6話 旅に出てみよう
残酷描写ありは、今のところ保険です。
PVが前回の終了時より倍に増えているのですが……え?ええ?
とてもありがたく感謝でいっぱいですが、え? なんで?
「……は?」
エーリネは今まさに聞いた言葉を反芻して、狐につままれたような表情で聞き返した。
辺境の村で一泊してから翌朝、目の前で一緒に朝食を取る自称“田舎者の冒険者”ケーナにである。
昨夜の衝撃の告白から一夜明けた朝。
宿屋の一階では食事を取る傭兵やエーリネの纏める移動商隊の仲間たちが、その家族と共に味わい深いシチューとパンで朝食を取っていた。シチューには勿論惜しみなくゴロゴロとした肉がふんだんに使用されている。辺境の牛肉と称されるホーンベアの肉が、である。
何の苦労も無く大量に在庫があり、食べるのに困らないとは何の冗談であろうか。
この際それは置いといて、問題は目の前の女性にある。
「もう一度お聞きしますが、一緒に王都に行きたい。……と?」
「うん。一人で行ってもいいんだけれどー、道がよく判らなくて。お願いできますか?」
「普通に一本道でどう迷うんだろうか?」という疑問を横に置いて、しばし思案したエーリネは特に否定もせずに了承した。それからケーナの肩口から後ろに視線を向ける。
「とりあえずこちらは問題ありません、歓迎しますよ。そちらのお嬢さんには問題あるようですが?」
「は? ……あ」
エーリネの視線を追って背後に振り向いたケーナは、お盆を抱えて泣きそうな顔をしたリットに気付いて脂汗を垂らした。
さすがにそのまま放置すると良心が痛むので、マレールに断って宿屋の裏手まで少女を連れ出した。
「ケーナおねーちゃん、行っちゃうんだ……」
「う、うん。さすがにずーっとこの村に居るわけにもいかなくてね」
少女の潤んだ上目遣いに自分のHPが大きく減った錯覚を覚えるケーナ。 しゃがみこんで膝を立て、リットと目線を同じにする。両手で彼女の手を取ってから語りかけた。
「大丈夫、これでもう永遠のお別れなんてことはないから」
「ほんとうに?」
「うん、約束するよ。きっとまた会いに来るから」
それでも残念そうな悲しい顔のままのリットを抱きしめて、耳元に小声で囁く。
「約束の証に凄いことを教えてあげる」
「え?」
「誰にも言ったらダメだよ、マレールさんにもガットさんにも。ルイネさんにも言ったらダメ」
「う、うん……。わかったヒミツにする」
「山の向こうにある銀色の塔。知ってる?」
「うん、おかーさんがわるいまじょがいるんだよって」
「あの塔のわる~い魔女が、何を隠そうこの私なの」
「え? ええっ!?」
大して力を入れてなかったケーナから体を剥がしたリットは、マジマジと顔を見つめ、「ケーナおねーちゃん、わるいひとじゃないもん」と呟いた。
その一言で嬉しくなったケーナは少女を再び腕の中へ。
「絶対に秘密だから、時々戻ってきてリットちゃんが誰にも言ってないのを確認するからね?」
「うん、おねーちゃんがずーっと来なかったらだれかに言っちゃうからね」
「ん。じゃあまた塔に戻ったら、この村に顔を出すようにしないと大変だ」
顔を見合わせて笑いあう姉妹のような二人に、物陰から隠れて様子を見ていた村人たちはそっと涙した。
それから二日程して商団の出発&ケーナ旅立ちの日がやってきた。
商団が村を離れる時刻には村人が総出で送り出すという事態に。
「たっしゃでなー」「また来いよー」「次は息子さんも連れてなー」とか口々に言う村人を見て、田舎に帰ってから都会に戻る若者のようだとケーナは思った。
「随分な人気者だな」
「お世話になりましたから」
「逆だと思うんですけどねえ」
両手を振って皆に別れを告げるケーナを見ていたエーリネと護衛傭兵団の団長は思った。
ひょっとしたらこの嬢ちゃんは他人の好意に鈍いのでは?
「そういえば自己紹介を忘れていたな、傭兵団“炎の槍”団長のアービタだ。王都までしばらくはよろしく頼む」
御者台の端で足をぶらぶらさせていたら、脇を歩いていた壮年男性に声を掛けられた。 それから次々に傭兵団のメンバーに挨拶されて、名前を覚えきれず目を白黒させる。
一通り名前交換が終わるとエーリネによって箱馬車内に連れ込まれた。
その際にエーリネとアービタは視線を交わし、重々しく頷き合う。 二人の心は今一つの使命で燃えていた。 即ち「この金銭感覚の破綻した嬢ちゃんをこのまま王都に入れるわけにはいかない」と。 そこまで強い想いを抱かずにはいられない理由は二つある。
―――事例①
ケーナに地図を売るときにエーリネは思った。この御仁となら面白味のある値段交渉ができるのではないかと。
「銀貨八枚でしょうかね」
これには丁度近くで聞いていたアービタでさえも、おいおいボリ過ぎだろう、と内心突っ込んだ。
……しかし言われた当人は、
「ああはい、八枚ですね。 じゃあこれで」
彼女は素直に八枚の銀貨をエーリネに渡し、二人は唖然として銀貨を見つめた。 エーリネが慌てて他の国分の地図を渡したのは言うまでもない。
―――事例②
それはまた王都まで同行したいという交渉の、ケーナがリットのご機嫌を取った後に発生した。 エーリネに言わせれば、ケーナ程の腕前を持った魔導師なら同行してもらえるだけでもとても幸運で、逆にこちらからお願いしたいくらいだと。それでもつい商人魂の観点から、
「銀貨十枚ですかね」
……と言ってしまい、馬鹿正直に払おうとした彼女を慌てて二人掛かりで止めた。
「何を考えているんですか!?」
「そうだ、ちょっと待て嬢ちゃん。 少しは疑え!」
「え? 今風には相場これぐらいじゃないんですか?」
この発言に二人は思った、「「ダメだこの人、価値観が二百年前で止まってやがる」」と。
そういった経緯もあって冒険者の一般常識をアービタが、金銭の常識をエーリネが教えることに。 いやむしろ教えさせてくださいと頭を下げたいくらいである。 村での所業を見る限りでは、これだけ経済感覚の破綻した人間を世に放ったら、たちまち一般市場が崩れ落ちる危険性があるからだ。
箱馬車では適当な小さい木箱に布を敷き、エーリネ先生の経済教室が始まっていた。 上には三枚の硬貨があり、一番端から茶色、銀色、金色とある。
「いいですかケーナ殿。 まずこの茶色いのが銅貨、五十枚で銀貨一枚になります。 そして銀貨が百枚で金貨一枚になるんです」
銅貨には種類は分からないが鳥の意匠がされ、銀貨は花、金貨は何かの建物がそれぞれ刻まれている。 更にエーリネは無色透明だが微妙に輝く硬貨を取り出し、金貨の隣に置く。 こちらには何かの紋章が、なにやら桂菜的に身近に感じられたモノが彫り込まれていた。
「これは水晶貨、世界を取り纏めよと任命した神の紋が意匠されています。 これが金貨十五枚分ですね」
手にとって眺めてみたケーナはおもむろに術を使う。 【魔法技能:解析】
「は?」
そしてどこに仕舞っていたのか、無色透明な棒きれを取り出すと【技術技能:複製】を実行。 いきなり光の奔流が馬車内を席巻し、唐突に収まったと思ったら、ケーナの手にはもう1枚の水晶貨が増えていた。
「なんだー、見たことあると思ったら、これ家紋だわ」
自分で作った水晶貨をこねくり回し、仏壇にあるような紋を納得しながら見つめる。 それをエーリネは顎を落として戦慄していた。 水晶貨の製造については門外不出、一部のドワーフに伝わるという技術をもって作られると聞いているからだ。 それをあっさり目の前で作られては、開いた口が塞がらない。
それでも心を奮い立たせて、
「ケーナ殿! お金を勝手に作るのは犯罪です!」
「はい、すみません」
あっさり頭を下げてくれなかったらどうしようかと思うエーリネであった。
商隊は夕刻、まだ日の明るいうちに街道沿いの開けきった場所へ辿り着き、夜営の準備を整えていた。 エーリネの話によると、街道には大抵このような宿泊に適切な場所がいくつかあり、時には全く他人でもここで身を寄せ合って一夜を明かすのだそうだ。
夜営は商人の一部と傭兵団が結託して行う。
近くには小さいながらも綺麗な小川が流れていて、水には困らない。 水汲みは主に子供の仕事だ。 アービタは幌馬車の車輪に座りながら、虚空を見つめてぶつぶつ呟いているケーナに近付いた。
「銅貨がいちまいにーまーいさんまーいよんまーい……、そのうち井戸からお菊さんがいちまいたりなぁ~い、とか出てくるのかしら?」
「その様子だと、色々言われたみたいだな。 勉強にはなったか?」
「ええ……、エーリネさんがスパルタ教師だったとは、思いませんでした」
グッタリした感のあるケーナを豪快に笑いとばす。
「ま、少しはお金のありがたみが理解できたか?」
「これで理解できませんって言ったら教師が二人になりそうですよ~」
銅貨十枚あれば大人が一日満ち足りて過ごせるのだそうだ、主に食欲面で。 マレールの宿屋が一泊銅貨二十枚で十日で銅貨二百枚、銀貨に換算して四枚。 道理で銀貨二十枚で卒倒されるはずである、銅貨に直すと千枚にして五十日分になる。
「その割には槍一本三十銀貨とかだったけど、その辺の価値がなあ?」
「いやあれは俺も見せてもらったがいい出来だったぞ」
そのアービタが背負うのは一本の槍、先端に炎が揺らめいた形の蒼い刀身になっている。
「王都の武器屋でなら三十五以上で買ってくれるんじゃないか?」
「そんなものなのか、それとも過剰評価なのか、いまいち判断が付きにくいですね」
「お嬢ちゃんは魔術師だから武器は使わないんだろうが、実際のところ名工が作ったとされる武器は金貨二枚とかザラだからなあ」
しみじみ腕組みをして頷くアービタにそれとなく相槌を打つケーナ。
どちらにしろ現在の銀貨一枚が、ゲーム中の最低金額一ギルだった彼女にはピンと来ない。 名工といっても武器防具の類は技能さえ覚えてしまえば、材料に吟味するだけでほとんどは自作できたのだ。
造れないのはイベントで配布されたネタ武器くらいである。 覇王の鎧やら、餓狼の剣やら、惨劇の夜やら、騒音の盾とか、一部を除けば効果が微妙で、ほぼコレクター専用装備だった。
「さて、そういえば冒険者志望だったな」
「まあ、お金も稼がないといけませんし。 無職でふらついているのもどうかと……」
「大司祭様に養ってくれって頼んでみたらどうだ?」
「嫌ですよ、息子のヒモになるだなんて。 母親失格じゃないですか」
「世の親子はそんなものだと思うが……」
エルフと人間は考え方が違うのかもなと、アービタは勝手に納得した。
「大体、ぶっちゃけて言ってしまえば冒険者になること自体は簡単だ。 冒険者ギルドに行って登録をしてから登録カードを受け取ればいい。 こんな感じのな」
と、アービタが提示したのは厚さ1mmほどのクレジットカードに似たモノである。 全体的に紅く、表面には虹色の文字でアービタの名前と種族と職業と傭兵団の名称が表示されていた。
「本来ならば白いんだが、俺達の様に色付きはある程度の人数が集まってグループを作っている場合に限られる。 これを持っていればそいつは冒険者だ。 失くして再発行しようとすると銀貨二枚取られるから注意するこった」
ふむふむと頷きながらケーナは納得した。
VRMMORPGリアデイルは純粋な日本製で、ほぼ国内のみで展開していたのが影響を及ぼしているのか、この地で使われている言葉は漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字、英語。 それとゲーム中では設定上だったアルファベットを九十度傾けて崩した、と言っていい雰囲気な文字である。 判りやすく表現すると墨汁をたっぷりつけた筆で、アルファベットを縦に書き、横にしてたっぷりの墨汁が紙を下に流れていく、という形で。 これが一部では日常に使われていて頑張れば読めるレベル。 あとごく偶に古語として漢文があるらしい。
アービタのカードは全文カタカナで『アービタ:ヒューマン:センシ:ホノオノヤリ・ヨウヘイダン』と書かれていてケーナには微妙に読みにくい。 この文法からすると自分もカタカナにするしかないのだろうか? と悩むケーナだった。
「後はどこの冒険者ギルドでも似たようなもんだ。 壁に依頼内容を書いた紙が大量に貼ってあるからな、そこから自分にできそうな依頼を剥がして受付に持っていくだけ。 中には期日のあるものがあるからそいつだけは注意だな、受けてからできませんでしたじゃ違約金を払わされる。 ……こんなところか?」
違約金うんぬんはなかったけれど、その辺りはゲームと変わりはないんだなあと、ケーナは思った。 自分がここで一番注意するのは、これがゲームと違い現実なのであると。 死んだとしてもゲームの時と同じように、ギルド本拠地で復活できるとは限らないことだ。
細かいことの諸注意や質問を答えてもらっているうちに日が沈み始め、団員の一人が二人の居る所へ夕飯が出来上がったと言いに来た。 そのまま皆の場へ戻ろうとした団員、青年を呼び止めたアービタはケーナへ顎をしゃくった。
「ケニスン、この嬢ちゃんがお前の命の恩人だ。 よく礼を言っておけ」
「え? と、ああ。 そういえば元気になったんだ、よかったねー」
「忘れてたんかよっ!」
今気が付いたがそう言われてみればー、といった様子のケーナに突っ込むアービタ。 青年は団長とじゃれ合うケーナに羨望の眼差しを向けると、姿勢を正して頭を下げた。
「ケーナ様、先日は自分のために手を尽くしてくれまして、ありがとうッス!」
「け、けけけ、けーなさまあぁ!? そんな様付けしなくてもいいよ、ふつーで、呼び捨てで!」
「じゃあ、ケーナさんにするッス」
「う……、それでもオーバーな気がするなあ」
赤くなってうろたえるケーナの様子にアービタは噴き出した。 わっはっは、と笑いながら人の集まっている、いい匂いのするほうへと向かう。 ポカンと去る団長をみつめていたケニスンは、同じく悔しそうなケーナとアービタを交互に見る。
「ケーナさん凄いッスね。 団長がこんな時に笑い出すなんて初めてッスよ」
「人がいっぱい居るから楽しいんじゃないの? だからっていきなり人の顔見て笑い出すとかは無いと思うけどなー」
「いやいや、こんな夜営の時ならもっとピリピリした調子で俺ら怒られるッスよ」
「人間だもん、誰だって息抜きくらいしたいっしょ?」
「だから、そうじゃないッスよ」
何を言われているのか判らないケーナと言いたいことが全く伝わらなく項垂れるケニスン。 アービタはもっと厳格で安全に依頼主を守るためなら、いつもケニスンみたいな新人はもたもたしていると直ぐ怒鳴られるほど厳しいと伝えたいのだが、ケーナは今のところ彼のそういった場面を見ていない。 また別の団員が結局呼びに来て、ケニスンは怒られる羽目になったとか。
夜の帳が下りる時分に、夜番の団員の割り振りをしているアービタのもとへエーリネがやってきていた。
「何か気になることがあるような話でしたが?」
「ああ、村へ寄る前のオーガたちのことだ。 アイツら結構しつこいからな、もしかして襲撃されるかもしれん」
当初、馬車を周到に狙おうとしたオーガが二匹。 それに取り巻きのゴブリンが四匹、こちらは団員達で二匹潰した。 オーガ一匹をアービタ含む三人で相手をしていた隙を突かれて馬車に寄ったもう一匹に、無謀にも注意を引き付けようとしたケニスンが死に掛けたのは記憶に新しい。 咄嗟にエーリネが売り物のマジックアイテムを使っていなかったら、ケニスンは治療も受けられぬほどの怪我を負い死んでいたのかもしれない。
「一応、警戒を厳重にしておくのと、あの嬢ちゃんにも協力を頼めないものかな?」
「ケーナ殿をですか? 今は普通に客なのですが……」
確かに術師のバックアップがあるのと無いのでは取れる戦法にも幅ができる。 そこへ噂をすれば影、とでも言うようにケーナがやってきた。 手には枯れた枝をそれなりの数抱えて。
「あ、いたいた。 アービタさーん」
「ケーナ殿、何を持ち歩いているんです? 寝床は性に合いませんでしたか?」
「ああ、ハンモック? うん、あんなのがあるんだねえ、私初めてだよあんなので寝るのって」
馬車の中は大抵荷物で埋まっているので、人が寝れるスペースなど無く。 エーリネは背が小さいのでそれでもギリギリで荷物の隙間で寝れるが、ケーナくらいになるとそうもいかない。 そこで馬車と馬車の間にハンモックを吊り下げてそこで毛布に包まって寝ることになった。 地面に直接寝床を作らないのは、毒虫毒蛇対策である。 そんなのがなくとも本人は楽しそうだが。
持っていた枝を地面に置いたケーナはどこからともなく小ぶりな筒を取り出した。 アイテムボックスから出しただけだが、知らない人にはいつの間にか手に持っていた、としか見えない。 それを二本アービタへ渡した。
「はいこれ、一応の備えで作っておきました。 危ない時に使ってくださいね?」
細い若竹を容器にした物で、軽く振ればちゃぽちゃぽ音が鳴り、液体が詰まっていると確認できる。 変な顔をしたアービタに笑いながら説明するケーナ。
「ポーションですよ。 拙い腕前で悪いですが、皆さんに配っておきました」
「ああ、わざわざ済まないな。 しかしこれは高いんじゃないか?」
「大丈夫ですよ、村の周辺で普通に生えていた草が原料ですし、特別な材料なんか全然使ってませんから。 効果は保証します」
軽く受け取ってしまったアービタだが、後日それなりの所で鑑定してもらい、結果にぶっ飛ぶことになる。 すでに絶えてしまった製法で作られたそれは、単価が銀貨二十枚もすると判明したからだ。 本人にしてみれば千百レベルからして『微ポーション』で作ったつもりが、今の世の中だと『上位ハイポーション』な効果だったからである。
「で、そっちの枯れ枝はどうなさるおつもりで?」
「こっちは、夜警備のお手伝いでもしようかと思いまして。 ちょっと待ってくださいね」
そう言って地面に置いてあったそれを纏め、手をパンッと打ち鳴らすと、魔法陣が枯れ枝の山の下に出現した。
【魔法技能:load:木人形作成LV1】
「……おいおいちょっと待て」
「もう一生分驚いた気がしますね、私は」
ぐねぐねと生き物のようにからみあった枯れ枝が形を変え、統合し、寸胴の珍妙な人形を作り上げた。 背は一メートルほど、足は蟲のように数本、腕はまさに枯れ枝と言うべきガリガリ。 眼らしき空洞がぽっかり二つ空き、ピノキオみたいな鼻、その下に小さな口らしき穴。 何の予備知識も無しに夜道で出会ったら悲鳴を上げたくなる不気味さだ。
ぼー
どうやら鳴き声がそれらしい。 鼻の下に腕を回し体全体を傾げた。 ……中々理解に苦しむ行動だが、執事風に挨拶をかましているらしい。 さすがに創造主のケーナもこんな不気味なものになるとは思ってなかったみたいで、微妙に顔が引きつっている。
「え、えーとね、君はこの野営地に近付く人間以外のモノが居たら、倒しちゃってね?」
ぼー
やや尻込みしながらケーナが命令すると、両手らしき部位をたしたしと打ち鳴らし、足をへれへれと動かしつつ闇の帳が下りる森の中へ消えていった。
一時、その場に沈黙が降臨する。
「…………だ、大丈夫かあれ?」
「……た、多分大丈夫だと思います。 それともアービタさん、やりあってみます? 無茶苦茶強いですよ、熊の倍くらい」
「げ、マジかよ……」
【特殊技能:サーチ】で見たところ、ホーンベアは三十五~四十レベルくらいである、今のウッドゴーレムが作成最低値(1LV×術者のLV10%)なので最低でも百十レベルということになる、熊なんぞ相手になるわけがない。 欠点は木製なので火に弱いことだが問題は無いだろう。
「それで、お二人で顔をつき合わせて何の話ですか?」
「いや、ケニスンが嬢ちゃんのお世話になる原因になった奴らについてな」
「ああ、あのオーガたちですか?」
「あいつらは悪知恵が回る分結構しつこいからな……。 ちょっと待て今『あの』っつたか?」
自然な会話の流れに聞き逃すところだったアービタは、のほほんとしているケーナに聞き返した。
「ひょっとしてケーナ殿、もうケリをつけてしまわれたとか?」
「あ、倒したらマズかった? 「ケニスンさんの仇ー」とか突っ込みたかったとか」
「よくもまあ一人で倒せたもんだ」
「あー、まあ、うん、そこそこね」
口を濁すケーナに突っ込むのは止めようと二人は思った。 これ以上非常識な場面は聞きたくないと言った有様である。
真相は薬草を探しに行ったら、村近くの森に潜んでいるのを見つけて【召喚魔法:雷精】でさんざん追い掛け回し、追い掛け回し、追い掛け回したからである。 正確には追い払ったとも言う。 何せ相手が土下座して命の懇願をしてきたから。 片言の言葉で二度と村に近寄らないと誓わせ、痺れ魔法を呪いのように見せかけ恐怖心をあおって放逐した。
一応、村の方にも対策は施してある、リットに限定数だけ雷精を召喚できるアイテムを渡し、理由を話しておいた。 これは自分の素性を知るのがリットだけだったこともあるが、他に適任者(MP持ち)が居なかったのも理由である。
どっと疲れた男衆二人はケーナに就寝の挨拶を告げ、自分たちに迷い込んできた女神に感謝した。 些か常識とか平凡とかをどこかに置き忘れてきた人物だとしても、幸運には違いない。
この後、十日の行程を経て商団と共にケーナは、フェルスケイロの王都に到着することになる。