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37話 漁夫の利を釣ってみよう


 二日目の午後は教会に寄って煌びやかなステンドグラスを眺めた後、カータツの工房へ向かった。


「お袋!」

「や、カータツ」


 従業員が床や材木の影などで休憩している所へケーナ達がやって来ると、奥からカータツが飛び出して来た。


「この前は材木ありがとうね、お陰様で良い家が建てられたわ」

「そりゃお袋の腕に依るものであって俺のお陰じゃねぇだろうよ。 よお、ルカ、元気か?」

「……はい。 こんにちは、カータツ、……お兄さん」

「こんにちは初めまして、リットです」


 カータツの傍まで近寄ったルカが俯く程度で言葉を繋ぎ、その後でリットがペコリと頭を下げた。 ロクシリウスはケーナの背後に控えたままで一礼する。


「ああ、そっちは宿屋の嬢ちゃんだっていう娘っ子か。 俺はお袋の三番目の息子のカータツだ。 見ての通りここの工房で船を作ったりしてる、宜しくたのまぁ」


 腕組みをして髭を撫でつけながら簡素な自己紹介をするカータツ。 ルカはリットと手を繋ぎ「見ても、まわって……いい?」と上目使いにおずおずと尋ねた。 


「おお、構わんが……。 あちこち危ない物が転がったりしとるからなあ。 材木の山には近付くなよ?」

「……うん」「はい!」

「でしたらお二方の引率は私が引き受けましょう」


 すうっといつの間にか傍に立ったロクシリウスが申し出ると、カータツは弟子達から案内人を選んで好きに見学させるように告げた。


「悪いわね、ルカが無理言っちゃって」

「なぁに、あの程度なら問題ねぇさ。 あっちのニイサンはかなりの遣い手っぽいし、材木崩れくらいなら平気だろ?」


 人族の弟子にあれは何、これは何? とリットが質問(ルカはリットにぼそぼそと囁いてたり)し、ロクシリウスはその背後で油断無く目を光らせる。 休憩している他の従業員達は、頬を緩ませてそれを眺めていた。


「村に建てた家なんだけど、部屋数多目に作ったから何時でも泊まりにいらっしゃい。 村に浴場も作ったしね」

「へえ、そりゃ楽しみだ」

「それとこれも、ね!」


 アイテムボックスから取り出した樽が、ドスンと音を立ててケーナの前に現れた。 ぷんと微かに漂う香ばしい匂いに破顔したカータツが「酒か!」と飛び付く。


「村では酒屋を営む事にしたから、材木のお礼も兼ねて一樽あげるわ。 独り占めするも良し、皆に振る舞うも良し、好きに飲みなさい」

「材木のお礼って、料金は貰った筈だぜ。 これだと俺が貰い過ぎにならねえか?」

「いちいち律儀ねぇアナタは……。 素直に『儲けた』ぐらいで受け取りなさいよ」

「お、おう。 有り難く貰っとくぜ」

「堺屋経由で販売するから、もっと飲みたければ次はそっちに注文してね」

「分かった、すまねぇなお袋」


 満更でもないのかホクホク顔で樽をヒョイと持ち上げ、奥へしまい込むカータツ。 ついでに従業員達へ「お前等! お袋から上等の酒を貰ったから今晩は飲むぞっ!」と声を掛ける。 他の者達からは歓声が上がり工房を震わせた。


「こういうの、宵越しの酒は持たないって言うのかしら?」

「……おさけ?」


 一通り見て回ったらしいルカ達が戻って来て、ケーナの呟きに不思議そうな顔をする。


「お酒は飲める時に飲み尽くせ、って意味よ」

「ふーん、べろべろに酔っ払った大人は情けないよね……」

「リットちゃんは正直ねー」


 姉のルイネみたいに率直な意見をリットが口にすると、ケーナは苦笑する。 周りで聞いていた従業員達が胸を押さえて視線を逸らしていた。

 その日は再開した造船作業の様子を子供達が眺めると言うので、夕暮れまで工房で過ごしていた。 ロクシリウスが子供達の面倒を見ると言うので、手持ち無沙汰になったケーナは中洲の端で釣りを始める。 



 釣りもスキルのひとつで、ケーナの場合は食材用に使う程度でしか扱わなかった。 プレイヤーの中にはレア魚を求めたり全種類の魚を釣ったりと、極めるのに全力をかける者も多い。 スキルマスター仲間の九条に頼まれて、特定の魚釣りに延々とつき合わされた記憶もあり、ついその時の事を思い出して噴き出しながら準備をする。


 釣り用の餌もスキルで作り出し、九条のお節介で釣具も一通り揃っている。 市場でも見掛ける魚は種類も豊富なので、何を釣ってもここの生活が長い息子が食べられる魚を選別してくれるだろう。 一投目からエッジド大河名物のナマズを釣り上げ、入れ物も必要かと思うケーナだった。






 時間が経つにつれ、工房に務める者達の注目はケーナに集まっていた。

 なにせ投げ込めば必ず何かしら釣り上げるのである。 カータツが気を利かせて持ってきたタライ桶が、もう二つもいっぱいになってしまい、両方とも中身は餌に群がる鯉の如くみっしりと詰まっている。 ケーナは小さいのは釣り過ぎかと判断して、大物を釣るための仕掛けに切り替えた。 久しぶりに始めたら意外に楽しくなってしまい、「家族分を釣ればいいや」から「みんなの分を釣ろう」になり、今はもう「糸が切れるまで釣るのを止めない」状態になっている。


 いつの間にか造船見学もそこそこにルカやリットはタライを覗き込み、ロクシリウスや手を休めた従業員に魚の名前を聞いたりしていた。

 カータツも今日は作業を諦めて、弟子達と一緒に魚を調理する方向で準備をしていた。 仕事柄器用な者も多く、腹を割ってワタを抜き、串を刺して塩(ロクシリウス作成)焼きにする者。 活け作りにしてしまう者、綺麗に捌いて揚げ始める者までいて、辺りには美味そうな匂いが漂う。 オマケに付近を流していた漁師までもが匂いに釣られ、釣果を持ち寄って集まってくる始末。 たちまち工房の川岸は人が集まり、篝火が焚かれて即席の宴会場と化した。


「ケーナ……お母さん、はい……」

「あら、ありがとうルカ」


 仕掛けを切り替えた途端に潰れたピラルク型の三メートル魚を釣り上げると、集まっていた者達から歓声が上がった。 中々釣れにくい魚で美味らしく、市場でも銀貨二枚以上する高級魚だとか。 皆は釣った者の意向次第と言っていたので、特に関心の無いケーナは「食べちゃえ」と告げた。 穴を掘って香草蒸しにされた魚肉の最初の一切れを持って来たルカが「あ~ん」と開けたケーナの口に放り込む。


「あつっ、はふ、あふぁ。 あ、これ美味しい」


 香草で臭みを消され塩を振っただけの身は柔らかく、鯛に似た味がしていた。 持っていた皿からケーナの分が無くなると後から別にリットが持って来た身を二人で分け、美味しさにビックリする。 その後ろからカータツがやって来て、持っていたコップを母親に差し出した。 先程のビール樽を開けて振る舞い酒にしているようだ。


「ほら、お袋の分だ。 もうこんだけ釣りゃあ充分だろうよ、いい加減釣るの止めて宴会に加わったらどうだ?」

「うーん、なんか楽しくなって来ちゃってね。 もうちょっと釣っておくわ」

「ケーナ、お母さん、まだ、……食べる?」

「そうだねえ。 じゃあ普通に塩焼き持ってきてくれる?」

「……うん」


 ちなみにロクシリウスは何をやっているのかと言うと、スキルで塩を作り出したりしながら調理技能(クッキングスキル)で押し寿司やにぎり寿司を作っていた。 もの珍しい料理なので、作った端からパクパク喰われ無くなっている。


 竿を片手にルカの持ってきた塩焼きをパクついているケーナ。 リットは身に染み着いた習慣故か完全に給仕となっていて、料理を運んだり酒を注いだりしていた。 歌を歌い出す者や笛を吹き出す者も出てきて、何故か流しの吟遊詩人まで混じり、ドンチャン騒ぎが激化していた。



「こういう事って良くあるの?」

「まずねぇな。 お袋が来るとなんつーか……、騒動事が多いよな」

「悪かったわねっ」

「うん、……たのしい」


 ケーナの立つ川岸まで移動して来たカータツはそこで飲み食いをしている。 ルカはその辺にあった大きめの岩に腰掛けて、総勢八十人以上にまで膨れ上がった宴会を眺めていた。 給仕疲れでヘロヘロになったリットを連れてロクシリウスが戻ってくる。


「リットちゃんご苦労様」

「うう~、気が付いたらなぜか給仕していました~」

「そりゃあもう職業病ってやつだろう、嬢ちゃん」

「すみませんケーナ様。 此方の方まで手が回らず、申し訳ありません」

「必要になったら呼ぶから、好きにしてていーのに」


 どうやら戻った時にチクチクとロクシーヌに突つかれたくないらしい。 傍を離れた事をしきりに謝るロクシリウスをルカが頭を撫でて慰めていた。


「ケーナおねーさんまだ釣るのー?」

「うーん、あと一匹釣ったら宿帰ろうかな……、っと?」


 言いかけたところで竿がぐおんとしなる。 海で大型魚を釣る特殊仕掛けに何か掛かったようだ、篝火の届かない水面を糸が右に左に斬って行く。

 両手で竿を掴んだケーナに「光!」と命令されたロクシリウスは【付加白色光LV2:ライト】を竿の先端に掛け、水面を照らす為に光精霊を二体喚びだした。 直後、ゆらりと巨大な影が水面を占めて、目撃したケーナ家一同が目を見張る。


「うわ、なにあれ?」

「でけえな、釣り上げるとしてここの広さで足りるか?」


 ケーナ近辺の川岸にさっと目をやったカータツは、そこら辺にいる者達を下がらせた。


「いや、まだ釣れるかどーか分からないから!」

「お袋なら絶対釣ると信じてるぜ!」

「過度な期待ってヤダなあ……」


 息子だけでなく宴会していた者達まで騒ぎを聞きつけて、川岸にいたケーナに注目が集まる。 左右に振られる竿をしっかり掴んだケーナは、引き上げるよりも引っ張り出そうという方法を取って、竿を上げたままじりじりと下がり始めた。


 やがて観念したのか、はたまた自棄になったのか、釣り相手がぐわしぐわしと浜に上陸して来た。 光精霊に照らされた姿形を見た者は、悲鳴を上げて川岸から我先にと逃げ出した。 ロクシリウスもルカとリットを両脇に抱えて、その場から遠ざかる。 残ったのはビール片手のカータツと竿を持ったままのケーナだけだ。


「なんじゃこりゃ?」

「モンスターだねぇ」


 全長六メートルはあろうかという濃い緑色のゴツゴツした皮膚を持つ四脚歩行のそれは、鮫の頭に鰐の顎と胴体、背中には横に広がるエイに似たヒレと縦型に薄く長い尾を生やしたモンスターだった。 陸地に上がって来たそれは、顎をがっちんがっちん鳴らしながら開閉して親子を威嚇する。


「あー、そう言やあ、川っぷち一帯に注意報が出てたような気がするなぁ」


 ビールをぐびりと飲みながら今思い出した、という気安さのカータツに背後の弟子達から「親方が聞いてきたんじゃないっすか!」と、非難の声が飛ぶ。 母親の手前、自分の間抜けさに背後へ怒鳴り返す訳にもいかず、額に青筋を浮かべるだけに留めるカータツ。 苦笑して「まあまあ」と息子を宥めるケーナ。


 その瞬間、ガアァア! と吠えたモンスターが視線を逸らしたケーナに襲いかかった。 背後の見物人が息を飲み、「危ねえっ!」と叫び、目を瞑って惨劇を直視するのを避ける者が続出。 悲鳴が響く夜闇の中、襲われた当人(ケーナ)は慌てず騒がず、地を蹴って巨体を宙に踊らせ、自分達へ襲い掛かろうとしたモンスター目掛けて蹴りを放った。


戦闘技能(ウエポンスキル)震脚爆破(グェンヴァンティ)


 首から下、胸の大部分を背中側に爆散させる形で消失、一瞬で絶命したモンスターはそのままドーンと砂地に落下して動かなくなる。


 シーンと痛いくらいの沈黙が辺りに蔓延し、恐る恐る様子を伺っていた見物人達は動かなくなったモンスターを凝視する。 やがてざわめいていた群集から小さな拍手が響き、すぐに大喝采となって大歓声が夜のフェルスケイロに轟いた。


 とりあえずそこで宴会はお開きになり、飲み食いしていた者達と工房の従業員で片付けが始まる。 その最中に何故か宴会に混じっていた王都巡回中の衛兵によって、モンスターの検分が行われた。 なんでもココ暫くの間、小舟や水辺に近付いた人を襲うモンスターが出るとかで衛兵が警戒していたらしい。

 脅威は去ったと言う事で衛兵に感謝され、一応冒険者ギルドの方にも懸賞金の掛けられた依頼が出ていると言う。 話は通しておくので明日にでも受け取りに行ってくれと言われた。


「うーん、流石大河、何が住んでいるか分からない」

「問題……、違うと、思う」



 但し、翌日になって宿屋のほうに感謝の印と称した漁師達からの貢物、大量の魚が届けられ冒険者ギルドに向かうのは夕暮れになったと言う。 ちなみに懸賞金は銀貨八枚だった。





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