左に愛を、右手に銃を。
愛の病にはより強い愛を。
三十五.七口径から秒速四○○メートルの速さで、強く重たく激しくはぜる目覚めの一発。
今時の恋愛は弓矢だとか生温い速度では始まらないのだ。
* * *
アナタは天使を信じますか?
あたしは「いたらラッキー?」なくらいの、どっちかってぇと信じてない派でした。
幽霊くらいは何となくいるかな~って思ってはいても、よくイメージされる「人々に救いの手を差し出す純白の羽根を持った人」って、何か都合がよくね? と、ひねて考えたり。
だけど、天使はいるのだ。
色々な意味であたしの想像を越えた存在として。
そいつはある麗らかな春に突然現れてこう言ったのだ。
「俺、千年。天使やってんだけど、相方転生しちゃったからアンタ代わりにやってみる気ねぇ?」
引かない?
普通なら何言ってんのこの人ってなるよね?
しかも天使と名乗ったこの男、ふわっふわした蓬髪頭を尻尾のように後頭部辺りで一つにまとめ、黒い着流の仁侠風。
更にヤル気のなさ気な垂れた目線を上から投げ掛ける様は完全なる悪人面。
頭に輪っかもなけりゃ、背中に羽根もない。どっからどう見ても‘ヤンキー兄ちゃん、お祭りで小粋に浴衣で決めたぜ’的な風貌のこの不審者。とどめで帯に鈍色に光る鉄の拳銃を差されたら身の毛総立ちだものよね。
だけど、この時にあたしはこの自称天使の千年さんを信じた。
別に『天使部 縁結び課 千年』と印字されたよれよれの名刺を渡されたからではないよ?
信じてしまう状況にあったんだ。
だってさ、当時のあたしは途方に暮れていた。
自身の四十九日も終わり、落ち着きを取り戻した家族を見届け、さてこれからどうしようか、天国って何処だろうなんて先行きに迷っている時だったから、つい差し出された武骨な手を取ってしまったというか……。
――あ、申し遅れました。あたし、藤吉朗というごく平凡な高校進学間近の女子中学生――でした。三月の麗らかな春、名前の頭に「故」と、年齢に「享年十五」が入るようになるまでは。
早い話、不運な事にあたしは若い身空で天使に近い存在になってしまったという訳。しかもその近しい存在が天使へとスカウトされるとかそりゃ何のギャグだと、悲しみに浸る間もなく笑い飛ばすくらいに第二の人生ならぬ、新たな死後生活が幕を開けたのです。
――そして、現在。
「ほれ、ヒデヨシ。しっかりと照準を合わせろ。頭か胸付近ならどこだっていいんだからよ」
そう言って、千年さんは背後からあたしの頭に右手を乗せる。
ガッシリした手があたしの頭をボールのように掴み、そのまま目標にしっかり視点が合うように支えてくれた。この乱暴なやり方がこの人なりの優しさなんだと約一ヶ月間の研修中には知ったんだけど、痛いものは痛い。
「千年さん、練習通りしますから離して下さい。そんでヒデヨシって呼ぶな」
「いーだろ、別に。コードネームだと思やなんかイケてんじゃねーか」
「コードネームならもっとカッコいいのがいい」
「ばっか、お前。天下取りの何処が不満なんだ。戦国のサクセスストーリーだぞ」
「千年さん煩いです」
前言撤回。あたしは重く溜息を吐く。
どうやらあたしの名前、藤吉朗がトウキチロウと読める事から、かの太閤さんの古い名前、木下藤吉郎から転じて豊臣秀吉に何をあやかりヒデヨシとあだ名つけたらしいのだが、男名で呼ばれて喜ぶ女子がいるのか問いたい。
大体どことなく人を馬鹿にした言動と馴れ馴れしさも思春期の女の子には不快極まりないんだよね。いや、これが超イケメンとかならときめくトコなんだろうけど、千年さんの万年眠たげな重たそうな瞼に、欠伸をだだ流しで締まりのない緩んだ口元はもうなんか存在事態がたまに嫌になる。
と、不満はあるが上司のビジュアルにケチ付けても仕方がない。あたしは頭を固定する手を振り払うのをやめ、両手に抱える重量のある黒い物体を握り直した。
リボルバー式って言うんだっけ。六発弾が込められる、西部劇とかロシアンルーレットで目にするタイプのやつ。
テレビや映画で見掛けるような黒光りする拳銃。千年さん曰わく、かの有名な宇宙海賊と同じコルトパイソンとか言う型なのらしいが、銃なんて興味がないので「だから何?」である。
でも、それを誰かに向けるとなると銃に対する意識は大きく変わる。
実はあたし、生まれて(死んで?)初めて銃口を人間に向けるという体験をしていた。
ターゲットは目の前にいる、ちょっと気難しそうな雰囲気の眼鏡の男子高校生。
彼は図書室のカウンターの内側で腰掛け、本を読みながら貸出の受付をしている。
図書委員かな。なんて思いながらカウンターから覗く頭に狙いを定める。
いわゆる‘霊体’のあたしや千年さんは普通の人達には姿を悟られない。ごく一部の、一般的に‘霊感がある’類の人には感知される事もあるようだが、まるで生身の人間として捉える人は現代では稀だという。(そんな話を約一ヶ月間の研修の座学で千年さんから習った)
要するに、常人には見えないあたしがターゲットの眼鏡君の目の前に立ち、カウンター越しに額に銃を突きつけようと騒ぎにはならないって事だ。だから簡単に弾を外す事はない。狙いはオッケー。練習でも上手くいった。眼鏡君が突然動かなければこの弾は当たる。
当たる筈……だけど、
「やっぱ怖いっ」
引鉄を引く瞬間あたしは思わず銃口を思い切り真上に逸らした。
猛烈な爆音と火を吹いて飛び出た弾丸は天井にのめり込んだ。パラパラと土埃みたいなのが頭上から降るのを眼鏡君が訝しげに眉を潜めたが、天使特製の弾丸は不可視なので首を傾げてまた視線を本に戻す。
「良かった……」
「良かねーよドアホ!」
ホッとした瞬間、千年さんの野太い怒号と同時に後頭部に痛みが走る。
「いったぁっ! 千年さん! 下駄で蹴るのは反則だよ。ほら涙出た」
目から星も出た。あまりの痛みに半泣きで訴えたら更に手で頭をはたかれた。
「泣きたいのは俺だよ。無駄弾一発ごとに給与明細から引かれんだぞコラ」
そう言って千年さんはあたしの手から拳銃を奪い、
「こーゆーのはなぁ、躊躇わずにすぐ撃ちゃいーんだ」
右手を流れるように的に向けると、迷わず発射。
ダァンッと破裂する音を耳にしたのとほぼ同時に、弾丸は眼鏡君の頭を貫いた。
あたしは反射的に目を瞑るが、人が倒れる物音はいくら待っても来ない。
「起きろヒデヨシ」
また頭をはたかれて目を開ければ、眼鏡君は普通に元気。
眉間に穴を開けて血を流すグロテスクな状態にはなっていなくて、それどころか頬を赤く染めてむしろ血色がいいみたいな?
そんな彼の視線の先には、本棚の上の方へ手を伸ばすこの学校の制服を着た女の子。
セミロングの真っ直ぐで黒い髪が、ちょっと固くて癖毛のあたしには羨ましいくらい綺麗で、華奢で線の細い体に映えてもいる。
可愛い子。女のあたしから見ても可愛い、ちょっと儚げなその子に、あの眼鏡君は恋に落ちたんだと一目見て分かった。
さっきまで無愛想に見えた眼鏡君には、新しい感情が芽生えたんだ。
「よく見ろ、ヒデヨシ。これが俺らの仕事だ」
また頭に手を置いて、その上に顎まで乗せて千年さんはあたしに言った。
「研修中も言ったが、怖がるな。このピストルは生者の使うモンとは違う。天使のモノだ。キューピッドの弓矢だと思えばいい」
その話は何度も聞きました。とは言えなかった。聞いててもやっぱりいざとなると怖じ気付いたのは確かだから。
「余計なお節介かも知れんがよ、どうしてなかなか、人が人に恋に落ちる瞬間は美しいじゃねーの」
ニカッと笑い、同意を求める千年さんの言葉にあたしは小さく頷いて、彼女に歩み寄る眼鏡君の背中を眺めた。
うん。悔しいけれど反論の言葉が見当たらない。
◆
さて、天羽学園の屋上テラスには、学びやには些か不似合いな朱色の鳥居と小さなお社がある。
校内に、しかも校舎屋上に珍しいとも思うが、意外にも生徒にも教師にも丁重に扱われて馴染んでいるそこが極楽庁天使部縁結び課の猪鹿町地区出張所であったりするのだが、勿論そんな事は生者は知る由もない。ただ、このお社が縁結びを司るもので、またご利益があると有名なものだから天使には大事な拠点の一つではあるらしいのだ。(伝聞形なの千年さん受け売りによる)
天使のお仕事。まだ新米のぺーぺーのヒヨッコのあたしにはピンとは来ないのだが、色々と手広くあるらしい。
死者の魂を天へと導いたり、この世に止まる霊魂をあの世に導く為のカウンセリングをしたり、死後悪行三昧の魂を取り締まったり、或いは前世で悪行を働いた魂の転生後の現世の行動を暫く観察したり。魂の数だけ様々な管理が彼岸にはある。
その中の業務の一つが縁結び。所謂キューピッド業なのだが、案外馬鹿に出来たものでもないようなのだ。
つい昨日も一組のカップルを結んだばかりだ。堅物で気難しい眼鏡男子と病がちの女の子。一見何て事はない縁結びと思いきや、彼女と出会い、結ばれる事で眼鏡君は彼女の病を支える為に医の道を目指して沢山の人を救う未来が開ける――とか。
勿論、全ての縁を取り持ちはしないが、時として歴史を左右する事象や、その魂が何代も前に交わした盟約と言った難しい縛りがある。(ようだけど、そこまでは詳しく習っていない)
日本の八百万の神様だって神無月には出雲に集まり、国中のご縁に対する会議をするくらいだ。縁を結ぶとはなかなかに難しく、ハードで、また繊細なのである。
それなのに魂に対するあらゆる業務は古来からいる天使だけでは手が足りず、あたしのような一般霊もパート天使として雇うのだからその緩さの基準がよく分からない。
遣り甲斐はあるのだろうけど、何も知らない頃に雇用契約しちゃったあたしは最近よく後悔をしている。
「どうして勤務地がよりにもよってこの学校かなぁっ」
「何が不満よ。眺め良し、周囲の環境良し、進学率も良い」
「生徒ならね! じゃあ生徒になれなかったあたしは!?」
派手な身振り手振りで屋上で絶叫。でも誰にも聞こえない。千年さん以外には。
「……けどよぉ、思春期の男女が集まる場所にある支店ってのは重要だしなぁ」
ぼやく千年さんはのんびりと、今朝用務員さんがお供えしてくれたお茶を飲み干してつまらなさそうにゲップした。最低だ。
「前向きに考えろや。ある筈だった環境に違う形でも身を置けるなんてよ」
そうは言われても。
言葉を飲み込み、あたしは屋上を後にする。昨日の初仕事の光景が脳裏を過ぎった。結ばれた二人に対しては素直に祝福する。だけど、それでもすっぱり割り切るほど時間は足りない。
あたしは死んでまだ約三ヶ月。生きていたならこの天羽学園に通っていたのだから。
合格発表日の帰りだった。あまり当時の記憶はないが、澄み渡った水色の空だけ印象深い。
持病を抱えた運転手の発作により起こった交通事故だと、自分の葬式に参列した誰かの会話を聞いた。特別湧き起こる感情とかはあまり実感しなかった。まるでドラマをコマ送りで見るように、あたしはあたしの肉体の最期を見続けた。だって、あたしの意識は外に、此処にあるのだから。
だけど、それでもやっぱり当たり前だけどあたしの存在に気付く人はいないんだよね。
授業中で誰もいない廊下を歩きながら寂しく思う。
廊下側から一年生の教室の中を覗き見る。衣替えをしたばかりで、何処かしら浮いている真新しい夏服。本来ならあたしだって着ていた筈の制服。夏服で迎える梅雨は肌寒くて、その調整とかにぶーたれて友達と言い合ったりしてただろう未来。
進路に勉強に部活に、恋とかに一喜一憂しただろう未来。
あたしはどうしてもこの学校に行きたくて、偏差値まで上げて頑張って勉強をした。地元から離れて寮生活になるからと渋る両親も説得したのに、違う形でこの学校にいる自分がやたら惨めに感じた。
教室に入った所であたしの席も当然ない。あたしの居場所は此処には最初っからないのだ。
あたしを待ってくれてる人は何処にもいないのだ。
「……は、どんなに悩んでもどうしようもないから、天使になったんだけどね」
ぽつりと呟いて教室を出る。
望んだってどうにもならない事だって理解している。だけど、ただ安らかに眠るなんて、意志も肉体も実感出来ているあたしには到底難しい話で、だからこそ、何かに属し、どんな形であれ生きた人間と関われるこの仕事に惹かれたんだ。
それに素敵な話じゃない?
人と人を赤い糸で結ぶとか。
まぁ、裸の子供天使ではなく、任侠天使が弓矢ではなく、厳めしい拳銃をぶっ放したりはしてますが。
∽
「お、ちょうど帰って来たかよ」
社のある屋上まで戻ると、待ってましたと言わんばかりに千年さんが首を伸ばしてニカッと笑う。口元から覗く犬歯が犬みたいだなぁとか思いながら、あたしはどうしたんですかと近付いた。
「これ、さっき上から通達が来た。新しい案件だ」
そう言って千年さんは一枚の紙をテーブルに粗雑に置く。元はきちんと折り畳まれていたのか、その紙はまだ折り目もよく伸ばされないで蛇が往来するように屈折してあたしに突き出された。
天羽学園の屋上は高くて上部なフェンスで防護されているからか、生徒も屋上に立入りが許され、昼食も取れるようテーブルとベンチが設置されている。あたしは千年さんの向かいに腰掛けて一枚の紙を手に取った。それは学校側から保護者に出すお知らせのような簡易的な通知。
中身は本当に味気ないくらい簡単で、対象の魂の登録ナンバーと、結ぶ理由が簡易的に記載されたプリントとなっている。驚くべき箇所は右下には何故かQRコードがある事か。
現世の文明に合わせたやり取りってのが彼岸の方針らしく、天使同士の連絡ツールにも携帯電話が用いられている。因みにドメインは@higan.ki.jp。意外に末尾が共通するのはあの世日本支部と言う仕分けらしい。
うん、現代っ子としてはケータイは嬉しいけどね、何だか色々残念な感情が残るのも否定出来ないよね。
「てゆか、どうせサーバーに繋ぐなら司令も最初からメールで出せば早いのに」
「所詮天使もお役所なんだよ。一応、紙通知は社でしかやり取り出来ないから、派遣地の社に天使がいるかって確認も兼ねてるってのが建て前だが、昔の名残とも言えるな」
一時期矢文の受け渡しもあったんだぜと、笑う千年さんの子供を生返事に頷き、あたしは社に置きっぱなしのコルトを手に取った。大事な仕事道具はずっしりと鉄の重さを備え、弾倉には昨日の分を差し引いた四発弾が残っている。一発毎に報告書を書かなきゃいけないというから面倒くさい話だ。
「ところで、ターゲットは分かりましたか?」
銃を腰に吊したホルスターに収め、ケータイからコードの先のサーバーにアクセスしている最中の千年さんに尋ねる。千年さんはうーんと難しい顔をしてボサボサの頭を掻いた。
「厄介な司令ですか?」
「厄介かぁ……ん~、あ、覗くな!」
横から覗き見たケータイの画面。慌てて千年さんが身をよじって隠したが無駄だった。
動体視力含めて目はいいんだ。それに見知った、しかも特別な名前を見間違いはしない。
「千年さん貸してっ」
むしる勢いで千年さんの手からケータイを奪って中を見る。一瞬止めようと千年さんの手が伸びるが、手遅れと判断したか肩を竦めてあたしが何か言い出すのを待っていた。だからあたしはそれに応じようと、まず息を呑む。
冷静な判断を促すように諭す千年さんの目が心地悪い。
知ってるよ。あたしに何を言いたいか分かってる。分かっているけど飲めない話はある。
「ヒデヨシ、それ、俺に渡せ」
それ……あたしの腰に吊されたホルスターの中身に対して千年さんが手を差し出す。
「嫌」
腰を押さえてあたしは後退った。いつもかったるそうな眠たげな目が真剣にあたしを突き刺す。
「上司命令だ」
「それでも嫌」
あたしは怯まない。怯めない。それを渡す事こそあたしの絶望に繋がる。
「分かって、千年さん」
そしてあたしはケータイを投げ返して彼が少し慌てた隙に屋上から逃げ出した。こんな時こそ空を飛んだり消えたりしたいと思う。幽霊なんだから尚更。
そういや、魂を鍛えた霊魂ならそれも出来るって千年さんが言ってたっけ。
千年さんにそれをやられたら困るなぁ。
なんて、考えながら長い廊下を走った。廊下を全力疾走なんて小学生の時にやったケイドロ以来。
その頃のあたしは(今も大差ないけど)、男勝りでムカつく男子のランドセルを蹴り上げたりする、おしとやかとは言えない子だった。理不尽だと思えば女子相手だって口喧嘩なんてのもした。陰湿なやり方が嫌いで、難しい事も嫌い。
分かりやすく簡潔な感情で生きていた。それがあたしだ。
そんなあたしも中学に上がって恋をした。淡く、甘酸っぱい初恋だ。
特別な出会い。特別な感情。
あたしに新しい感情をくれた人。中学の頃の一つ上の先輩。
優しくて、格好良くて、喜びも悲しみも全てあたしに作用させる特別な人。
そのあたしの特別な人はこの学校にいる。
会いたくて会えない人が近くにいる。それだけでも複雑なのに、指令が更なる混乱を深めた。
王子鷹臣。
久しぶりに見た、その名前。
愛しくて切なくて涙が出そうだ。
――どこで、何で見たかまでは説明しなくていいよね?
◆
それは躍り出る。そんな言葉がしっくりと来る躍動感のあるものだった。
中一の秋、何でも知事から賞を貰ったとかの書道の作品が全校生徒の目にも触れるようにと靴箱の所の廊下に貼り出されたそれに目が行った。書道なんて授業や冬休みの宿題くらいでしか関わった事のないあたしが関心を持ったのは、目立つからは勿論、それが文字に見えなかったからだ。
「飛龍乗雲」
確かにそれはあたしでも分かる書体なのに、一目見た瞬間、まるでそれが墨で描かれた絵にも見えたのだ。
不思議な魅力のある作品の書き手は王子鷹臣と、また記憶に残る変わった名前だったから、あたしはその時一緒だった友人に思ったままを述べてしまう。
「何か凄い賞を取ってその上王子って名前だったらさ、不細工だとかっこつかないよねぇ」
悪気はない。王子=イケメン図式があるので素直な感想を言っただけだった。それを、
「名前と見た目は選べないから許してよ」
背後から苦笑混じりの声がかかる。驚いて振り返れば、さらりとした黒髪に柔和な奥二重の目は困ったように笑っていた。
悪気はなかったにせよ、とんだ失言を当の本人に聞かれたのだ。
思い返すだけでも穴があれば入りたいくらいに恥ずかしい。それが王子先輩との最初の出会いだったのだから余計に。
「いや、でもその失言ありきでお近づきになれたしなぁ」
一人ゴチたって返事をしてくれる訳でもないが、どうにも死後の癖で口が動いた。
時間が過ぎて休み時間の校内。廊下は先程とうって変わっての喧騒。だけど相も変わらずあたしの存在は人知れず。
一人中学の制服を着ているのに、当たり前じゃない存在のあたしは当たり前に誰にも気付かれないのだ。気付くとしたら、今は気付かれたくない、見つかりたくない千年さんなんだけど、幸いな事に近くに姿は見掛けない。
見掛けたら全速力で逃げなければ。でなきゃコルトを取り上げられてしまう。それだけは阻止したい。取り上げられたら撃たれるのは王子先輩なんだから。
思い出すと急に不安になってあたしは腰に下げたコルトを握る。
本物と変わらない(らしい)重量感と存在感、威圧感。本物なんて知らないけど、おもちゃじゃない事は昨日の実践で十分実感している。
コルトはキューピッドの弓矢。
相手の情報を薬莢にした弾丸を頭か心臓辺りに撃つ事で、そこに相手との絆を結ぶ事が出来る。
まさに天に祝福された運命の赤い糸。
だからってあたしは祝えない。笑って王子先輩が他の誰かと恋する所なんて見てられないんだ。
どうして上は王子先輩を選んだのだろう。やっぱり書道かな。運命の出会いで歴史的書道の大家になるとか。
もしそうだとしても、やっぱりあたしは割り切って良い子にはなれない。
だってそうでしょ? どうして好きな人を別の人と結ばなきゃいけないの。
「なんであたし……」
言葉に出しかけてあたしはそれを飲み込んだ。気付いたら二年生のフロアに来ていた。この学校に配属が決まってから意識的に避けていたのだけど、想いが薄れる訳じゃないのはもう痛感した。
これ、壊したりなくしたりしたらどうなるのかな。
コルトを握り締めて考える。無駄だと現実的な考えが否定をした。キューピッドは私達だけじゃない。コルトがひとつとは限らないし、今あたしが邪魔をした所でこの話がなかった事になる訳でもない筈だ。
悪足掻きなのは分かってる。
分かってるのに、心がバラバラでうまくまとまらない。
「先輩……」
二年生の教室を次々と覗いて行きながら先輩の姿を探す。
何処にいるの、先輩。
宣言通り此処に来ました。あなたにもう一度会う為に。
三クラス見てもまだ見つからない。焦れて涙が零れそうになる。
「王子先輩……」
あたしは此処です。此処にいるんです。
どんなに叫んでも届かないあたしの声。
空しくてやるせなくて悲しくて何かがあたしの中で破裂する。
――あたしを見てっ!――
その時だ。
ピシッとあたしを中心とした教室、廊下といった周囲の何枚もの窓ガラスにヒビが入った。
辺りは騒然。それもそうだ。何もないのに窓ガラスが急に何枚もヒビ割れたら誰だってビビる。あたしだってビビった。
てゆーかこれ、あたしがやったのか?
心の底が冷える感覚。
不安すぎて足元がフラつく。腰を抜かしそうになれば、背後から誰かがあたしの両肩を掴んで支えてくれた。
「あんまやり過ぎると堕天しちゃうぞぉ」
「……千年さん」
振り返って間延びした声に胸を撫で下ろす。
「姉ちゃん、俺とちょっくらお茶しないか?」
軽々しい言葉に緩い笑み。だけどどこかちょっぴり安心出来る登場にあたしはゆっくり頷いた。
お社の中は彼岸と繋がっている。
出勤時に此岸へ出るのだってお社が入口だし、指令の手紙や補充用の弾丸もお社に届く。だから注文さえすれば向こうの物もこちらに取り寄せは可能だ。
「ほれ、俺からのおごり。遠慮せずに食えや」
「……いや、食えやって、これさぁ」
テーブルに出された中華どんぶり。箸とレンゲまで付いて、見慣れたその一式。だけど、ラップを取ったそれは期待を裏切る物へと様変わりをしていた。
「まるで脳みそなんだけど」
「どう見てもラーメンだろ」
「ラーメンか? 汁がどこにもないのに? ナニコレ流行りのつけ麺とか言わないでよ? 汁吸いきってでろっでろなんだけど」
「んだよ。テメェの分まで出前取って置いたのその態度ないんじゃない? 伸びたのはテメェがふらふら窓ガラス割りまくって尾崎ってたからだろーが」
「尾崎ってたって何ですか! もういいですよ。茶化すのもそんくらいで」
すっかり氷が溶けきったお冷やを口に、あたしは屋上で千年さんと向かい合う。出前のラーメンには手は付けない方向で。
「……資料見たがよ、ありゃ正に理想の王子だよな」
唐突に切り出された話。しかし、ケッと舌打ちが出んばかりの不機嫌面で千年さんは頬杖ついてあたしを見据えた。
「ミーハー」
呟く一言にカチンと来て、あたしは反論しようと口を開く。
「でも見る目はあるわ。趣味は悪くない」
即座に肯定された意見に舌が空回りをした。大体、千年さんは今回の件であたしと話がしたい筈なんだから、本気で怒らせるつもりもないだろうに。だったらあたしはしっかりと受け答えをしなくちゃいけないんだ。
「ヒデヨシさ、あいつの彼女だったりしたか?」
千年さんの問いに首を横に振る。
「妹みたいには可愛がっては貰いましたけど、結局はただの後輩でした」
居住まいを正してあたしはあたしで先輩との関係を話す。
「最初はミーハーって言われても仕方ない感じに、一目惚れでした。でも最初の印象がちょっと悪かったからか、あたしの事をよく覚えてくれたみたいで廊下とか図書室とか、部活は違うけどちょくちょく話すようになったんです」
クラスTシャツを作るから、文字のデザインを先輩に頼みに書道部に顔を出したり、実際にちゃんとした告白とかは出来なかったけど、好きな人と接触をはかる為には随分積極的だった気がする。多分、隠してるつもりであたしの気持ちなんかだだ漏れだったのかもと思うと、急に気恥ずかしくなった。
千年さんに王子先輩との思い出を語りながら、過去の自分の行動を改めて振り返ると今更見えてくる痛さに身悶え出来る。でも、此処まで話せばもう全部ぶっちゃけちまえとなるもので。
「痛さついでに打ち明けますと、この学校だって先輩がいたから第一志望にしたんですよね」
先輩が書道部の活動盛んな天羽校に行くと知り、花束を贈りながら「絶対に先輩のいる高校に受かります」と宣言した卒業式。王子先輩は驚いた顔をしたけどすぐに笑い「楽しみに待ってる」と言ってくれた。
先輩に会えない一年間、偏差値が足りなかったくせに小学校入学から始まって以来かつてない程勉強に取り組んだ。全て先輩に近付く為。そして見事に合格を果たしたその日が命日となったのだ。悲劇か喜劇かも分からない。
「……なんであたし、死んじゃったんだろう」
ずっと喉に詰まってた思いを口にしたら泣けてきた。
生きてたら絶対先輩の彼女になれてたとかは思わないけど、こんな形で先輩の恋人を作りたくはなかった。それだけにやるせなくて涙が止まらない。ぐすぐす泣いて鼻水も出て来てみっともなく顔をくしゃくしゃにした。
「なんで死ぬとかそりゃ天使でも分かんねーがよ、腹が空くと気も落ちるもんだ。天使もな」
ぽんとあたしの頭を叩くように撫でて、千年さんがティッシュを差し出す。出前に付いていた紙が固めのティッシュ。ハンカチを持ち歩く男にも見えないんで、逆に千年さんらしくて笑えた。そして強引に伸びたラーメンを進められる。麺の歯ごたえがなく、汁を吸いきって味も濃くて全然美味しくはなかったけど、不思議な事に完食してしまった。
空になったどんぶりとグラスを社の中に戻し、千年さんはさてと首を鳴らして立ち上がる。
「何処か行くんですか?」
「ん、今は放課後だからな校内散策だ」
腰を捻って体をほぐす。その行動がおっさん臭いなぁと思いながら、あたしは気になる目元をごしごし擦った。鏡を見ていないから何とも言えないが、腫れている気がする。
「ヒデヨシ、お前も来いよ。コルト持って」
言われて腰に下がる物を押さえる。
「……王子先輩のとこですか?」
それってつまり指令を果たすって事でしょ。
まだ納得出来ないあたしは、ついて行くのを躊躇い、コルトを千年さんに渡す。
「あたし一人が反対しても変わらないだろうけど、その現場は見たくないです」
割り切れなんて無理な話。邪魔出来るならしたいけど、無意識に窓ガラスを割ってしまうような存在になるのも怖い。だったら見ていない所でやって欲しいと意を込めてコルトを千年さんに返す。
「お前アホか」
「あだっ」
チョップを食らった。
「なんでキューピッドをペアで組ませてると思ってんだ。何でペアで一丁しか銃を渡されないと思ってんだ。出前勝手に余計な縁組み作らない為だろうが。一人に責任背負わせねぇ為だろうが」
「そうは言っても乙女心ってもんが……痛い!」
またチョップだ。今更だけど千年さんは女の子相手に容赦なく殴るよなぁ。
頭をさすり、さっきとは違う意味の涙を拭っているとコルトが返された。
「……恋ってなぁ、相手が死んで終わる程単純じゃないから厄介なんだよ。これからも天使やる気があんなら、逆もあるって覚えとけ」
ちょっと説教を含んだ声が降ると、千年さんはさっさと屋上を後にしてしまった。
千年さん、怒ってるのかな。それに今のはどんな意味があるんだろう。
逆もある。
逆って何だろう。先輩と関係があるのだろうか。
もやもやとした物が残ってしまい、ついにあたしは千年さんを追い掛けてしまった。
それにあまり遅いと痺れを切らした千年さんが、今度は下駄を投げようと待ち構えてるのが見えたし。
◆
「なぁ、人と人を結ぶ時に弾はどう扱うか覚えてるか?」
「……は?」
何を急に言い出すんだと訝しめば、無言は不正解と見なして罰に拳骨と拳に息を吹きかけるもんだからあたしはあわあわと口を動かした。
「弾丸に相手のDNAとなる情報、あとは名前と生年月日を書いた紙を詰めるんでしょ! 研修で習いましたよ」
「そうだな。俺が教えたんだから覚えてて当然だ」
にかっとあたしの回答に満足した千年さんは握った拳を下ろした。
「因みに復習だが、結ぶふたりの一方を撃つだけで縁結びは可能だからな。俺は絵面的に好かんから女はあまり撃たないようにしてる。これは天使の好みだ」
「意外にフェミニスト気取りですか。あたしはパカスカ殴るくせに」
「しっかし、この学校は広いよなぁ」
棘を含んで言ったつもりだが、聞いてないのか効いてないのか千年さんは平然と話を変えた。
廊下をカラコロ下駄を鳴らしながら進む千年さんの後ろについて歩く。確かにこの天羽学園は迷いそうになる程に広く、それだけ充実した施設が生徒にも保護者にも評判が高い。あたしも校内見学と受験の合わせて二回した来た事がないし、配属間もないから校内地理には疎い。教室棟から伸びる二本の渡り廊下が、それぞれ事務棟と実験室棟に分かれてるとは知らずに職員室を探して迷子になったのは記憶に新しい。
反対に千年さんは広いとは口にするものの、配属長いのか足取りに迷いはなかった。だからそのままついて行って迷子の心配はないだろけど、確実に先輩の元には近付いているのだろうなって考えると胸がキュッとした。
「ヒデヨシ、コルトの弾は何発残ってる?」
「四発です。昨日から補充はしてないので」
「十分だ。じゃあ今日は座学でもまだの実演を兼ねた実習を行うから」
「はい……?」
何を言い出すんだこのヒトは。
これまたうっさんくさい笑みを浮かべて言うもんだから、呆れて溜息をつく。だから目的地に着いたというのにあたしは気付かずに蛙が潰れされたような声をあげて千年さんの背中に顔面をぶつけた。
「此処、書道室」
言われて見上げると、確かにそんな札がドアの上に掛けられていて、書道室独特の墨の匂いが仄かに香って来る。
「今日は教師陣が研修だとかで部活はやってねぇらしいな。ふたりしかいねぇよ」
ドアを突き抜けて中を覗いた千年さんがごちる。あたしは気後れして入口付近でもたついていると、焦れた千年さんに強引に手を引かれて中に突っ込まれた。霊体なんだからぶつかる事はないけど反射的に目を瞑る。当然痛みがないので、すぐにそろりと瞼を開くと一年ぶりに見る王子先輩の姿が飛び込んだ。
「王子、好きなんだけど、あたしと付き合ってよ」
一年ぶりに見た王子先輩は、告られ真っ最中だった。
タイミング悪! なんてタイミングで突入させるんですかと千年さんをつつけば、彼は何ともないと呑気に欠伸をかます。今ちょっと殺意がわきました。
「ねぇ、あたし可愛くないかな?」
あ、こっちにもイラッと来た。
王子先輩に告る女子生徒を、あたしは値踏みするように頭から爪先まで見る。
綺麗に巻かれた髪。くるんと上を向いた睫毛、ぱっちり二重にすっと伸びた鼻筋、少し尖った顎。体も均整が取れて細いくせに出るとこはしっかり出てて、可愛くないの真逆。でも可愛くないって言いながら、そうじゃない自信が見え見えなのが妙に鼻につく。良い意味、自信があるって事なんだろうけど、王子先輩に絡んでる時点であたしは彼女をとても好意的な目で見れない。
「千年さん、あの人が先輩の運命の人ならあたし堕天しても抵抗しま――あぶぅっ」
先輩達に届く筈がないが、声を顰めて千年さんに訴えればバチンとおでこに指弾が飛んだ。脳が一瞬ぐわぁんと揺れるような衝撃で、言葉が出なくなった。睨めば千年さんはその指を自身の唇に持っていき、「喋るな」のジェスチャーを見せる。なんだその一方的な命令は。
腹が立って文句でも言おうかと、先輩から注意が逸らした為肝心な場所を見逃したが、ばちんと大きく何かが弾く音にあたしはびくりと振り返る。
何事かと先輩を見れば、先輩は頬を赤く染めて苦い顔をしていた。それに向かい合っていた女生徒も顔を真っ赤にしていたけど、その染め方は先輩とは違う。怒りで真っ赤なんだ。その証拠に、何やら肩をいからせて若干息も荒い。
こんなに怒っている彼女に対し、なのにどうして先輩は涼しげに眺めているのだろう。
奇妙な違和感に首を傾げていると、女生徒はもう一発と右手を振りかざす。
危ない!
叫ぶ前に先輩は軽くその手を掴んで止めた。
「一発目は俺が悪いから敢えて受けたけど、二発目を貰う義理はないよ」
「………………っ」
驚く程冷めた声だった。こんな先輩の声なんて聞いた事がない。
王子先輩はいつだって穏やかで、例えるなら春の日差しみたいに柔らかくおっとりと話す人だった。
どういう事……?
訳が分からず目を瞬かせるていると、女生徒は「最低っ」と先輩に吐き捨てて教室を出て行く。
出て行く時、乱暴にドアが叩き閉められたから、教室の奥の掲示板に貼られていた作品がひらひらその衝撃で落ちた。何だか嵐が過ぎた後みたいだ。残った先輩はふぅと息をつくと、力が抜けたように木製の椅子に腰を下ろした。
「……藤吉」
「え?」
不意にあたしの名前を呼ばれて肩が震える。
え、何、あたしが見えるの!? そんなまさかでしょ!?
わたわたとみっともなく狼狽えれば、それを制するみたいに千年さんがバシッと背中を叩く。
落ち着け。目が合った瞬間、千年さんは口ぱくでそう言った気がした。そして今度ははっきりとこう言った。
「話は俺が聞き出す。お前は黙って判断しろ」
「え? えぇ?」
だから訳が分からないってば。
何が何だか分からないまま、先輩と千年さんを交互に見ると、千年さんが先輩の方へと歩み寄って行った。そして、
「よぉ王子、これまた手酷くやられたなぁ」
そして、当たり前のように先輩の肩を叩いて話し掛けた。
どういう状況、これ。どんな感じになってんの、これ!
混乱するあたしに更なる追い討ちを掛けたのは先輩だった。
「見てたの、千年さん。悪趣味だよ」
先輩は、突然そこに現れた千年さんを何ら怪しむ様子もなく、親しい仲のようにふたりは言葉を交わしている。
「さっきの女、随分怒ってたが何言ったんだ? 小さく囁いたろ、お前」
「別に、俺はあんたの虚栄心を飾るつもりはないって言っただけだよ。あんたを満足させるのに自分の時間を使うのが勿体ないって」
「ひでぇ振り方」
「好きでもない奴に優しくする必要ないし、あの手の人間は優しく言っても理解しない」
「ああ、怒らせる方が手っ取り早いってね。お前、それでよく周りの評価崩れないな」
「彼女と俺、どっちが信頼あると思うんですか。作って来た基盤が違う」
「お前、性格歪んでるよなぁ」
「無自覚よりはマシです。おかげで上手く使いこなせてる」
何これ。誰、その人。王子先輩ってこういう人だったの?
千年さんと話す王子先輩を見てあたしは愕然と見ているしか出来なかった。
あたしの知らない王子先輩。
それを暴いて千年さんはあたしに何を選ばせたいの。
頭がごちゃごちゃしながら、それでも此処で崩れまいと踏ん張りながら千年さんを睨めば、千年さんはあたしを見て、意地悪げに微笑った。
「しっかし、お前って彼女作らねぇよなぁ。ゲイか?」
「有り得ない。ノーマルですよ、俺」
明け透けに言う千年さんに先輩は苦笑して否定する。
「じゃあ好きな人がいる口か。さっき藤吉って言ってたろ。そいつか?」
そのタイミングであたしの名前を出しますか。
先輩を目の前に堂々と盗み聞きしている手前、どうにも後ろめたいが退く事も出来ずに二人の様子をあたしはただ見守った。
千年さんがどうして先輩と話せるのか、こんなに親しげなのかは分からない。でも千年さんが話を導く事であたしに何かを聞かせたいなら、あたしは耳を向ける義務があるんだ。きっと。
「耳聡いなぁ」
ふと息を零した王子先輩は、参ったと言った様子で肩を竦める。困ったような物憂げな、あたしの記憶にある先輩のよく見せる顔だった。
「聞かなかった事に出来ません?」
「そいつぁ無理な相談だな」
肩を組んで俺とお前の仲だろと語る千年さんは飲み屋の親父風情で、先輩と並ぶとちぐはぐな感じだったけど、なんとなく先輩の気が緩んだのが見て取れた。
「後輩ですよ、中学の」
「ただの?」
これ以上ほじくって欲しくない質問を千年さんは容赦なく浴びせる。先輩はまた苦い顔で笑った。
「向こうは俺の事、好きだったみたいですね」
「ぎゃすっ」
思わず奇声を上げてしまった。
いやでもだって、穴があったら入りたいって身を持って体感したんだ。なければ爆破してでも作りたい!
何となくそんな予感はしていたけど、それでもやっぱりあたしの気持ち筒抜けだったとか恥ずかしくて沸騰しそうだよっ!
そして悪い事にぶくぶくと茹だった蛸の如く全身赤くしたあたしを見た上で千年さんはまた意地悪い事を言う。
「向こうだけ?」
「千年コノ腐れ天パッ黙れよ!? これ以上あたしを辱めて満足かよこのどSーッ!」
お前が黙れ。
口ぱくであたしに言うが同時に下駄が頭に飛んで来た。避けたけど、避けたけど千年さんの視線がまるで射殺すように突き刺さるので口を閉ざすしかなかった。先輩も先輩で下駄が飛んだ事なんて気付いてない風で、何だか憂えて黙している。
――やっぱりこの状況、どこか不自然だなと思いながら先輩の返答に耳を澄ませば、先輩はまるで腹でもくくったような大きく息を吐き出し、その一息の直後にポツリ、零した。
「こっちも、です」
あたしは再び心臓が止まるかと思った。
こっちも。こっちってどっち。あっちそっちどっち。
頭の中で意味のない言葉がぐるぐる回る。
あたしが向こうならこっちは誰。こっちって……先輩?
「あらら。両想いだったのかよ。んで、付き合わなかったわけ?」
「そうですね。そういう関係には至りませんでした。そもそも自覚したのもつい最近で」
耳が熱い。顔全体が赤いかも。だって、先輩と想いが繋がっていたとか夢みたいだ。
こんな時どんな顔して聞いていたらいいんだろう。人生十五年間でこんな状況経験した事ないよ。嬉しくてニヤニヤしちゃえばいい? それとも泣いちゃえばいい?
挙動不審。まさにそれを絵に描いた動きがぴったりな今のあたしを、複雑そうに眺める千年さんと目が合った。
浮かれ過ぎだと注意されるのだろうかと思った。けど、どことなく剣呑な雰囲気に落ち着きを取り戻すと、王子先輩に向き直った千年さんはまるで「全て見通している」とでも言うように王子先輩の肩を叩いた。
「自覚した頃には手遅れだった。そうだろ?」
先輩はギョッと目を丸め、息を飲む。何か反論でもしたそうに口を開くけど言葉にならず、それを二、三繰り返すと前髪をくしゃりと掻きあげるとそのまま腕に顔を埋めて机に伏せた。
「死にました。今年の春、合格発表日に事故で」
胸が痛くなるくらい、先輩は涙声だった。
「最初から向こうが俺に気があるのは知ってました。ただ俺、実際は性格良くないのにあいつは上っ面に惹かれてたし、そーゆー上辺だけで言い寄る女も珍しくないから適当に話合わせてたんですよ。でも、俺にぶつかるあいつは馬鹿みたいに裏表がないから変に毒気抜かれるんですよねぇ」
乾いた笑い声が続いたけど、先輩の顔は見えない。けれど声の響きの切なさはそのままだ。
「普通、好きな人の前では見栄とか張るもんでしょ。なのにそいつ馬鹿素直で腹芸とか全然出来ないし、逆にその真っ直ぐさが安心出来て……」
「卒業式の日に、お前を追って同じ学校に行く宣言をしたとか」
「俺、そんな話もしましたっけ? ……でも、そうです。そんな事もありました。正直、こいつの成績じゃキツいだろうなって思いながら、それでもこいつが来たらまた楽しいだろうなって思いました」
「で、結局叶わなかったんだな」
ばっさりと言い捨てる千年さんに王子先輩はむくりと体を起こしたけど、頭はかくんと落とすように頷いた。
「人伝に聞きました。頑張ったんですね、あいつ。てか、一年も遠く離れた俺を追いかけるとか馬鹿過ぎて、亡くした今になってすげぇ惜しいって、ああ俺もずっと期待してたんだって、待ってたんだって、好きだったんだって……」
そこまで言うと先輩はまた机に俯せになる。泣いているみたいだった。
あたしはただぼんやりと先輩の言葉を聞いていた。
好きだと聞いて飛び上がる程嬉しいのに胸が痛み出すのはどうしてだろう。
「相手が死んでから気付いて後悔してんのか?」
「するでしょ。いや、生きてたら俺は気付いてなかったかも知れないから、そういう後悔ってよりも俺なんか好きにならなきゃ死ななかったのかもって……」
とうとうと語られるのは先輩の懺悔。
「……自分の所為だから気に病むか?」
「それだけじゃない。あいつの努力に真っ直ぐな気持ちに応えてやれなかった自分にも腹が立つし、それでもあいつの存在を待ってる事が情けなくもある」
「そんなの忘れられるだろ。残酷かも知れないが死なんて大抵時間が癒すんだ。生々しい痛みなんてないつまでも鮮度を保ちゃしねぇよ」
突き放すような千年さんの言葉。冷たく非情にも感じるだけど、あたし自身もそれを願う。
全てを忘れて欲しい訳じゃない。たまに悲しんで、泣いてくれるくらいでいい。三百六十五日の一日、数時間でもいい。日常の隙間にあたしの悲しむを挟んでくれればいい。
悲しみを水挿しに例えるなら、その水挿しを少しずつ小さくして涙のかさを減らしてくれればいい。その方が残す方も安心出来る。あたしの家族がそうやって乗り越えてくれているように。
先輩は、違うのだろうか。
「なぁ、お前、その子以外好きになる気あるか?」
千年さんの問いに、王子先輩は、悲しそうに微笑んだ。
「そうか……」
何処となく千年さんも悲しそうに呟いた。
∽
「――だ、そうだ。ヒデヨシ」
それは突然、唐突に、パッと舞台上でピンスポットが当たるような切り替わりであたしに話を降り出した。
「聞いたか、お前、王子と両想いだ。嬉しいか」
「嬉しいかって嬉しいですけど、いいんですか先輩放っておいて」
横目で先輩を見やるが、先輩はきょとんとした具合で、まるで寝起きのようにぼんやりとしている。隣りで千年さんが目の前に手を翳そうが気付いてもいない。
「……頭痛い。今の対話なんだったんですか」
「慣れろ。たまに天使が使う催眠療法みたいなもんだから」
いつもの気怠さで言いながら、千年さんは着物の袷に腕を通して腹を掻く。何だかこっちが怒る方が馬鹿らしいとさえ感じだ。
「それより聞いたか。あの兄ちゃん、女々しくね? 死んだ女に操立てる気だぜあれ。男だけど」
「先輩悪く言ったら口縫い付けますよ」
「うっせーな。女房気取りかよ。でもお前はいい気分だよな、死んでも想われて。その点、ある種いい男だよ、あれ。一途でよ」
「千年さん、もしかしなくとも怒ってます?」
「怒ってねぇよ。何年この業界いると思ってんの。怒る程子供じゃありませんねー」
「…………」
下唇突き出されて言われても説得力ないなぁ。
あたしは溜息をついてコルトを取り出した。
「先輩がターゲットなのはあたしの所為なんですよね。だから新しい恋を結ばなきゃいけないんですよね」
痛々しい先輩の気持ちはあたしによく伝わった。生きてる人の気持ちって多分、殻のない魂には届きやすいのかも知れないな。
「撃つ?」
コルトに手を忍ばせたのに気付いた千年さんの問いに、あたしはすぐに頷けない。
「……先輩が誰かとくっつくのは嫌ですよ? まだ、今はあたしだって割り切れてないし。だから先輩の気持ちは凄い嬉しい」
素直に嬉しい。天にも昇る気持ちってきっとこんな感じ。いや、洒落ていませんよ? ただ純粋に嬉しいのだ。だって、あたし一方の想いじゃなかったなんて涙が出るくらい凄い確率だと思う。
――でも、だけど……
「悔しいけどあたしは死んでんですよ。身も蓋もないじゃないですか。分かってんです。あたしも先輩引きずっても仕方ないって。いつかは手放さないといけないって、知ってんですよ。知っててちょっとしがみつきたかったんです」
だから嫉妬して窓割ったりもした。あたしの気持ちはこれっぽっちも薄れてはないから。
あまり口にはしたくないけど、死んでしまってから諦めなきゃいけないものがナニかは分かっているつもりだ。
「先輩は、割り切れないんですかね」
「……人をなくした悲しみは、共有出来る誰かがいると癒やしやすい。あいつにゃそれがいなかった。それに悲しい事にお前さんが知らない複雑な環境が奴さんにはあんのよこれまた。おかげで他人をなかなか懐に入れたがらねぇ。やっと懐に入った人間は天使になっちまったからしゃーねぇ」
あたしの問いに千年さんは、あたしの知らない先輩の過去を含ませて答えてくれた。
「けど、長生きすりゃ不器用でもあと一人くらいは懐に潜り込むだろ」
だから、そん時の為に今日断ち切っておくのが‘未練’なんだよ。
そう言い添えて千年さんはあたしからコルトを奪うと弾丸を抜き取り、何か細工を施すと一発だけ込めた状態で投げて返す。
「殻薬莢で打てば‘縁切り’。覚えろよ、今日の実習はこの一発しかやんねーから」
暗にあたしにけじめを付けろと言ってるのだろう。大体あたしがいつ撃つと言ったっけ。しかもあたしとの縁切りですよ。ふざけんじゃねぇっての。
「まだ不満かよ。心配せんでも暫くあいつの心は当分お前んのだ。今日は‘いつかの未来’の措置だから」
畳みかけるように千年さんがあたしの背中を押す。
「……分かりましたよ」
「外すなよ。無駄弾は……」
「給与から引かれるんでしょ。覚えました」
それに、先輩に向けて二度も引き金を引きたくはないんだ。
深呼吸をしてあたしは先輩に近付く。千年さんと話て気持ちが疲れたか、机に伏せて眠りについている。あたしはそっと先輩の背後に立った。
天使の銃は心臓部か頭に一発。
この手で引鉄を引いたらもうお終い。
あたしへの恋はそれで終り。
一緒にスタート切る事もなかったあたしと先輩の恋はもうお終い。
正直やりたかないですよ。でも上司が狡いんです。先輩の口から病を明るみに引き出して、あたしに処方箋出せって言うから。
そうなったら。先輩が苦しんでるって分かったら解放しなきゃってなるでしょ。狡いんです。今度絶対一発殴ります。鼻フックとかかまします。
ねぇ、先輩。死んだあたしから言いたい事が山程あるんです。
知ってます? 天国って確かにあって天使も存在するんです。あたしも実はその一人で、自分はこれから失恋するくせにキューピッドなんかやってるんです。まあ、その上司はもっとキューピッドが似合わない任侠者なんであたしはマシかと思ってます。それに見た目より割といい人だから、死んでからもそれなりに楽しくやってますよ。
だから先輩も楽しくやりましょうよ。あたし、この学校に配属されてるから見守ってあげます。
先輩への想いはまだまだ薄れないけど、いつか友愛に変えてみるよ。死後の時間は長そうだし、先輩があたしを想って皺くちゃのお爺さんになるのは悲しすぎるし。
「あなたの幸せがあたしの望みなんです」
触れられないけど先輩を背中から抱きしめて耳元で囁く。せめて夢の中ならあたしの声も届くと願ってもいいじゃないか。
そしてあたしは先輩を包みながら背中に銃口を当て、引き金に力を込める。
これを引いたらさようなら。
弾丸が届く、さよならまでの間、先輩と過ごした二年を想って泣いてもいいですか?
なんて――初恋とのさよならが、音速で終るなんて短過ぎるよ……
◆
「ひっでぇ顔。お前その顔で三途の畔で立ってみろ。臨死体験なうの奴がビビって引き返すから」
あたし自身が手を下した初任務から一夜明けて、いつもの屋上で顔を付き合わせた千年さんの第一声は酷いものだった。
「やかましいです。一晩寮で泣き腫らしたら酷い顔になりますよ。死んでも人間だもの」
「そらそうだ。失恋記念日に団子やろう」
「それ用務員さんからのお供え物でしょ! 普通にあたしの取り分じゃないですかっ」
泣き過ぎて腫れぼったい顔をさらに膨らませてみたらし団子を頬張れば、ニヤニヤと変に慈愛を含めた千年さんの視線が気持ち悪く突き刺さる。
「なんれふか」
もちもち。団子をまだ口に残し、お茶で流しながら尋ねれば千年さんは「いんや~」とはっきりしない口調でニヤニヤ。
「キモいですよ千年さん」
「照れるな、俺はどっちかってぇと脱力系イケメンだ」
「ウザいですよ千年さん」
「お前の今の顔のがウザい」
「腫れは引くから千年さんのがウザい」
「小娘はすぐ泣くからお前がウザい」
「千年さんは存在がなんかもうウザい。爆発すればいい」
「お前が爆発しろ」
「千年さんが」
「お前だろ。何だよ女のくせにヒデヨシとか」
「あんたが勝手に付けたんでしょーが! あたしは最初から認めてませんからっ」
怒鳴れば千年さんはわざとらしく耳を塞ぐ。何だこの不毛な言い合い。失恋直後くらいちょっとセンチメンタルに耽ってもいいくらいなのに何この空気クラッシャー。
ムカムカしながら千年さんから距離を置いてベンチの端に座る。
梅雨入りした筈だけどからりと晴れた空に鳶の声が響いた。のどかな朝だ。天羽学園はちょうど一時間目が始まった頃だから校内はシンと静か。
幽霊に通う学校はない。だから授業もない。試験もなんにもない。おまけに任務もないからゲゲゲの歌通りに暇だよなぁ。
なんて、伸びをして足を組み直していたら、ちょっと離れた場所に座る千年さんが「おい」と呼び掛けた。
「なんすか」
まだあたしのご機嫌は斜めだよと声に潜ませる。千年さんはこちらに足を向けて寝転がっていた。
「……キツいなら配属先変えてもいいんだが?」
唐突な提案にあたしは首を傾げる。
「気遣いとかキモさに拍車かけるだけですよ。あたしこの学校で構いませんし」
先輩に見守るって一方的に約束したしね。それに元は通う筈の学校な訳で、少なくとも三年間はいてもいいような気はする。
「てーか此処がいいです」
答えれば「勝手にすれば」と寝返りながらの返事。
それにしても千年さんから持ち掛けるのも珍しい。それなりに優しい所があるのは知ってはいるけど、実際にそう言われるとは想像もしなかったから余計に意外だ。
「……天使、続けるの?」
まだ寝ていなかった千年さんの質問にあたしは目を丸くする。
「自分で誘っておいて聞きますか、それ」
「いや、昨日の一件で降りるかと思ったんだよ。お前、思ったより聞き分け良かったし、見切りつけんのかなぁって」
体を起こし、頭を掻きながらちょっと言い辛そうな千年さんにあたしは更に呆れて息を吐く。
「普通逆でしょ。覚悟を決めたんです」
物分かりに関しては、まあ確かに良すぎだったと思ったけど、先輩の心を軽くする方を思えばそれがどうしただ。
「大体、自分でけしかけて何を下らん事を聞くんですか。やらせて下さいよ、天使。死後の時間は思った以上に長いから何かしてなきゃ退屈過ぎますてカビ生えそうです」
胸を張って言い切ると千年さんは最初きょとんとしていたけど、まるで鳥肌でも立ったように肩を竦めると盛大に吹き出した。
「……馬鹿にしてます?」
「してねぇよちげーよ馬鹿」
「馬鹿って言った」
「言ったがそんな意味じゃなくてだ、うん、それでこそ相棒だ」
肩をぽんぽんと叩かれ、笑われながら言われても嬉しくないなぁと思いながら、まだひくひくしている千年さんの頭に団子の串を刺した。痛がる千年さんをざまぁみろと鼻で笑い、それから暫く馬鹿みたいな鬼ごっこが始まった。馬鹿馬鹿しいが時間はたっぷりあるので本気で馬鹿に徹するのもなかなかない経験だ。
――ですが、天使も体力が無尽蔵じゃないんで数十分後にはお互い地べたに這いつくばって息絶え絶えだったけども。
「何やってんですかね、あたしら」
大きな唾の塊を飲み込み、仰向けに空と対面して千年さんに言った。
「生きてんだよ、死後を」
「くっさ」
吐き捨てて起き上がる。汗を吸った制服のシャツが肌に吸い付く。この不快感と爽快感は死んでも変わらない。
「死後って不思議です」
呟いて屋上から校庭を見下ろす。体育の授業をしているクラスがソフトボールを熱闘していた。多分、今のあたしの汗はあそこにいる人らと変わらない。だから益々今の自分が不思議だ。
「死んだら何もないかと思ってました」
「それも死後だ。受け入れる気のない奴には閉じた世界だし、此処」
「そうなんですか」
驚いて尋ねれば千年さんはどこから取り寄せたか、ペットボトル入りのミネラルウォーターを呑みながら頷く。あたしの分はないの?
「眠ったまんまの魂ってのもごまんとある。だから俺らはツイてると思った方がいい」
「ツイてる、ですか?」
「天使になって銃をぶっ放すとか、なかなかない経験だろ」
「それは確かに」
何となく納得させられたあたしの眼前は真っ白になった。
「……司令書?」
よく見ると文字も印刷されたそれは、千年さんがあたしの顔面に突き付けた司令書だと知るのに随分間を要した。
「お前が来る前に届いた今日の司令書。内容はケータイで確認な」
ニヤニヤと何かを含んだ千年さんの表情から、嫌な予感しかなかったが、中を改めてそれが的中した事に更にがっかりした。
「千年さん、今日のターゲットって……」
「がっつり両名男だな」
「やっぱりか!」
どんなに考えても荒川次郎と加藤光彦なんて女はいないよね! おまけにふたりを結ぶと、彼らは自分らの関係を社会的に確立しようとなんか色々経済界の大物になるとか記載されてるからね。世界の同性愛者の希望の星の卵な訳だ、要するに。
「これってどっちがタチでネコなんだろうな」
「あたしやっぱり天使やめるーっ」
デリカシーのない上司の発言にキレて訴えても、さっきの今では聞き入れられず。千年さんはコルトを持つと颯爽と歩き出した。
「ついて来ないと拳骨五発やるぞヒデヨシー」
肩をぶんぶん振り回し、やる気満々の背中を慌てて追い掛ける。
「だからヒデヨシって呼ぶなってーのっ!」
それからあたしのドロップキックが炸裂して千年さんと第二ラウンドをおっぱじめるんだけど、結論を言えば、あたしはあたしなりに今日の終いも笑っていました。
【END】