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7話 王都を散策しよう (前編)

お気に入り件数150突破。PV2万2千以上、ユニーク3千以上。

予想し得ないほどの伸びに感謝致します。 ありがとうございます。

 かくして、昼を大幅に越えた頃になって商隊は王都へ到着した。


 フェルスケイロの王都は幅広のエッジド大河を、中洲も含めて跨ぐ形で建築されている。

 エッジド大河は大陸の中央を流れ、豊かな恵みの宝庫となっていて、民の生活とは切り離すことのできない生活の基盤だ。


 商隊がやってきた方から見て、川の東側には商業地区を含む住宅地区。

 ここが全体の六割を占めていて、そこに住む民草の種族も多種多様。街壁の外にもスラムを含む貧民層達の住む町が建ち並んではいるが、夜になると街壁の外には魔物が出る場合があり危険度が増す。


 中洲はドーム球場三つ分ほどの広さを誇り、教会や王立学院などが立ち並ぶ。

 中州を挟んで反対側の丘に面した対岸を王都西部という。そこには貴族街と、それを一望する王城がそびえ立つ。


 川は緩やかな流れを保っていて、行き来は主に小舟か大型のガレー船。または観光用の帆船などがある。

 急いでいる人にはトンボ便がお勧めだ。

 これは最大でも全長八メートルに達するライガヤンマと呼ばれるトンボ種の原生生物だ。幼虫はワニ並みに河の脅威ではあるが、成虫は大人しいために飼い馴らされ移動や観光用に街のあちこちを飛んでいる。乗員は虫使いと呼称される飼い主の外、一人ないし二人。

 ただし、王城や貴族街の上空を飛んではいけない。飛行禁止令が出されているので、破れば一発で首が飛ぶ。


 そして川の跨ぐこの王都こそが、かつて白の国と翠の国が争う主戦場であり、中洲が争いの種である特殊アイテムが穫れるポイントでもあった。




「うっわ~……あらあらあらあら~、こんな所に街をよくもまあ……。今の人たちは何を考えているのよ? あーあ~あ~ぁ。大丈夫なのかなぁ……」


 事前にエーリネから教示されてはいた。百聞は一見に如かずと言われる通り、都市を目に入れたケーナの感想は呆れたというか、口が塞がらないというか、感心したというか。直接的な感想は避ける。

 反応を見たエーリネとアービタは揃いも揃って頷いて満足そうだ。


「どうです? これが景観都市と謳われるフェルスケイロの街ですよ」

「どーだビックリしただろう驚いただろう素晴らしいだろう。う~んうんうん」


 何故か異様に一人で盛り上がるアービタ団長。

 団員の者がケーナに小声で「団長ここの出身だから、いつもこうなんだよ」とか「慣れると気にしなくなるから」やら「視界の外に置いとけばいいぜ」と忠告してくれた。


 既に馬車ごと街の中に入っていて、エーリネたちの移動商隊とは別れを告げる直前である。

 馬車溜まりを避けて街の大通りに出る所まで来ていた。


「ではケーナ殿。お暇になったらいつでも私共の商隊へいらしてください。最優先で護衛として頼らせていただきます」

「おいおいエーリネの旦那ァ、俺たちとの長期契約はどうする気だよ」

「勿論、ケーナ殿が優先で」

「抜け目ねぇなあ。嬢ちゃん、行くところに困ったら俺たちの所に来いや。歓迎してやるぜ」

「あ、あはははは……。光栄です、二人にそんなに買ってもらえるなんて」

「なんだよ、脈無しかよ。つれねぇなあ」

「いえいえ、することが無くなったら頼らせていただきますって」

「私共としては今からでもいいですよ?」

「あー、済みません」

「冗談ですよ。ではケーナ殿、楽しい旅でした。またご一緒できますように」

「はい、色々ありがとうございました」

「じゃあなー嬢ちゃん。っと、おい! ケニスン!」


 礼をして踵を返したエーリネ。アービタは別れの言葉を口にした後、自分たちの仲間から一人呼びつけた。忠犬のように駆け寄ってくるケニスン青年。


「なんすか団長?」

「嬢ちゃんを冒険者ギルドまで案内してやれ」

「了解ッス」


 必要なことだけ言い付けると仲間のもとまで戻る。

 その際には手にひらひら振って、別れを告げていた。

 ケニスンに先導されたケーナは雑多な種族ひしめく大通りを進み、すぐに白い塔を三本固めた建物へ案内された。


「これがギルドっすよ」

「案内ありがとうございます、ケニスンさん」

「いえ! 礼を言うのはこちらっス。ケーナさんに助けていただいた命、大切にしまス」

「そうですね、次も私がその場に居られるとは限りませんから。皆さんにもよろしく」

「はい! それでは失礼するッス」


 彼の後ろ姿が雑踏の中に消えていくのを見届けたケーナは、肩を落として溜息をひとつ。


「お礼って言ってる側だったからなぁ……。言われ慣れないというか、肩が凝るというか……」


 首を鳴らしながらギルドの入り口をくぐる。

 目に付くのは椅子無しの床に固定された丸いテーブルと、幾人かの屈強だったり荒くれだったりする風体の冒険者。

 その奥に宝くじ売り場みたいなカウンターが二つ、三つ。

 一番手前にあるそれに向かうと、赤毛の女性、大体二十代後半ぐらい、がにっこり微笑んで対応してくれた。


「冒険者ギルドへようこそ。本日は何の御用事でしょうか?」

「ここに冒険者として登録したいんですけどー」

「冒険者志望の方ですか。それでしたら先ずはこちらの用紙に名前、種族、職業をお書きください」


 実に淡々とした事務処理的なお姉さんだなあ、とケーナは思った。

 少々探られている節があるところから、冒険者の適性チェックも兼ねているのだろうと推測する。渡された用紙を上から下まで一読し、ペンでさらさらと記入してから直ぐにさし返す。

 職業は少し考えて、魔道士とした。疑問なのが渡されたペンが鉛筆だった点について。もう少しファンタジー定番の羽根ペンみたいなモノだと思っていたケーナである。


「はい、お預かりします。……あら?」


 用紙にざっと目を通したお姉さんは、一点を見詰めて目を丸くする。


「何か変ですか?」

「いえ、ハイエルフの方なんて珍しいですね」

「え? 他には居ないんですか、同族の人とか?」

「少なくとも、私がこの仕事を始めてからは貴女だけですよ」


 言われてから内心「やっべー」とか思ったケーナ。希少種族とかで売買される危険性とかあるのかなあ、と心配になる。

 顔に出ていたのだろう、業務用の顔から一転して素で微笑んだお姉さんは、パタパタと手を振ってケーナの考えを否定してくれた。


「大丈夫よ。王都では奴隷なんかは条例で取り締まっているし。何よりもハイエルフの方に粗相をしたなんて、大司祭様に知られたら大変だわ」


 用紙と引き換えに現地言語で「4」と書かれた番号札らしき板を渡された。 


(つか、何を一般人脅しているんだ我が息子……)


「カードが出来上がるのは明日になると思います。また明日に何時でもいいですので、取りに来てくださいね。後はギルドの仕事要項などの説明は要りますか?」

「あ、そっちは多分大丈夫です。炎の槍の団長さんに説明してもらいましたから」

「あら、アービタさんの紹介なのね。それなら先に言ってくれれば良かったのに」


 ご免なさいネ、と謝られたのは最初に探るような目を向けたことについてらしい。

 特に気にしてない旨を告げたケーナはカウンターを離れ、脇の壁に目を向ける。そこには、縦二メートル、横四メートルのスペースいっぱいに所狭しと葉書半分くらいの紙が貼ってあった。

 簡単に書かれた依頼内容と報酬金額と依頼主の名前が書いてあるそれを、端から適当に眺めていく。


(何々、魔物を捕獲してください、闘技場運営委員会? ……緊急護衛求む、仕事内容は調査の護衛任務? ……私たちと一緒に桃源郷探しに行きませんか、なんだこれ? ……夫の浮気を調査してください。これは冒険者の仕事なのかなぁ?  ……あれあれ、これは)


 その中で不意に目に付いたその紙には、シンプルに『ポーションを下さい。報酬銀貨2枚』と書かれていた。すかさずアイテムボックスを開き、中の物を確認する。


(ありゃ? アービタさんたちに渡した薬が微ポーションの最後か……。随分前に作ったハイポーションがあるけれど、二百年前の物とか鑑定されたりしないかなあ~)


 1ダース一個として纏めてある中から、赤い液体のガラス瓶(内容量100ml強)を一つ取り出す。瓶を振って固まっていないのを確認し、剥がした紙と一緒に今離れたカウンターへと持っていく。


「すみませーん」

「はい。あら、ケーナさんでしたよね、どうかなさいましたか?」

「カード無くてフライングみたいなんですけど、この依頼の『ポーション求む』って受けられますか?」


 受付のお姉さんは紙とポーションを受け取ると、瓶を振ってじっくり眺める。どうやら【技能:道具鑑定】をしているらしい。おもむろに深く頷くと、丁寧に仕舞い込み、依頼書にポンっと判子を押した。


「はい大丈夫です。でもこれいいんですか、何かいいポーションみたいなんですけれど?」

「もう随分使っていませんから、賞味期限が切れていないのを祈るばかりです」

「この透明度ならそれも無いと思いますよ。では、はい。報酬の銀貨二枚です」

「ありがとうございます」


 銀貨を受け取ると手の中でアイテムボックスに放り込む。

 礼を言ってカウンターを離れ、ギルドの外に出た。


「さてと、まずは宿屋かな……。たしかエーリネさんが、ギルドから出て左へ……、何軒目だったかな?」


 どうやらギルドの周辺に宿屋が固まっているらしく、左右に見える看板のほとんどは宿屋っぽいんだかないんだか。寝具や戸口をデザインした絵と文字ばかりである。

 人込みを避けて道の端を少し歩くと、犬が骨を咥えている看板を見つけた。ひとつ頷いて、そこに入ると辺境の村、マレールの宿並みの空間が広がっていた。


 そこはマレールの宿と比べると人の入りが正反対で、言っちゃあなんだが人数が多い。

 と言っても純粋に人と呼ばれる者は見渡してもほぼ見つけられなくて、背の低い犬顔の犬人族(コボルト)や、細身で髪と同じ色の猫耳を持つ猫人族(ワーキャット)。直立したドラゴンのような竜人族(ドラゴイド)、ドワーフ、エルフ、と色々揃っていた。

 宿屋の女将さんと言えそうな、やや太目のエプロンを着けた年増の猫人族が窺うような目付きで、ケーナを迎える。


「初めての子だね? エルフのようだけど、泊まりかい? それとも食事かい?」

「両方で、エーリネさんから長期に泊るならばここがオススメだと、聞きましたもので」


 それまで警戒していた女将はケーナの言葉に一転、素の笑顔を浮かべると胸を撫で下ろした。

 しかし、宿屋の女将さんという職業は、恰幅が良くないと務まらないのだろうかと思わずにはいられない風体である。


「なんだい、ダンナの紹介かい。ビックリさせるんじゃないよ」

「人間お断りでしたか?」

「まあ、私たちみたいな者には、未だにキツイ視線向けている人間(モノ)が多いからね」


 安心した女将はカウンターの内側に回り、カウンター席に座るように促した。 


「泊りは一泊銅貨三十になるけれどいいかい? ちょっと高いかもしれないけど」

「じゃあとりあえず、五日分くらいでお願いします」


 銀貨三枚を渡し、当分のねぐらを手に入れたケーナは久し振りに見る多種族との交流を楽しみ、女将さんの料理に舌鼓を打って、その日は早くに就寝した。






 次の日、早めに起き出したケーナは高揚感を全身にみなぎらせ、女将さんを呆れさせていた。朝食をさっさと腹に詰め込むと、さっそく王都見物へと繰り出した。

 一言で言うと修学旅行に来て羽目を外しすぎた生徒の如く。まあ、学園生活らしきものを経過した覚えの無いケーナには、新しい心境には違いないが、あいにくと止める者も止められる者も居なかった。


「まずは取るものもとりあえず、……あっちからかねえ」


 ケーナの視線は建物の陰からでも、その向こう側に燦然とそびえ立つ教会の建物を捉えていた。



 しかし途中に立ち寄った市場に珍しい物が多いので、ケーナの足は止まってしまった。

 小道具、織物、アクセサリーと露店を冷やかした彼女は、市場の大部分を占める食料を扱う店が多い一角で足を止めた。


「あ、キリナ草だ。丁度いいから買っていこうかな?」


 白い水仙に似た花をつける丸い球根を持つそれは、ポーションの材料になるものだ。露店の人によると肉料理で臭みを取るのに刻んで使うらしい。ニンニクみたいな扱いである。

 ケーナは料理をしたことがないのでその辺りには疎い。特に気にせずその場にあった全部を買い上げてしまい、売り場の人をビックリさせていた。

 あとはコルトバードという肉がピリリとして旨い鳥を売っている所では、使わない内臓から心臓を選んで買い上げる。早くもエーリネたちの懸念が現実のものとなっていた。


 二つ揃えば簡易ポーションが作れるため、常に幾つかは手元にあった方がいいという思い付きである。昔は全部自分で採取しなければいけなかったので、随分と楽になったなあと感慨に(ふけ)る。


 時折頭上をブーンと飛んでいくライガヤンマを見上げたり、串焼肉を買ってみたりしているうちにエッジド大河の船着場に出る。


 船着場といっても、川の住宅地区沿い全域に桟橋が出ていたり、船があちらこちらに繋がれていたりしてどこからが河の境界線なのか実に判り難い。それでもその中から観光用だとか、普通に一般市民を乗せた乗り合いの小さい帆船が出ていたりする。


 ここは川側に船着場を増築に次ぐ増築で重ねながら伸ばし、川幅が一番狭くなっている場所だそうだ。 それでも向こう岸の中州までは四百メートルぐらいの幅がある。


 魔法を使って水面を歩いていく手段もあるが、折角なので乗り合い帆船(フネ)を使って対岸側に行くことにした。

 こちらの岸側から見ると、対岸の中洲部分はちょっとした島クラスの大きさがある。右側にサン・ピエトロ大聖堂からドームを削ったみたいな白い建造物がででーんと建っていて、クリームをたっぷり盛ったホールケーキのようだとケーナは思った。


 中央に綺麗に植林された公園が広がり、左側にはどこか修道院に似た、回廊で繋がった建築物が建っている。

 資格がある者なら種族貧困に限らず入学できる王立学院らしい。

 さらにその左側に巨大な体育館のような建物が並ぶ。船を専門に作る工房が建ち並んでいるとか。

 全部、昨夜宿屋で聞きかじってきた中州の情報である。


 往復料金銅貨二枚を払い、定員二十名の幅広の帆船に乗る。

 帆船と言うが川下りに使う全長の長い船を横に三隻ムリヤリ繋ぎ合わせ、支柱を立てて帆を張っただけの簡単なものだ。 川の水は深い紺色で透明度はずいぶんと低い。

 かつて大戦時には迎え撃つ側が水底に潜み、渡ろうとした者たちを水面下から撃墜したこともあったくらいだ。時々味方の攻撃で感電事故が起きたりしていたのは笑い話になっていた。


 そうこう思い出に浸っているうちにのんびりと進んだ船は対岸に辿り着き、乗っていった乗客はあちこちに散っていく。

 学院側に向かう若者たちも居れば、教会へ向かう年配の人たちも居る。

 周囲の景色を見ながらゆっくり歩いたケーナは、教会の開かれたままの大扉をくぐってホールへ足を踏み入れた。


「……なんというか、中世時代がめちゃくちゃに混じった建造物だなあ」


 ギリシャ式の大理石の石柱からビザンティン建築に似たもの、ゴシック建築に至るまでパーツの寄せ集めみたいな内装に、流石日本製混合MMOとか思い知った。

 聖堂の綺麗な作風の違うステンドグラスが並ぶ前では、若いシスターが観光客を前に添乗員の真似事をやっている。少し考えたケーナは「だめもとで聞いてみるか」と、近くを通った年配のシスターに声を掛けた。


「どうかなさいましたか?」

「あの~、スカルゴって人がここに居るって聞いたんですけど?」

「大司祭様ですね、たしかにいらっしゃいますが……」

「会うことってできませんか?」


 手を合わせて懇願するようなポーズを取ったケーナは、目の前のシスターが天を仰いで溜息を吐いたのを見て頬を引きつらせた。


「大司祭様は多忙なお方です。前以て約束がある方でなければ会うこともかないません」

「むう、やはりだめか。しょうがない、あの子の生活を私の我が儘で壊すわけにもいかないし」

「? あの子?」

「じゃ、お邪魔しましたー」


 残念そうでありながら楽しそうなエルフ少女が、「チャオ」とか敬礼して去るのを見たシスターは怪訝な顔をして見送った。




 教会から駆け足で撤退したケーナは王立学院の建物を横に見上げながら、港湾工房区へ足を向けた。


「せっかくだし見ておこうっと」


 こちら側は製作現場はオープン状態で、邪魔をしなければ特に中に入っても問題ないらしい。

 但し時折、材木が飛んできたり金槌が飛んできたりするので注意が必要だとかなんとか。同じ宿に泊まっていた職人志望だという竜人族(ドラゴイド)が熱く語っていたのを思い出す。

 建築を学ぶ学院の生徒だそうで、冒険者と片手間に両立しているそうな。


「しかしそれにしても。……採取ポイントはどこに行ってしまったんでしょう?」


 基本的にケーナが所属していた国は北側の黒だったり紫だったりする国なので、こちら側の実状はあまり知らない。ゲーム内でギルドの話題として聞くか、談話室のスペースで流される各国戦況実況中継くらいである。


 ここの採取ポイントは少々危険で、先ずは特殊アイテムを材料かき集めて作り、ポイントに投下。しかるに飛び出てきたモンスターを倒してドロップ品からアイテムを得る方法しかない。

 飛び出してくるモンスターも固定化されてなくて、鳥だったり魚だったりと別ギルド員の友人の話を聞く限りは実に大変そうだった。


 それでも黒の国ライプラスみたいに、いきなり闇夜に包まれてから出てくるモンスターを倒し続けるよりは遥かにマシだろう。ドカ湧きが四十分以上も続いた時は、仲間一同どうしようかと途方に暮れたくらいである。


 この際ケーナが一番懸念事項としているのは王都そのものだ。

 その理由として、出現するモンスターのレベルが百や二百ではない部分にある。対応できるのは大体三百や四百レベルのプレイヤーたちであるのが普通だったからだ。

 その割にはこの地の冒険者は比較的にレベルが足りなさ過ぎる。例として熟練の戦士と見えるアービタで、言っちゃなんだが百レベルにもいってないからだ。彼にも確認したが今の冒険者の使う【サーチ】は具体的な強さが表示されないらしい。

 ちなみに彼からケーナを見ると「不明」と表示されるとか、さもありなん。


 閑話休題。とにかく、もし何らかの偶然によりモンスターが出現する時は、せめて自分が王都に居る時であってほしいと思うケーナだった。





 外周の川っぷちをぐるりと歩くと、暫くしてデカイ体育館と見るべきか、川と直結する工房へ辿り着く。

 入り口の端から顔をのぞかせてみると、船の水面下部分の船型と呼称される所は既に水に浮き、その上に水上に出る乾玄部を繋ぎ合わせている作業のようだ。よく港などで係留されている漁船を二倍くらいに拡大した大きさである。


「……なんだ見学者か、あぶないから近付くな」


 いつの間にか随分と身を乗り出して見学していたようで、角材を抱え健康そうな上半身肌を晒した青年に注意された。


「あははー、すみません」

「女の見学者ってのは珍しいな。親方に弟子入り希望ってわけでもなさそうだけど?」

「ん? 親方? 弟子入り?」


 青年は顎をしゃくって船を指す。

 船上に目を向ければ一人のドワーフが声を張り上げてあちこちに指示を飛ばしていた。


「なにをやっとるかー! そこは違うといっとろーが! てめえ、そこも何やってやがる! 二回も三回も手順を説明しねえと分からねえのかー! ぐだぐだやってんじゃーねーっ! さっさと運べーっ!」


 とにかく怒声しか聞こえてこない。乾いた笑いを零した青年はケーナに向き直ると「あんまり近寄ると親方の雷が飛ぶぞ」と仕事に戻ろうとした。


「てめえも見学者ごときにぐちぐち言ってんじゃねーよ」


 と、背後から掛けられた野太い声に飛び上がった。

 ケーナの肩ぐらいしかない背の、灰色の頭髪と髭を持ったごっついドワーフが睨む眼で立っている。青年は慌てて角材を抱えたまま逃げ出すように中へ走っていった。それを見送ったドワーフは後ろ頭を掻いてケーナに向き直る。


「すまねぇな、嬢ちゃん。柄の悪いのが…………、え?」

「ん? ……あれ?」


 何か言いかけたドワーフがイキナリ稼動停止した。汗がたらーりと垂れたのを見たケーナは、少し考えた後にそのドワーフを上から下まで眺め、ピンと来た。


「ああ! カータツじゃないの。久し振り、元気してた~?」

「……お、おおおおお、……お。おお? お……おふくろっ!?」


 すてーん! とケーナはスッ転んだ。

 主に予想外とか予想外とかの反応で。



「だ、だだだ、大丈夫かお袋っ! 何かあったのか?」

「い、いやいや、なんちゅーか。予想外というか、予想の斜め上の呼ばれ方だったもんで………」


 手を貸してもらい立ち上がったケーナは、改めてドワーフを見る。

 確かにあの時自分の作ったサブキャラだなあ、と。多少トウが立っている気がするけれど。

 それがちゃんと自分の意志で動き、選んだ道を進んでいるのが少し嬉しくなった。子供が居た記憶は無いが、つい病院で出会った小さい子を慈しむような気持ちになり、頭を撫でた。

 まあ入院中はそんなことをできる体でもなかったが。


 真っ赤になったカータツはその手を振り払うと、そっぽを向いて腕を組んだ。


「い、いいい、いきなり頭なんか撫でるんじゃねえよっ! ち、小さな子供じゃねえんだからなっ!」

「うふふふ、なんか面白い仕様になってるなあ。可愛い」

「と、年寄りに可愛いなんて言うんじゃねえよっ! 気持ち悪いだろーがっ!」





 と、じゃれ合いを続ける二人の背後。工房の出入り口に鈴なりに連なって様子を窺う、職人や弟子たちの顔があった。


 「お、おい。誰だあの女性?」

 「お、親方とあんなに楽しそうに……」

 「あ、師匠が頭を撫でられている…………」

 「あんなことをしても殴られないなんて、随分親しげだなあ」

 「ま、まさか親方にもついに春がっ!?」

 「おいおい旦那が幾つだと思ってんだ? 歳が離れすぎじゃねーか」

 「と、年下の恋人だとぉっ! な、なんてうらやましい……」

 「あ、やべ……」


「なにやってんだてめーらあああああああっ!!!」


 「「「「「「「「す、すいません!!」」」」」」」」



 こそこそしている弟子たちに微笑ましくなっていたケーナを見たカータツは、後ろを振り向いて叱り飛ばした。 三々五々散っていく人々を見て噴き出すケーナに、「変わってねえなあ」と呟く。





「……なんだってえ! 塔を出てきて冒険者になっただあっ!?」

「うん、今日カード取りに行くの、この後。なんかもう色々二百年前と違うから大変ね」

「お袋が冒険者になる事態ってーと、どこかの国を滅ぼすのか?」


 かくかくしかじかと、ここまで来た経緯を説明する。

 唐突に物騒なことを何の疑問も無しに口した息子の脳天に、つい条件反射でオプスにするようなツッコミをかました。一瞬で地面に突っ伏し、顔面を地面に打ち付けるカータツ。


「あれ? カータツどうしたの?」

「『どうしたの?』っじゃねえよ! 馬鹿力でいきなり脳天が潰れると思ったじゃねえかっ!? って静かに怒りながら物騒な得物をだすんじゃねえっての!」

「そういえば、ここに来る前に教会に寄ったんだけど。 事に門前払いだったよ」

「さも自分の行動を省みないように会話すり替えやがったな……。つか兄貴ントコ行ったのかよ、当たり前だろう、そりゃ」

「あとマイマイがどこに居るのか知らないかな?」

「姉貴なら隣の学院で校長やってるはずだぞ。 って普通の奴はしらねぇなこれ。 あと行ってもそっちも校門で止められるぞ」

「ふーん。そか、分かったわ、カータツ」


 一歩下がって踵を返した母親を慌てて追う。

 腕を掴んで引き止める息子にケーナは首を傾げた。


「す、すまねぇお袋、俺今なんか気に障ること言ったか?」


 今のそっけない返答に何か勘違いする所があったらしい。厳つい容姿がうろたえる様子を見たケーナは、再び安心させるために頭を撫でる。


「大丈夫よ、私は貴方を嫌ってなんかいないから。とりあえず今日は帰るわ。人間お断りの宿に泊ってるから、何かあったら来て」

「お、おお。頭は撫でなくていいと言うに! でも兄貴たちには言っとくぜ」

「うん、お願いね」


 スキップをしながらここを去る母親を見ながら、カータツは大きな溜息を吐いた。後頭部に視線を感じてくるりと振り返ると、物陰からこちらを爆涙したり、ジト目になったりしながら凝視する作業員の一団と眼が合う。


「………………(怒り」

 『………………(引き』


 間髪容れずに船着場までよく通る大音声が、中洲全域に響き渡ったのは言うまでも無い。






 

 対岸に戻り、即冒険者ギルドに向かったケーナは、番号札と交換したカードを受け取った。

 白地に『ケーナ:ハイエルフ:魔道士』と書いてあるカードを手にしてご満悦だ。気分は初めてINして、冒険者としてフィールドに一歩踏み出した時の高揚感に近い。

 当時は丁度同じ場所に出現した、その後腐れ縁となった仲間に蹴り飛ばされた記憶しかないが。

 

 依頼書が貼ってある掲示板を早速眺めていると、『求む護衛、エルフ女性魔道士:エーリネ』とか『求む新メンバー、エルフ女性魔道士だと尚良し:アービタ』と書かれた紙を見つけてしまい、苦笑する。


「故意犯か二人とも……」



 どっと空虚な疲れに包まれたケーナは、依頼書と向き合うのを諦めて大通りへ出る。……と、横合いからいきなり声を掛けられた。


「これこれそこのお嬢さん」

「はい、……私?」


 




なにやらPVがどかーんと増える事態に何事が!?

……と思ったら理想郷で提示してくれた方が。 PVが倍に増えるとか、恐ろしい……。

他にもブログで紹介してくれた方、はてなアンテナで紹介してくれた方、ありがとうございます。

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