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33話 親馬鹿もココに極まれり

 結局商隊が村に辿り着く頃には陽もとっぷり暮れてしまっていた。

 エーリネがラックス工務店宛の荷物を渡しに行って看板に噴き出したり、傭兵団員の一部がロクシーヌに色めき立って声を掛け呆気なく撃沈したり、ビールを飲んだ団長以下全員が杯を重ねへべれけになったりもしたが、特に問題もなく夜が明けた。





「ではコレがケーナ殿宛の荷物ですよ」


 玄関先に積み上げられたみかん箱サイズの木箱が五つ。

 釘抜きを持ち出して来ようとしたロクシリウスを制したケーナはアイテムボックスから引き抜いたルーンブレードを横に一閃、箱ひとつの蓋の部分を寸断した。

 頭を抱えるエーリネに不思議そうな顔をしながら内容物を確認すると、(にび)色の細かい鉱石がギッシリ詰まっていた。

 魔力反応からして他の箱にも同じものが詰まっていると確信できる。


「石?」

「へ~、特徴だけしか言ってないのにこんなに集めたんだ。こりゃまたケイリックの手腕も凄いわね」


 五箱みっちり詰まった魔韻石を見たケーナは感心していた。

 エーリネの鑑定眼から見てもその辺の道端に落ちている石と変わりないモノに見える。

 判別するには【魔法技能:鑑定】が必要なので、たかが数日でこれだけの数を集めた手回しの良さに、孫の評価を上方修正した。

 一掴みの石をその場で合成して不純物を取り除き、くすんだ銀色で直径五センチ程の丸い玉に変える。


技術技能(クラフトスキル)封入(インストール):火炎】


 ケーナの掌上で瞬く間に赤く変色した玉に、様子を窺っていたエーリネやロットルも疑問符を浮かべた。

 彼女はそのままポトリと玉を地面に落とし、隣のエーリネに声を掛けた。


「エーリネさん、ちょっと命令して貰えます? その際に覗き込まないで下さいね」

「はぁ、ええと何と言えば?」

「『神よ、我等に火を授けたまえ』と」


 半信半疑で玉に向かいケーナに言われた通りの言葉を口にした彼の目の前で、高さ三メートルに達しようかという火柱が玉から噴き上がった。

 一工程で属性とキーワードを設定し、一定量注がれたMPによって起働する簡易版魔法陣だ。

 ダンジョンを造るときには集中して配置する事により、灼熱地帯や冷凍地帯を表現したりするのに使われる。

 守護塔に使われているのも、これの大掛かりなバージョンだ。

 ケーナ家に埋め込まれた照明もスナップ一つで点灯消灯するように作られていた。


 エーリネや箱を運んできた商隊の人足、ロットルと見物していた村人達がびっくりして逃げ出し、物影に隠れて距離をとりつつ様子を窺う。

 大してMPを入れてなかったので火柱はあっさり消失したが、悪いことをしたと気付いたケーナは「びっくりさせてごめんなさい」と謝った。

 一度ケイリックの元へ何に使用するのか聞きに行った方がいいだろうと考えて、ロクシリウスに使ってない部屋に運び込ませておく。


「なる程、昔はこのようなものが流通していた訳ですね?」

「剣に入れたりして装備にも使っていましたね。大抵は……ダンジョン用?」


 聞いた単語に変な顔で固まる商隊長。

 そこへてててっとリットとラテムがやって来た。ルカをいつものように誘いに来たのだろう。

 戸口から半身を覗かせていた少女に駆け寄ると三人で挨拶を交わし、手を引いて村の中央にある井戸の方へ向かう。

 ケーナの視界外だったが、子供達だけで秘密の話でもするのかもしれない。

 まあ、自身から離れて遊べる事に喜ぶべきか、寂しく思うべきか。


 これを容認したのを後で激しく後悔する羽目に。








 受領書にサインしてエーリネに渡す。

 その後に最近の流通事情や、もしかしたら堺屋へ酒樽を運搬してもらうかもしれないと話をしていると、副団長に引き連れられたアービタがやって来た。


「やっと来ましたか」

「おはようございます、アービタさん」

「済みません、団長連れてきました」

「あー、頭いてぇ……。よお、嬢ちゃん」


 昨日出来なかったオーガ対策の為に、村長まで呼んで今後を話し合う事になった。

 商隊が二度も襲われた上に組織立った行動をとるのが確認されたからである。

 炎の槍傭兵団とケーナとで合同討伐に出る予定だ。


「村にも警戒の為、ウチから多少残して行きますよ」

「ロクスとシィが居るから大丈夫じゃないかな?」

「猫の嬢ちゃんと少年だけじゃ数が攻めてきた時は捌ききれんだろ。問題は奴等がどの程度残っているかだが」

「昨日はケーナ殿の倒したオーガ三匹とゴブリン五匹だけですね。団長の方は怪我を負ったら逃げたらしいですから」


 何故か家の前で立ったまま会議が始まってしまい、ロクシリウスが持ち出した小さな台にロクシーヌがお茶を並べていた。

 討伐に向かう人選と村を守る人選を終えた後、残った問題として肝心な事柄が分かっていなかった。オーガたちの本拠地である。


「昨日飛び回った時にはそんなものにまで気を回している余裕はなかったなあ」

「ロットルは何か心当たりはないのかの?」

「さすがに俺もそこまで森に踏み込んだことはねぇなあ」


 村長に問われたロットルはせいぜい森の入り口程度までしか行かないので、心当たりは無いと返答する。

 地図を持ち出したエーリネにアービタたちが推測を加えていく。

 水の確保が容易で人目につきにくく山に近い場所として、悪い魔女の住む塔(ケーナ涙目)より向こう側。川岸の山裾と言う結論を出した。

 念の為にケーナも自分の技能を使って確認してみる。


特殊技能(エクストラスキル):託宣】


(運営のない世界で果たして使えるのかな、これ?)


 人の頭位の水晶玉をでん! と取り出したケーナに不思議そうな顔を向ける面々。

 かつてのゲーム中で【薔薇は美しく散る(オスカル)】とは逆方向にオカシイと言われていた技能のひとつだ。

 効果はプレイヤーの疑問に五つまで答えてくれる。

 その返答方法は質問に対し……。


「半径六十キロメートル圏内にオーガの巣はあるか?」

 ぴんぽーん!


 頭上から突然響いた脳天気な電子音に、その場に居た者は例外なく狼狽えた。

 そりゃあ青い空の広がる頭上から、普段聞き慣れない音がすれば面食らうのも当たり前だ。 


「それは南にある?」

 ぶぶー!


「それは北東にある?」

 ぴんぽーん!


「そこは洞窟か?」

 ぴんぽーん!


「何時も思うんだけどこの技能、水晶玉必要ないよね?」

 Booooooー!


「…………なにそれ怖い」


 皆が何も無い頭上を見上げての狼狽もなんのその、質問を続けた結果アービタの推測の裏付けが取れただけだった。

 ツボに入ったのか、一人肩を震わせて笑うロクシーヌがいたけれど。

 半径六十キロメートルと問い掛けたが実際はそんなに離れてはいない。

 アービタの見立てでは、ケーナの手助け次第で昼までに辿り着けるらしい。


「アービタさんもとうとう人を便利屋扱いに……」

「いやいや、使える手段は全て使う。冒険者として当然だろう?」

「ええ、最初っから色々使うつもりでしたからいいですけどねー」


 風精霊を召喚して斥候にした彼女は、続いて麒麟を喚び出した。

 某ビールのラベルについているアレそのままの姿だ。

 馬よりも小さいロバくらいの大きさで、地に足は着いてなく微妙に浮いている。

 勿論アービタたちも見たことがなく、外見からして荘厳な雰囲気を纏っているので遠巻きに見ていた。


「ケーナさん、なんスかそれ?」


 仲間に脇腹を突つかれたケニスンが代表で尋ねる。

 撫でながら「お願いね」と頼んだケーナは皆の警戒っぷりに首を傾げた。


「麒麟っていいますケド、知りません?」


 団員たちは一斉に首を横に振った。


 ゲーム中でレアモンスターのカテゴリーとしてあまり知られていない麒麟は、レベルを持たない非戦闘(NPC)キャラ扱いになっている。

 しかし、プレイヤーにも取得出来ない特殊技能を色々持っていて、時と場合を選べばかなりの便利屋になる。

 単独で探索クエストを多くこなしていたケーナはかなり重宝していた。


 出発する前の装備点検と傭兵団を半分に分ける打ち合わせをするアービタと一旦離れ、ロクシーヌを連れてルカを探す。

 公衆浴場の裏手でなにやら相談している子供たちを見付けて近付いた。


「ルカ?」

「……!?」

「うわわっ!?」

「わきゃっ!?」


 声を掛けただけでびっくりして飛び上がり尻餅を突く子供たちに苦笑して「ごめんね」と謝っておく。

 少女と視線を合わせてしゃがみ込むと頭をなでる。


「少し留守にするから、ごめんなさいね。何かあったらシィに頼って、ね?」

「主よりは頼りないとは思いますが、どうぞ何でも仰ってくださいまし。お嬢さま」


 申し訳なさそうにゆっくり言うと、背後に控えるロクシーヌとの間でルカの視線が揺れ動いた。


「だ、大丈夫だよおねーちゃん!」

「そ、そうそう! 俺達が一緒に居てやるからさあ」


 慌てた様子のリットとラテムがルカの両手を取って何度も頷く。

 ケーナは娘を一度抱き締めて背を軽くぽんぽんと叩き、二人に宜しく頼むとその場を後にした。


 なにやら揃って深ーい溜め息をついたリットとラテムは、居たままのロクシーヌから冷ややかーな視線が飛んでくるのに気付くと「ナンデモナイ」と連呼しながらルカを連れて家屋の陰に。

 基本的に主とルカ以外はどーでもいいロクシーヌは、家の中の仕事を片付ける為に戻った。



「じゃ、ロクス。 村の守り宜しくお願い」

「はい、お嬢さまもお任せ下さい」


 村の出入り口で出発する団体を見送るのはロクシリウスと村長とマレール、数人の残る団員くらいだ。

 アービタたちはいつもの完全装備で、盾役を務める者にはフルプレートアーマーを着ている者もいる。

 ケーナは普段と変わりない妖精王のローブその他に、最初からアクセサリーとして耳につけている如意棒と、その身の周りには七色の水晶玉が浮いていた。

 ひとつからだけでも膨大な魔力を感じ取れる為、アービタは決戦装備なのかと恐れおののいている。


『大体ソチラガワデスネ』

「んじゃ麒麟、あっちへ真っ直ぐね」


 以前にキーと作成した周辺地図と照らし合わせ、進む方角を指し示した。

 ケーナに頷いた麒麟は街道を無視して森林目掛けて歩き出す。

 この後は斥候に出した風精霊との情報と合わせて進路修正していく予定だ。


「お、おい嬢ちゃん。森を突っ切る気か!? 時間が掛かるぞ」

「まあ見てれば判りますから、間を開けずにしっかり付いて来てくださいね」


 半信半疑で後を付いて行ったアービタ達は、一歩踏み込んだ麒麟を避けて(・・・)森が割れたのを見て目を丸くした。

 そのまま進んで行く自分達の背後で森は閉じていく。

 巨木も茨も下生えの雑草すらも自分達に道を空けていく様に、その麒麟と呼ばれる獣より使役する側の女性が神使(エンゼ)であるかのような錯覚を受けていた。


「麒麟、【行軍】もお願い」


 ケーナの命に頷いた麒麟から緑色の風が吹き上がり皆を包んでいく。

 以前彼女が使った魔法より高度なモノが展開されたらしく、風景の流れるスピードが明らかに早くなった。

 包まれた風に隊列ごと運ばれて行くような感覚に捕らわれ、抜け出せなくなるような気分に寒気がした。


「はあ? 見つかったァ!?」


 そんな気分をぶち壊したのは、状況を作り出した本人の素っ頓狂な悲鳴だ。






 話は時間を戻して討伐隊が出発する前の村内。

 押し掛けてルカを拉致したリットたちは公衆浴場の影まで連れて行った。


「見つけたぜ、昨日。村からそんなに離れていなかった」

「ぱぱっと行って帰ってこれるね!」

「?」


 意気込み高らかな二人に、まったく置いてけぼりのルカは意味が分からずリットの服を引いた。

 元々会話の少ないルカだったが、ここ数日の付き合いでなんとなく彼女の人となりが分かってきた二人は、安心させるように肩を叩く。


「ほら前にさ、ケーナさんの見てない所で花冠作ればって言われたじゃんか」

「きのーとんだときに見つけたんだ、花畑」

「ケーナさんが居ないうちに行って綺麗な花冠作って来ようぜ!」

「……でも、外……あぶない」


 俯いて呟いたルカの前にドワーフの少年は青い涙滴型の宝石を見せた。

 リットも見たことがないので不思議そうな顔をする。


「ヘッヘーン。ちょっと母ちゃんから無断で借りてきた、まじないに使う一個だぜ」


 本来ならば起点の五亡星を描く数個と、周囲を囲む無数の点によって形成されるのが各所で使われるまじないだ。

 それ一つでも魔物を退ける力を持っているが、微々たるモノでしかない。

 端的に言えば、直接魔物という脅威を肌で感じたことのない二人は楽観視していた。

 絶対強者(ケーナ)と言う守りの要になりえる者が村に居着いた為に、村民に『魔物なんてなんてことない』と言う安心感が生まれていた。

 勿論そういった空気を良しとしない村長や、村外の危険を肌で感じられるロットルたち狩人によって大人は諌められていたが、子供にとってはそれもない。


 数ある偶然の不幸が降り掛かり、村を滅ぼされた境遇のルカはその恐怖を心に刻み込まれている。 だから、二人のその『ケーナに見つから(きこえ)ない花畑で冠を作る』と言う矛盾に気付いていた。

 「ケーナが村に居ない今に花冠を作ればいいのに、この二人は何を言っているんだろう?」と感じた表情で盛り上がる二人を眺めていた。


 結局、ラテムに押し切られる形で「大人には内緒だからな!」と言われたのでロクシーヌに話すことも出来ず、リットに背中を押されてコソコソと村を出る羽目になった。

 「何かあったら助けを求めてね?」と渡されたペンダントを握り締めて、友人たちもケーナが守ってくれるよう願うのであった。






 いつものように村を回って細々とした仕事を終えたロクシリウスは、自宅の玄関前に機嫌悪そうなロクシーヌが立っているのに気付き、眉をひそめた。

 イラついた顔で腕を組んで仁王立ちの彼女は意味も無く周囲に鋭い視線を振り撒いている。


「どうかしたのか?」

「お嬢さまと料理を作る約束をしたのだけれど、見当たらなくて。アナタ、いつもの日課で村を回って来たのよね? その腑抜けた(まなこ)で見掛けなかった?」


 例によって当てにしているのか馬鹿にしているのか判断しにくいが、彼女はこれがデフォルトだから突っ込んだら負けだ。

 ロクシリウスは午前中の自分の辿って来た道すがらを思い出す。

 公共浴場を掃除して一軒の屋根を修理。

 村の外周を見回りも兼ねて一周してきたが、何時もはそこかしこで遊んでいる子供たちの声も姿も見掛けなかった。


「そう言えば姿が見えないな」

「ご主人さまが出掛けたばっかりなのに、なんと言う失態。早急に見付けて保護しなければいけないわ。折檻を受けるのはロクスだけだとして」


 村内に居ないとなると外に出た可能性がある。

 幾ら周辺に危険が少ないといっても魔物がいない訳でもない。

 急ぎ行動を起こそうと移動し、ラックス工務店前で何やら話合っていたマレールとスーニャに呼び止められた。


「アンタ達、随分と急いでるようだけど、どうしたんだい?」

「重大かつ火急の事件が発生したのです。お嬢さまを見掛けませんでしたか?」


 途端に苦い顔になる主婦二人。

 それだけでロクシリウスたちには確証が得られた。


「もう直ぐ昼なのにリットが見当たらなくてねぇ」

「済みません。ウチのラテムが石を持ち出したようなので、おそらくはそれをアテにしたのでしょう……」


 まじない用の結界石は一つだけでは何の気休めにもならないと語るスーニャ。

 『村人の助けになるように』と、予めケーナに命を受けている二人はマレール達に子供達を探し出すのを請け負うと、頭を下げてから村を飛び出した。







 炎の槍傭兵団員の居残り組は出入り口と、二人組で外周を警戒している。

 ラックス工務店の裏手から茂みを抜けて街道まで出た子供たちには誰も気付くことは無かった。


 そのまま街道を横切り反対側の森に入り、おっかなびっくりと進む。

 上空から見た感じと実際に足を踏み入れるのとでは森の雰囲気は全然違う。

 子供の足もあって目的の花畑に着く頃には太陽は中天まで移動していた。

 ラテムが花畑内に危険な生物がいないのを確かめて、中央部に移動。輪になって花冠をつくり始める。

 村内には無い彩りや大輪な花に惹かれ、気が付けば周囲を警戒しなければならないラテムも熱心に作業に掛かっていた。


 背筋に寒気が忍び寄った予感に気付いた時には時遅く、花畑の周囲は獣の群れに囲まれていた。

 獲物を追い込む為に唸りを上げつつ木陰から姿を現したのは、茶褐色のウロコを持ったガウルリザードと呼ばれる魔物だった。それが八匹。

 ワイバーンから角を取って首を短くし、大きさが犬くらいといった姿で群れて狩りをする。

 背の羽根に皮膜はあってもムササビのように滑空する程度。

 主に弱いモノを狙うので村などのコロニーには近付かず。しかし離れず、そこからはぐれたりする人や獣がよく被害に遭う。


 相手が八匹では子供三人には逃げる事も出来ない。逃げたとしてもガウルリザードの素早さがその上を行くからだ。

 進退極まったラテムは気丈にもナイフを構えるがその身は大きく震えていた。

 リットは村から殆ど出たことが無く、話はロットルやケーナに聞いているものの実際に魔物を目にするのは初めてだ。

 その恐ろしさを肌で感じ、真っ青になって硬直している。

 ルカも二人と同じく真っ青になって震えていた。

 自然と首から下げたペンダントを握りしめる。

 ここに来てからケーナに貰った物で、ロクシリウス達からも『可愛いらしいですよ』と誉められたお気に入りだ。

 ケーナからは『何かあったらそれに助けを求めるんだよ? 私の最大の守護を込めておいたから』と言われている。

 目の前に迫り来る具現化した恐怖に、藁にすがる思いで力の限りペンダントを握り締めた。

 そして願う、助けてと。

 「助けて、ケーナ、……お母さん」と小さく呟いた。




 ───了解した


 その場に居た三人の脳裏にいきなり力強い声が響き渡ったのはその瞬間だった。

 それと同じくしてペンダントを握り締めたルカの手の内から迸った白色光が、辺りを真っ白に染め上げる。

 それは目を焼く光というよりは子供たちを包みこむ暖かい光と化し、餌に対して食欲の本能を向けていたガウルリザードにとっては終わりの宣告を告げる予兆だった。


 光が収まった後、子供たちは何か大きなモノの影にいた。

 恐る恐る見上げてみると、巨大な真っ白い竜の体躯が彼らを守る形でそびえ立っていた。

 頭部は前後に長く伸びて家一軒を押し潰せそうな程はある。

 表面を覆うのは鱗ではなく白く輝く羽毛だ。

 背面に二対四枚の翼を広げ、尾の先まで含めると城程もありそうな巨竜は、細い眼窩にある優しい瞳を子供たちに合わせると「任せろ」とでも言うようにニヤリと口を吊り上げた。


 呆気に取られる子供たちとは逆に、最大の警鐘を本能から理解したガウルリザード達は群れごとUターンして脱兎の如く逃げ出した。

 しかし『ルカの安全を脅かすモノの排除』を命じられている魔導具(アクセサリー)封印型召喚式のホワイトドラゴンLv990(親馬鹿仕様)が優先するのは排除(・・)である。

 その身に装備された今の世には凶悪な攻撃方法を迷わず選択した。

 呼吸と共に周囲の光までもが歪み、彼の口腔に収束して行く。

 薄く開いた顎、鋭い牙の隙間から虹色の光が見え隠れし始めた瞬間、大きく開かれた口から直線状に爆裂虹光弾(プリズムバスター)が射出された。 

 大地に着弾した直径十メートルはありそうな虹光弾は地面と樹木を飲み込みながら直進する。

 その軌跡は木々より高く白光がそびえて森を半分に割っていく有様で。

 必死に逃げるガウルリザードの群れは瞬く間に光弾に追い着かれ骨も残さずに蒸発した。

 目標が消えても構わずに直径を小さくしながら直進した光弾は、数キロメートルに渡り森を割ってやっとその威力を消失させた。

 ルカ達のいるところから見るとたった数秒で森に谷が出来たようだった。


「…………す、すげー……」

「……ウ、うん……」

「………………」


 至上類を見ない程に凶悪な威力を目にした子供達は絶句していた。

 その頭上でゆっくりと周囲に目を走らせたホワイトドラゴンは、徐々にその輪郭から燐光を滲ませつつうっすらと消えて行く。

 ルカの手の中にあったペンダントに亀裂が入ると同時に、その身を構成していた全魔力を蛍状の小さな光に変えて霧散した。

 

 それと前後して花畑にロクシーヌとロクシリウスが飛び込んで来た。

 ホワイトドラゴンのような巨体が出現すれば否が応でもその場に彼等の探し人がいると分かる。

 巨体過ぎて村の方からでも見えた為に大騒ぎになっていた。













 一方、進行中の討伐隊の方は……。


「おい、嬢ちゃんなんかあったのか? いきなり妙な悲鳴上げて」


 頭上では指を突き合わせて申し訳なさそうな顔で卵くらいの大きさの少女、透き通った緑色の風精霊が浮いている。

 やれやれと頭を振って呆れ顔のケーナは頭を下げて説明した。


「偵察に出していた精霊が相手に見つかってしまったようです。相手に術者がいるみたいですね、強襲はむりかなーと」

「オーガの術士か!?」


 団員の一人が上げた単語に全員の身に緊張が走る。

 ごくごく稀に生まれてくる術士は、本能で動く他のオーガと違い知恵が回るからだ。


「そっちの方は嬢ちゃんに任せていいか?」

「任されました」

(どうやらオーガよりはもっと上質の術者っぽいですしね)


 目的地も近付いて来た所で付加魔法全般を解除してもらい、麒麟も送還する。

 ケーナの頬をペロリと舐めて消えていった荘厳な獣を名残惜しそうに見つめるアービタがいた。


「今の奴は手伝ってくれねーのか?」

「ああ、麒麟はそこが欠点でして。喚んでいる間、私は攻撃的行動の全てを封じられてしまうんですよ」


 まさに探索、高速移動位にしか使えない召喚獣である。

 その目的だけであれば多大な恩恵を受けられるが、それ以外の行動では只の足枷でしかない。

 ケーナの解説に渋面で腕を組んだアービタは「召喚っつーのも面倒なモンだなぁ」と呟いた。

 気付かれているのなら逆に不意打ちを喰らう前に突っ込んだ方がいいと言うアービタ。

 教えに従い先に数拡大で防御上昇と耐魔上昇を全員に掛けたケーナ。

 一応罠の可能性も考えて、隊列の先頭から洞窟のある場所目掛けて水流系直線魔法を叩き込んだ。

 その際途中生えている樹木の抗議には目を瞑る。


魔法技能(マジックスキル)激流弾波(クア・ドローガ):ready set】


 空中から出現した大量の水がケーナの周囲を包むようにゴゥゴウと唸りを上げて柱の形に直立していく。

 水で出来た巨木のようになった先端部には顎を備えた獣の顔が形成された。

 水木内のケーナが手を前方に突き出した瞬間、獲物に向かう蛇の如く巨大な水流が術者の命に従い突撃をかけた。

 木をなぎ倒し大地を抉り、地面と平行に何十トンと言う激流が荒れ狂い有るもの全てを打ち砕きながら直進していった。

 その威力に団員達が唖然とするも「ま、まあ、ケーナちゃんだからな……」と納得し各員に号令を掛けて走り出そうとした時、耳を塞いでしゃがみ込んでいるケーナがいた。

 勿論森からの ―ヒドイ― だの、―キチク― だの ―オニー、アクマー― などの抗議が一点集中してるからである。


「ど、どした嬢ちゃん?」

「いや、分かってはいたんですよ、はい。気にしないで下さい、こっちの都合です」


 ハイエルフの特性を理解していないアービタ達は周りの樹木に頭を下げるケーナを変な顔で見るも、今の勢いを崩してはならないと団員達に発破を掛けて洞窟前に乗り込んだ。


 丘になっている岩山があり、ぽっかりと人が何とか通れるくらいの出入り口が空いていたと思われる。

 どうやら先程のケーナの魔法によって入り口を支えていた岩塊が砕け、洞窟が埋められてしまったようだ。

 手前には数人で乱戦の出来そうな小さい雑草に覆われた広場があり、そこに粗末な革鎧で武装したオーガが五匹いた。

 飛び出して行ったアービタ達を見るや否や、互いに顔を見合わせて慌てて武器の棍棒や小剣を構える。

 妙に動揺している姿にチラリと周囲を確認すると、団員達とオーガ達を挟んだ中央に激流で抉られた地面、そこに腕や足だけになった不揃いなパーツが転がっていた。

 どうやら前衛として待機していたゴブリン達を、魔法が纏めて料理してしまったらしい。


「一匹は俺が、残りは何時もの通りにな!」

「分かってまさぁ、団長」


 アービタを除く八人がそれを合図に一斉に頷いた。

 1vs2で確実に油断なく仕留める彼等のスタンスである。

 後衛のケーナが森の中から出て来ないのが不安だが、任せた手前信じるしかない。

 とりあえず目前の脅威を片付けるべく、部下達と一緒にオーガに向かって斬り込むアービタだった。






 ケーナは樹木に対して頭を下げている最中に森からの警告を受け、足元から石を拾って背後に思い切り投げつけた。

 息を呑む気配と同時に何も無い風景に当たって跳ね返った石。

 そこから滲むように人影が姿を現した。

 しっかりとした作りの革鎧にマントを羽織り、ナックルガードがついた弓に似た杖を構える薄黒い肌のエルフが憎々しくしげに此方を睨み付けていた。 


「チッ、どうやら感づかれたよ……」

「なんだ黒フか」


 言いかけた言葉を遮ってケーナから紡がれた“つまんねぇ”とでも感じられる言葉に、相手の黒エルフは怒りの形相を浮かべた。

 アービタがこの場に居れば最大限の警戒を取ったであろう。

 この地で闇に魂を売ったとされる黒い肌を持つ生物は、禁忌として忌み嫌われる(魔人族は夢の神の従者扱いなのでその範疇外である)。

 ところがリアデイルと言うゲームでは、キャラクター作成に肌の配色を変えてしまえば黒エルフどころか黒ドワーフも黒猫人族も当たり前に作れるからだ。

 それにこの世界の常識に疎いケーナがそんなことを知っている筈もなかった。


 ケーナ側にしてみれば最初は地元民と思っていたが、対面してサーチしたところで相手の名前に『シナウェヴの轟き』と表示されたことが疑念を呼び起こす。

 瞬時にキーが検索してくれて、過去ゲーム中にクリアしたイベントボスと判明した。


(この前の幽霊船もそうだけど、なんで運営無しNPC無しクエスト無しでイベントボスが起動してんの?)

『誰カガ進行途中デゲーム終焉、ソノママ残ッタノダトカ。デショウカ?』


 杖弓に雷撃魔法をつがえた黒エルフの動作に、森の中をジグザグに縫うように距離を取る。

 構わずに射出された雷矢は幾つかの木を削り威力を弱め此方に迫り、ケーナの耐魔防御を越えられずに手前で消失した。


「硬い奴めっ!」


 木々の向こうから悪態を吐く声と、更に続けて幾本かの雷矢が飛んでくる。

 ここで周囲に滞空していた水晶玉のうち、黄色玉が有り得ない高速軌道を描き飛来した雷矢と接触。

 雷矢は小さな放電現象を残して消え失せた。


「なっ!?」

「あー、そこの黒フさーん! 大人しく武器を捨てて投降しなさーい!」

「アンタ、エルフの癖に人間に混じることを良しとするのかいっ! この裏切り者めが!」


 穏便に交渉から繋げるつもりだったが、返答してきた言葉には主題が足りてなかった。


「えーと、何を主張してんのか意味分からないわね?」

『オソラクハイベント上ノ設定ノママ行動シテイルノデハ?』

「ああ、成る程。 しかしイベントじゃこんな饒舌なNPCいないよね?」

『状況証拠ガ不足シテイマス。断言ハ出来ナイカト』


「何を独りでゴチャゴチャ言ってんだいっ!」


 業を煮やしたのか魔道具に頼らず黒エルフは魔法をぶっ放す。 両手の間で収束した雷が上下に引き伸ばされ、黒エルフが頭上で構えを取った直後に射出。 樹木をへし折りながら雷撃槍が突撃して来た。 同じく自動で防御体制を取った属性玉と接触し、矢も消失したが玉の方も砕け散った。


「げっ! 耐久上限越えた!?」


 本来であれば中級魔法数発分の耐久性をもつ属性自動防御玉だ。

 過去、ゲームでの戦争中に受けた攻撃分を回復しない状態でアイテムボックスに仕舞っておいたので、今ここで限界がきたらしい。

 ケーナの焦りようを見た黒エルフは、愉快そうに笑い声を上げて杖弓から長剣に持ち替えて近接戦闘の間合いに入る。


「ハッハハハ、頼みの綱も無くなったようじゃないか!」


 腰に差していた棍を自分の身長まで伸ばしたケーナに対し、直線的に突っ込んできた黒エルフが手前で軌道変更。

 左にステップを踏んでタイミングを外し、首に向かっての刺突を手元で回転させた棍で弾く。


「危なっ!」

「甘いねぇ!」


 体ごと右にずらして突進を避けるが、黒エルフは弾かれた剣ごと体を独楽のように回転させ、ケーナを右側頭部から斬りつけた。

 いや、斬りつけようとしたその腕は回転を持続していた棍に打ち据えられて、剣を取り落としてしまう。

ニヤリとした黒い笑みを浮かべるケーナを見た黒エルフは慌てて距離を取ろうと足を動かすが、何か予期せぬモノ踏みつけ転倒して尻餅をつく。

 すぐさま上半身を起こして枯れ葉敷き詰められた大地へ視線を向けると、黒い球体が鎮座していた。

 ケーナの周囲を回っていた球体のひとつだ。

 その向こう側には左手の棍をクルクル回しつつ、底意地の悪い笑顔で見下ろす魔女が居た。


「はいはーい、投降しますかー?」

「術士のクセに中々素早いじゃないのさ! だけどマグレは二度もないよ!」


 飛び起きて剣を拾い斬りつける。

 一連の動作を油断している眼前の敵に叩き付けようとした黒エルフは、敵からの濃密な魔力放射を感じてその場に釘付けになった。

 先程自分の全力をもって放った雷撃槍より遥かに上、丸ごと開放してしまえば辺り一面更地になりそうな風翠色(グリーン)の輝きがゆったりと構えた右手に収束されていく。


魔法技能(マジックスキル)弐式・嵐激巧裂(ダン・ラ・ギガ):ready set】

「ぶっ飛ばせ!」


 バスケットボール大にまで圧縮された空圧弾がその手から発射された。 横に縞の入ったメロンのような球に見えるそれは超小型に圧縮された台風(ハリケーン)であり、人の営みに無慈悲な被害を与える自然災害とほぼ同等のエネルギーを秘めている。 ゆるやかなスピードで黒エルフに迫った緑色回転弾(イレイザー)は黒エルフと接触。 瞬間ノックバックの効果を発揮して対象を大きく跳ね飛ばす。 その場から掻き消えるように勢いの付いた黒エルフの肉体は、背後にあった樹木を幾つかへし折りながら飛んで行った。 ビル解体用の鉄球にも似た勢いで。 肉体にとって致命的なまでに嫌な音を響かせて大木に激突した黒エルフ。 苦痛の悲鳴を上げる暇もなく、その身は荒いノイズを発生させてその存在を消失した。 ケーナの表情はそれを見てかすかに揺らぐ、それはゲームだった頃の敵キャラを倒した時に良く見る光景だった。


「…………あーもう! まったくさー、良く分からんわぁ」

「お? 嬢ちゃん無事か!」


 多少の傷は負っているようだが全員無事なアービタ達が一仕事やり終えた表情で戻って来る。


「よう、こっちは終わったぜ。 嬢ちゃんのほうは……」


 焼け焦げた樹木、あちこちが抉れている地面、なにやら一直線に硬いものが通過した形で折れた木が続く空間。 森の一角にぽっかりと空いた空白地帯にアービタ達は絶句する。 後をついて来なかったので別働隊と鉢合わせしたのかと気掛かりだったが、ケーナの方は平然と彼等を迎えた。


「とりあえず率いていた首謀者は倒しました」

「こっちには残っていたオーガは五匹だけだったぜ。 念の為洞窟に油と火種をぶっ込んどいたけどな」

「全くなんだってまたこんな所にあんなものが……」


 ぶちぶち愚痴りだしたケーナにそんなに手間の掛かる相手だったのかと怪訝な顔になるアービタ。 彼等の視線に気付いたケーナは手をパタパタと振って「気にしないで下さい」とアピールする。 一応周辺を探索して、生き残りの痕跡がないか確認しようとした時。 遠くで山鳴りのような鳴動と、やや遅れて足下から感じる地震にも似た微かな揺れが。 


「……お?」

「なんだ?」


 団員達が首を巡らせて聞こえて来た方角を探り、音源は北にあると確定した。 どう考えても音が鳴り響く原因に至るような発端は村だとしか思い当たらない。 アービタは探索を中断させ、急ぎ仲間に村に戻る指示を出した。


「嬢ちゃんは先に行け! 何かあったら頼んだ!」

「あ、はい! 済みません」


 駆け出しながら【飛行】を発動させて、勢いをつけ空に飛び上がった。 高度を上げれば辺り一面に広がる森林の中、ぽっかりと空いた村が見える。 しかし、街道を挟んだ西側に昨日は無かった断裂痕を見付けたケーナは首を捻った。

 森の木々を縦長数キロメートル伐採したような痕に、先程の音と振動はこれかと思う。 ロクシリウスかロクシーヌであれば作れるだろうが、基本村の防衛と娘の守護になっている筈だ。 わざわざ村の外まで足を運ぶ理由がない。 嫌な予感を覚えたケーナは【加速】も【飛行】に注ぎ込んで村へと向かった。






 村に降り立ったケーナの前では大人達が総出でリットとラテムを叱っている最中であった。


「全く外敵に対して村中ピリピリしている中、外に出るなんて何を考えているんだい!」

「ぐすっ、ひっく……。 ご、ごめんなさぁい」

「まあまあ、母さん。 リットもこんなにしおれて反省しているようだし、そろそろ許してあげても……?」

「アンタは黙ってな! 無償で村を守ってくれてたケーナんトコの嬢ちゃんや、アービタの旦那に顔向けが出来ないだろう!」


「いいですかラテムくん? 余所様のお嬢さん達をそそのかして外へ連れ出すなんて、あの人が聞いたらなんて思うのかしら?」

「え、えーと、か、母ちゃん?」

「言い訳ですか? なんて男らしくないんでしょう。 貴方はそれでもラックスの血を引く誇り高きドワーフですか、みっともない!」

「は、ハイ、モウシワケゴザイマセン……」

「だいたい貴方は普段から……くどくどくどくどくどくど……」


 顔を真っ赤にして村中に響き渡る声で怒鳴るマレール。 夫やルイネの仲裁を歯牙にも掛けず、鬼のような形相にリットは半泣きだ。 スーニャは息子に正座をさせてニコニコと諭している。 ラテムが片言になるくらいの震え上がりっぷりで、よく見ると目は笑ってなく据わっている。 そのまま今回の事だけには留まらず、過去の悪戯まで蒸し返して延々と説教が続く。


「ぐす、ふぇぇ……」

「お嬢様、安心して下さい。 ケーナ様はこの程度で怒ったりは致しませんよ」

「壊れたぺンダントもケーナ様の手に掛かれば何の問題もありません。 元通りになりますから」


 ボロボロと涙を零すルカには、言い聞かせるようにロクシリウスとロクシーヌが声を掛けて宥めていた。


「はぁ~~~」


 最悪なものを思い浮かべていただけに、問題はあるものの危惧していた光景ではなかった。 肩を落として脱力し、長い安堵の溜め息を吐いたケーナに気付いたルカはびっくりして硬直する。 俯いたままゆらゆらと迫るケーナに説教をしていたマレール達も注目する中、地面に座り込んで引き寄せたルカをしっかり抱き締めたケーナに、いきなり怒鳴りつけるんじゃないかとハラハラしながら見ていた村人達も安心する。

 ……が、次にそこから聞こえてきた泣き声がケーナのものだと言う事に気付き、目を丸くした。


「ぇうぅ、るかが無事でよかったよぉぉ……、ぅわぁぁ~ん」

「ぇぐっ?」

「は? ええと……ケーナ様?」


 ルカを抱き締めたまま号泣する自分の主に呆気にとられるロクシーヌ達。 村人達もわんわんとマジ泣きのケーナを見るや否や慌てて宥めに掛かる。


「ほらっ、ケーナ! アンタんトコの娘は無事だったんだから、そんな子供みたいに泣くんじゃないよ!」

「そうですわケーナさん、悪いのは全てウチのラテムなのですから、貴女が泣く程の負い目を感じなくてもいいんですよ!」

「ご、ゴメン! ルカを強引に連れ出した俺が全部悪いんだ」

「ケーナおねーちゃんごめんなさい」

「け、ケーナ様?! お、お気を確かに!」


 一番困惑しているのは抱き付かれているルカで、怒られるかと思えば優しく抱き締められて安心感に包まれた。 ─―ああ、まだこの優しい人達と居られるんだ―─ と思った瞬間、保護者が号泣。 力はケーナの方が遥かに強いので抱擁からの脱出は困難、周りの大人達はケーナを宥めるばかりで此方には困った顔を向けるばかり。 更には左右から抱き付いて来たリットとラテムもケーナと一緒に泣き始め、すっかり自分が涙するタイミングを外されてしまった。 オマケに服はもうびしょ濡れである。 困惑以外に何をどうすれば? 

 この騒ぎはアービタ達が戻って来るまで続き、ようやっと泣き止んだケーナにルカが解放される頃には陽がとっぷりと暮れていた。



 更にこの出来事は後を引き、数日間は鴨雛のようにルカの後ろを憑いて歩くケーナ(・・・・・・・・)が度々村人達に目撃されるようになった。 


 例えば、朝。


「ん、ルカどこ行くの? 私も付いて行ってあげようか」

「……トイレ、だから。 いい」


 例えば、午前中。 勉強の時間。


「大丈夫かな、ルカ。 どこか解らないところある?」

「……平気。 それよりもあっち……」

「ケーナのねーちゃん、これわかんねー!」

「ロクス、あっちのラテム君お願いね」

「はあ、分かりました」

 にこにこ(←ルカの前で満面の笑み、離れようとしない)

「………………」(←ケーナの行動におっきな汗をタラリ)


 例えば、夜。


「よし、ルカ。 今日こそは私と寝ようね!」

「……ケーナ、お母さん……は、ひとりでも寝られる、ハズ」

「ん~~~! シィ! シィ! ルカが『お母さん』だって! 聞いた聞いた?」

「ケーナ様、今朝からそれは十二回目です」


 ルカはこんな状態のケーナに数日構われ(?)て、二度と彼女を心配させまいと固く誓ったと言う。 




 

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