、我々が何を作っているか知っていますか?」

「そりゃもう。車のような日用品はもちろん、銃から戦車も造っているそうですね」


 その分黒い噂も絶えないが、とはさすがに言わずに啓次は次の言葉を待った。


「ええ、ええそうです。そしてこの度我が社の技術開発部門が新たな、そう、世界を変えると言っても過言ではない新発明をしたのです!」

「新発明?」

「そう! 正に、世界が驚嘆の溜め息をするであろう画期的な新発明です」


 急に鼻息を荒くして、自分に酔う自称革命家のように手を振り上げて力説を始める男に啓次は極めて冷ややかだ。

 こういう手合いは碌な事をしないものだと勘が告げている。


「しかし、それは所詮夢物語でした。我々の柔金属製筋繊維群だけでは駄目だったのです。そう、だった! この世紀の大発明は他の二社の協力あってこそ生きる発明だったのです!」


 今は椅子から立ち上がって熱弁する男。

 気性が激しいのか余程の馬鹿か、さもなければ人格が分裂しているのか。

 とにかく啓次は男に呑まれずにあくまで冷静に事の成り行きを見守っている。


「そうして生まれたのがこの“強化外装骨格”です。貴方にはこの評価試験を行って貰いたい」


 突然言葉に冷静さを取り戻した男に戸惑いつつ、目の前に置かれた黒塗りのファイルを手に取った。

 “社外秘”の文字が印字されたシールが張られているその表紙を捲り、そこにあったのは。


「それが“強化外装骨格”です。言うなれば着る戦車。これは新たな戦場の花形になるはずです」


 全身を包み込む鉄の鎧は丸みを帯びて芸術品の様な流麗さを持っており、丁度目の辺りに当たるツインアイは全てを見透かすような鋭い眼光を持っていた。

 余計な装飾は一切ない、戦うための鎧の名は“叢雲”。


「これを、俺が?」

「その通り。貴方がこれを着るのです! 生半可な銃撃には傷一つかない強固な防御! 山岳地帯であっても踏破する地形適性の高さ! 普通の兵士の何倍もの重量を持ち上げるパワー! 素晴らしいでしょう? これを貴方が着るのですよ!」


 断じて男の言葉に乗せられたわけではない、が、若干の高揚を、啓次はいつの間にか感じていた。

 男の子であれば誰もが一度は憧れる変身ヒーロー、啓次がこの鎧に感じた気持ちは正にそれ。

 相手の攻撃をなんとも思わない防御力、人知を超えたパワー。

 しかし、一気に熱くなった血はすぐさま冷める。


「クファールで、ね」

「……何?」


 危うく乗せられかけていたのかもしれないが、啓次も言葉に乗せられてそのままというほど子供でもない。

 現実を直視すれば、これはヒーロースーツでもなければましてやただのパワードスーツなどではない。

 戦争の為の兵器、戦争の道具、つまりは人殺しに使われるものだ。


「近々、国際統治連盟平和維持軍によるテロリスト撲滅の為の派兵が行われるのをご存知ですか?」

「なんだって? そんな情報何処から仕入れた、俺でも聞いた事ないぞそんなこと」

「その中の一部隊として貴方には加わっていただきたく、もちろん叢雲を装着した上でのテロリスト撲滅となりますが――」

「おいどういうことだ! 一体どうなってやがる!? そんなこと聞いてないぞ!?」


 遂に啓次が声を荒げた。

 畳みかけられるような情報に啓次の処理が追いついていない。

 どうして一企業が、国際機関の動きまで察知しているのか、そんなことありえない。

 そんな考えが頭の中を渦巻くがしかし、啓次の考えなどこの世界にとっては蟻一匹の価値も無いのだ。


「おや、そんなことは無い筈ですが。もっとも、これが作戦として命令に含まれている以上、貴方にはどうすることもできません」

「……その通りですがね」

「貴方はただ、指示される通りに行動し、指示されたように人を殺せばいいのです」

「なんだとッ! てめぇ、人の命をなんだと思ってやがる!」


 椅子を跳ね飛ばして立ち上がると、男の襟を掴みかからんとする勢いで啓次が激昂する。

 軍人、とはいえ啓次は未だに人を殺したことが無い。

 そもそも映画などのイメージもあり、多くの人間から軍人は年から年中人を殺しているイメージもあるが実際はそうではない。

 前大戦以降、大きな戦争がない今ではクファールのような情勢の安定しない地域への派兵以外、まともに軍が動くことはないのだ。

 また、人を殺す感触が無い銃を持つ以上、非戦闘地域では普通の人間よりも人を殺すことに敏感になっているものも多い。

 そのうちの一人が啓次だ。

 命を軽視する発言、そんなものは見過ごせる筈がなかった。

 人間として当たり前の道徳、決して失ってはいけないもの。


「ですが、軍人である以上貴方の仕事は人殺しでしょう?」

「ッ!」


 だが、その失ってはいけないものをあえて無視し、あるいは忘れなければならないのが、軍人だ。

 頭では理解していても心では理解したくない。

 その二つの感情が啓次の中でせめぎ合いぶつかり合い火花を散らすが、そこに油をそそぐように男の言葉が畳み掛けてくる。


「貴方はそんなことも理解せずに軍に所属しているわけではないでしょう?」

「ああ、そうだ。だがそれだけじゃない。人の為にすることだってある。災害救助とか、施設の建設とか、俺たちは人を殺すことしかできない訳じゃない」

「確かにその通りですが、銃を持ち人を殺すのが貴方の本来の仕事です。私たちが作り上げたより高性能な武器で、貴方たちは人を殺す。そうでしょう?」

「しかしッ!」

「軍人の癖に人の命を説くとは、まったくもってお笑いだ。人格者ぶるのはやめていただけませんか。貴方の仕事が人殺しなら我々の仕事は人殺しの武器を造ること。お互いにお互いの領分を守っているだけです。そして今回、たまたまその武器の性能を試す機会に巡り合うことになった、ただそれだけのこと」


 啓次は理解した。

 最初から話が通じないと思っていた、こういうやつばかりかと思っていた。

 違う、そうじゃない。

 万感の思いを込めて啓次は一言だけ呟いた。


「……狂ってやがる」


 根本的に考え方が違うのだ。

 人道とか倫理とか道徳とか、そんなことやつらの頭に一切入っていないか、もしくは完全に割り切ってしまっている。。

 今、目の前に居る男の頭の中にあるのはどれだけ効率的に人を殺せる兵器を造ることが出来るか、だ。

 住んでる世界が違うから、話が噛み合うことが無い、永遠の平行線。

 ただの優男なんかじゃない。

 眼鏡の奥に見える目が、獲物を弄ぶことだけを考える猛禽類の光を宿している。


「まぁ、そんなことはどうでもいいのです。そのうち詳しい事が命令として来るでしょう。本来ならば貴方にはこれから一週間ほど装着者としての訓練を受けていただきたいところですが、それも少し都合が悪いので現地の担当者と相談してください。それでは」


 そう言って啓次の手元にあった黒塗りのファイルを回収すると、男は部屋を出て行った。

 気が抜けたように椅子に座り込む啓次。


 「ああド畜生がぁッ!」


 机を割るのではないかという勢いで拳を叩き付ける。

 今すぐあの優男を追いかけて行って、骨を二本か三本折ってやりたい衝動に駆られながら、啓次も同じように部屋を出て行く。

 もし、あの男の言う通りだったなら、俺は本当にあれを装着しなければならない。

 そう考えながらエレベーターに乗り一階へのボタンを押す。

 実際にあんなものを着て戦うとなったらどうなるのだろう、安全性は、信頼性は?

 一度湧き上ると尽きることの無い疑念の数々は、一階まで降りる少しの時間では短すぎる。

 溜め息を吐きながら吹き抜けになった二階部分に据え付けられていた巨大モニターが目に入った。

 そこに踊る文字は――速報、国際統治連盟が派兵を決定――啓次に再び溜め息を吐かせるには充分過ぎる内容であった。



「くっそ。考えてみりゃ、あそこで呼ばれてからがケチのつき始めだ」

「何言ってんだお前?」


 土と砂と岩ばかりの荒野を駆ける兵員輸送のトラックの中、啓次の呟きに隣に座っていた同期の小島が反応した。

 同じようにヘルメットをつけ、同じようにカーキ色の服を着て、同じように銃を掲げている同期。

 皮膚は焼けて浅黒く、日本人にしては深い彫りをした男の顔は、これからあるであろう任務の苦労の心配をしているようだった。

 こいつと自分とを隔てるのは知っているか知らないかただそれだけで、そうなると何も知らない方が幸せだってこともあるんだろうなと思いながら啓次は言う。


「俺もいろいろあったんだよ」

「なんだそりゃ。まぁこんな場所じゃ国に戻りたくもならぁな」


 啓次の心配事をいきなりのホームシックかと思ったのか、小島はやや的外れな事を言う。

 実のところを言えば、小島がそう勘違いしたのも間違いではない。

 外の気温は昼前とはいえ既に40度を超え、下着は汗でじっとりと濡れており肌に張り付いて気持ち悪い。

 トラックに据え付けられた幌の中への直射日光は無いとはいえ、外よりまだマシな程度だろう。

 配給されたペットボトルの蓋を開け、水を一口。

 後ろに流れていく景色はどこも変わらず土と砂と岩ばかり、それ以外はこのトラックについてくる同型のトラックが数台列になっているのみ。

 中身は兵か物資かの違いだろう。

 前を向いても後ろを向いても代わり映えの無い景色、あまりの変化の無さに嫌になる。


「どうせ俺らは後方支援が第一だろ? 敵さんに狙われても防衛のみ、攻めるのは同盟国さんに任せるだけさ」

「そうなりゃいいんだけどな」

「おいおい、今までだってそうだろ? 俺たちはさ」


 軽口を叩きあいながら、トラックに揺られる。

 啓次は左手の時計をちらと見て、あと一時間ほどで到着だろうと計算した。


「しかしだな、今回はどこぞの企業がいろいろと持ってきてくれてるらしいぜ?」

「へぇ、企業がねぇ」

「で、その企業なんだが。とりあえず和泉重工だろ、アイゼンムート社にノーブル社だって話だ」

「……おいおい、その三社は軍事産業に関してはかなりの有力企業じゃないか」


 あのもやしみたいな男が二社合同で云々と言っていたが、恐らくアイゼンムート社とノーブル社が正にそれらなのだろう。

 特にノーブル社は国家統治連盟に多額の運用資金を出していると聞く。

 ならば今回の派兵に関してこぼれ話として聞いていてもおかしくないし、自社製品売り込みの為にこの派兵を利用していたとしてもおかしくない。

 ああ、なんだかきな臭くなってきたぞと啓次は腕を組んだ。


「とまぁ、そんな企業様方は先遣隊にくっついてるらしいから、今回は設営が楽かもしれん」

「そうかい、そいつは朗報だな」

「もうちょい嬉しがれよ?」

「ちゃんと嬉しがってるっての」


 そう小島に返すものの、啓次の内心は暗い。

 恐らくその先遣隊と共に居る企業が、自分の強化外装骨格を用意しているのだろう。

 小島と……そう、仲間と同じ釜の飯を食い苦楽を共にすることは恐らくない。

 これからどんなことをするのか、全く未知の領域に一人で放り出されるのだ。

 気心の知った仲間はいない、異国の地でそんな目に遭うのは心細くてたまらない。

 だがそれでも、任務は任務である。


「うっし、気合入れるか」

「お? どうしたよ急に?」

「入れなきゃやってらんねぇんだよ、察せ」

「もちろん、気持ちはわかるがね」


 こうして二人笑いあえるのもいつになるか。

 そう、啓次は考え、そんなものは笑い声と共に外へと放り出した。



 国際統治連盟平和維持軍第二方面先遣隊駐屯地。

 トラックとジープとが砂埃を巻き上げて行き交う。

 鉄条網をはる人々の喧騒、銃器のメンテナンス音やパトロールに向かう兵など多く人の流れがそこにはある。

 そして、そんな喧騒と切り離されたような一角がここにはある。

 装甲車と戦車に囲まれ、数十名からなる屈強な兵士たちに囲まれた三つのテント。

 そこには和泉重工の社章がでかでかとプリントされていた。


「暑い……暑すぎる……」


 もちろん、そのテントの中に居る人員も他の人々とは全く違っていた。

 暑い暑いと喚くこの男は椅子にだらしなく座りながら、これまた社章の入った団扇で自身を煽いでいる。

 仕草も子供っぽいが顔も子供っぽいこの男。

 白衣も脱がれ、ワイシャツの首元も緩められており随分とだらしないが、この猛暑の中では仕方ない事なのだろう。


「この暑さ、どうにかなんないのかなぁ、ねぇみっちゃーん?」

「どうにもなりませんよ、福沢さん」


 男とは対照的に、白衣を着込みかっちりとしたスーツで身を包んだ女性が答える。

 暑さも深いさもないように、眉一つ動かさずにいるその顔は鉄の仮面様な冷たい印象を与える。

 もっとも、額にはうっすらと汗も滲んでおり、女性も内心は暑いと思っているのだろうことは想像に難くない。


「僕さぁ、海外勤務は初めてなんだけどこんな海も何もない内陸地じゃなくて遊べるところが良かったなぁ」

「仕事だから仕方ないですよ」


 すっと女性から差し出されたペットボトルの蓋を開けて、福沢はぐっとあおる。

 半分ほど飲み干したところで、福沢は水を飲むのを止めた。


「でもさぁ、仕事とはいえ良いのかな? “あれ”はコンセプトとしては完成してるけど、兵器として優秀かと聞かれたら疑問符が付くんだけどなぁ」

「我々は与えられた仕事をこなすだけですよ」

「そうは言ってもねぇ。一技術者としては、完成したものを渡してやりたいんだけどなぁ。確かに兵器を造るのは僕たちだけど、実際に動かすのは兵士の人なんだし」


 そう言って福沢は残りの水を一気に飲み干して、500mlのペットボトルを空にした。


「それに、兵器が欠陥でした、そのせいで死にましたー! じゃあ寝覚めが悪いじゃない?」


 言葉の意味はとてつもなく重いのに、鴻毛のような軽さでさらりと言う。

 福沢はペットボトルの蓋を閉めて振り回してみたり、バットの代わりにしたりと忙しく、心の底から心配しているような風でもない。

 本当に、死なれたらちょっと気分が悪いなぁ程度なのだろう。


「その為の実地試験なんですし、死んだら死んだ、その兵士の資質の所為ですよ。そんなこと言っていたら銃器開発部門の方は眠れなくなりますよ。あ、ほら。来たみたいですよ」


 駐屯地に流れ込んできたトラックの音を聞きつけて、女性はちらりと顔を外に出した。

 幌の横に描かれたマークがその所属を教え、今回の実地試験の“協力者”がそこに居ることを教えてくれる。

 福沢もようやく立ち上がり、空のペットボトルで肩を叩きながら首を回していた。


「さてと、お給料の為にお仕事はしましょうかね、っと」

「仕事ですからね」

「まったく、技術職とはいえ雇われ身分は大変だなぁ」


 太陽は未だ、空高く。

 技術者は仕事を始め、兵士は与えられた任務に就く。

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