第八章 運命にあらがう者
『真意』
――どのくらい時間が過ぎただろう。
暗い世界に一筋の光が入り込む。そしてゆっくりと、暗黒の世界は見覚えのある鮮やかな世界へと移っていった。
まだ頭はぼーっとしている。眠い。
朝の冷たい空気が少しずつ僕の眠気を取り除く。
いつも通りブラインドを上げ、窓を限界まで開ける。冬の冷たい風が部屋の空気と混ざっていく。静かな朝だった。
「結恵……」
昨日の結恵の言葉が頭の中にあった。きっと結恵は約束を守ってくれるだろう。そう、信じたかった。
――2003年12月23日
やっぱりこの日に戻ってきた。あと何度、これを繰り返すのだろうか。ゆっくりと昨日のことが頭に蘇る。
「“LAS”って一体……」
昨日の“白い世界”の中で見たあの3文字。一体どんな意味があるのか、まったく見当がつかない。
「とりあえず……」
ひとつ分厚い英和辞書を手に取る。
「ったく、なんだって……」
ゆっくりページをめくる。そして、
「……なっ!?」
見つけてしまった。鍵となる言葉を。もし、“LAS”がこの言葉を指しているとしたら。
「そんな、まさか」
人は信じられない事態に直面すると受け入れるのに時間がかかるらしい。体は一箇所に止まることを許してはくれないし、胸にはわかりやすいほどの不安と緊張。気が付いた時には部屋中をうろうろしていた。
「そんな、うそだろ……くっそぉ!!」
殴った壁は冷たかった。
「どうして……どうしてなんだよ」
“LAS”が、他の言葉を意味している可能性も、まだあっただろう。でも、僕にはそれしか考えられなかった。
『信じて』
着ていた服を着替えると、僕は部屋を出た。階段を降りて、扉を開ける。
「おはよう、陽介」
母さんの声。
「あぁ、おはよう」
父さんはリビングでテレビを遠目で見ていた。
「おはよう」
「うん」
素っ気ない返事。毎朝どこでもあるような、ごく日常的な風景だった。
父さんは相変わらず興味なさそうに朝の情報番組を見ていた。
「ご飯できたわよ」
僕と父さんはゆっくり腰をあげてダイニングにむかう。
「いただきます」
「父さん、母さん。ちょっといい?」
朝食の片付けもひと段落ついたようだった。
「なぁに?」
父さんはテレビを見たままで何も言わない。
「大切なことなんだ。それから、今から話すことにうそはないから」
「わかったわ」
そして僕は、以前にも話したように父さんと母さんに僕が今まで体験したこと、これから起きることを告げた。父さんも母さんも、真剣に聞いているように見えた。
「……そう」
母さんの表情は重かった。
「辛かったんだな」
それは父さんも同じだった。
「信じて、くれる?」
二人はお互いの顔を見ている。
「母さんは信じるわ」
「えっ!?」
「父さんもだ。陽介の言うことを信じよう」
「ほ、ほんとに!?」
初めてすんなり二人が信じてくれたことに驚きを隠せない。
「陽介は母さんたちのこと信じてくれないの?」
そういうわけではない。
「いや、今までとは違うから」
母さんがふぅっ、と息を吐く。小さな頃からずっと見続けた、柔らかな表情がそこにあった。
「陽介。あなたが信じてほしいなら、まずあなたが信じるべきじゃないかしら? そうじゃないと、母さんたちも信じられないわよ」
確かにそうかもしれない。
「大丈夫。陽介はこんなうそ言わない子だもの」
「まっ、そういうことだな。それは一番父さんたちが知ってることだ」
……まぁ、今までの二人の反応は見逃すことにしよう。そんなことがどうでもよく思えるくらい、僕の両親は偉大な人だった。とてもこの二人にはかなわない。
「……ありがとう」
素直に二人の子供であることを幸せに思えた。
気の抜けた呼び出し音が家中に響く。
「はいはい」
母さんが必要のない返事をしながら玄関に向かう。
「あらぁ、……」
話してる相手はあの三人に間違いないだろう。
「陽介!! みんなが来てるわよ」
立ち上がり、玄関に向かう。その途中で、母さんと目が合った。
「心配しなくても大丈夫よ」
「うん、頼むよ。必要なら戻ってくるから」
「よろしくね」
玄関には、いるべき三人がいた。
『確率』
僕たちはいつかと同じように会話をしながら、学園の近くを歩いていた。ここまでは、2日前と大きな違いはない。父さんと母さんが、すんなり僕の言葉を信じてくれたこと以外は。
「裕也、ちょっと用事があるんだ。先に行っててくれるか? すぐ終わるから」
「わかった。場所が決まったらメールするわ」
そして僕は三人と別れた。もちろん、目的なんてひとつしかない。目指す場所へと、自分の足を向けた。
静かな通りには車一台走っていない。その中を散歩するようにゆっくり歩く。細い路地に入り、しばらく歩いて止まった。白い二階建ての古いアパートの前で。
一階を進み、立ち止まったのは103号室の前。
「はい!」
若い男の声。
「はい! ……ん? どちらさん?」
白いTシャツにジーパン姿の男が出てきた。もちろん、すべての元凶の西尾である。
「西尾さん、ですね?」
「そうだけど、君は?」
「佐野陽介といいます」
西尾は頭をかきながら、
「それで、何の用事?」
いかにも面倒くさいと言いたいような顔で言う。
「実はお願いがあるんです」
「俺にかい?」
「はい」
西尾はそれを聞くと、
「長くなりそうだね。とりあえず中で話を聞くよ」
僕を家に招きいれた。どこにでもあるような、いたって普通の部屋だった。
「で、君の頼みってのは?」
「実は、今日、車での外出を控えてほしいんです」
西尾はもちろん驚く。
「ちょっ……おいおい、意味がわからないよ。今日は……」
「説明します!! だから、だから!」
「お、落ち着いて。ゆっくり話してくれ」
それから僕は、今日二回目の過去の話をした。さほど詳しくではないが、大体のことは話した。
「……そうだったのか」
「わかってもらえますか?」
「とても信じられないよ」
「お願いします! 両親を……友達を……もうこれ以上……」
「君の言いたいことはわかった。でも……」
西尾はそこから先を言おうとして、やめた。
「いや、なんでもない。わかったよ」
なにを言いたかったのか、そんなことはわからない。でもこの際そんなことはどうでもいい。
「あ、ありがとうございます!!」
僕は何度も頭を下げて、アパートを離れた。
「うまくいくといいけどな」
自信なんて、これっぽっちもなかった。そして僕は、さっちゃんのお店に向かった。
『あなたの幸せ』
それからは二日前とまったく同じだった。
さっちゃんは例のとんでもない料理で僕を迎え、山積みのクレープで作ったケーキもどきをサービスしてくれた。そして同じようにプリクラを撮って、カラオケでバカみたいに歌って、踊って、騒いだ。
そして同じように、今ショッピングセンターに向かっていた。
「陽介」
隣にいる裕也が僕を呼ぶ。
「なんだ?」
「おまえさ、……好きなやついるか?」
きた。
「……あぁ、いるよ」
「そうか」
「裕也はいるのか?」
「まぁな」
「そうか」
こればかりは仕方なかった。
「なぁ、裕也」
裕也がこちらを向く。
「たとえ同じ人を好きになっても、馴れ合いはしないからな!」
それは以前の裕也の言葉。そうする以外に、道は思い付かなかった。
「当たり前だ! お前よりも先に、お前じゃ付き合えないようなかわいい彼女作ってやるさ!」
こいつのいやらしい表情は本当にいやらしい。ついでに、何をしでかすかわかったものじゃない。
「それはどうかな?」
「なんだと! この生意気な小僧め!!」
いつもの裕也だった。そのことがほんの少しだけ不安に思えた。こいつはそうやって無理をする奴だなんてこと、こっちは百も承知なんだ。
「陽介」
今度は僕が振り向く。
「もし同じ人を好きになってそいつがおまえの彼女になったら、俺なんて気にしないでちゃんと幸せになれよ」
「えっ!?」
「好きな人が幸せなら、俺も幸せじゃないか」
「よせよ、そんなこと」
裕也の顔はどこか悲しくて、優しかった。
「それなら、俺たちずっと友達でいられるだろ?」
「……そうかもな」
やっと安心できた。本当に裕也がそう思ってくれるなら、大丈夫かもしれない。そう思えた。
ありがとう、裕也。
『ふたつの道』
「この後どうしようか、あたしはちょっと行きたいところあるんだけど」
「私も、ちょっと……」
「じゃあわかれるか」
二人の希望に裕也が提案した。
「陽介、おまえどっちと行く?」
僕は……
「ごめんね、付き合わせちゃって」
僕の隣を歩いているのは結恵だった。
ほんの二、三分前
「陽介、おまえどっちと行く?」
正直なところ、僕はどっちでもよかった。たまたま出した手によって決まっただけのこと。要するにジャンケンでこうなっただけだった。
「じゃあ陽介は結恵ちゃんと一緒ってことで」
結局、この場面はいつも必ず結恵と一緒だった。これもまた“運命”なのだろうか。
「陽介君?」
「ん? なに?」
「お店、ここだよ」
やっぱりあの小さな、小物を売っている店に来た。
「ところでなに買うの?」
返事はわかっている。
「妹たちとか、みんなのクリスマスプレゼントだよ」
「ふーん」
そして僕たちは広くない店の中を行ったり来たりしながら、プレゼントを探していった。
「ちょっと待っててね」
そう言うと結恵はレジに小走りで向かう。
「とりあえず……ここまでは大丈夫か」
まだここまではなにも起きていない。あれだけ西尾にも言ったのだから、少しは状況が変わるかもしれない。
僕は携帯を開いてメールを打ち出した。もちろん父さんに確認のメールを送るため。
「よし……」
あとは送信ボタンを押すだけのところで手が止まった。
“あなたが信じてほしいなら、まずはあなたが信じるべきじゃないかしら?”
朝の母さんの言葉が頭の中で響いていた。
「陽介君」
結恵が戻ってきていた。
「行こう」
「あぁ」
一度取り出した携帯をポケットにしまおうとして、
「!!」
ちょうどその時、メールが届いた。
「買い物が終わったら一階の正面出口に集合、だってさ」
「じゃあ行こう」
「そうしますか」
そして僕たちは、メールで指定された場所に向かった。
『ずっと』
正面出口に着いた。千春と裕也の姿はまだ見えない。
「ちょっと早かったかな」
「そうだね」
しばらくベンチに座った僕たちは無言だった。まわりの慌ただしい雰囲気と、僕たちのまわりは空気の流れが別物のように感じた。ゆったりした、そんな感じ。
「陽介君」
ふいに結恵が僕を呼ぶ。
「なに?」
「えっと……誕生日おめでとう」
「あ、あぁ。ありがとう」
結恵は恥ずかしそうに下を向いて、顔を赤くしていた。
「陽介君って、今、彼女とか……いる?」
以前と同じ、あまりに唐突で不自然な質問に笑いながら答える。その答えも、既に心に決めていた。
「いや、今はいないよ」
「そっか……好きな人とかは?」
「いるよ」
えっ!? とでも言いそうな少女の顔。
「ど……どんな人?」
「んー、一緒にいると安心できて、すごく大切な人。ずっと、その人のことが好きだったから」
「そっか……」
そしてまた沈黙が始まった。
「……」
ぼそっ、と結恵の声が聞こえた気がした。
「えっ!?」
「えっ!? あ……ううん! なんでもない」
「そっか。結恵は、いるの?」
「私は……」
結恵はやっぱり視線を下に落として顔を赤くしていた。
場の流れから、つい聞いてしまった。でもやっぱりこういうことは男から言わないといけないような気がした。
「あのさぁ、」
「私ね、」
僕たちが話しかけたのはほぼ同時。
「先に言わせてもらえる?」
「えっと……私から、言わせて」
結恵はふうっと息を吐くと、ゆっくりとした、でもはっきりと、ひとつひとつの言葉を紡いだ。。
「あなたのことが、……好きです。今、誰よりも、あなたに側にいてほしいです」
彼女は顔を真っ赤にして精一杯想いを伝えてくれた。僕も、それに答えなければならない。そう感じた。
「あの……」
「ずっと……そばにいる」
「えっ!?」
「そばにいる。結恵のそばに、ずっと。今誰よりも、結恵のことが好きだから」
僕たちを取り囲む時間が止まって、また動き出した。
『胎動』
「本当に!?」
「……うん」
千春の声に結恵が答える。
「うーん、結構お似合いかもな」
「おまえの負けだな、裕也」
「くーっ、ちくしょう!」
僕と裕也はそんな会話をしていた。いつもと変わらない僕たちが、そこにいた。
日もだいぶ傾きだしていた。もうすぐ、未来が決まる“刻”が来る。
「裕也」
呼ばれた裕也が振り返る。
「用事があるんだ。すぐ戻るから、先に行っててくれ」
「わかった」
僕は三人と一時離れた。まだ時間はある。ならば確認しなければならない。あいつが、西尾がアパートにいるか、いないか。
狭い道路に人通りはなく、静かだった。しばらく歩いた先に、アパートが見えてきた。
「……!?」
……ない。
103号室の前まで全力で走る。
「西尾さん!!」
返事はない。インターホンをならしても無意味だった。
「そんな……」
運命はまた、しっかり動き出していたというのか。タイヤのひとつでもパンクさせておけばよかった!
「くっそお!!」
黒い車のない駐車場を横目に、全力で駆けだしていった。
『消えたふたり』
そんなバカな!! あの時西尾は確かに“わかった”と言ったはずだ! なのになぜ、またあいつは車で外に……!
疑問はとどまることを知らずにわき上がる。
「早くしないと……早く!!」
気持ちばかりが焦ってどうにもならなかった。
とりあえずさっき分かれたところまで戻ってきた。3人とも、まだ遠くには行ってないはず。
「陽介君?」
振り向いた先に、結恵がいた。
「結恵……どうして?」
「待ってたの。ふたりは先に行っちゃった」
まずい……時間はもう十分にすぎた。今外にいるのは危険すぎる。
「どこに行くって!?」
「わかんない。多分帰ったんじゃないかな?」
「くそっ!!」
走り出して、すぐにあわてて止まった。危険なのは結恵も同じだったことを、すっかり僕は忘れていた。
「結恵、来てくれ。時間がないんだ」
結恵は理由も聞かず、
「うん」
とだけ答えてくれた。こういう時に余計なことを聞いてくれないのは本当にありがたい。
そして僕たちは走り出した。
「陽介君! どこに行くの!?」
答えてる暇なんてない。左右の路地を見回しても、ふたりの姿はない。
「くっ、ちくしょう!」
そしてついに、僕の家の前まで来てしまった。
「父さん!! 母さん!!」
ふたりが玄関から出てきた。
「結恵を……」
ふたりは僕の様子からすべてを悟ったようだった。
「陽介! 早く!」
「わかってる! 結恵を頼んだよ!」
そして僕はまた走り出した。
「どこにいるんだよ!」
いくら探してもふたりの姿は見えない。
「!!」
携帯がなっていた。
「くそっ!! こんな時に……」
やっと、ひとつの可能性が見つかった。
「携帯……そうか!!」
そうだ。すっかり携帯という存在を忘れていた。
「……、……」
「くそっ!! 早く……!」
「……プツッ、もしもし陽介?」
「裕也!! 今どこだ?」
「なんだよ」
「いいから早く!!」
「公園のすぐ近くだけど?」
公園のすぐ近く。そんなに遠くはない。
「陽介?」
その裕也の呼び声は届いていない。
「頼む……死なないでくれ」
『もう誰も』
いつもは感じない公園までの距離がやたら長い。もう何年も通ったはずの道なのに、その距離は永遠にも思える。
「裕也! 千春!」
あたりを見回しても二人の姿はない。
「くそっ!!」
膝に手をついた。もう肩で息をしているような状態。これ以上走ることは体が許してくれない。
「一体どこに……」
顔をあげた時、ふたつの人影が50mほど先に見えた。
「くっ、まずい」
いつか母さんが事故にあった時と同じ。すぐに、あいつが来る。
限界のはずの体が、知らぬ間に走り出していた。
「裕也! 千春! 逃げろ!」
声と同時に、黒い車がカーブを曲がってきた。いつかと同じような、ただ、あの日は雨だったっけ。
振り返った裕也と千春にも、その映像が見えただろう。
「裕也!! 早く!!」
ふたりは動かない。黒い車は猛スピードで突っ込んでくる。
「裕也!! 千春!!」
ものすごい音が、あたりに響いた。
二人を無理矢理道路の脇に倒した直後に、車は大きく曲がった。僕たちとは道路を挟んで反対側の電柱にぶつかり、ようやくその巨大な凶器は止まった。
「大丈夫か?」
「なんともないよ」
「……とりあえず大丈夫そうだ」
ふたりとも、死んでなかった。傷もかすり傷程度。
「……よかった」
本当にギリギリだった。あと一歩遅ければ、同じことを繰り返すところだったかもしれない。
「うっ……」
「西尾さん!!」
車はフロント部分がぐちゃぐちゃに壊れている。思わず目を逸らしたくなった。でも、そういうわけにもいかない。
「すまない……また……」
「待って下さい! 今助けます!」
西尾はハンドルに足を挟まれていた。後部座席のドアをあけて、座席を倒した。
「陽介! 手伝う」
裕也も一緒になってなんとか西尾を車から引きずり出した。
その数秒後、車はさらに大きな音と共に爆発した。きっとガソリンに引火したのだろう。
「間一髪だったな」
「ほんとギリギリだよ」
僕と裕也は道路に座り込む。どちらかといえば腰が抜けたようにも見えたかもしれない。
「どうして……」
西尾のかすかな声が聞こえた。
「どうして俺を……俺はまた……君の……」
「……」
正直、自分でもよくわからない。でも、どうしてか今は西尾がそんなに悪い人に思えなかった。
「あなたは、誰も殺してないです。約束を守ってくれた。それに……」
「……それに?」
「もう、誰にも死んでほしくなかったんです」
「そうか……」
しばらくして、千春が呼んだ救急車が、西尾を搬送していった。
『理由』
「陽介!!」
母さんが玄関から飛び出てきた。
「ふたりは?」
「どうにか……大丈夫だった」
「そう……よかった」
母さんはその瞳に涙をためていた。
「ありがとう、母さん」
涙が止まらなかった。やっと、終わったんだ。
「さ、早く入りなさい」
僕たちは家の中へと入っていった。
「ところで西尾さんはどうして車で外に出たんだ?」
結恵を送って帰ってきた僕に、父さんが尋ねる。
「それが……」
「どうしてあなたは車で外出を?」
「母親だよ」
まるで意味がわからない。
「俺の母親は体が弱くてな。ずっと病気で、いつ死んでもおかしくなかった。それがさっき、連絡が来てな」
「亡くなったんですか?」
「あぁ。気付いた時には車に乗っていた。そして君の言葉を思い出した時、目の前に君がいた。慌ててハンドルを切ったってわけさ」
「そう……ですか」
「なるほどな」
父さんはうんうん納得した様子で頷く。
「じゃあすべての事故も……」
「多分そうだと思う。だから酒を飲んでも車を運転してたんだ」
やっと、すべての疑問が解けたような気がした。
「悲しいものだな」
父さんは、ぼそっとひとり言のような言葉。
「結局、おまえがあれだけ憎んでた西尾さんにも仕方のない事情があったんだ。誰も、悪くなかったんだから」
それが、妙に耳から離れない。
「……そうだね」
父さんの言うとおり、誰も悪くなかった。本当に偶然が重なって、事故は起きていただけだった。
「西尾さん、何事もなければいいがな」
「うん……」
『最後の日』
時間がすぎた。
西尾はどうやら大丈夫だったらしい。奇跡的に軽傷で、二週間ほどで退院できるそうだ。
僕は自分の部屋で天を仰いでいた。これでやっと、運命を変えることができた。それが本当に嬉しかった。一時は本当に諦めていたし、翻弄されていた。その時から考えれば、今でも運命が変わったことが信じられない。
「LAST……だとしても……」
これは推測でしかない。“LAS”はラスト、つまり最後を意味するものだったと思う。つまり、もう戻ることはない。
「これから……どうなるんだろ……」
最後の日が終わった時、僕はどうなるのだろうか。また戻ることはもうないだろう。じゃあ一体……。
所詮はひとりの若造の想像でしかない。いくら考えても、答えは浮かんでこない。
「あぁーもう知るか! なるようになる!」
自分に言い聞かせるように言って、考えることをやめた。冷たい階段を降りて、リビングに入った。
「そろそろ寝るよ」
父さんと母さんは、少し悲しそうな表情だった。
「また……一年後に」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい、陽介」
僕は部屋に戻るとすぐに、深い深い眠りについた。