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後日談その1 妹捕獲大作戦

 あけましておめでとうございます。

「お母さまは私と会うのが嫌なのでしょうか……」

「いや~、ただ単に恥ずかしがってるだけじゃないかと思うんだけどね~」


 オウタロクエスの街中、見晴らしのいいベランダを備えたツリーハウスの喫茶店。肩を落としてうなだれたサハラシェードをお茶に連れ込んだケーナは、頬を掻きつつ泣きそうな姪を慰める。


 ぶっちゃけてしまうとついさっきの出来事なのだが、ケーナが無理やりオウタロクエスまでサハナを同行させてやってきた。そこに待ち構えていたサハラシェードが声を掛けたところ、パニックに陥ったサハナは【転移】でもってどこぞへ逃げ出してしまったのだ。


「まさかいきなり逃げ出すとは……。目の前にいれば観念して素直に会うかと思ったんだけど、事前に魔法を封じておかなかったのが私の落ち度よね。ごめんなさい、サハラシェード」


 本人が聞けば、義姉の裏切りっぷりに真っ赤になって怒りに打ち震えるような所業である。まあ、こんな所まで引っ張って来た時点でどちらにしろ変わらないのであるが。


「い、いえっ! 伯母上が悪い訳ではありません! 私が不甲斐ないのが原因なのですから、どうか頭をお上げになって下さい」


 テーブルの上でコテンと頭を下げたケーナに慌てふためくサハラシェード。第三者から声が掛かったのはそんな時であった。


「お二方共……」


 横から掛かる怒りをこらえて震えるような声に、同時に其方を向くケーナとサハラシェード。そこには戸惑いを顔に表すクロ兄妹を従え、怒りマークを額に貼り付けた魔人族の騎士団長が立っていた。


「あ、あら、サージェ?」


 頬を引きつらせて汗をひとつ垂らす女王に、威圧感漂う笑顔で迫るサージェと呼ばれた騎士団長。ふとケーナが周囲を見渡してみれば、店の客はテーブルに伏せるようにしてこっちを窺っている。騎士団長背後のクロフに視線を合わせると、申し訳ないとばかりに頭を下げられた。


「外 出 す る な ら、一言断ってからにして下さいっ!! 貴女はこの国の女王なのですよ!」

「キャン! ご、ゴメンナサイっ」


 ドカーンと爆発する怒気に身を竦ませて謝罪する女王に、呆れる様子もなく同情する視線を向ける客達。なんとなくだがケーナはこれが初めての抜け出しじゃないのかと納得した。


「ケーナ様もです!」

「え、私?」


 一人頷いていたケーナも一緒に怒られる。キョトンとしていたら、騎士団長に見晴らしのいい場所での襲撃の危険性をこんこんと説かれるハメになった。






「……と言う訳なんだけど何か案がない?」

「母上……。なんで私達の所へそんな話を持って来るんですか?」


 フェルスケイロの神殿にて早朝からケーナの訪問を受けたスカルゴは、妹と弟を召集するとケーナの相談事に眉をひそめた。


「いや~、おんなじ子供側の立場から思うことはないかなあ~、と」

「……つーかオウタロクエスの女王が実はイトコだったというのに俺はびっくりだ」

「うんうん」


 顎髭を撫でながら感慨深く呟いたカータツにマイマイが頷く。ケーナは妹と弟に同調しなかったスカルゴを見た。


「スカルゴは知ってたの?」

「これでも外交の仕事で一通り国を回りましたから。母上の話題を持ち出したら意気投合いたしまして、至福の時間でした」


 『ピンク色のトリップ空間』に包まれ、頬を染めてうっとりとするスカルゴを完全にスルーする母子三人。結局その後は雑談で終わってしまい、仕事に戻るマイマイとカータツを見送ってからケーナは家に戻った。トリップしていたスカルゴが気付いた時には、誰もいなくなっていたという。







「むむむ、どうしよう?」

「……?」


 夕食を終えて風呂の後、リビングの窓から月を見上げて考え込む母親を見つけたルカ。昨日、訪ねて来た叔母と出掛け、ひとりで戻ってきてから考え込む姿しか見ていない。夕食の時も上の空で、サラダにシチューを掛けて食べだした時には家族一同目を丸くしたものだ。


「ん!」


 サイレンに「しばらく放っておきましょう」言われたものの、元気のないケーナを見て悲しくなったルカは意を決して動き出す。




「こらケーナ」


 ガスッ


「あいたあっ!?!」


 いきなり後頭部に強い衝撃を受け、あまりの痛みに悶絶するケーナ。ふるふると痛みに耐えながら後頭部を抱えて振り向くと、十センチ四方の鉄塊を突き出したオペケッテン・シュルトハイマー・クロステットボンバーが呆れ顔で立っていた。


「と、突然の暴挙になんの意味がっ!」

「ん」


 詰め寄ろうとしたところを止められ、オプスが背後を指差す。そこにはにこやかな笑みを浮かべたロクシーヌに肩を支えられたルカがケーナを心配そうに見ていた。視線が合うとロクシーヌの背後に隠れ、顔半分出してこっちを伺っている。


「……ルカ?」

「だから子供の前で意気消沈した姿を見せるな、と言ったであろう。さっき部屋にやってきての、オヌシの元気の無さを随分と気にしておったんじゃぞ」

「だからといって鉄塊で殴りつける奴がどこにおるかいっ!」

「オヌシは怒らせた方が手っ取り早いからの。ほれ」


 微妙に反論しづらい理由を持ち出したオプスは体を半歩ずらして道を譲る。膨れっ面のままルカの前まで進んだケーナは、ロクシーヌの背後に隠れようとしたルカをあっさり捕まえて抱き上げた。


「?!」

「もうっ! ルカ、今夜はお母さんと寝ようね! そうしよう! うん、決まり!」


 目を白黒させるルカをしっかりと抱きしめ、有無を言わせず部屋に連れ込むケーナ。見送った二人は頬を緩ませて吹き出した。


「ではオプス様、お先に失礼致します。お休みなさいませ」

「ああ、すまなかったの」


 「今夜はイイ夢が見られる気がします」とロクシーヌは楽しそうに部屋に戻る。「やれやれ」と頭を振ったオプスは月を見上げてニヤリと黒い笑みを浮かべた。


「サハナよ。我等が愛し子を悲しませた罪、万死に値するのう。クックックッククク……」


 壁に映るオプスの影はさながら悪鬼羅刹のように歪んでいた。







 ――翌日。


 朝から予期せぬサハナの訪問を受け、不思議そうな顔でケーナは彼女を迎えた。


「一昨日はごめんねサハナ。それでも今日来るなんてどう……」

「それは言わないで下さいお姉様。でも私……、あんな熱い想いを込めた文を貰ってしまった身としては、どういう顔をしてお姉様の顔を直視すればいいのか……」


 ポーっと熱にでも浮かされた潤んだ瞳でケーナをチラ見し、ボンッと顔を真っ赤に染め横を向いて「きゃ~」とはしゃぎながら体をくねらせるサハナ。その態度を心底理解出来ないケーナは、妹が狂ったのかと心配そうな視線を向ける。それすらもご褒美だったようで、更にヒートアップするサハナのテンション。


 不毛なやりとりが中断したのはその直後。上空に突如として出現した、二人が見たことのある物体のせいである。


『……告げる』


 真っ青な空に後光を纏って六枚羽の天使が降臨し、眼下にいる者へ通達を響かせる。頭上に気を取られた二人は気が付かなかったが、村人達は二度目の異常事態にまったく関心をむけていなかった。


『運営からプレイヤーの方々へ、特殊クエストの発動を告知いたします。詳しくはイベント会場にて係員にお会い下さい。繰り返します、……』


「お、オプス? なにやってんのアイツ!?」

「何をぶつくさ言ってるんです? 早いところ向かいましょうお姉様!」

「あ、ええと。……そ、そうね!」


 脳内に響く荘厳なアナウンスに頷き合うケーナと、先程までの色ボケから瞬時に切り替わったサハナ。ケーナがアイテムボックスから取り出した転移石を握り締めた時である。なにやら慌てふためいたロクシーヌがすっ飛んできた。


「お、お待ち下さいケーナ様!」

「どうしたのロクシィ、そんなに慌てて? これからちょっとイベントへ行ってくるから留守おねが」

「それどころではありませんルカ様がっ!」

「ええっ!?」


 メイドから告げられた名前に動揺するケーナ。頭上の天使を見上げ、ロクシーヌを見てからサハナへ、そしてまたその動作を繰り返す。どれを優先すべきかパニックになってしまったのだ。 世界の危機と家族の一大事を天秤に掛けてうろたえる姉の手からサハナはそっと転移石を抜き取った。


「じゃあ、私がこっちを担当するからお姉様はルカちゃんの元へと行ってあげて」

「サハナ……、いいの?」

「これでも800レベルの熟練者ですよ。ご心配なさらず」


 ガッツポーズをとって満面の笑みを浮かべるサハナに、「じゃあ任せた」とサムズアップを送るケーナ。握り潰した転移石でサハナの身が光の矢と化し、南西の方向へ飛び立って行った。


「それでロクシィ! ルカがどうしたって!?」

「と、ととりあえず家までお戻り下さいりりりリビングですっ」


 般若のような形相のケーナに詰め寄られ、のけぞって対応するロクシーヌ。「わかったわ!」と光となって走り去る主人の後ろ姿を見ながら「く、喰われるかと思った……」と安堵し、クスリと笑みを零した。



「ルカッ!」


 どっぱーん! と扉が吹き飛びそうな勢いでリビングに突撃したケーナ。その場にいたサイレンとルカの二人は目を丸くして驚く。


「どうしましたか、ケーナ様?」

「……お、母さん?」

「あ、あれ?」


 上から下まで見てもルカには怪我した様子もなく、病人のような感じでもない。エプロンを掛けてサイレンと白い粘土のようなモノをこねていただけだ。


「あ、あれれ? ど、どういうこと?」

「これからお菓子でも作ろうと思いまして、サハナ様とケーナ様をロクシーヌに呼びに行かせたのですが、アレがなにか誤解を生むようなことを口に致しましたか?」


 サイレンからここに呼ばれた経緯を聞いて担がれたことに気付く。直ぐにニコニコと満面の笑みを浮かべてやってきたロクシーヌは突如として胸倉を主人に掴まれ、そのすわっている瞳に睨まれて硬直した。


「ロ~ク~シ~?」

「ひ、ひいいいいっ!?」

「これはど~ゆ~ことかしらぁ~? 仮にもメェ~イドが主人を騙そう~などとは~いい度胸ォじゃな~い?」


 尋常では無い威圧感がロクシーヌに重く圧し掛かる。尻尾の毛をピーンと逆立てて即屈服したロクシーヌはこの事件の企画発案者を答え(ゲロし)た。


「わ、私はただ、お、オプス様にこうしろと伝えられましてっ!」

「オプスに?」


 なんとなく匂う嗅ぎ慣れた企みにケーナはあっさりとロクシーヌを解放した。息も絶え絶えの真っ青になったロクシーヌは乱れた首元を直すと、一息ついてから今度はサイレンにたしなめられている。

 「あの方の言うことをまともに聞いてはダメですよ」

 「はい、申し訳ありません」

 ……と。やりとりを聞きつつコテンと首を傾げたルカを撫でて、ケーナは呟く。


「ま、仲は悪いけどオプスが企むならどうとでもなるでしょ」





 ──イベント会場。


 サハナが飛んで降り立ったのは花に囲まれた小さな庭園であった。

 中央にはお茶の用意がされた小さなテーブルと椅子が二つ。それ以外には人の気配などありはしない。サハナが訝しげに技能(スキル)を使って周囲を探索しようとしたところ、背後から突然声を掛けられた。


「いらっしゃいませ、お母さまっ!」

「わきゃっ!?」


 飛び上がって驚いたサハナが背後を振り返ると、満面の笑みを浮かべたサハラシェードと腕を組んでニンマリとした顔のオプスが立っていた。慌てて術を行使して逃げようとするも、その術がうんともすんとも発動しない。

 混乱するサハナにオプスが「ここには魔法技能(マジックスキル)を阻害する結界を張った」と邪悪な笑みでもって告げる。その言葉にハッとなったサハナが構えを取ってオプスを睨む。


「だ、騙したのね。でもいったいどうやって?」

「なに、簡単なことよ。ケーナを装っておヌシにメールを送り、予め村人達に断って告知天使を辺境の村上空にのみ絞って出現させる。ケーナを押さえてしまえばおヌシだけはココに来る。ただそれだけのことよな」


 何時までたっても応援(プレイヤー)がやって来ないのがそれだけで判明した。それ以外にもオプスが運営側だったという事実にサハナの眉がひそめられる。


「勘違いせぬことよな。我はケーナを苦悩させ、ルカを悲しませた逆恨みでこのような罠にはめただけのこと。そこに運営やらケーナやらは関係ないの。もちろんおヌシの想像する、我がケーナを脅すなどという愚策はもってのほかよ」


 言いたい事だけ言うと二人のやり取りを傍観していたサハラシェードを促す。


「ほれ、後はオヌシが母親をもてなしてやれ。我は戻る」

「は、はい! ありがとうございましたオプス様。伯母上にもよろしくとお伝えください」

「うむ」


 術が使えない場で何事かを呟くとその姿を消すオプス。

 「マジ?」と肩を落としたサハナは娘に引っ張られて席に着いた。心底嬉しそうに「何をお話しましょうか~、ふふふ」と微笑むサハラシェードに毒気を抜かれて観念し、こうなればとことん付き合ってやると気合を入れる。


「よし、ガールズトークはまかせろ~」

「はい?」


 改めて話してみると実に楽しく有意義な時間だった。と、サハナはケーナに後日そう語った。


 しかしその後通いすぎて「女王の仕事が進みませんので頻繁に来ないで下さい」と宰相直々に苦言を言われるハメになったという。


 67話直後の話です。

 まさかこの時期に更新するとは読者様も思わなかったに違いない。ふははは~。


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