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67話 いつもの日々を始めよう

「はふー」


 テーブルの上にコテンと突っ伏すケーナに、窓から暖かい日差しが降り注ぐ。 朝食を終えたケーナ家では、執事を伴ったルカが青空教室に出掛けたところだ。 片付けをしていたロクシーヌがケーナの様子に苦笑し、サイレンはリビングから見渡せる外で洗濯物を干している。 オプスは朝食が済み次第、何処かへ何かの準備をしに行ってしまった。 「夜になったら実験に付き合ってくれ」と言い残して。


 例のイベントから三日が経過し、村は平穏そのものだ。 三国に関してはシャイニングセイバーとコイローグから、プレイヤー事情を抜いた説明で納得して貰ったと言う報告を受け取っている。 オウタロクエスにはケーナが赴き、同じような説明をしてきた。 どちらかというと女王には国の脅威になりそうだった件より、『サハナに会った』とケーナがついうっかり(・・・・・・)漏らした発言の方に意識が向いているだろう。


「あー、ひまー」

「ぷっ」


 ケーナの呟きにロクシーヌは噴き出した。 彼女の主人は昨日村の猟師と狩りに行ったが、穫りすぎてマレールに怒られている。 その際には『アンタはこの村の周辺から動物を絶えさせる気かい? 肉なんてのはねぇ、その日みんながちょっとずつ食べられるだけで充分なんだよ。 まかり間違っても肉だけで満腹になるなんて日があっちゃあいけないんだ』との有り難いお言葉を頂戴し、しばらくの間猟に行くのを禁止されてしまった。 更には「肉や野菜を保存する為に、村で使える氷室(ひむろ)を作ろう!」という提案を「何らかの理由で我等がこの村を離れ、維持が困難になった時にどうするつもりじゃ? 村人達にあまり便利な物を提供し過ぎるでないぞ」とオプスに怒られる追い討ちを食らっている。


 ルカと一緒に青空教室へ向かおうとすれば、「先生は、足りてる、から……」と娘に断られた。 どうやらケーナがほいほいと三国を飛び回っている間に、ロクシリウスとスーニャが子供達にしっかり教え込んだらしい。 今や教師役は彼等から子供達へ移り、読み書き算数を今度は大人に教えているとか。 以前、罰として子供達に与えられていた村の公共風呂掃除はもう免除されている。 今は手の空いたロクシリウスが一人で早朝に行っていた。 ケーナがこっそりと聞いてみたところ、子供達と交えて行うより早いとか。


「そんなにボヤく程でしたらどちらかの王都まで出て、お仕事でもこなしてきたら如何です?」

「えー、なんかよくよく思い返すと、王都に行く度に騒動に巻き込まれてるんだもん。 偶には平穏無事な生活が欲しーい」

「でしたら今の状況は歓迎すべきでしょう。 大人しく受け入れて下さいまし」

「ぐぅ……」


 ロクシーヌに正論を突かれ、打ちのめされたケーナであった。 かと言ってこのままリビングでごろごろしていても、メイド達の邪魔になるのは分かっている。 もう一度溜め息をついて立ち上がると、暇つぶしの種を探しに散歩に出掛けることにした。

 玄関前に繋がれてその辺の草をはむはむと食べている山羊をひと撫でし、日差しに向かって「んー!」と伸びをする。 山羊の足元に転がっていた卵を拾い上げ、家の中へ戻ろうとしていたサイレンに渡した。


「お出掛けでしょうか?」

「散歩、かなあ? オプスは?」

「村の周辺にいらっしゃるとは思いますが、正確な位置までは……」

「妙なことやって皆に迷惑掛けなきゃいいけど」


 頭を下げてケーナを送り出すサイレンにひらひらと手を振ってから足を向けたのは、隣に建つ倉庫。 留守中エーリネ商隊によって運び込まれ、山と積まれていた麦袋を片付けるためだ。 十分もしないうちに八割がウイスキー樽へ形を変え、二割の麦袋が残る。 ビールはウイスキーほど長持ちしないとオプスに言われたので、商隊に渡す時に作ることにしたからだ。

 次に彼女が向かったのはマレールの宿。 朝から夜まで開放したままになる入り口をくぐると、誰もいない食堂でマレールがテーブルを順繰りに拭いていた。 こっちも朝食の時間は終わってしまったらしい。


「おはよう、ケーナ」

「おはようございます、マレールさん」


 互いに挨拶を交わし、ケーナは壁際に置いてある大画面映像(プロジェクター)機に歩み寄る。 ポンと手を置いて内部の魔力残量を確認し、満タンになるまで自身のMPを注ぎ込んだ。

 そして何か言いたそうにジト目で見てくるマレールに苦笑で返す。 これは大画面映像(プロジェクター)機を宿屋に置き続けることに関して、少しマレールと揉めたからである。 彼女は『貴重な魔道具を宿屋に置いて、壊したり盗まれたりするのがマズい』と主張した。 しかしケーナやオプスからみれば『やれるものならやってみろ』ってな具合である。 ゲーム中は不変アイテムとなっていたが、今は武器で殴るか魔法をぶつけもすれば壊れるものだ。 勿論、破片さえ残っていればオプスが【繋げて】元に戻すが。 盗むにしても、実はコレ結構重い。 オプスはともかくケーナですらも一般人の標準を遥かに上回るステータスがあるので軽々持てているが、今の住民が持ち上げるだけでも難しい。 最低でもクロフに匹敵するレベルを持つ者が三人は必要になるはずだ。

 最近では接続先のバリエーションを増やそうかと思っている。 リオテークの竜宮城や隠れ鬼の箱庭に対の瞳を置かせて貰い、こちら側の瞳を交換して高々度や水中の光景を見るのも良いかと企画中だ。 まずはオプスを説得するところから始めねばならないが。


 宿屋を出て辺りを見回すケーナ。 少し雲が出てるが真っ青な空が広がり、そこかしこから様々な鳥の声や葉擦れの音が聞こえる。


「ううん、なにしよう?」


 早くもやることが無くなってしまい途方に暮れるケーナ。 元々VRMMOが暇つぶしの一環だったので、彼女自身はこれといって趣味を持っていない。 出来る事を思い浮かべるも、技能(スキル)がなければままならないものばかり。 自分自身の不甲斐なさに嘆息したケーナが家へ戻ろうと踵を返したところ、呼び止められたので振り返る。


「……ケーナ、お母、さん!」


 ルカが嬉しそうに駆けてくるところだった。 後ろには付かず離れずの距離にロクシリウス。 ケーナの腰にしがみつくように抱き付いてきたルカの頭を撫で、ロクシリウスに疑問を投げかける。


「もう青空教室は終わったの?」

「本日は人が来ませんでしたし、ラテム様も何か用事があるとのことで早々と解散になりました」

「そうなんだ。 ルカはどうするの?」


 オプスの用事まではルカに付き合って過ごすかな、と思うケーナ。 だがルカから返ってきた予想外な答えに凍りついた。


「サイレン、お姉さんに、料理習う、の。 ……一緒に、やろう?」

「……え?」


 はっきり言うとケーナの料理経験はゼロだ。 精々、子供の頃に母親の簡単な手伝いをしたというくらいで、卵焼きを作ったこともない。 学校にも通えていたとは言い難いので、家庭科の授業に参加したのも稀である。

 一応リアデイルの技能(スキル)には【料理】があるが、取得してしまえば使わない無用の長物となるモノのひとつだ。 クエストは方々を回って、料理人NPCの依頼通りに材料を集めてくれば貰える。 それ自体は【調理技能(クッキングスキル)】の前提条件となるため、【料理】技能単体では何かに使うこともない。


「うう~ん」

「……ケーナ、お母さん、料理嫌い?」


 縋るような瞳に見つめられて首を横に振るわけにはいかず、頷くしかないケーナ。 


「じ、じゃあ一緒にやろうか?」

「うん!」


 笑顔で答えたルカは振り返り、ロクシリウスと意味深に頷き合った。 実のところ、ルカに頼まれれば無碍に断らないだろう、という使用人&娘連合の策略だったりする。 かくして、漁民育ちで多少のノウハウを持つルカと、おっかなびっくりだが手練は精練されすぎているケーナにより、野菜と肉のゴロゴロ煮という微妙な料理が三食続いて食卓に並ぶこととなった。






 夜になり、ケーナはオプスの先導で村を離れ、森の中を進んでいた。 いつもと変わらない特殊装備のオプスは頭から爪先まで真っ黒で、夜の闇に埋もれてしまいそうだ。 そうならないのは二人の頭上をひらひらと飛んでいる光源。 蝶の姿を持つ光精(三百三十レベル、全長一メートル)が辺りを昼間のように照らしていて見失うこともない。 ケーナはいつもの妖精王のローブの上から白いコートを羽織っている。 ゲームだった時には特殊能力を持たない装備で、ペイントツールで自由に彩れる遊び服だ。


「ルカと話が弾んでいたところスマンの。 色々と下準備が必要な上、機会はこれ一回きりじゃからな」

「出来れば何をするのか、事前に説明が欲しいんだけど?」


 何の説明も無しに「準備が整った」の一言だけで連れ出されて、おかんむりのケーナ。 つい先程まで一緒に料理をした時の問題点を話し合っていたところだったのだ。 オプスの用事があるのはわかっていたが、ルカが寝付くまで待ってくれてもいいだろうとむくれていた。 その様子に小さく笑い、オプスが説明したのは自身の能力の特異性である。


「予めあちらに残しておいた力の欠片に繋げる。 お主が気にしているじゃろうと思っての」

「力の……欠片? それに“あっち”って?」

「今のお主が生を受け、つい最近まで過ごしていた場所じゃ」

「……はいぃっ!?」


 静まり返った夜の森にケーナの素っ頓狂な叫びが響き渡った。




 それから間もなく森の中のぽっかりと開けた場所に到着した。 広さとしては直径三十メートル程度で、広場の中央には小さな泉がある。 夜空に月はないが、光精の光を受けた泉は不自然な輝きを放っていた。 疑問に思ったケーナが覗き込むと、水面にはうっすらと魔法陣のようなものが描かれていた。 ゲームや一般に見る幾つかの円の中に五亡星ないし六亡星があるものとは違い、見たこともない文字がびっしりと渦を巻いて書かれている形式のものである。


「わ、なにこれ?」

「もはやどこにも残っておらぬ古い古い言葉じゃ。 まあ、最初に教えてくれたのはお主が我に、じゃったがの」


 言葉に秘められた感慨深さに“かつて”主従だった頃の想いを感じ、申し訳無くうなだれるケーナ。 そんな彼女の様子に「気にするな」と笑うオプスと、金の燐光が集まってケーナの目前で小さな(キー)が姿を表し、チロリと頬を舐めて親愛の情を示す。


「記憶があろうと無かろうと、我等は幾万幾星霜、お主について行く。 それだけは変わらん。 これはお主が我等に強制したことでもない。 我等が勝手にお主について行く道を選んだだけじゃ」

(カラス)ノ言ウ通リデスヨ、アルジ』

「……うん、なんか、ええと……。 ありがとうね」


 少し恥ずかしくなり、そっぽ向いてお礼を言うケーナだった。



「それでこれは何処に繋げる気なの?」

「繋げると言っても精々通信画面となる程度じゃな。 ゲーム時みたいな大陸丸ごと引き寄せるような真似は、事前準備が足らん。 あちらに残してきた触媒も微々たるものじゃし、これも保って数分程度じゃろう」


 「へー」と感嘆するケーナ。 知らないからこその発言である。 実のところ世界と世界を少量の下準備で繋げるというのは途方もない夢物語であり、これを向こうの世界の称号者が聞けば卒倒するような話だ。


「とりあえずそちら側に立っておれ。 今、術を起動させる」

「いいけど繋げるって誰に? 私達に共通してる人物はゲームのアバターでしか知らないわよ」

「我は別に話す相手などおらん。 これはお主の従姉妹殿へじゃ」

「亜子姉さんに?」


 泉を挟んで向かい合わせになるケーナとオプス。 告げられた姉代わりだった従姉妹の名前にびっくりしたケーナは、自身をペタペタと触って困惑した顔になる。


「私、リアルだった頃と全然容姿違うんだけど、亜子姉さんに『違う人』だとか言われないかなぁ……」

「何のために蛇が居ると思っておるんじゃ。 お主の昔の姿はそやつが記憶しておる。 画面越しのフィルターは任せるぞ」

『ワカッテイル烏ヨ』


 ケーナの肩でとぐろを巻く小さな蛇のキーはオプスとケーナに頷いて返す。 ガラリと真剣な顔に変わったオプスが音のような唄のような言葉を紡ぐと、水面に書かれた文字が端から虹色に染まる。 一定周期でカラフルに明滅する文字列から、同じ形の文字が四つ空中に飛び出した。 

 それは泉の上、ケーナの目前に浮かび上がると均等な距離を保って静止した。 だいたい正方形の四隅となった状態で固定されると、文字が解けて光の線となり四角を描く。 どうやらそこが画面となるようだ。 泉では残った文字群が七色に光を放ち、オプスは両手を泉に向けて朗々となにごとかを詠唱中。 その額にはびっしりと汗が浮かんでいた。


「手早く終わらせ……られるのかなぁ?」


 期待と不安がないまぜになった心中を呟き、『相手を呼び出しています』と表示された画面を見つめる。 やがて一文が消え、ノイズと共に一人の女性の姿が画面に現れた。









 疲れ果てた体を投げ出すように(かがみ)亜子(あこ)はベッドに倒れ込んだ。 財団を切り盛りする父親の補佐として秘書に付いて幾年か経つ。 今まで会談で出会う人物は壮年の者ばかりだったが、最近はそれに付き従う『将来有望な若者』を紹介されることが増えた。 明らかに亜子を意識した簡易お見合いの場になっているようだ。 中には高慢ちきな人もいれば、少し話しただけで気の合う人もいる。 その様子を父や会談相手が満足そうに見ているので、身を固めることも視野に入れなければならないのかというのが最近の彼女の頭痛の種である。

 そうしてふとベッド脇のキャビネットへ視線を移した。 四つのデジタルフォトグラフが飾ってあり、親兄弟、友人達、風景とならんだ最後の一つ。 病室で機械に囲まれた従姉妹と撮った最後の一枚をじっと見る。 


「桂菜、……お姉ちゃんはどうすればいいのかなあ。 あなたをさしおいて幸せになってもいいの?」


 思い出すのは従姉妹の最後の日。 知らせを受けて病院に駆け付け、何も言わぬ骸となった従姉妹にかじりついて号泣したことは記憶に新しい。 衝撃的だったのは父親と二人での密葬の後、世界的有名人が訪ねてきたことだろう。 唖然とする二人にその有名人は従姉妹の亡骸に手を合わせてくれた。 そして語られた従姉妹の異能力は、何処か別の世界で彼女が生存しているらしい、と言うこと。 称号者の溢れる世界で育てば、その頂点に立つ聖女の言葉を疑うものはいない。


 問題は従姉妹が別の世界(・・・・)()どう生きている(・・・・・・・)かだ。 あの生と死一歩手前の状態なのか、それともこっちのことなど全て忘れ新しい生を受けているのか。 尋ねてみたが、流石の聖女でも別の世界に行ってしまった者を把握するのは出来ないらしい。

 悔やむべきは、最後に従姉妹をお見舞いに行って、忙しいを理由にしばらく顔を出さなかったことか。 いや、従姉妹の骨と皮のように痩せ細った姿を見たくなかった言い訳なのかもしれない。


「はぁ……」


 いつまでも着の身着のままでベッドに転がっているわけにもいかない。 溜め息混じりに立ち上がった途端、端末からコール音が鳴り響く。 夜も遅いからと、父親に追い出されるように仕事場を出てきたが、やはり手が足りなかったのかと端末を取った。 端末は手のひらサイズの卵形で、通信を選択すると先端部から空中投射される四角い画面。 そこに表示された通信相手の名前に亜子は驚愕した。 


 『各務(かがみ) 桂菜(けいな)


「……うそ……」


 取り落としかけた端末を両手でしっかりと持ち、震える唇を噛みしめる。 直ぐに冗談だと一笑して切らなかったのは、これが“無い”とは言い切れなかったことだからだ。 もし別の世界へ行った従姉妹に世界を越えて通信することがが出来れば? 予めこの日この時間に録画したモノを送って来るという可能性もあるが、自分の死期を悟ってまであの娘はそんなことをしないと断言出来る。 祖父は伯父を断絶していたものの、兄弟の仲は悪くない。 同性の従姉妹同士、付き合いの長い経験からくる確信だ。 内心はいろんな感情が渦巻いてたが放り投げ、自身を落ち着けるように深呼吸をし、回線を開いた。


 多少のノイズはあるものの、映ったのは事故に遭う前(・・・・・・)の従姉妹の姿だった。 明らかにホッとした表情を浮かべて、何か言いたそうにしている。


「……桂菜?」

『う、うん! 久しぶり、亜子姉さん』


 最後に会った時と違う姿に訝しさを感じたが、声とそこに込められた感情は亜子の涙腺を決壊させるのに充分だった。 たちまちにじむ視界、通信画面越しから聞こえてくる桂菜の涙声、双方とも口にしたのは『ごめんなさい』と『良かった』ばかり。 それでも涙を拭って話すことを優先したのは画面のノイズが増えたからである。


「聖女様から聞きました、今は別世界にいるって……。 本当なの?」

『ええと、うん、どう言ったらいいのか……。 前に見せたMMOのゲームあるでしょう? あのキャラクター姿でまさにその世界かな』

「その姿だとよく分からないけど?」

『私も自分がどう映ってるのか分からないんだ。 亜子姉さんからだと何時くらいの私に見えるの? あ、そうなっているのはキー……仲間が以前の私の姿になるように見せてくれてるだけなんだけど。 いきなり見慣れない人が“私は桂菜です”って言っても信用されないだろうって』


 言いながら右側を見る桂菜。 映ってないが画面の外に件の人物がいるのだろうと亜子は推測する。 実際には桂菜の肩に乗っていて、小蛇(キー)の姿は混乱を招くため映像から除外しているだけだ。


「入院する前に戻ったようよ。 元気に過ごせているようね、良かった……」

『うわぁ、そんな前になってるんだ。 亜子姉さんに分かって貰うためなんだけど、今の私じゃ全然違うからなぁ』

「……もしかして前に見せて貰ったゲームのキャラクター、外人さんのようなそのまんまなの?」

『そうそう耳がチョットとんがってて、髪の色も金髪ぽくてー、瞳も碧色。 ファンタジーだよ、周り全部。 ゲームの世界が現実だなんてどこの絵本かって感じだよねー』


 画面向こうでコロコロと笑う桂菜を見て、ホッとする。 生きるのが辛かったりする心配は無いように見えるからだ。 人に打ち明けるのが苦手な従姉妹は、辛いことや苦しいことを溜め込めば溜め込むほど無言や無表情になっていく。 事故に遭った直後から自然に笑ってくれるようになるまで一年近く掛かり、その間頻繁に顔を出して話掛け続けたのも今ではいい思い出だ。

 胸を撫で下ろしていると画面がブレて一瞬だけ真っ黒になって元に戻る。 それでもさっきよりノイズが増えて向こう側の表情も分かり難くなっていた。 焦って画面を覗き込むと桂菜は画面外の誰かに話しかけ、眉をひそめて頷いている。


『ごめんなさい、亜子姉さん。 これも人力で繋いでいてそろそろ限界みたいなんだ。 だから……』

「うん?」


 一拍おいて深呼吸した従姉妹は強い意思を宿した瞳で亜子を見る。 何事かと疑問に感じた亜子だったが、姿勢を正して一言も漏らすまいと聞き耳を立てた。


『ありがとう』

「……え?」

『事故の後、目覚めた私の側にいてくれてありがとう。 生きることに空虚になってくれた私を叱ってくれてありがとう、引っぱたいてもらった私が言うのもなんだけど嬉しかった。 忙しいのに叔父さんまで引っ張ってお見舞いに来てくれてありがとう。 亜子姉さんが花瓶の水を替えに行くと私に愚痴ってたけど、叔父さんも時々来てくれたんだから勘弁してあげてね』

「あれは父さんがあまりにも出不精だったから、……仕方なくよ仕方なく!」


 画面はもう砂嵐のようになり、向こうの姿は輪郭だけとなっていた。 声は辛うじて届くようだが、それも時間の問題だろう。 亜子は話せるのもこれが最初で最後なんだろうと思った。 一応通信中の会話は携帯端末に残るので、父親にも後で聞かせるつもりだ。 そうでなくても自分の記憶に焼き付けるつもりで従姉妹の言葉を聞く。


『今まで私のために時間を割いてくれてありがとう。 私はこの先もこっちでずーっと元気でやっていくつもりだから、亜子姉さんは自分のために時間を使って下さい』

「あなたと一緒に居た時間を無駄だなんて一度も思っていなかったわ。 それだけは勘違いしないで! 体に気をつけてしっかりがんばるのよ」

『うん、ありがとう。 子供が四人もいるんだもの、しっかりにもなるよ』

「……はあ!? こ、こどもぉっ!? ちょっ、ちょっと待ちなさい、その歳で出産だなんてお姉ちゃんは許しませんよ! 相手の馬の骨はどうしたのよっ!」

『その話は……。 あ、もう時間が無いや。 いつかどこかでまた会いましょう、───亜子姉さん』

「って、ちょっ、待っ、こ、こらああああああああああぁっ!!」


 別れを湿っぽくする暇も無く、唐突に画面は沈黙する。 へなへなとベッドに腰を下ろした亜子は頭を抱えて溜め息を付いた。 お涙頂戴が嫌いなのはあの娘らしいと呟き、顔を上げる。 時刻はもう日を跨いでいて、片手で数えられる時間後にはまた出勤だ。


「もうっ! 次に会うことがあったらさっきの言葉の意味を教えて貰わなくちゃ」


 憤慨するように呟く。 声には嬉しさが満ちていた。

 勿論、亜子も桂菜とこの先もう一度言葉を交わせるとは思っていない。 でもなんとなく“また会えるんじゃないか”と感じていた。 ただの勘でしかないが、今はそれだけでいいと。 さっきまでの気落ち具合は何処へやら、鼻歌を歌いながらバスルームへ向かう。


「うん、明日には父さんにも教えてあげなくちゃ。 どんな顔するのか楽しみね」


 心のつかえが取れて気持ちよく寝られるまでは良かったが、翌日は盛大に寝坊することになる未来が待っているとは知らぬ亜子であった。

 







 通信している間に次々と消えていった泉に書かれた文字。 最後の文字が水面の波紋にかき消されると同時に、ケーナの真正面に広がっていた画面は霧のように消滅した。 汗びっしょりになったオプスが直後にがっくりと膝を付く。 画面のあった場所をボンヤリ眺めていたケーナは慌ててオプスに駆け寄った。


「オプス!?」

「……っ、ぜぇ……。 ふぅ、……心配、するな……っ。 はあ、……少し、休めば、大丈夫……じゃ……」


 息も絶え絶えに言われても説得力がない。 ステータスを確認するとMP部分がレッドゾーンにおちいっていたので、自身のMPを半分オプスに技能(スキル)で【譲渡】する。 たちまち効果は出たようで、汗を拭ってオプスは立ち上がった。 深呼吸をして呼吸を整え、ケーナに頭を下げる。


「スマンな、短時間しか維持できんで」

「ちょっ、そんな事で謝罪しなくても!? むしろお礼を言いたいのはこっちなんだから! あとキーもありがとう」

『モッタイナイオ言葉……』


 肩に乗っていた小さな蛇は小さくお辞儀をし、金色の粒子を霧散させてケーナの中へ戻っていった。


「ありがとうオプス」

「あちらの世界との繋がりはコレで完全に断たれた。 ……スマンの」

「だから謝らなくていいって。 感謝してる、本当に……」


 目元ににじんだ涙を拭ってケーナはふんわりと笑う。 少し心配になったオプスはダメもとで聞いてみた。


「無理をしておらんか? なんだったら今ココで涙が枯れるまで泣いてもいいんじゃぞ?」

「大丈夫よ、無理はしてるかもしれないけど泣くのはさっきので終わり。 一生動くことが出来なくなったと分かった時、知ったから。 泣いたって何も変わらないって、ね」


 笑顔のままできっぱりと断言するケーナを見てオプスは頷いた。 主の割り切る強さは何時になって変わらないものだと納得する。 今代に至るまでの道程を懐かしんで何度も頷くオプスにケーナは首を傾げた。 反面、割り切りすぎだろうという別の心配も浮かんでくるが、適当に誤魔化す。


「どうしたのよ?」

「いやいや、関心しておっただけじゃ。 執着心が無いのう」

「人のことを飽き魔みたいに言わないでくれる? しまいにゃぶつよ」

「おお怖い怖い。 では殴られる前に逃げようかの」


 急ぐ訳でも無く村へ向かって普通に歩き出すオプス。 ころころと笑いながら「もうっ!」と怒ったフリのケーナがその横に並んだ。 家に着くまでの道すがら二人はたわいの無い会話を楽しみ、寝ずに待っていたルカに出迎えられた。







 翌日、全員そろっての朝食を終えた後、軽装で身支度を整えたケーナに目を丸くする使用人一同。 ルカは大人達の驚きに不思議そうな顔をしてケーナの裾を引いた。


「ん? どうしたのルカ?」

「ケーナ、お母さん。 ……どこか、行くの?」

「んー、ちょっとフェルスケイロまで行ってお金でも稼ごうかなあ、って。 ルカは何かお土産とか希望ある?」


 予想もしなかったことを聞かれて考え込むルカ。 ロクシーヌが代表しておずおずと口を開く。


「あのー、ケーナ様? 昨日の今日でどうしたんです? 王都に行くのは嫌だったんでは……?」

「ああ、まあね。 大丈夫よ、騒動を持ちかけられたらぶっ飛ばしてやるんだから」


 機嫌よさそうな返答に、訳が分からず「は、はあ……」と気の無い返事をするロクシーヌ。 嬉々としてぶっ飛ばされる騒動に黙祷するロクシリウス。 サイレンは家とルカのことに「お任せを」と言ってお辞儀をするだけだ。 考えて考えたルカは結局欲しい物は無かったようだ。


「いーい、みんなが、いてくれるのが、……いちばん」

「なんて健気なのルカ! お母さん嬉しいわっ!」


 感極まったケーナにがっしりと抱きしめられてから、しまったという表情をするルカ。 そこへもう一人のスキルマスターから声が掛かる。


「待てケーナ。 せっかくカードを作ったのだから、我も一緒に()くぞ お主に降りかかる災いなら我が取り除いてみせよう」

「あ、オプスも行くの? いーよいーよ、二人で困難を張り倒そうね!」

「うむ、二人で掛かれば心配することなど何も無いからな」


 使用人一同の脳裏に張り倒される王都の未来図が浮かんだが、恐ろしすぎて誰も口にしようとはしなかった。 出稼ぎに行くよりは倒すための騒動を探し出し、事をなそうというハイテンションっぷりである。 昨晩に二人で何をやっていたのかと問い詰めたくなるような息の合い方だ。


「んじゃ、あとよろしく三人とも。 あ、夕飯までには帰るから。 行くよ、オプス」

「いそがんでも王都は逃げんというに。 サイレン、後は任せるぞ」

「「じゃ、いってきます(くるぞ)」」

「「「いってらっしゃいませ」」」


 空中にぽっかりと開いた黒い渦に消えていく二人に、サイレン達はお辞儀をして見送る。 ルカは黒い渦がかき消えるまで手を振っていた。 楽しそうだったケーナとオプスの様子に自身の気持ちが高揚するのが分かる。 そして王都のある西の空を見て、今度は一緒に連れてってもらおう、という小さな野望を抱くのだった。




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