59話 信頼と放置を同意語にしよう
『メールヲ受信シマシタ、メールヲ受信シマシタ、メールヲ受信シマシタ』
「キー、九官鳥みたいなことは止めなさい」
『……ハイ』
特にトラブル等もなく、廃都への道を(馬や召喚獣で)爆走するケーナ達偵察部隊。 三日目の午後、立て続けに届いたフレンド通信に気付いて、短い足をちょこまか動かしてコミカルに走るぴーちゃんにお願いして歩みに切り替えてもらうケーナ。 何事かと訝しげな表情でマイマイが側に寄って行った。
「何かありましたか、御母様?」「キュー?」
「ん、ちょっと待ってね。 フレ通が連続で来たから確認する、…………ってなにこれ?」
一通目、エクシズから。 『お前の相棒何やってんだあああああっ!?』
二通目、コーラルから。 『なにこの“約束された無理ゲー”、チェンジで!』
三通目、シャイニングセイバーから 『“くりーむちーず分隊”を名乗る魔人族とメイドが闘技祭に出ている。 詳細を希望する(なんとなく想像はつくが)』
「……ああ、用事ってそれかあ。 そんなに弱いものイジメが好きな奴じゃなかったと思うんだけどな、オプスってば」
「伯父上がどうかしたのですか?」
「「「??」」」
呆れかえったケーナの呟きを聞きつけて、何かあったのかと心配するマイマイ。 何のことなのかさっぱりわからない騎士娘達。
「うん、なんかオプスが闘技祭に出てるらしいわ」
「お、伯父上がですが?」
「ええと、どなたです?」
騎士娘達の疑問を代表して聞くスフルト。 彼女はケーナがハイエルフなことでやたらと礼儀正しい、種属的なことなのでケーナは文句も言えないのであった。 マイマイが母親の友人で、自分達兄妹の伯父で超越者でと説明を入れる。 スフルトとヘラウは唖然とした顔でそれに聞き返す。
「え、まだスキルマスターの方々が残っていらしたんですか?」
「マジか……」
「うん、マジマジ。 私とオプスとお爺ちゃん、確認出来てるのは三人ね」
「ケーナさん、スキル下さい」
「はい却下、とりあえず返しとこう」
ぴょこんと手を挙げたアークの主張を一言で切って捨て、それぞれに返信を出す。
エクシズには『別行動相手に咎める手立てはない』と。 コーラルには『たぶん決勝戦で相手をボコボコにしたら飽きて棄権すると思うから、それまで付き合ってあげて』と。 シャイニングセイバーには『それはリアデイルの孔明とそのメイドです。 過剰戦力すぎるから王様に告げ口して失格にしたれ』と。
「はい終わり。 んじゃ先行こうかー」
「え、戻ったりしなくていいんですか?」
さすがに平凡プレイヤーを自負していたアークも理解している。 スキルマスターで限界突破な者が、闘技祭に出場していることがどれだけ異様な事態かと。 ケーナから言わせてもらえば、これはオプスなりの暇つぶしだと思っている。 ルールがあるならそれを逸脱することはあんまり無いので、人死にを出すことはしないと彼を信頼している。 最悪の場合には【命令】を使うことも視野に入れておくが、ケーナが心底嫌がる所業は基本しない筈、と言うのが放置する理由だ。
若干不安の影を同行者に残しつつ、四人は進む。
――― シャイニングセイバーの場合。
貴賓席で王族を警護する役目に当たっていた騎士団長は、ケーナから届いたほぼ丸投げの返信に苦笑していた。
「言ったところで無理だろう、それは」
先程の第一試合、五対二という戦いの行方は常人から見れば一方的になるだろうと思われていた。 “くりーむちーず”と言う単語がなんなのか全く理解できない者には。 蓋を開けてみれば野次を飛ばした観客はその一方的過ぎる戦いに沈黙した。 果たしてアレを、戦闘と呼ぶかは甚だ疑問ではあるところだ。
試合開始の合図と共に真っ先に炸裂したのは魔人族から飛んだ【大地に恵みの場を】である。 これはどんな場所でも田植えに最適な地形に変えてしまう変換魔法だ。 荒鷲の砦PTを中心とした一畝(約十メートル×十メートル)は瞬時に泥沼と化した。 同時に飛び出そうとしていた彼らは泥に膝まで埋まり、為す術もなく転がった。 戦士ばかりで構成されていた彼らのPTは、重い武装で固められていたので当然の結果である。
しかも魔人族のターンはまだ終わってなく、間髪入れずに【洗濯】の魔法が飛ぶ。 これは一定範囲内の流動体を回転させる魔法だ。 【大渦】という水中で大ダメージを与える攻撃魔法があるが、それとは違い本当に洗濯機代わりの役目を果たす生活魔法である。 五人の男達は泥の中でまともに立ち上がる暇さえ与えられずに揉まれ、転がり、埋もれ、泥塗れの身動きすらままならぬ状態となり戦う気力を失った。 魔人族もメイドも一歩も動かず勝利を手にしたことに、観客席からは声も出ない有様である。 ただ、貴賓席では王だけが肩を震わせて爆笑していた。 相当ツボに入ったらしい。 シャイニングセイバーは、あの二人が王に気に入られたと推測できる為、今更失格にするのは無理があると判断した。
とぼとぼと灰色一色に染まった男達が、泥雫を垂らしながら敗退していく有様は、見ている者の涙を誘う。 田んぼと化した闘技場の中央は、魔人族から飛んだなにかしらの魔法によって元の地面を取り戻していた。
─── コーラルの場合。
「「「「──…………」」」」
「あれは心が折れるな……」
絶句した“凱旋の鎧”一同。 コーラルを含む四人はリーダーが呟いた言葉に力なく頷いた。 ケーナからの返信には『決勝戦云々~』とあるが、直ぐそこに第二試合を控えた彼等のPTにとっては死亡通知みたいなものだ。 準決勝であの化け物を体現した二名とぶつかるのは確実である。
「ど、どうしたんだよコーラル……」
仲間の一人がだらだらと滝のような汗を垂れ流すコーラルに気付いてビビる。
「い、いや、あれにどーやって勝負を挑めと……?」
「はあ?」
「普通に戦うしかないんじゃないか?」
仲間達の疑問に「そこじゃねえ」と突っ込みたくなる気持ちを押さえ込むコーラル。 彼から見れば七百レベル以上の実力の差がついた相手だ。 仲間達との比較差、実に一千と五十レベル。 刃を合わせること自体が無謀の極みともいえよう。 それはゲーム時代を念頭に置いているコーラルの弱みであった。
「おいおい、何か勘違いしてないかコーラル」
「は? え?」
強張った顔で反対側、闘技場内の端に設けられた参加者席へ戻るくりーむちーず分隊を見ていたコーラルに、仲間達は呆れ顔で言い放つ。
「なにも無理矢理勝つのが目的じゃねえだろう。 最初に皆で決めた目標は何だ? まさかそのトンチキ頭で忘れましたってんじゃあないだろうな」
「え、ええと。 ……どこまでやれるか、試す、だったか?」
手探りするように言葉を紡ぎ出すコーラルに、仲間達は頷いたり溜め息を吐いたりと反応を返す。
「分かっているじゃないですか。 これは私達の腕試しですよ? 何が何でも勝つことが目的ではありません」
「その場で全力を出して勝てれば良し、負ければそれまで。 まだ一回戦すら終わってねえのに先の先まで考えてどうするよ、そんなんだからお前は心配性が過ぎると言うんだ」
仲間の術士が肩を叩き、主に先陣を切る前衛役が横っ腹に肘を入れる。 今気付いたかのようにコーラルが仲間達へ視線を戻す。 四人共に笑顔をコーラルに向けていた。 同じような場をコーラルは体験したことがある。 まだゲームだった感覚が体から抜けきってなかった頃、途方に暮れていた自分を暖かく迎え入れてくれた村で、友誼を結んだ者達が言ってくれた。
「『同じ村から出て来て、大成しようぜ、と誓い合った仲間じゃないか」』
「『そーそー、俺らの仲間に流れ者なんて居やしねーよ」』
「『余所者なんてもってのほかですよ」』
胸に熱いなにかを抱えながらしっかりと頷く。 対面側で司会に呼ばれ立ち上がった対戦相手の冒険者PTに目を向ける。 仲間達も呼ばれたのを確認して立ち上がった。
「解ってる、まずはあれだな」
「頼んだぜ、俺達の盾!」
「腑抜けてんじゃねーぜ。 お前が突破されると後ろが大変なんだからな!」
仲間達はコーラルをバシバシ叩きながら、所定の位置まで歩みを進める。 対戦相手は五人、此方も五人、コーラルの分だけこちらが遥かに有利。 ニヤリと笑ったコーラルは仲間達の前に出ると、盾ではなくアイテムボックスから引き抜いた白金の大剣を構えた。 勿論、それを相手に対して振り回す気はない。 先程の試合のような前例に倣って、【戦闘技能:武器破壊】を行うためである。
――― エクシズの場合。
「おいおいおいおいっ、別行動なんて聞いてないぞ! なにやってんだアイツはっ!」
目に見えて焦り出すエクシズに、今し方終わったギャグのような試合を見ていたクオルケは「何かあったのかい?」と首を傾げた。 ちょっと待てと目で制したエクシズは、再びケーナへフレンド通信を送る。 聞きたいのは今何処にいるかだ。 間を置かずに戻って来た返信には『廃都までもう少し』である。
「……クオルケ」
「お、結局何があったんだい?」
「廃都へ行くぞ」
「は?」
「廃都へ行くぞ、今直ぐに!」
「はい? え?」
ポカンと口を開けたまま、相方の突拍子もない発言に固まるクオルケ。 今直ぐにと出発したところで、フェルスケイロとオウタロクエスの国境にあると噂される廃都まで、二十日近い日数を要する。 それだけの間が開けば、通信相手にまつわる厄介事は大抵終息してるんじゃないかと思うクオルケだった。 しかし、エクシズの目が超マジなので突っ込むのは止めておく。
「はぁ……。 ちょっと待っておくれ、準備をしてくるさ」
「おう。 俺はチェックアウトしてくる」
クオルケは何を言っても無駄そうだなと理解し、肩を落として二階まで荷物を取りに行く。 マレールには料金を前払いしていたので、そのまま旅立つからと伝えに行ったエクシズ。 しかし、話を聞きつけたルカに捕まり、残念そうな涙目で見つめられる羽目になる。
「帰っちゃう、の?(うるうる)」
「い、いや、ルカ。 俺も色々重要な用事がな……」
その背後では「お嬢様を泣かせんじゃねえわよ」とばかりに【威圧】付きでガンたれているロクシーヌ。 膠着状態に見かねたリットが間に入り「冒険者さんは動かないと日々の糧を得られないんだから、ね」と諭す。 ラテムも「今回の埋め合わせにまた来てくれるさ。 なぁ兄ちゃん」とフォローを入れる。 子供達に気を使われて肩身の狭い思いを抱きつつ、エクシズはルカと視線を合わせて「あ、ああ、またな」と頭を撫でた。
「で、どうするんだい? いくら私らがプレイヤーだとしても、到達時間を縮めるには些か距離があり過ぎるだろう?」
別れを済ませ、村の外まで移動した二人は改めて向き合う。 今居る村から廃都までは王都を挟んでほぼ反対側である。 クオルケの疑問ももっともだが、次にエクシズが口にした移動方法はクオルケの斜め上を行くものだった。
「こんなこともあろうかとルカの居た村に“簡易転移目標”を置いてある。 そこまで飛べば廃都まで一日も掛からんだろう」
「………………」
「クオルケ?」
返事がない、ただの魂の抜け出た虚ろのようだ。 ……ではなく、たっぷり間を置いてクオルケの発した言葉は「はあっ!?!?」と言う素っ頓狂なものだった。 そして肩をがっくり落とし、へにゃへにゃと座り込んでしまった。
「どした?」
「んな便利技能あるんなら『こんなこともあろうかと』じゃなくて、もっと早く使ってよ……」
「お、おう、スマン」
エクシズが前衛特化にした竜人族を選びながら、特殊移動系技能を修得していたのは、ゲーム中あちこちに飛ぶ必要性のあるクエストの為だ。 こちらに来てから持っていることをクオルケにも知らせなかったのは、冒険者ギルドに便利屋のように扱われるのを危惧していたからである。
「もう隠し技能は無いだろうね?」
「その話はまた後でな。 まずは廃都だ」
その頃、エクシズが大慌てで向かって来るなどとは知らないケーナ達五人の方は、不意の襲撃に忙殺されていた。
「野営しようかと思った途端に襲ってくるとか、タイミング計ってたとしか思えない」
迷惑極まりない顔のケーナは皆に【対物&対魔防御上昇】魔法を掛ける。 夜の警備として予め召喚されていたケルベロスは、ケーナの命令を受けるや否や嬉々として襲撃者に飛びかかって行った。 前衛をそれに任せると、騎士三人娘とマイマイはケルベロスの攻撃を抜けて来る奴を仕留める係である。 マイマイの盾にはスフルトが、ヘラウはアークの盾に回る。
襲って来たモノは六十匹程のゴブリンの集団であった。 石斧と小盾で武装した戦士系が八割を占め、残りを弓兵や術士が補助する構成らしい。 力押し一辺倒かと思えば、前衛があっさり引いて魔法や矢が飛んで来たりと、それなりに統制の取れた軍勢であった。
「ケーナさん! このゴブリンやたらと見覚えがあるんですけどー!」
アークはケルベロスが三つの首で千切っては投げ千切っては投げをしている合間を狙い、クロスボウで後方に控える弓兵や術士に矢を撃っていた。 その大半は狙い通りには行かず戦士ゴブリンに刺さったり、あらぬ方向に飛んで行ったりしていた。 何本かはケルベロスに当たったりしていたが、固い毛皮に弾かれて殆どダメージにはなっていないようだ。 アークの発言にはケーナも頷ける。 どうみても二百レベル上昇制限解除クエストで相対するゴブリンの【ファヴルェ領域警備隊】だからだ。 元々のモノより数が多すぎるところを除けば。
「ノーコンだなあ、ちゃんと狙ってよ」
「ゲーム時にはオートで目標に当たってたじゃないですか。 こっち来てからそうもいかなくて……」
「うわ、技能足りてないわそれ。 こっちは敵味方をオートで区別しないんですから、使うんならバラ撒くだけじゃなくて自力で狙うとかしてください。 【精密射撃】があればターゲット区別出来るはずなんですが、無さそうね。 アークさんそのへんPT戦やってれば誰かしら教えてくれるでしょう?」
「PT組むの弟しか居ませんでしたからー」
「タルタロスの怠慢かっ! もちょっとコミュニケーションしましょうよー。 各都市に出れば道端に募集かけて座り込んでいる人達が居たでしょうに」
「ちょっと知らない人は怖くて……」
「MMOでそれは身も蓋もないわー」
実のところ、アークが人を怖いものとして見るようになったのは『そのレア武器持ってるのが知られれば、襲われるかも』と、タルタロスが何気なく放った一言が原因なのだが……。
これだけ聞いているならば、ケーナはおしゃべりに興じているように見える。 実際のところ何もやっていないわけではなく、わんこーズの後ろで抜けてくるゴブリンを切り払っていた。 いくら相手のレベルの倍もある三つ首ケルベロスと言っても、首の稼動範囲には限界がある。 ケーナも後衛の騎士達を信用しないわけではないが、戦士ゴブリンのレベルが九十~百五十とまちまちだからである。 通すのは九十レベル程度のゴブリンに限定しながらタイミングを計っている最中であった。
「ここっ!」
一旦前衛ゴブリン戦士が引き、ゴブリン術士が牽制の魔法を放とうとした瞬間にケーナは魔法を行使させる。 意志を汲んでケーナの壁になっていたケルベロスも、声を聞いた途端に射線を開けるようにひょいと脇に飛びのいた。
【魔法技能:停滞する空間】
直径十五メートルはある青白い電撃が網となってゴブリン術士を越え、その後ろにいた戦士諸共一回り大きなリーダーを捕らえる。 激しくスパークして絡み合う雷撃網に巻き込まれたゴブリン達は、ダメージと麻痺を食らう。 レベルの低いものは一瞬で炭化する威力に、驚いた術士達の動きは止まる。 そこを狙うように牙をむき出したケルベロスが襲い掛かった。 後方のマイマイからは網に絡み取られた一団へ氷結魔法が飛ぶ。 麻痺と氷結のダブルパンチで身動きを封じられたそこに、ケーナが爆裂魔法を叩き込んで戦闘は終結した。
「なんともまあ……」
ヘラウが街道を半分と脇の崖が丸ごとえぐれたクレーターを眺めて嘆息した。 後ろで見ているだけならば特に勢いつけて放った訳でもないケーナの魔法だったが、その威力は見ての通り。 本人の言うことによればこれでも上から三番目の威力らしいが、マイマイから被害は軽微だという感想が出る始末である。 その当人はというと……。
「ご、ごごご、ごめんねごめんねわんこーズ。 ついつい勢いでっ」
……クゥ~ン
爆心地近くに居たために爆風で宙を舞ったケルベロスに治癒魔法を施していた。 拗ねたように鳴いてプイッと頭三つをあらぬ方向に向けるケルベロスにマイマイやスフルト、アークも苦笑していた。




