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陽だまりの種  作者: ハギ
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第七章 永遠の約束

『幸せそうな笑顔』


 ――どのくらい時間が過ぎただろう。

 暗い世界に一筋の光が入り込む。そしてゆっくりと、暗黒の世界は見覚えのある鮮やかな世界へと移っていった。

 まだ頭はぼーっとしている。眠い。

 朝の冷たい空気が少しずつ僕の眠気を取り除く。

 いつも通りブラインドを上げ、窓を限界まで開ける。冬の冷たい風が部屋の空気と混ざっていく。静かな朝だった。

 時計の日付は2004年12月22日を示していた。


 窓の前に立っていた僕はベッドに座った。そろそろ来るはずのものを待つために。

「いっ、つっ……」

 強烈な頭痛。世界の終わりを感じるような痛み。しばらくそれは続き、そして僕はベッドの上で静かに気を失った。



 眩しい。

 光が僕を包んでいた。少しずつ霧が晴れるように、眩しさは消えていった。

 僕の前に、結恵がいた。見覚えのある場所、あの場所だった。眩しかったのは、日の光。僕と結恵が、例の大きな木の下で手を合わせていた。小さな石の前に、僕たちは静かにたたずんでいた。

 それから景色は急速に速度をあげた。一年の記憶が、僕の頭に流れてくる。それは今までとは大きく違った一年だった。父さんと母さんがいる一年は幸せそうだった。


 “どうして、笑ってるんだ?”


 僕の声は届くわけがない。目の前にいる“僕”は、父さんと母さんと幸せそうに笑っていた。


 “どうして千春と裕也が死んだのに、どうしてお前は笑ってるんだ!”


 気がついた時には、僕は天井を見ていた。“記憶の中の僕”は、残酷だった。




『当たり前の幸せ』


 冷たい風が、部屋を通り過ぎてゆく。涙をふいて、部屋をあとにした。

 硬い階段を一段ずつ降りていく。リビングに入る扉の前で、ノブを回そうとした手は止まった。

 確かに僕は父さんと母さんを助けた。間違いはないけれど、もし扉の先に父さんと母さんがいなかったら……。妙な恐怖感が頭をよぎる。ノブを掴んだ手が小刻みに揺れていた。

「大丈夫、大丈夫……」

 自分に言い聞かせて、ゆっくり扉を開ける。

「おはよう、陽介」

 いい匂いと一緒に母さんの声が聞こえた。確かに僕の目は、テレビを見ている父さんと、朝ご飯の支度をしている母さんの姿を映していた。

「よかった」

「陽介? あっ、一年ぶりね」

「母さん昨日、じゃなくて一年前のこと……」

「もちろん覚えてるわよ。だから一年ぶりって言ったでしょ?」

 まったく、この人には頭があがらない。いくらなんでも一年前のことを覚えてるなんて、普通じゃ考えられない。

「すぐにご飯にするから待っててね」

 そう言うと母さんはキッチンに戻っていった。

 リビングでは、父さんがいつものようにテレビを見ている。僕もその横に座ってテレビを見た。

「ご飯できたわよ!」

 しばらくして母さんの声が響いた。僕と父さんはイスから立ち上がって、食卓についた。

「いただきます!」

 どこにでもある、朝の当たり前の風景。でも、2004年にこの二人がいるのはどこか違和感があった。

「どうした? 陽介」

 父さんが僕の顔を見ていた。

「生きてる、生きてるんだよね」

「あぁ、父さんと母さんはちゃんと生きてるよ」

 自然と流れる涙があふれて止まらなかった。




『ふたり』


「行ってきます!」

 外に出た。冷たい空気が、わずかに残っていた眠気を吹き飛ばす。

「おはよう、陽介!」

 後ろからそんな明るい声は、聞こえなかった。

「千春……」

 僕は公園へと足を運ぶ。

「おぅ!」

 いつも公園で僕たちを待っている姿も声も、ない。

「裕也……」

 今やっと、わかった気がした。二人がどれほど僕の中で大切だったのか。どれほど大きな存在だったのか。

「おはよう、陽介君」

 声のする方に結恵がいた。

「……」

「陽介君?」

「ん? ごめん。行こうか」

「うん」

 僕たちは公園を後にした。


「それでね、」

 結恵はなにかを話していた。でも、その内容は僕には届かない。ふたりで歩く朝の通学路もつまらないわけではない。楽しいのだが。

「陽介君?」

「ん? ごめんごめん」

「どうしたの? 考えごと?」

「……まぁね」

「もしかして、一年前のこと?」

「……あぁ」

 もう少し余裕があるなら、気の利いた言葉も出ただろうに。こういう時にうそが言えないのは性格のせいなのかもしれない。

「そう……」

 それ以上、言葉が出ない。

「ねぇ、」

 静寂を嫌うように間髪いれずに結恵が言う。

「今日、あの場所に行こう」

「わかった」




『迷いと答え』


 窓の外で、雲がゆったりと流れては形を変えていた。相変わらずそんな外の景色を遠目に映す。ホームルームも終業式も全部終わって、教室にいるのは僕だけ。

「……行こう」

 ゆっくり立ち上がって、空がある場所を目指した。



 扉をあけると、きれいに澄んだ青が僕を見ていた。

「ふーっ」

 悩んでいた。結恵に運命を話すか、を。以前の千春のように突き放してもいいかもしれない。でもあれはどこか間違っているような気がした。そうしてまた彼女を傷つけようとしていることに変わりはない。

 なんとなく逃げているような、もっと別の方法はないのだろうか。

 見上げた先に、雲ひとつない高い場所からそれは見つめていた。


「やっぱりここにいたんだ」

「結恵……」

「探したんだよ。待っててもなかなか来てくれないし」

「ごめん」

 そこで会話は途切れた。

「……あのさ、聞いてほしいことあるんだけど」

「なに?」

「実は……」

 次の言葉が出ない。どんな言葉なら、彼女は壊れずに済むだろう。ずっと彼女が来るまで考えていたけど、答えは今もわからない。


「僕は、今日……死ぬんだ」


 結局、どれを選んでも彼女は傷つくのはなんとなくわかっていた。僕は彼女にとって、大切になりすぎたのだから。それは、痛いほどわかっていた。

「なに、言ってるの? 陽介君、どうして今日なんて、だって……」

 そんな僕に死ぬと言われたら、彼女が正常でいられるわけがない。僕だって、こんな状況で冷静にいられる自信はない。

「全部話す。話すから、だから、聞いてくれるか?」

 いつか話さなければいけなかった。全てを話さなければ、まず僕が死ぬなんてことは信じられない、そう思ったから。


「……というわけなんだ」

 長い話が終わった。結恵はほとんど表情を変えずにすべてを聞いていた。

「うそ……」

 注意していなければ聞き逃すような声だった。

「うそだよね。うそでしょ? 言ってよ! お願いだからうそだって言って!」

 彼女を見ることは、僕にはできなかった。

「ごめん。うそじゃない」

 結恵は力なく崩れた。

「どうして? どうしてみんな死んじゃうの? どうしてみんな私を置いていくの!?」

 こればかりはどうしようもない。そして、答えられるようなものでもない。

「いや! 絶対いや! ひとりはいやなの!」

 初めて聞く彼女のわがまま。

「結恵」

「お願い! ひとりにしないで! ずっとそばにいて!」

 僕もどれだけそれを願ったことか。でも、強すぎる願いはなかなか叶わないものらしい。

「お願い、置いて行かないで……」

「結恵、聞いてくれ」

 濡れた瞳が、僕を映していた。

「いや、陽介君が死ぬなら、私も……」

「ふざけるな!」

 気付いたときにはもう声が出ていた。

「結恵はまだ生きることができる。生きたくても生きられない人がいるのに、それを投げ出しちゃだめだ」

 静かな時が流れた。

「いつかここで話した裕也との話、覚えてる?」

 結恵は首を縦に振る。

「裕也に助けられたのは、実は二回あるんだ」

「えっ!?」

「裕也は言ってたよ。“死ぬことでは何も解決しない。生きて変えればいい”って。それから“辛いのは自分だけじゃない。辛さを背負っても、死んだ人たちのためにも生きる”とも言ってた。それが正しいかはわからないけど、結恵にはそうあってほしいんだ」

 それは実際、辛いことだと思う。でも、そうじゃないと人は生きていけないのかもしれない。

「でも……ひとりはいや……」

「ひとりじゃないさ」

 できるだけ優しく、冷静に。それができているか心配だった。

「結恵はもう昔の結恵じゃないんだよ? 友達だって家族だっているんだ、ひとりじゃない。結恵には、僕らの分も生きてほしいんだ」

 結恵は何も言わなかった。言うことがなくなったのか、それとも諦めたのか、僕にはわからない。

「待ってるから」

 ずっと考えていた言葉だった。

「待ってる。結恵が来るまでずっと、ちゃんと待ってるから」

 空が、その蒼さをさらに深めていた。




『これ以上ない幸せ』


 僕たちは赤くなり始めた日の中で、ある場所に向かっていた。言葉はなく、ただならんで歩いていく。


「……うん、わかった」

「結恵……」

「陽介君も辛いんだよね。私だけじゃないんだよね。だから、私も逃げない」

「そうか、ありがとう」

「うん!」

「そうそう、泣かないで笑ってくれよ。その表情が一番好きなんだ」

「うん。そのかわり」

「なに?」

「今日、ずっと一緒にいてもいい?」



 結恵があんなことを言うとは思わなかった。でもあれ以来、結恵は一言も話そうとしない。僕は僕で、これからのことを考えていた。

 運命は既に決まっている。ならばこの世界の僕は死に、次の2003年12月23日に戻る。問題は戻った後の僕の行動。それ次第ですべてが決まる。




すべて?



 ならばこの永遠にも思える循環も止まるのだろうか。僕の行動しだいで? ――まさか。まさかね。


 どれくらいこの静寂が続いただろうか。いつの間にか僕たちは、木に囲まれた階段の前にいた。

 ゆっくり一段一段、確かめるようにのぼる。やがて陽のあたる場所が視界に入った。

 一年前と何も変わらない。木と木の間からは、住み慣れた町が夕日に照らされていた。

「ふたりとも、久しぶり」

 結恵が種を植えた場所で言う。僕もその隣で手を合わせた。

「今、そっちに行くからな」

 口に出さずに言った。

「芽、出なかったな」

 記憶の中で、僕は何度もこの場所に来ていた。しかし、芽は顔を出す気配すら見せずに一年が過ぎてしまった。

「仕方ないよ、場所が悪かったのかもしれないし」

「そうだな」

 僕たちはしばらくそこにいた。いやむしろ、どこかに行く気にはなれなかった。

「陽介君、ちょっと話しよ?」

 それはあまりに唐突だった。

「なんだよ、急に」

「いいでしょ?」

 僕の手を握った結恵の手からは、悲しみしか伝わってこない。

「……もう、できなくなるから」

 震える結恵の手を、しっかり握りなおす。

「あぁ」


 それから日が暮れてもずっと、僕たちはそこで話し続けた。お互いのこと、家族や友達、知ってることや知らないこと、どうでもいいこと、もう話したことも。

 いつか結恵と一緒にいただけで感じた幸せが、そこにはあった。冬の寒さが、僕たちの距離を縮めていた。この幸せが、ずっとずっと続けば、僕はそれ以上なにも望まない。そう思えるほどだった。

 それでも、時は刻々とはっきりとした足音をたてながら迫っていた。



『湖面の星空』


「きれいだね」

「あぁ」

 少し高い場所からの冬の夜景が、まるで湖面にうつった星空のように見えていた。

 さすがに寒さが増してきたので、僕たちはこの場所から離れることにした。土に眠る親友ふたりにあいさつを済ませると、僕たちは少し気味の悪い木のトンネルをくぐっていった。

 やがて湖の底について、僕たちは星に向かって歩いていた。

「じゃぁ帰るね」

 公園の近くで、結恵は家に帰っていった。僕は昨日よりもどこかすっきりした気分で帰路についた。



「ただいま」

 暗い家の中で、リビングの方から明かりが見える。その光の方に僕は歩を進めた。

「ただいま」

 一瞬重い空気の後で、

「おかえり」

 父さんと母さんがいつものように迎えてくれた。

「陽介」

 父さんに呼ばれ、僕は振り向いた。

「少し話がしたい。いいか?」

「わかった。ちょっと待ってて」

 少し駆け足気味に二階にあがる。暗く冷たい部屋にカバンを置くと、すぐに一階に降りていった。

 リビングにはいつもの明るい雰囲気の代わりに、あの重い空気が流れていた。

「話ってなに?」

 イスに座りながら聞く僕を、父さんと母さんは見ようともしなかった。しばらくの沈黙の中、父さんがゆっくり話し始めた。

「おまえが帰ってくるまで、父さんと母さんはずっと話していたんだ」

「なにを?」

「どうしたら誰も死なないですむか、をな」




『親として』


 父さんの言葉に迷いはないように聞こえた。

「えっ!?」

 戸惑いを隠せない僕を気にせず、父さんは話を続けた。

「おまえは今日、死ぬんだったな」

「……そうだけど?」

「そしてまた一年前に戻る、だったな」

「……うん」

「父さんと母さんは、一年前のあの日から話してたんだよ。おまえが一年前に戻った時、どうすれば誰も死なずにすむか、おまえにアドバイスするために、な」

「!!」

 この父さんの一言で、ひとつの謎が解けた。今日の朝、母さんが僕に言ったあの言葉。母さんが一年前の僕の言葉を覚えていたのは、一年もの間、何度も僕のために父さんと話していたから。

「父さんも母さんも、自分たちなりにいろいろ考えたんだ。これ以上陽介には苦しんでほしくなかったし、父さんも母さんも、誰かが死ぬのはたくさんだからな」

 素直に嬉しかった。父さんと母さんは、僕のことを考えて、僕の言葉を信じて、一年ずっと悩んでいた。一年も、僕のために……。

「初めはね、陽介の言葉が信じられなかったの」

 それまで黙っていた母さんが、ようやく口を開いた。

「でもね、親の一番大切な役割って子供を信じることじゃないかなって、母さん思ったの。だから、少しでも陽介の力になろうって、お父さんと話したのよ。たとえ嘘だったとしても、信じることがあなたのためになると思ってね」

「母さん……」

「それがね、親として母さんたちが陽介にできることだと思うの。だからね、陽介……」

 母さんは僕をしっかり見ていた。

「もう、ひとりで泣かなくていいのよ」


 それから父さんと母さんは、一年間考えたことを僕に話してくれた。僕も今までの経験から考えたことを父さんと母さんに話した。

 時間は刻々と過ぎていった。




『忘れたもの』


「ふぅ……」

 長い時間、僕たちは話し続けた。父さんと母さんの意見は僕にとって参考になるものばかりで、僕たちはひたすら話を続けた。まるで、時が流れていることを忘れたかのように。

 僕は自分の部屋にいた。すっかり話し疲れてしまって、ベッドの上で天を仰いでいた。




 微かに聞こえたインターホンの音。

 こんな遅くに一体誰が来たんだ? 突然の訪問者が気になって一階へと降りていった。


「陽介君……」

 結恵がいた。なぜ結恵がこんな時間に家に来たのだろう?

「まだ、大丈夫なんだね」

「!!」

 すっかり忘れていた。この世界の僕が、もうすぐ死ぬという事実。そんな大切なことを、僕は……。

「……あぁ、まだ大丈夫みたい。あがって」

 結恵を家の中に招き入れる。時間は11時半を過ぎていた。

 リビングの扉を開ける。父さんと母さんが、驚いた表情をすぐにいつもの笑顔に戻した。

「こんばんは」

「あら、こんばんは」

 父さんと母さんが、視線で僕に何かを訴えているのがすぐにわかった。

「結恵には、話してあるんだ」

 さっきまで笑顔だった母さんは一瞬悲しみに満ちた表情を見せ、

「……そう」

 とだけ言った。

「上にいるから」

 結恵を連れて僕は自分の部屋に戻った。



『似た者同士』


「……」

 部屋は僕たちが入った後も静かな状態を保っていた。なにもしないまま、ただ時間が流れるだけ。なにを話せばいいのか、僕は迷っていた。今さらこれといって言うことはない気がする。でも、もう時間がないのに何もしないでいる自分にいらだっていた。

「あのさぁ、」

「あのね、」

 声が重なった。僕たちは同時にお互いに話しかけていた。

「いいよ、先に言って」

「ううん、陽介君が先に言って」

「いや、別に大したことじゃないからいいよ」

「私も、大したことじゃないから……」

 そしてまた静寂が訪れた。


「ぷっ」

 それを破ったのは僕。

「ふふふ……あはははははは!」

 結恵が不思議そうに僕を見る。

「あははははは!」

「どうしたの?」

 笑いを止めるのに少しだけ時間がかかった。

「ふふふ、いやね、ホント似た者同士だなって思ってさ」

「私たちのこと?」

 歩調が合っているのかいないのか、その微妙な感じが僕の笑いを誘っていた。

「あぁ、今話しかけたのって、お互い同じ考えだったんだろうなぁって思ったらおかしくてさ」

「そう?」

「だって、この空気が嫌だからとりあえず話しかけたんだろ?」

「……うん」

「ほら! あはははは! ひーっ」

「なんだ、陽介君もだったんだ」

「あはははは!」

 僕の笑い声が部屋中に響く。

「あははは……」

 頭に浮かぶのは、楽しかった思い出ばかり。父さんと母さん、そして結恵との日々。

「陽介君……」

「あれ? どうしたんだろ」

 流れる涙は、止まることを知らなかった。




『大丈夫』


 悲しいわけでもなければ、寂しいわけでもない。それは自然と、まるで当たり前であるかのように僕の目から流れていた。

「ははは……、かっこわりぃな」

 結恵は下を向いたまま首を横に振る。彼女は、やっぱり僕と似ていた。

「おまえが泣いて、どうするんだよ」

 涙は止まらないけど、自然な笑顔でいられた。もう、残された時間なんて数分あるかないか。もう少しで死ぬとわかっているのに、幸せな生活が終わるというのに、また過酷な運命が待ちかまえているかもしれないというのに、自然に笑っていた。それがどうしてなのかは、僕自身もよくわからない。



 ドアをノックする音。

「ちょっと待って」

 結恵の涙を拭いて、ドアを開けた。父さんと母さんが立っていた。

「大丈夫か?」

 結恵の様子を見た父さんが言う。

「大丈夫、すぐにおさまるよ」

「そうか」

 父さんの表情が幾分和らいだ。

「……陽介」

 対照的に母さんの顔はこわばっている。

「大丈夫なの?」

 質問の意味がいまいちわからない。

「だから、今大丈夫だって言ったでしょ?」

「そうじゃなくて……」

「……あぁ」

 その言葉でやっと悟った。そういうことか。

「今は大丈夫だけど、そろそろみたいだね」

 あの独特の違和感が、僕の胸の中をかきむしっていた。限界が近づいていた。

 時計の針は11時50分をまわった。違和感は少しずつ強まってはいるが、あの突き上げるような痛みはまだない。いつ来るのだろうか。僕たちは無言で来るべき時を待った。


「があっ!! ……くっ!」

 来た。しかしそれは、今までとは比べものにならないほどの強烈なものになっている。

「があああっ!! ……はぁっ、……っ!」

「陽介!!」

「陽介君!!」

 かろうじて三人の顔が見える。

「陽介! しっかりしろ!!」

「陽介! 陽介!!」

 今までの痛みを凝縮したような胸の痛みは、さらに僕の体を凶暴に痛めつける。

「……はぁっ、……ゆ、結恵……」

 なんとか出てきた声を、結恵はしっかり聞いてくれていた。

「なに!? 陽介君」

「くっ……、……はぁっ、ま、って……」

 そこまでが限界だった。あとは痛みをこらえることしかできない。

「……うん」

 頬に冷たい感触。

「……待ってて。必ず、いつか会いに行くから」

 それが聞こえたのとほぼ同時に、僕の世界が途切れた。



『LAS』


 ――眩しい

 目を開けることができない。体に力は入らないし、頭はぼーっとしている。やっと目が半分ほど開いた



 世界は、白かった。



 まるで雲の上に体を浮かべているような感覚。なにもない。なにも見えないし、聞こえない。感じることすべてができなかった。



 目の前を何かが通った。


 もう一度。光の帯のような何かが、僕の目の前を通ったように見えた。


「……くん」

 何度も聞いた声。急に視界は白い世界から色鮮やかな世界に戻った。

「陽介君」

 結恵だった。僕の前で、なにか言っている。

「……ね、……きるよ。ちゃんと……のぶん……るから、……てて」

 そしてすぐに、世界は白に戻った。


“!?”


 光の帯が、僕の前で動いている。なにか、文字のような。


“える……えー……えす”

いかがでしたでしょうか?個人的にはかなり切なく書けたと思います。LASってなんでしょうねぇ〜?次話をお楽しみに☆★

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