後日談その6 食材探しと母の愛
2巻発売日記念にギリギリセーフ!
ホントは5/29に投稿する筈でしたが、眠気に負けました。
この短編はてんまそ様のpixivFANBOX4月に掲載されたイラストをもとに構成されています。
イラストの使用許可を出してくださったてんまそ様に最大の感謝を!
目の前に広がるのはうっそうと生い茂る葉を持つ太い幹の木々と、足の踏み場も分からない下生えの草木たち。
これでも辺境の村から徒歩一時間以内の距離にある森である。
そもそも街道を大きく外れているので、冒険者ですら足を踏み入れることはない。
猛獣や魔獣がそこかしこで目を光らせているので、人が近寄るのでさえ難しい場所だ。
奴らは獲物が人の姿であれば容易に餌にできると思い、レベルの差も考えず襲いかかってくるのである。獲物にされる方からすれば、はた迷惑極まりないことだ。
熟練の冒険者であっても、余程の切羽詰まった理由がなければこんなところまでは踏み込んでこないだろう。
「ふー」
そんな中、「余程」ということもなく「緊急」という訳でもない理由で森の中に佇む人物がいた。
一見すると鎧のようなものを着込んでいる様子もない。
武器はというと、腰に差した短剣だけのようにも見える軽装だ。
まあ、もったいぶって説明することもない。
現在この森の中で最強ともいえる実力を持つ、ハイエルフ族のケーナである。
猛獣や魔獣の方がその脅威を感じているかはともかく……。
現在彼女は周囲を見渡しつつ、ゆっくりと森の中を進んでいた。
その瞳は上空でもなく、樹々の間に移り変わる森の光景でもなく、地面に生えている草木の方に向けられていた。
見渡してからしゃがむと葉を手に取って確かめ、「違うなー」と呟いてからまた見渡す。
そしてこれまでの中で見た記憶のない葉を見つけては、また確かめるという作業を繰り返していた。
地面を調べながら同じ所をぐるぐると徘徊する不審者にも見えなくもない。
その危機管理のなっていない背中を見れば、猛獣の一匹でも忍び寄って来そうだ。
だがケーナのいる近辺は彼女が動く葉擦れの音や、森の中を渡る風によって枝が囁く音以外静かなものであった。
その理由となるものは、ケーナの後を一定距離を開けて追従してきている獣にある。
そちらは鼻先でざっこざっこと地面を掘ったり、時折木の幹をかじったりしていて緊張感などまるでない。
ケーナも合間に後ろを振り返ってはその獣の様子に、くすりと笑みを見せていた。
しばらく地面から生えている草の観察に余念がなかったケーナは、そこら辺の開けている場所に目的の物がないと確信したのか、立ちあがって「うーーん」と伸びをする。
腰を捻ったり、腕を伸ばしたり回したりとストレッチまがいのことをしつつ、後ろの獣に声をかけた。
「ぴーちゃん。それらしいもの見つかったー?」
「ぴー?」
呼びかけられたぴーちゃんことクリムゾン・ピグのうり坊である彼は、ケーナの問いに首を傾げて答える。
その口元からは、今かじったばかりの木の皮がはみ出ていた。
額に手を当てて「ははは」と乾いた笑いをこぼしたケーナは、脳内に浮かんだ種族特性の項目より自然との交感をOFFにする。
そのとたん周囲でざわめいていた囁き声が、潮を引いたように消えていった。
一部で怒号や悲鳴が混じっていたことから、この仕様にちょっとは感謝をするのだった。
「さてさて、この状態で見つかるのかしらね?」
「ぴぴー!」
ケーナの後ろをちょこちょこと歩きながら、ぴーちゃんは暢気な決意表明をするのであった。
何に対してかは分からないが。
ケーナがなんで森の中でぴーちゃんと一緒に何かを探して歩いているかは、その日の早朝にまで遡る。
その日、おかずの一品としてケーナ宅ではじゃがバターが朝食に並んだ。
ここ最近それを好物としているルカも笑顔だったし、その様を見れたケーナとオプスも笑みを浮かべていた。
料理を作る側のサイレンたちもその様子に充足感を感じていた。
そもそも一家六人中の半数がメイドと執事だというケーナの家がおかしいのだが、今さらそんなことを気にする者はいない。
たまに村の公衆浴場目当てで来た旅人が、村内を移動するロクシーヌたちをいぶかしげに見ているが、三人とも村の一員として受け入れられているので、逆に旅人が村人たちに不審者認定されることも多かったりする。
さて「じゃがバター」ではあるが、正確に言うと蒸かし芋のバター乗せだ。
この世界にはじゃが芋なんて種類はなく、そういったものはほとんどが芋としか呼ばれていない。
毒となる芽さえ取ってしまえば煮てよし、焼いてよしという一般的な庶民の食材である。
ケーナの好物であるマレールさん作のスープやシチューにもふんだんに使われている。
これに「じゃがバター」などという商品名を付けたのは、ケーナではなくオプスだ。
今現在では村中に普及し、マレールの宿屋で出されるじゃがバター目当てに遠方からやってくる者も少なくない。
そもそもバターやチーズは嗜好品となるため、辺境の村にはそれほど多くは流れてこない。
ケーナが堺屋のケイリックに直接頼めば、手に入れることは可能だろう。
元々の値が高いために、村人たちもそうそう手が出せるものではない。そのはずだった。
そこをオプスがひっくり返してしまったのである。
彼はケーナ経由で堺屋から乳牛を仕入れると、村人たちに飼育のノウハウを伝えてからバター作りにとりかかった。
オプスの能力は【繋ぐ】ことではあるが、その逆になることも専門分野と言っても過言ではない。
牛乳からクリーム成分を余すところなく【分離】するのは朝飯前だ。
そのあとも「ちょいちょいと」とかいう謎理論でクリームを練り固め、碌な機材も揃わぬ中で膨大な量の材料を個人で扱いつつ作業を進めた結果。
ひと月も経たないうちに辺境の村がバターの産地と化してしまった。
それをオプスは村人であればとタダ同然で配布し、旅人には高額で売りつける始末。
エーリネ率いる隊商も、オプスからのこまごまとした注文を幾つも聞き、半年以上の時間をかけてようやっとそれが扱える許可が下りた時には、小躍りして喜んでいたものだ。
とはいえ、他のバター製造所が潰れたりしないように、外に出す量を調整してはいるようである。
そこまではまだいいとして、本題はまた別だ。
ある日何気なくじゃがバターを食べていたケーナが思ったのは、それとは近くて遠い食物のことであった。
「そういえば、サツマイモって見ないよね?」
「……リアデイルの食材レシピにも存在せんじゃろ」
「あれ? そうだったけ?」
オプスに言われて、首を捻っていたケーナは【料理技能】のレシピ表を開く。
スクロールを作動させ、どばーっと流れていくレシピとそれに必要な食材表を一つ一つ確認する。
他の者が見れば、「一秒で新聞の一面を全部読め」と言われるほどの速読に近い。
ケーナの自覚しないぶっ飛んだ能力であれば、朝飯前のひと時のような気安さで終了した。
「うん。ないわね」
「……、相っ変わらず、興味のある事柄だけにのみ無駄なリソースを割きおって……」
眷属だからこそ盗み見れる主のチートっぷりに、オプスが戦慄していたりする一幕があったが、それが今回ケーナが未踏の森の中へ足を踏み入れた理由である。
食い意地が張っているのをあさましいとすべきか、「他に探すところがあるだろう」などと言われないだけマシだと思えばいいのか。判断に苦しむところだ。
ケーナの無駄な行動力にオプスは口をつぐむことにした。
その反面、元オプス配下のエルフメイド、サイレンは人づてで知る者がいないか、村の中から探し始めた。
その際に手足となるのはケーナ配下の猫人族。メイドのロクシーヌと執事のロクシリウスである。
半日ほど聞き込みに費やしたロクシリウスたちであったが、得られた結果は「誰もそんな根菜を知る者はいない」ということであった。
サイレンはというと、家の中でくつろいでいたオプスの尻を蹴っ飛ばし、フェルスケイロの堺屋までのお使いを頼んでいた。
「最近、我の扱いがどんどんと雑になってきとりゃあせんか?」
「あら、ルカ様においしいものを食べさせるためにとケーナ様が動いているのですから、オプス様が動くのは当然ではありませんか」
悪びれもなくにこにことしているだけのサイレンであるが、その身の内からは凄まじいプレッシャーがオプスに向けて照射されていた。
圧力に負けて視線を逸らしたオプスは、「諦めたほうがいいですよ」とばかりにうんうん頷くロクシリウスとロクシーヌを見て、足の間に尻尾を挟んだお犬様のようにサイレンに頭を垂れるのであった。
さて、家でそんな光景が繰り広げられているとは知らないケーナは、辺境の村を離れてから西の方へ向かった。
エジッド大河に沿って樹々に聞けば見つかるんじゃないかと高を括っていたのである。
だが、その目論見は直ぐに破綻することになった。
そもそも樹々や草木は、自分たちのことを植物だとしか認識してないのである。
人が区別するために植物につけた名前など、彼らは知る由もない。
なので数回尋ねたところで、その方針をあっさりと諦めたケーナは【召喚魔法】でクリムゾン・ピグ(幼体)を呼び出した。
どうやら彼女の頭の中では、何時だかテレビ番組で見たトリュフ豚と何かが合わさって、「イノシシならば食材を探せるかもしれない」などという結論に至ったようだ。
御多分に洩れずクリムゾン・ピグにそんな能力はない。
成体に至っては木一本を根っこまで食料にする豪快な生物である。
そこまで細かい匂いを嗅げれるのかどうか、召喚したケーナですらも分からない。
半分遊びのような様子で後ろをついてくるぴーちゃんに呆れるやら微笑むやら。
ケーナも何もしなかったわけではない。
【サーチ】を使って草木を調べてはいるのだが、リアルな世界と違って雑草の一本にも名前が付けられている訳でもない。
殆どが「植物:名称不明」としか表示されないのである。
意気揚々と出かけてきたケーナにとって、今回の行動は完全にお手上げであった。
「うーん。らしきものも見つからないしなあ……」
人間だった時でも幼稚園の芋掘りぐらいにしか参加したことのないケーナにとって、サツマイモを識別するだけでも難問である。
これからどういう方針で探そうかと考え込んでいたケーナは、それまでどんな独り言でも「ぴー」と合いの手を入れてくれたぴーちゃんの反応がないのに気がつく。
いぶかしげに背後を振り返ってみれば、なにやら無数の瘤付きの蔦にがんじがらめに拘束されたぴーちゃんの姿があった。
「え? ちょっ!? 何なにナニ?」
ぶるんぶるんと震えたり伸びをしたり、辛うじて聞き取れるくぐもった声で「ぴー」と鳴いているようなので、その塊がクリムゾン・ピグ(幼体)で間違いはないようだ。
そして彼を囲む蔦も、周囲の地面から這い出てくるように厚みを増していく。
慌ててぴーちゃんに駆け寄ったケーナは蔦に手をかけて引きちぎろうとした。
だが、彼女も蔦に手を触れるか触れないかの間合いに近付いた時、周囲の地面を突き破って殺到した瘤付きの蔦に捕らわれてしまう。
キーがいるために、お楽しみシーンのような直接に触れられることは避けられたが、瞬く間に防御壁が覆われてしまう。
「何これ!?」
『ワタシノ護リヲ突破デキルヨウナモノデハナイヨウデスガ。ドウ致シマスカ?』
対象にキーの護りを害するような力はなさそうだが、おそらくは食料だと思われたのだろう。
【サーチ】を使っても「名称不明」としか表示されないところを見ると、新種のモンスターか何かのようだ。
召喚獣とのつながりを確認してみれば、クリムゾン・ピグ(幼体)の方はなんとか顕在しているようではある。
ただ、召喚する時に込めた魔力が徐々に失われているようなので、顕現している時間も長くはないだろう。
そこはケーナにとって、怒りを感じるポイントだ。
「全く。植物の癖に、いい加減にしなよ……」
ケーナが自身に燃え盛る火炎魔人となるような【火焔圏】をかけようとしたその瞬間だった。
「ぴいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!!」
「うわっ!?」
というまるで吠えるような、どこまでも響き渡るぴーちゃんの雄叫びが空間に轟いたのは。
防御壁の中にいたケーナにさえ、空気の振動で耳鳴りを与え、周辺の木々すらも大きく震えて大量の葉や小枝が振り落とされる。
ついでにケーナを襲う謎の喪失感。
「えっ!? なに?」
その身の内より強引に何かが引き出されていった。同時にかなりのMPを消費する感覚に身震いする。
間髪入れずに付近に何かとてつもない重量が着地するという、地面からの振動が感じられた。
自分たちの右隣に向けて傾くような平衡感覚の乱れがあったので、蔦まみれの防御壁越しにケーナはそちらを見上げる
「ブルルルルルッ!」という唸るような鼻息が聞こえてきた途端、紅い波が蔦を焼失させた。
つい手を顔の前に上げて防御の姿勢を取ってしまったケーナは、その後に何も続かないのに気づいて、つぶっていた目を開く。
「ぴー! ぴぴー! ぴぴーっ!」と何かを見てはちきれんばかりに喜びを表現するぴーちゃん。
その視線の先を見上げると、小山のような巨体が目に入る。
「げ……。うそっ、マジ?」
そこには成体のクリムゾン・ピグが威風堂々とした姿で立っていた。
頭頂部から尾の先まで続く炎の鬣は、太陽のプロミネンスのように立ち上って燃え盛っていた。
どうやら先程の紅い波は、成体のクリムゾン・ピグの範囲攻撃の熱波だったようだ。
それにより多少の瘤は残ったものの、蔦の方は完全に焼けてしまったらしい。
どちらかというとクリムゾン・ピグが手を下して脱出できたというより、子供の叫び声に反応して召喚してもないのに自力で顕現したという事実が、ケーナにとってはショックである。
慌ててステータス画面から召喚技能の項目を表示してみれば、たしかに「クリムゾン・ピグ(成体)」の文字が灰色になっていた。
これは完全に召喚されている状態であるということだ。
「んー。でも、まあ、いっか」
飛び上がったり、体全体を擦り付けたり、周囲をグルグルと駆け巡ったり。
全身で親に出会えた喜びを表現しているぴーちゃんを見れば、召喚獣が自力ででてきたことは些細な出来事のように思える。
しばらく駆け回っていたぴーちゃんは10分ほどもするとようやく落ち着いたらしく、親の鼻先に触れて甘え始める。
親はその様子を優しい目で見ていたが、不意にケーナの方へギロリと鋭い視線を向ける。
まるで「いいか。これからの時間を邪魔するんじゃねーぞ」というようなガンをつけると、ぴーちゃんを促して方向転換した。
そして、つかず離れずの二頭は連れ立って森の奥深くへと消えていくのだった。
「……えーと……」
感動的な場面ではあったのだ。
ケーナもそれは嫌というほどに分かるが、色々と突っ込まなくてはいけないような気もしないでもない。
もやもやした気持ちをどう発散させようかと悩んだ挙句に、ケーナは諸々を飲み込むことにした。
ここにオプスがもしいたとすれば、八つ当たりの餌食となっていたであろう。
深呼吸をして気を取り直したケーナは、地面に落ちていた瘤を手に取った。
ケーナであってもそれなりのダメージを食らうことは免れない熱波に、原形を残して耐えていた瘤に興味はつきない。
周辺にはクリムゾン・ピグの成体が掘ったらしい巨大なすり鉢状の穴が開いていた。
きっとそこには、蔦の本体の地下茎でもあったんだろう。
残骸が欠片も見当たらないところから、地下茎は喰われてしまったのだと思われる。
意外に硬い表皮を割って表れた中身を目にしたケーナは、求めていた食材と酷似した色と匂いについつい「やったー!」と叫んでたいそう喜んだのであった。
そのあと周囲に散乱していた瘤を拾い集めて、持ち帰ったのである。
なんとかギリギリで村人に行き渡るくらいは確保できてはいたのだが、その後はあの蔦モンスターに出会えるようなことはなかった。
そのため、幻の甘味として焼き芋味の瘤は皆に認識されたようだ。
ただ、オプスが言うには「この大陸に元からいた奴かもしれんの」ということらしいので、大陸中を探せば見つかるかもしれないと、ケーナは森に向かうたび眼を光らせている。
同時に、クリムゾン・ピグを二体呼び出して、数日程森の中には開放したりしている。
「ぴぴーっ!」
「ブルルルルルッ」
嬉しそうないななきと巨体を見つけたら、近寄らないようにしましょう。
子を持つクリムゾン・ピグは大変危険な存在です。
なんかイラストの雰囲気とは全く違った話になってしまいました。