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エピローグ

「さて何処から探したもんか……」


 辺境の村内を東西に繋ぐ道で一人の男が腕を組んで呟いた。 タンクトップのシャツにズボン、厚手の前掛けを腰に巻いた姿で周囲を見渡すドワーフ。 彼の名前はカータツと言う。


 彼は三年ほど前にソレまで生業にしていた船大工を突然辞め、母親の住む辺境の村に住居を移した。

 そのことについて姉と兄は見ている方が引くくらい悔しがっていたものだ。 流石に結婚している身なので王都をホイホイ離れられない姉のマイマイ。 すでに王都どころか城からまともに外出できない兄のスカルゴ。 両者は仕方ないだろうが、身ひとつのカータツは身軽だ。


 彼が突然このような行動に出たのは理由があった。 やりたいことがあったからだ。 それは石像を彫る事である。 突然押しかけてきた息子に母親のケーナは苦笑して迎え入れ、「あなたの好きにしなさい」とカータツの滞在を許可した。

 すぐ近くの山から石を切り出してきたカータツは一心不乱に石像を彫った。 最初の作品はケーナ曰く「物体A」と呼ばれるハメに。 それはBとかCとか続々と数を増やしていき、三ヶ月も経った頃には「物体X」が出来上がっていた。

 

 ここまで至ると流石のケーナも引きつった笑顔で息子に【石工】の技能(スキル)習得を勧めたが、カータツはそれをきっぱりと断った。 彼は技能に頼らずに石像が彫りたかったのだ。 それを聞いたケーナは心底楽しそうに微笑むと、それ以上何も言わなくなった。


 一年も経ったころにようやく石は何かの形を取り始め、初めて彫られた雪ウサギのような物はルカにプレゼントされた。 まあ、大きさは直径一メートルと言う庭石のようだったが、妹は気に入ったらしく「ゆきちゃん」と名をつけて可愛がっている。

 元々職人業に向いている種族柄、二年も経つころにはすっかり熟練者(プロ)の域に達していた。 石像にする題材を探してケーナに聞いたところ、丁度居合わせたオプスが「石像ならこれじゃろう」と木彫りのお地蔵様を提示する。 そうして彼は石像職人となった。


「お城の華やかな庭にお地蔵様って、すっっっごい似合わない!」


 ケーナが友人のマイリーネ女王(結婚して即位した)に会いに行き、返って来た言葉がこれである。 何故か石像職人としてそこそこ有名になったカータツの作品は貴族に人気となった。

 お地蔵様の存在意義がなんなのかと認識しているプレイヤーの面々には、花に囲まれた庭に配されたお地蔵様や、煌びやかな金品と一緒に並べられたお地蔵様に激しい違和感を覚える。


「まあ、世界の美的センスの違いじゃろうな」

「アンタのせいでしょーがっ!」


 影でオプスが宙を舞ったとか舞わないとか。




 それは兎も角、カータツは人を探しているのである。 道の真ん中で「うむむ」と難しい顔をしている彼に声を掛ける者がいた。


「カータツさん、おはようございます」

「おー、リットか。 おはようだ」


 村に二軒ある宿屋、その片方の看板娘を務めているリットだ。

 ふっくらと三つ編みにした長い髪を左肩に掛け、薄い紫色のセーターと裾の長いスカートを着た元気な笑顔を振りまく少女は十二歳。

 日課の水汲みをしていたのだろう、その両手には水が入った桶をぶら下げている。 彼女の一歩後ろには地面から数センチ浮いたもうひとつの桶が。 これもいつの間にかこの村で日常の風景となったひとコマである。 下を覗き込めば小さな金色ライオンが桶を頭頂部で支えていた。


 リットはカータツの妹であるルカの親友でケーナの友人でもある。 随分前にケーナから預けられた雷精を封じたアイテムがある。 彼女はその雷精と友誼を結び、手乗りサイズで15LVの雷精を使役するに至ったのであった。 これには発端となったケーナもびっくりである。 そうして雷精との契約をケーナから学び、リットの日常にソレが加わったのだ。


「ああすまん、ルカを知らねえか?」

「ルカちゃんですか? たしかシロちゃん連れて畑のほうに向かったかと」


 カータツの質問に村の西側を振り返って答える。 そちらにはココからも見渡せるなだらかな台地に金色の畑が広がっていた。


「おっとやっぱあっちだったか。 ありがとうなリット」

「いいえ、これくらいならいつでも」


 手を振って畑に向かって歩き出すカータツに、リットはペコリとお辞儀をした。



 急ぐ訳でも無いが早足で歩いてきたカータツは畑の入り口に辿り着いた。 ここには四年前の数倍の面積となった麦畑が広がっている。 温泉と鉄壁の防御を誇る辺境の村は、噂を聞きつけて他所からやって来た移住者のために数倍に拡大した。 広がった畑の三割程度はロクシリウスが幾人かの村人と管理を受け持ち、ケーナ銘柄のウィスキー材料を生産している。


 ちらほらと作業している者はいるが、目的の人物は見当たらなかったのでカータツは大抵一緒にいるモノに向けて指笛を鳴らしてみた。 「ピー」と麦畑に響いた音に作業をしていた数人が辺りを見渡す中、近場の畦道(あぜみち)から白い塔が起き上がる。


「キュー?」

「おお、そこにいたか。 ルカは一緒じゃねえのか?」

「キュー!」


 二階建ての家に匹敵する高さからカータツを見下ろすのは、四つの瞳を備えた真っ白い獣の顔。 村の防衛の一角を担う仙獣イズナエである。 指笛で身を起こし、問い掛けに嬉しそうに鳴くと自身の尻尾がある場所へ鼻先を向けた。 カータツが畑を迂回しソコへ行くと、丸まった尻尾を布団にして一人の少女が気持ちよさそうに眠っていた。 ケーナの末娘、カータツの妹となるルカである。


 十四歳に成長した彼女は以前よりも背が伸び、サイレンの教育もあって随分としっかりしている。 それなりの格好をさせれば舞踏会にも出せそう、というマイリーネ女王のお墨付きだ。 本人が昔と変わらず大勢の視線に晒されるのを好まないので、その案はお蔵入りとなっているが。

 人の気配を感じて目を覚まし起きたルカは、カータツの姿を認めると首を傾げた。 兄はこの時間なら工房に篭っているはずだからだ。


「なにか、あったの?」

「いつもの商隊が酒の受け取りに来てな、倉庫の鍵はお前さんの管理だろう」

「あ……。 知らせて、くれて、ありがとう、……お兄さん」


 カータツから用件を知らされたルカはぴょこんとイズナエの尻尾から飛び降り、カータツに頭を下げると家のほうに向かって走り始めた。 イズナエはルカを見送ると警備員の役目に戻る。 イズナエの鼻面をちょろと撫でたカータツは一仕事終えたとばかりに伸びをして、工房に戻らず村の散策を続けることにした。




「ここんとこお袋も頻繁に戻らなくなったからなあ……」


 現在の村を拡大することとなった立役者の一人であるケーナは、オプスと共にある仕事(趣味とも言う)の真っ最中であった。


 なにをやっているのかというと、王国の東側に向けて道を作っているのである。

 これは大陸中から人が集まって今の三国が作られたことに起因している。 だとすれば東側の未踏破地域の向こうにも国があるのではないかと考えたのだ。 最初は尾根に沿って行こうと考えていた二人は途中にモンスターが多いのと、やたらと起伏が激しい場所だったことに考えを改め、穴を掘ってトンネルで繋げる方向で落ち着いた。 それが二年も続いていて全く終わりが見えないのである。


 それでも村での日常があるために毎日のように掘っているのではない。 やれ途中で鉱脈を見つけただの、途中で洞窟をぶち抜いただの、戻ってくるたびに話は尽きることが無く、本人たちは楽しそうだ。 ただ最近は一度赴くと戻ってくるのが五日後だったり七日後だったりするので、ルカは時々寂しそうにしている。 そんな娘の様子を気遣ってか、ケーナは村にイズナエやぴーちゃんを置いてルカに世話を頼んでいた。 少しでも気が紛れるようにと。 カータツも兄の役目とルカの話し相手を務めることもある。



「山を抜けた向こうの国が好戦的でないのを祈るばかりだな」


 これ以上ケーナの手を煩わせる事態が来ないことを祈るばかりだ。 ぼそっと呟いた事が現実となれば、ワリをくうのは向こうの国になるだろうが。


 自分の工房に戻る途中、ケーナ家の倉庫から運び出される酒樽の列を見つけ、「たまには運動するか」と作業に混じるためにエーリネに声を掛けるカータツであった。


 ご愛読ありがとうございました。


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