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陽だまりの種  作者: ハギ
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最終章-終曲 陽だまりの種

 陽介、元気にしているだろうか。と、そんなことを聞くのは無意味なことかもしれない。この手紙が封を切られて誰かに読まれている時、君はこの世界にいないかもしれないから。

 少し長くなりそうだから手紙で残そうと思う。できれば最後まで読んでほしい。


 今からどのくらいの月日が流れただろうか。きっと桜の花も綺麗に色付いて、あの場所もいつもの春の姿を見せていると思う。今の季節からは想像もつかないくらい暖かいだろうね。春が待ち遠しい。でも、できるなら来ないでほしい。まだ、やり残したこともたくさんあるはずだから。

 あの冬の出来事、一年前に何度も戻ったことをまだ忘れてはいないと思う。誰かが死ぬかもしれない恐怖、守らなければいけないという重圧。何度も家族や友人の死を見ることのつらさ……。本当につらかったし、悲しかった。それはでも以前に言っていたように楽しくもあって、いろんなことがわかったはず

 だから後悔しないでほしい。今の自分があるのも、あの出来事を経験したから。両親を恨まないでほしい。二人は優しかった。だからあんなウソをついた。まだ生きてほしいと二人は思っていた。

 だから、もしまだ生きているなら忘れないでほしい。生きてほしいと願った人がいることを。必要としている人がいることを。決して希望を捨てないでほしい。いつかのように、運命が変わるかもしれないのだから。



 ――どんな運命が待っていようとも、決して生きることを諦めないで。




 一人の少女が佇んでいる。一枚の写真の前で静かに手を合わせる。黒い髪から整った顔立ちが窺える。その表情は、今の天気のようにどこか穏やかだった。胸元には、銀のチェーンに通された細いリングが光っている。

 ふと少女は窓の外を見る。視界いっぱいにそれは咲き誇る。いつかの雪のように舞い散るは桃色の花びら。その美しさは人の屍によって保たれていると、ある小説家が言っていたことを少女は思い出していた。



 そうかもしれない。だから、こんなにも綺麗なんだ。



 窓を開けると、心地よい春の風が家の中へ吹き抜ける。少女はその黒髪を手で押さえながら、どこか遠くを眺めていた。




 ――ここではない、どこか遠くを。





「気持ちいい」

 透き通った高めの声。少女は振り向き、ほんの少しだけ表情を緩めた。

「ああ、本当に」

 少年。胸元には少女と同じ銀のチェーンに通された細いリング。



 ――たとえ、残された時間があと少しだとしても。



「なに読んでいるの?」

 結恵の顔がすぐ近くまで寄ってくる。

「これ? 手紙だよ」

「誰から?」

 小さな白い封筒の裏に書いてある名前。

「さあね」

 それは僕が一番多く見たもの。




 佐野 陽介より



 僕自身から、僕自身に宛てた手紙。それは読むはずのなかったもの。

「陽介君のいじわる!」

 本当なら、こうしていることさえあるはずがなかった。

「プライバシーだよ」

 笑う彼女を見ることだって、自分に宛てた手紙を見ることだって、なかったはずなんだ。でも、僕は生きている。

「ちょっとだけ。お願いっ!」

 これを“奇跡”と呼ぶ人がいた。それは決して起こるはずのないものが起きた時にいうもの。でも、いやだから、僕はそうは思わない。父さんと母さんがそうしてくれたのだから。

「だーめ」

 “D”あれは多分、“DEATH”の頭文字。本来、僕が死ぬはずだった日。でも僕が過去で試練を乗り切ったから、ほんの少しだけおまけがきた。二人がそうしてくれた。今はそう思う。

「いじわる!」

 それが本当かはわからないけど、でもそれでいいと思う。今が、こんなにも幸せなのだから。

「いじわるで結構」

 同じリングが胸元で小さく音を鳴らす。それは僕たちの永遠の誓い。ただその意味を示す本当の場所は、僕たちには重すぎた。僕たちの永遠は、あまりに短いことを知っていたから。

 まったく、あの店長さんにお礼を言いに行かないといけない。

「いいもん! さっきポストに入ってた手紙、見せてあげないから」

「誰からの?」

「松崎って書いてあるよ」

 松崎さんが、僕に?

「ちょっ、よこせって!」

「やーだ」

 まるで子供じゃないか、まったく……。

「……わかった、見せるから」

「じゃあどうぞ」

 小さな封筒に入っていたのは二枚の手紙。

「なんて書いてあるの?」

「ん、陽介君へ……」



   陽介君へ


 調子の方はいかがですか? いい返事が聞けることを切に願っています。

 あの日君から話を聞いて、私もいろいろ考えました。君になにかを伝えなければならない。でもそれがうまく説明できずにいました。

 そして考えました。私自身のことを、です

 君の話を聞いて、私は正直うらやましいと思いました。しかしそれはあまりにつらいこと、私には耐えられる自信がありません。

 あの日に私が君と別れる時に言った言葉を覚えていますか? 今の君なら、あの言葉の意味も理解できると信じています。

 それでも君がもし後悔しているなら、次の言葉を心にしまっておいてください


 今の君の優しさは、今の君だから。


 自信を持って、生きてください。君は強い、そして優しい。それゆえに悩むことだってあるはず。

 でもそれは恥ずべきことではなく、誇るべきものではないだろうか。

 ここまで言えば、私の言いたいことは伝わると思います。

 またいつか会いましょう。ゆっくりと、いろんな話を聞かせてください。


 P.S もう一枚に、私が伝えるべきものを書きました。



「もう一枚……」



 人が生きる中で、人生の中でうまくいかないことは、うまくいったことと同じくらいあるだろう。

 しかし人はうまくいったことや楽しかったことよりも、うまくいかなかったことや苦しいことや悲しいことをより鮮明に覚えていることが多い。だから人は後悔し、心の苦痛に悩まされる。

 多くの人が、もう一度あの時に戻ってやり直したいと思うことのひとつやふたつは持っているだろう。

 私も、その多くの人のひとりだ。

 しかしこうも思う。一度だけだから、そんな経験ができる。一度だからそれはとても大切で、失敗や悲しみや苦しみが、後の自分を作る上で貴重な良き材料になる、優しくなれる、と。

 どちらが本当に良いことなのか、私にはわからない。だからこそ人は悩み、苦しんで生きているのであろうと、私は思う。


  君の未来が、幸せであることを祈っています。




 心につっかえていたなにかが、やっとわかった気がした。松崎さんの言葉、その意味が今ならわかる。

 誰かを大切に思うこと。それは他人が傷付くことを避けることじゃない。その人を信じて支えること、そして共に生きること。人は傷付かずに生きてはいけない。それを恐れては前には進めない。それが、“大切にする”ということの意味。

 だから人はひとりで生きられないのだろう。支える誰かがいて、初めて生きることができる。その誰かは、気付かないところで自分を支えてくれる。案外、自分では気付けないものなんだ。

 そして自分を大切にできない人間が他人を大切にしようなんて、できすぎた話なんだ。自分と他人は比べられない。両方大切で、どちらかを選ぶなんてことはできない。

 だから、どちらも同じように大切にしなければいけなかった。他人を大切にしたいなら、自分のことで悲しまないように、自分自身の幸せのために自分を大切にする。それが、いつかの僕には足らなかった。

「いい人だね」

「ああ、今度ゆっくり会って話をしないと」

 後悔していないといえばうそになる。でもこの後悔と引き換えに、僕はたくさんのことを知った。たくさんの大切なことを学んで、たくさんの想いを知った。たくさんの優しさを知った。だから、後悔はしているけど良かったと思う。今の自分がいるのも、そのおかげだと思うから。


 玄関の方から聞き慣れた高い音が僕たちを呼んだ。

「おっ、来たな」

 扉を開けると、清々しい風が入り込んだ。

「よっ」

「お待たせ!」

 裕也と千春。あの日から、こいつらもうまくいってるらしい。

「じゃあ、行きますか」

 僕の人生は、きっとほとんどの人のそれより短い。でもそれは大した問題じゃない。人生には“死”という明確な運命がある。それは僕に与えられた運命みたいに生易しいものではなく、命あるものであれば避けられない運命。それが僕は他人より少し早くて、その時期がわかっただけのこと。

 だから僕は決めた。その短い時間の中で精一杯生きると。どんな運命が待っていたとしても、どんな結末が待っていたとしても。

「ほら、早く」


 すっかり春色に染まった階段を、4人が登る。


 桜。


 それは見ることができないはずだった景色。


 ここを登れば待ち望んだ景色が、世界が待っている。


「行こう」


 一緒に、道が途切れていても、遥か先まで伸びていたとしても。


「うん」


 ほんの少しだけ重なった時間。それが、僕たちの永遠。


「どこまでも、ずっと」


 目指す場所にある大きな木。

 

 そのすぐ根元には、新しい命が暖かな陽だまりの中で、その始まりを告げていた。



   ― 完 ―


一年にもおよんだ作品が、やっと完結しました!本来ならば春に完結すべき話がこんなにも延びてしまいましたが(><)

この作品は部分部分に体験したことや聞いた話を織り交ぜて執筆しました。もう一度過去をやりなおす……そんなありふれた題材で、伝えたかったことは“今”を大切にすること。それができなかった友人に、ぜひ届いてほしいと思います。

最後の松崎さんの手紙は、この小説を作る前にまえがきとして考えた言葉でした。苦しみや悲しみは、自分を優しくしてくれる。だから逃げずに受け止める。そんな人間でありたいと思っています。

最後になりましたが、一年間小説を読んでくださった奥山様、アドバイスをくださった佐藤様、そしてたくさんの感想と評価をくださった皆様と500人を越える読者の皆様、本当にありがとうございました。

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