後日談その4 普通の教育とはなんぞや?
「ふーん」
口許に手を当てて唸る美少女と、その背後で心配そうにオロオロする長身のエルフ女性。
一見すると姉妹に見えなくもない2人だが、実は美少女であるケーナの方が母親でエルフ女性であるマイマイの方が娘なのはあまり知られていない。
場所は学園の実習室。
今2人の前ではホールに集まった10数人の生徒に対して、妙齢の教師2名から淑女教育という名の授業が実施されていた。ケーナは見学者として学園長同伴でこの場にいるのである。
行われている授業内容は基礎的な礼儀作法だ。
生徒である10数人の女性たちは貴族、平民、冒険者と出自は様々である。
貴族は社交界や交流で必要になるだろうし、平民は貴族に召し抱えられる場合もあるため。
冒険者は依頼相手や護衛相手として貴族と接することもあるからだろう。これらの例は所詮建前である。
ぶっちゃけると理由はともあれ、基本的な礼儀作法は覚えておいて損はないからだ。
最初の印象を高めておくのは大事であるからして。
最初に簡単な説明と教師の実例。
その後に生徒1人1人が実施して、あれやこれやと教師から悪いところを指摘・解説されて次の作法、というのが授業の流れだ。
なので実施した後の生徒というのは余程生真面目でない限り、注意事項など話半分に聞いていることが多い。
「ねーねー。学園長といる子なんなのかなあ?」
「しっ。授業の最初に見学者だって説明されたでしょ」
「なんか学園長がずいぶんと気を使ってるみたいなんだけど。どっかのお偉いさん?」
「知らないけど、あんな見目麗しい子が居たら噂くらい流れるものじゃない?」
知らないのも無理はない。
たまーに王都にでてくるくらいで、ケーナの活動範囲は主に辺境の村付近だからである。
王都で活動する場所は冒険者ギルドに立ち寄るくらいだ。
ギルドに登録している者は、授業のある真っ昼間にやってくるケーナと遭遇することはほぼない。
そして授業より背後の2人に興味津々な女性たちの好奇心は、2人の会話からある単語を拾ってしまうこととなる。
「ねぇマイマイ。礼儀作法の基礎ってこんな感じなの? 上級編とか中級編は?」
「それを必要とする生徒はもう貴族だけに限られますわ、お母様」
「「「「お、おかあさまあああああっ!?!?」」」」
数人の驚愕に彩られた叫び声ののち、教師の雷がユニゾンで落ちるのにそう時間は掛からなかった。
こちらの世界で目覚めた直後ならともかく、あれから2年経っていてもケーナの姿は微塵も変わっていない。
内面が多少変化していても見た目だけなら美少女のままだ。そこらあたりはさすがハイエルフといえるだろう。
中身のポンコツささえ露見しなければ。
「今更マイマイとの関係であんな大声上げられるとは思わなかったわ」
「ええ、まあ……。そうでしょうね」
苦笑したマイマイからすればたぶんそうなるだろうなーと確信していた反応だ。
学園という形式になっていても、ここはケーナの常識からはずいぶんと駆け離れたカリキュラムで形成されている。
まず3年間も在籍している者などよっぽどの暇人だ。ほぼ居ないと言っていい。
礼儀作法やダンスの授業だけに集中して1年もいれば長い、と言えるだろう。
学びに来ているほとんどの者は、1つの事柄を1~3ヶ月程度で習得し次第、学園を離れるからだ。
つまり生徒の増減と人の出入りが激しいのである。
高等学校というよりは、いわゆるセミナーのような職別の通信学校みたいなものが固まった形になっている。
そんな中なので、ポーション作成授業や魔法実習で紹介されたケーナのことなど覚えている者は誰もいない。しかも2年前のことなど。
ひと騒ぎ起こした校舎から離れ、2人は校庭片隅の木陰でひと休みをしていた。
「はい、マイマイ」
「あ、いただきます。お母様」
ケーナがアイテムボックスから取り出したクッキーとお茶で、マイマイもほっこりする。
「それルカが作ったんだよ」
「えっ、そうなんですか!」
さくさくと優しい甘さに仕上げられたそれをマイマイは頬張る。
「おいしい」
「美味しいでしょう」
満面の笑みで自分が作ったのでもないのにドヤ顔をする母親。
「お母様の味に似てますね」
「ああ、あれを目指したって言ってたからね」
母の味=料理技能=古代の御技である。
その味に近付けるなど並大抵の苦労ではあるまいと、マイマイは義妹の頑張りにそっと涙した。
「それで本日はいきなり礼儀作法の授業見学したい、と来てどうしたんですか?」
朝から突撃してきた母の目には炎が宿っていた。
ついその迫力に負けたマイマイは頷いて了承したのである。
マイマイも学園長なので、その日のうちに処理しなければならない書類などもそれなりにある。
だが母親の来訪は彼女の中で第1級優先事項に当たるため、責務を後回しにしてしまうのだ。
当然そのしわ寄せは事務員やら教師やらに降り掛かる。
翌日担当者たちの監視下でもって、缶詰めにされるのは言うまでもない。
「実はルカを社会勉強に出そうかと思って……」
「社会、勉強、ですか?」
思ってもみない母親からの発言にマイマイの表情に戸惑いが浮かぶ。
あのルカを溺愛しているケーナが、王都に1人で末娘を来させるものなのか? という驚愕も含む。
「でもルカに学園の授業って必要ですか?」
ふと思い出したのは、あの村に居るケーナと伯父のメイドと執事だ。
あの3人に教わるならば、礼儀作法の授業なんぞ必要ないのではと思う。
ついでに古代の御技に匹敵する料理の腕があれば、花嫁修業としては合格点をゆうに越えているだろう。
「いえ、出来ればこう……」
母親の歯切れの悪さが妙に気になる。
何かを言いかけて途中で口ごもるなど母親らしくない。
「大丈夫です、お母様。私にお任せ下さい。義妹を預かって何を教えたらいいのか、私がちゃんと見極めますから」
安心させるように、母親の手をそっと握り頬笑みかける。
何度も言うようだが2人の血縁関係を知らない第3者から見れば、姉妹(学園長が姉)禁断の関係を結んでいるようにしか見えない。
校庭で魔法の実習をやっていた生徒から、学園内に不穏な噂が流れて行ったのは仕方がないことだろう。
「あー、じゃあ。ルカに世間一般に普及している普通のレベルを教えてあげてくれない?」
「はいぃ!?」
校庭の一角ですっとんきょうな悲鳴が上がった。
ついでにヘンテコな噂も更に傘増しされた。
ケーナの所にいるサイレンを筆頭とするメイドたちは、2人が居ない時に代わる代わる必要とされる技能を教えていった。
それは礼儀作法や料理やダンスなどである。
おそらく積極性と衣装さえあれば、王都の社交界に出しても通用するほどのレベルに達していると言っていい。要するに過剰なほどに教えすぎてしまったのである。
それでも何をどう聞いたのかは知らないが、本人は自分の修めた技能が未だ初級レベルであると思い込んでいるらしい。
これはもう教育の本場である学園に放り込んで、世間一般に出回っている技能レベルを見せてやった方がいいという結論になったのだ。オプスのひと声で。
「はあ、伯父さまが……」
「まあ、私がサイレンに「教材が必要です」って頼まれてちょくちょく家を留守にしてたってのもあるんだけどね」
そこら辺も高度な教育を受けることになった要因だろう。
そんなハイパー淑女in村娘に程度の低さを教えてね。と頼まれたマイマイの胸中にはブリザードが吹き荒れていた。
熱血漢な教育者なら燃えるような課題だが、それを教える生徒が課題の標準点をすでにクリアしているとなれば、話は別だ。
やはり母親たちの常識と現代の常識を秤に架けてはいけないと……。
また少しづつ修正作業を手の空いた時にやっております。
その影響でなんとなく思いついたネタを投下。
もう設定とか名称とか全然忘れてるわ、わはははは。覚えていた名前のみで構成しております(マテ
累計5300万PVになっててひっくり返りました。なにこの数字!?