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陽だまりの種  作者: ハギ
11/14

第十章 新たな運命

更新が遅くなって申し訳ありませんm(__)m ちょっとしたスランプと毎度のスローペース、さらに一話がかなり長いと、いろいろの条件が重なりまして…って言い訳ですね。こんな下手な文章でも読んでいただける人たちがいる、最近はそのことをとても嬉しく思っています。それでは第十章をお楽しみ下さい。

『優しい朝』


 ――眩しい

 閉じた瞼のずっとむこうから、光が僕を照らしている。ゆっくり視界を広げると、そこにはやっぱり見慣れない天井があった。

 窓の外から小鳥のさえずりが聞こえる。穏やかで、暖かい朝。そんな日常的な情景が僕にある実感を与えていた。生きている。間違いなくここで生きている、と。

「おはようございます」

 扉を開けながら20代と思われる若い看護婦さんが入ってきた。

「体調はどうですか?」

 体調か……。多少のだるさは残っているけど、それほど悪いわけではなさそうだ。

「ぼちぼちってところです」

「はーい。もう少ししたら先生来るから、それまでちょっと待っててね」

 そう言うと看護婦さんは部屋を出ていった。

「ふぅ〜」

 ひとつため息をして、上半身を持ち上げる。帰ってきた。ようやく元の世界に帰って来たんだ。

 でも、まだわからないことがいくつか残っている。今日は一体いつなのだろうか。あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。もしかしたら、また別の時間の流れに来てしまったのではないだろうか。……いや、まさかね。

 先生が来たら、いろいろ聞かないと。



「おはよう、佐野君。気分はどうだい?」

 しばらくして、昨日の白衣を着た医師らしい人が病室に入ってきた。顔に微かなしわがあるから、多分歳は40そこそこといったところだろうか。

「おはようございます。気分は悪くないですね」

「そうか。私は吉田。よろしくな」

「よろしくお願いします」

「そう堅くなるな。どうも自分の年齢のせいに思えてしまうのでね」

 そして豪快に彼は笑った。年齢の割には気さくな人のようで、少しは気が楽になった。

「あの、僕はなぜここに……」

 それも、まだわからないことのひとつだった。

「あぁ、君は昨日の三人に助けられたんだよ。昨日の夜に君が胸を押さえて苦しんでいるところを見つけて、救急車で運ばれてきたというわけだ」

「そうですか。じゃあ今日は23日なんですね」

「そうだ」

 どうやら“あの時”からそれほど時間は経っていないらしい。実際に口に出されてもいまいち実感がわかないというか。でも、あれから数時間しかたっていないんだ。

「さて、君のことについて話すとしようか」

 今までの明るい顔が、うそのように真剣な表情に変わる。カルテらしきものを見ながら吉田という医師はゆっくり話し始めた。

「君は……両親がいないのだね」

「はい」

「では仕方ないな……」

 仕方ない? 仕方ないってどんな意味なんだ?

「君にとって、これから話すことはつらいかもしれないが、大丈夫かね?」

「……はい」

 ここで拒否したとしても、いずれわかることだろう。むしろ聞かない方が、後で気になるに違いない。断る必要も、理由もない。

「君は倒れた時のことを覚えているかね?」

 忘れられるわけがない。あの痛み、突き上げるようなあの痛みを、忘れるはずがない。

 ほんの少しだけ、吐き気と胸の痛みがした。 

「おそらく胸の痛みがあったはずだ。それが君の病気の症状だ」

「病気、ですか?」

 病気……、僕がそうなのか?

「この病気はやっかいでね、治療法がない」

 治療法が……ない?

「長くても、君を助けてくれた友人たちと共に卒業することはできないだろう」



卒業できない……?



治らない……?



長くても……



僕は……



また僕ハ……ボクハ……










シ……ヌ……?



「佐野君!!」

 はっと僕は我に返る。

「大丈夫かね?」

「あっ……はい」

 大丈夫……なわけがない。でも、そんなことを口に出したって仕方ない。

「この病気はいつ発作が起こるかわからない。発作を抑えることはできないが、薬で症状を楽にすることはできる」

「……」

「胸の痛みが出たらその薬を飲みなさい。それと、もう退院してかまわんよ。一週間後に状態を見るからまた来てくれ」

「はい」

「では、準備ができたら来てくれ」

 扉が閉まった。その音が、変に長く部屋の中で響いていた。

「……」

 元々荷物なんてほとんど持ってきていない。少ない荷物をまとめ、たったひとりの病室を見回した。


 ――味気無い。


 白い壁に囲まれた病室は無機質で、“生”が感じられない。ここできっと何人もの人たちが元気になり、何人かが……そういう結末を辿ったのだろう。

 振り返り扉を開けると、さっきの医者がいた。

「よし、ついてきなさい」

 言われるがままに歩く。朝早い時間だからなのだろうか、人気がない。病院全体が音のない世界にいるようで、ただ二人分の足音だけが妙に響いて聞こえた。

 それから一通りの手続きを終えて、病院の出口まで来た。

「いいかね、薬は必ず飲むんだ。なにかあったら病院に必ず来る。わかったかね?」

「……はい」

「では、お大事に」

 病院の自動ドアが開く。冬の冷たく澄んだ空気が肌を撫でた。




『放心・苦悩』


 病院からは僕の家の近くまでバスが出ている。それで家に帰るために、すぐ近くのバス停まで歩く。

「……」

 突然の大きな音が僕の静寂を遮った。

「おい! 危ねぇだろ!! 信号くらいちゃんと見ろ!!」

 視線を上げると確かに信号は赤。とりあえず頭を下げて、一気に通りを渡った。

「……」

 バス停で時刻表を確認する。それほどバスが来るのに時間はかからないようだ。

「……はぁ」

 ため息が出た。もう、何度目だろうか。

 そんなことはどうでもいい。ただ今は、さっきの医師から聞いた言葉しか思い浮かばない。




“この病気はやっかいでね”



どうして僕が……僕だけが……



“治療法がない”



……うそだ



“長くても”



うそだ! うそだ! うそだ!!



“友人たちと……”



違う! なにかの間違いだ!



“……できない”



言うな……



“卒業できない”



言うなぁー!!







「大丈夫ですか? お兄さん」

 声がした方を見ると、初老の女性が僕を見上げていた。

「大丈夫ですか? うなされていましたよ」

 心配そうな表情に、

「……大丈夫です。ありがとうございます」

 と返事を返す。

「そうですか。おや、バスが来たみたいですね」

 女性の後に続いてバスに乗った。


 揺れるバスの窓からほのかに感じる、暖かい太陽の光。いつの間にか気分も落ち着いて、クリスマス間近の街を眺めていた。

 通りを歩いている人は様々だけど、どれも幸せそうな顔に見える。いや、みんなきっと幸せなんだろう。


 僕だけ。僕だけが、不幸なんだ。




『からっぽ』


 だいぶ日も高くなった頃にようやく家に着いた。

「ただいまー」

「……」

 広い家の中で僕の声だけが響いた。返ってくる声なんて、ない。

「そっか、誰もいないんだっけ……」

 無意識のうちにした行動に驚くと同時に自分自身に呆れてしまった。わかっていたはずなのに……誰もこの家にはいないことを。

「くっくっ、」

 奇妙な音が誰もいない家の中でこだまする。

「あっははははっ! はははは……はぁっ……」

 どうしてこうなんだ。どうして僕だけが……。せっかく戻ってきたのに、誰も悪くないって、恨まなくてもいいってわかったのに!

「どうして、なんだよ……」

 視界が上に動く。膝が砕け、涙が流れた。泣きたかった。全ての悲しみを晴らすかのように。

「ちくしょう!! なんでなんだ!!」

 叫んだ。運命への憎しみを吐き出すように。

「くそ……なんで、僕だけが……」

 いくら泣いても、いくら叫んでも心は濁ったままだった。わかっていたんだ。泣いても笑っても叫んでも、何も変わらないことを。僕の心がむなしくなるだけだと。わかっていたはずだったんだ。でも、感情は止まってはくれない。

 いつかと同じように、僕はただ弱く、愚かで、無力なだけなんだ。

 気の抜けた音が家の中に何度も響く。脱力した手で玄関の扉をあける。結恵の姿が飛び込んできた。

「帰ってたんだね。大丈夫?」

「……あぁ、大丈夫だよ」

 ちゃんと笑っているだろうか。それだけが心配だった。

「よかった……。みんな心配したんだからね」

「……」

 笑顔と一緒に涙がこぼれる。今の僕には、この笑顔も涙も心を痛めるだけのもの。

「とりあえずあがって」

 そう言って彼女に背を向けた。見たくなかった。結恵が見せるひとつひとつの動き、表情、声。そのすべてを見るたびに、胸が刺されるように痛む。

 リビングに入って適当な椅子に座る。ちょうど向かい合うように彼女も椅子に腰を下ろした。

「教えてくれないか? 昨日の夜のこと」

 結恵は頷く。

「昨日はね、12時になったら千春ちゃんの部屋から陽介君の部屋に行こうとしてたの。今日、陽介君の誕生日だから。そうしたら陽介君の部屋からうめき声が聞こえて、それで……」

「そっか、もういいよ」

 そこからはだいたいの想像がつく。

「本当に心配したんだよ……、陽介君死んじゃうんじゃないかって……」

「そうか……」

 結恵の目に、ほんの少し涙がうかぶ。多分、本当に心配してくれていたのだろう。

「でも、もう大丈夫なんだよね」

 いつかと同じ。言わなきゃいけない。事実を、僕に定められた運命を、彼女に伝えなければいけない。でも、今言ったら彼女はどうなる? そんなに簡単に受け入れられるだろうか。僕でさえこうなのに、彼女が耐えられるのだろうか。

「……」

「陽介君?」

「……」

 わからない。なにが良くて、悪いのか。どれが正しいのか、間違っているのか。判断すべきなのか、まだ早いのか。

「どうして、黙ってるの?」

「……」

 この沈黙がまずいことだってわかってる。でも安易に大丈夫と言えば、それでいいのだろうか。そうやってまた、うそで塗り固めていくのだろうか。――違う。それは千春の時に気付いた。もう同じことを繰り返してはいけない。

 答えられるわけがない。僕はまだその答えも、結恵を傷付ける覚悟もない。何も考えずに言えば、最悪だってありえる。

「……ごめん、今日は帰ってくれないか?」

「でも!」

「疲れてるみたいなんだ。帰ってくれ」

「……そう、ごめんね」

 彼女は立ち上がり、部屋を出た。

 結局こうして逃げるのか。結恵から、自分がつらくなることから、すべての運命から。




『支え人』


 わからない。どうしたらいいのか、何を考えればいいのか。薄暗い部屋の中で、天を仰いだまましばらくそうしていた。

 どうしたらいい? やっぱり結恵には伝えるべきだったのだろうか。


 ……いや、だめだ。

 そんなことをしたら確実に彼女は壊れる。もう、結恵の涙は見たくない。誰も傷ついてほしくない。笑顔でいてほしい。

 でもこのまま僕が死んだらどうなる? 彼女は立ち直れるのだろうか。僕がいなくても、生きていけるだろうか。あの笑顔でいてくれるだろうか。

 正直、自信がなかった。思いすぎだとしても、ありえない話ではない。

 あの時だって、……そうだ。僕が死んでしまうと言った時。あの時だって、結恵は自分を見失っていた。自分も死ぬと言っていた。

 かと言って、いつかの千春のようにしたくはなかった。あれは違う。間違いなんだ。うそで塗り固めたものが、正しいわけがないじゃないか。

 じゃあどうすればいい? どうすれば、誰も傷つかない?


 また気の抜けた音が家の中を駆け巡る。

「はい!!」

 急いで一階に降りて玄関の扉を開けた。

「久しぶりだね、陽介君」

 軟らかい表情の松崎さんが立っていた。

「元気にしていた、というわけではなさそうだね」

 一瞬で見抜かれてしまった。もしかしたら表情に出てしまったのかもしれない。

「……」

「なにかあったのかな?」

 だめだ……こんなところで……。

「つらかったんだろう」

 温かい。この人は本当に。

「……松崎さん」

「男の子だって泣きたい時はあるよ」

 張り詰めていた糸が、音をたてて切れた。今まで押しとどめていたものが溢れて止まらない。

「松崎さん! 僕は……、僕は……!!」

「わかった。話は中で聞こう」

 崩れる僕を支えて、松崎さんはそう言った。

「そう、か……」

 今さら隠すことはなにもなかった。一年前に戻ったこと、それが何度も続いたこと、残された時間がもうほとんどないこと。そのすべてを僕は話し、松崎さんはすべてを聞いてくれた。

「それで、陽介君はどうしたいのかな?」

「わからないんです。どうしたらいいのか、どうすべきなのかも……。松崎さんはどう思いますか?」

 表情は変わらずに松崎さんの目が細くなった。

「そうだね……。まず、君は幸せだと私は思う」

 僕が幸せ……?

「幸せじゃ……ありません」

 残された時間もない。あと少しで死んでしまう人間の、どこが幸せと言えるだろうか。

「一年前の時と同じなんだよ。本気で君のことを心配している友人がいる。それは幸せとは言えないかな?」

「でも! 病気のことを言えば大切な人が傷付いて……壊れてしまうかもしれない」

「じゃあ君は黙ったまま大切な人の前から去るのかい?」

「それは……」

 それも違う。それはただ逃げているだけで、結局は彼らを傷付ける。それでは同じことなんだ。

「君は優しすぎるんだよ。よく考えてみるといい。大切な人たちと自分のことを考えて、ね。それと、もっと自分を大切にするべきだろう。では、私はそろそろ戻るとするよ」

 松崎さんは答えを言わずに去って行った。




『あの日の約束』


 松崎さんは一体何を伝えようとしていたのだろう。何を言いたかったのだろう。いくら考えたところで、これといった答えは浮かんでこない。

 ただひとつだけはわかる。僕は松崎さんが言うように優しくはない。優しいなら結恵を追い返したりはしない。優しいなら、彼女に心配いらないと一言くらい言えたはずだから。結局僕には、結恵に真実を伝える勇気も彼女を安心させる優しさもなかった。


 ――最低だな。



 聞き覚えのあるメロディが耳に入る。この音は……

「結恵……?」

 携帯を開くと、メールが一通届いていた。



 今日はごめんなさい。

 明日の11時に公園で待ってます。



 明日、か。明日は24日……クリスマスイブ。そうか、あの時の約束の日……。

 僕はこれからどうすればいいだろうか。約束通りに彼女と会ったとしても、何を話せばいい? どんな顔をすればいい?

 だめだだめだ、これが悪いんだ。わかっていてもなかなか治せないのが“癖”のやっかいな部分。

「……行こうかな」

 ふとそう思った。悩んだ時に僕が行く一番気分が落ち着く場所。あの場所に行こう。

 二階の部屋でコートを羽織る。準備はこんなとこだろう。階段をゆっくり降りて、日が沈み始めた世界へと僕は身を預けた。




『出会った場所で』


 木のトンネルを抜ける。そこには昔、小さな秘密基地があった。父さんと母さんと三人でもよく来たここは、今では僕が一番好きな場所。

「久しぶり」

 周りには誰もいない。木々の隙間から日の光がこぼれて、僕の前の空間を照らしていた。少し視線を逸らすと街の奥で輝く海が見える。



 ――ここで、結恵と種を植えたっけ



 今となっては、それすら懐かしい。まだ日はそれほどたっていないはずなのに、もう何年も前のことのようにすら思えた。

「どうして過去に戻ったんだろう。どうしてこうなったんだろうね。何か知らない?」

 ここには彼らが、静かに眠っている。

「父さん、母さん」

 生前、二人がここで出会ったことを母さんに教えられたことがあった。何度もこの場所で会っては、いつもここから街と海を眺めていたそうだ。だからこの思い出の場所に僕はよく連れてこられた。そしていつからか、この場所は僕にとっても大切な場所となっていた。

「もしかしてこうなること知ってたんじゃない? って、言っても仕方ないか……」

 彼らの隣に腰を落とす。さっき通ってきたばかりの木のトンネルがここからはよく見える。

「春になったら、ここの桜もきれいに咲くんだろうね」

 でも、僕がそれを見ることはない。

「もう一度だけ、見たかったなぁ……」

 春になれば、あの裸の枝に桃色の花が咲き乱れるだろう。何度もここで迎えた春。それが来る頃には、僕も父さんや母さんと同じ場所にいる。

「僕さ、あいつらと一緒に卒業できないんだってさ。病気で……、その前に死ぬらしくて」

 せっかくの大好きな景色なのに、霞んでよく見えない。

「どうしたらいいと思う? 何をしてやれる?」

 それは自分への問いかけでもある。早く答えを出さなければ、すぐに時間はやってくる。

「……」

「……なにやってるんだかなぁ。こんなことしたって……」

 やっぱり独り言が増えたかな。寂しいから? 静寂が寂しいから? ひとりが、つらいから? みんなと別れなければいけないから?

 わからない。なにもかも、すべてが。もう、なにも……。

「うわっ!」

 突然、目が開けられないほどの刺激に襲われる。それが夕日の光であることに気付くのに少しだけ時間がかかった。

「あぁ……」

 眩しさの中でゆっくり目を開くと、夕日に照らされた街とそれを包む何色もの赤紫色の空があった。

 きれいだった。いや、美しいという表現の方が的確のような気がする。遠くの海が幾度となく瞬き、それは星のように、……いや、地上に天の川が現れたかのようだった。

「……」

 長い時間、ずっとその景色を見ていた。もう何度も見たはずの風景。それがこんなにも心に響く。世界は、僕を取り巻く世界はこんなにも美しいものだったんだ。そんなことに、今さらながら気付いた。

「やられたよ」

 どうしてだろう。心が病んでいる時に、こんなにも世界が美しく見えるのは。

「ありがとう、お二人さん。ちょっとは元気が出てきた」

 そしてなぜかはわからないけど、父さんと母さんが僕を元気づけてくれている。そんな気がした。

「また来るよ。ちゃんと生きてる時にね」

 だから、取り戻さないといけない。いつもの声、いつもの表情、いつもの自分。二人が元気をくれるなら、それに応えないと。いつまで悩み腐っていても始まらない。考えることは必要だけど、悩んでばかりでは進むことすら出来ないのだから。

 父さん母さん、きっともう大丈夫だから。だから心配しないで見ていてほしい。僕が最後まで、彼らと共に生きる姿を。

「じゃ、またね」




『今』


 帰る場所へ向かうことにした。あたりはもうだいぶ暗くなってきている。

「陽介? おい、陽介!」

 いつもの公園のすぐ近く。声のするほうに裕也がいた。近づいてくる……でも一体何を話す? もし結恵からなにか聞いていたら……。

 気が付いた時にはもうすでに走り出していた。

「こら、逃げるな!!」

 その言葉にどきっとして僕の足が止まる。

「ったく、いきなりそりゃないだろ」

 裕也はふうっ、と一息ついてからそう言った。

「すまん」

「まぁ、これならそんなに心配ないか」

 心配? ……そうか、今日退院したばかりだったんだっけ。

「で、どうだったんだ? 大丈夫じゃないんだろ?」

「あぁ」

 ってあれ? なんか今のやりとりおかしくないか?

「裕也、お前今なんて言った?」

「あ? 大丈夫じゃないんだろ、とは言ったな」

 それに僕はあぁ、と答えたはずだ。

「まぁ、あれだけ苦しんでてなんともなかったって方が変な話になる」

 確かに。あれで何も問題がないなら医者を疑いたくも……って問題はそこじゃない。

「これは……だから」

「ここまできて隠すつもりか?」

 だめだ。ここで隠しても裕也は信じてはくれないだろう。

「……わかったよ。そのかわり、誰にも言わないと約束してくれ」

「わかった。約束する」




「……冗談だろ!?」

「本当だよ。ここまできてうそは言えない」

「……だよな」

 やはり裕也も動揺しているようだった。しかし思った以上に彼は落ち着いている。僕が苦しんでいた時に、それなりの覚悟をしていたのだろう。

「結恵ちゃんはどうする? 言うのか?」

「……わからない。お前ならどうする?」

 それは僕が答えを出せなかった問いだった。

「言うべきだとは思う。……でも、言えないだろうな」

「あぁ、でも言わずにそのままってのも……」

「いいとは言えない、か」

 問題はここからなのだ。

「……しばらくは黙っていようと思う」

 一時的ではあるが、今はそれしかできないだろう。

「結恵ちゃんを騙すのか?」

「違う。必ず答えは出すよ。でも今は、他にいい方法が思いつかないんだ」

「……まぁな」

 今はまだ、ほんの少しだけど時間がある。それからでも遅くはない。

「千春には言うのか?」

「いや、千春にも黙っててくれ」

 同じなんだ。結恵も千春も。彼女たちに話せば、間違いなく“今”が崩れてしまう。

「なぁ、本当にそれでいいのか?」

 裕也の言いたいことは僕にもよくわかる。でも、

「……今はそれしかないんだ」



『三ヶ月』


「あと、もって三ヶ月、か」

 僕に残された時間。それは長くて三ヶ月、つまりそれよりも早く死ぬことだってありえる。

「短いよなぁ……」

 短すぎる。たった三ヶ月で僕に一体何ができるだろうか。

 ふと今までの記憶が蘇る。僕が生まれてからいろんなことがあった。両親と三人であの場所に行ったりもしたし、裕也や千春、結恵といろんなこともした。事故もあった。そして一年後に過去に戻って、いろんなことがわかった。

「いやだ……、死にたくない……」

 やっとわかったんだ。あの事故は誰も悪くなかったこと。

 やっと気付いたんだ、結恵や千春の想い、裕也の優しさ、そしてすべての人たちの強さと温かさに。

「……情けないな」

 気が付くとこんな弱音を吐いてばかりいた。いつから僕はこんなにも弱くなってしまったのだろう。

「これじゃあまた裕也に怒られる」

 いつか屋上で言われた言葉。



 “辛いのはおまえだけじゃない。辛さを背負っても、俺は死んだ人たちのためにも生きようと思う”


 強いよな、お前はさ……。


 “陽介君も辛いんだよね。私だけじゃないんだよね。だから、私も逃げない”


 逃げない……。結恵は逃げないって言ったのに、僕は逃げてばかりじゃないか。


 “あんなことしなくても、あたし大丈夫だから”


 千春も強いよ。自暴自棄になった僕よりも、ずっとずっと強い。



 “乗り越えた先に、幸せが待ってるかもしれないでしょ?”


 乗り越える? そんなことが本当にできるだろうか。でも、幸せは待ってるかもしれない。



 ――そうか。難しいことじゃなかったんだ。

 やっとわかった気がした。僕が探していた答えがどんなものか。すべての答えではないけれど、ほんの少しだけ、光が見えたような気がした。本当に、小さなものだけど。

「やってみるよ。父さん、母さん」




『単純な男』


 そうとわかればやることは決まっている。まずは明日を乗り切ること。

「公園に11時ね」

 もう一度メールを見て確認する。クリスマスイブかぁ、なにをしてやろうかな。

「あーっ!! しまった!」

 すっかり大切なことを忘れていた。自分のことに精一杯で、明日の準備をするのをすっかり忘れていた。

「やっばいな……」

 今夜は忙しい夜になりそうだ。



「……で、ここに行って、それから……」

 さっきまでの気分がうそのように思える。たったひとつの答えが見つかっただけで、こうも人は変わるものらしい。

「単純だなぁ」

 つくづくそう思う。今になって自分がこれほどまで単純なことに気付くなんて……。

 くくっ、と低い声が部屋の中だけに響いた。

「……だろ、うーん」

 これほどまでに明日が来てほしいと思ったことが、今までにあっただろうか。

 ついこの前は明日を迎えることが怖かった。目が覚めれば昨日と違う世界が広がっていて、また誰かが死ぬかもしれない。そんな恐怖に襲われる毎日で明日が楽しみになるわけがない。

「楽しみだなぁ」

 ふと顔をあげると、すでに夜も遅い時間。さっきから感じていた眠気はこのせいだったらしい。

 大切な明日を寝坊するわけにはいかない。ちょっと早い気もするが、寝床につくことにした。

「おやすみ」

 毛布を引き上げながら、いない二人にあいさつをする。声は既に暗闇となった部屋に沈んでいった。



「……おやすみなさい」

毎度読んでいただき、本当にありがとうございます。この小説を投稿する少し前に、読んでくれていた友人に「この小説のジャンルってなに?」と聞いたところ、「SFじゃない?」という答えが返ってきたのでこの小説はSFになっているのですが…SFではないですよね。投稿してから気付いたので修正できませんでした。多くの方々にご迷惑をかけていることと思います。申し訳ありませんでした。

さて、いよいよ物語りは最終章に突入します。まだはっきりとエンディングを決めていないので、こうしてほしい!!などの意見がありましたらぜひご連絡下さい。

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