32話 子守は思ったより大変
飛ぶまでが大変だと思っていたケーナは、飛んでからも大変だと思い知った。
まずグリフォン側の子供達のはしゃぎっぷりが半端じゃない。
風切り音が耳元でゴウゴウと騒々しい中、「きゃー」「うおー!」だのの歓声がけっこう聞こえてくる。
「ジェットコースターに乗った子供ってこんな感じなのかなぁ」
「……? じと?」
「あぁあ~何でもないナンデモナイ。ルカは気にしなくてもいいわ」
「うん」
グリフォンにはドラゴンの影に入る位置で飛ぶように指示を出し、ケーナは子供達の様子を確認しながら、もしもの時にはフォローが出来るように準備していた。
心配する側の心労もなんのその、リットとラテムは下を指差して何事か相談している。
その際に身を乗り出すのは勘弁して欲しいとケーナは思う。
グリフォン側だけに注意を払う訳にもいかない。
グリーンドラゴンに乗る際にも手綱をくくりつけたが、掴まっているのはケーナだけである。
ルカは胸元にしがみついている為、周囲を警戒するときに体を捻ることが出来ない。
ルカは周囲を見渡してはビクッとしてしがみつき、見渡してはびっくりし、を繰り返していた。 それをやられている方はこそばゆいのである。
ケーナは安心させるように言葉を掛けて頭を撫でたり、背を軽く叩いたりして構っていた。
更に問題があった。
ケーナは忘れていたが、空にも普通に凶暴な猛禽類的のモンスターがいる。
流石に見掛け倒しだけでなく威圧感も兼ね備えたグリフォンやドラゴンに近寄って来ようとはしないようだ。
しかし相手が空腹感に耐えかねて子供達に襲いかかったらと思うと気が気でならない。
羽を伸ばしに来たはずが、積み重なる不安感にどんどんストレスを溜め込む羽目になるケーナだった。
村から離れて少し行けば地面を進むより早くケーナの守護塔に着く。
陽光を乱反射してキラキラ輝く塔の周りを大きく二周してから北の国境側へ向かう。
ケーナの守護塔は頂上を頂点としたドーム状の魔法無効化結界兼障壁に覆われている為、空から近付くことが出来なくなっている。
子供達は初めて見る高層建築物(?)に興味津々だ。
高さだけならヘルシュペルやフェルスケイロの城を越えるので、ラテムも驚いていた。
この後は山影から入って河の上を通るコースになる。
一応ヘルシュペル国境警備からは見えない高度で移動するつもりだが、見つかってしまった場合は孫のコネに頼る予定だ。
高速を維持したままで輝く水面スレスレを飛ばすと、それだけでグリフォン側は大喜びだ。
ドラゴンはケーナからの魔力供給で【飛行】魔法を継続させ、その後ろに続く。
低空飛行を持続させるのに不向きな体の構造なので苦肉の策であった。
その途中経路で、母と息子の共同作業である橋をヒョイと飛び越えた。
「あれ……?」
飛び越えたはいいが、何か妙なモノまで同時に見た気がしたケーナは首を捻った。
子供達の安全面だけに気を配っていた為に、橋上にわだかまっていた風景の一部がキチンとした形で認識出来なかったのだ。
先行するグリフォンの上ではこちらを振り向いたリットとラテムが、身振り手振りで「橋がー!」とか「橋でー!」と大騒ぎをしている。
仕方なく第三の目に質問してみた。
「キー。 今、橋になんかいた?」
『モンスターニ襲ワレテイル馬車ガイタクライデショウカ』
「って、ええええっ!? え? ちょっ!? み、ミドリちゃんバックバック! 転進てんしーん!」
慌ててドラゴンに命令を出すがグリーンドラゴンは高々度を悠々と舞うのに向いているため、緊急機動には不向きだ。
健気にも召喚主の命を受け、一度高度を取って旋回しようとするグリーンドラゴン。
しかし、乗っている子供達の事もあり、ケーナの思考は袋小路に陥った。
「やれやれ、進退窮まりましたかね?」
橋のど真ん中でどうにもならなくなっている現状を確認したエーリネは、腹を括るべきかと目を細めた。
前門のオーガに後門のゴブリン、幾ら武で知られたアービタ率いる『炎の槍傭兵団』と言えど、団長不在で半数以下の状態では三台の馬車を守りきるなどとは難しいだろう。
「運が向いてきたと思ったんですがねぇ……」
荷台に積まれているけして大きくはない木箱数個をチラ見した彼は、表情に諦めすら浮かべずに呟いた。
堺屋のケイリックから直々に輸送を頼まれた品物は、辺境の村へ住むことになったらしいケーナ宛だ。
これ数個だけで、別の馬車に丸々詰まっている荷物分の輸送料に匹敵する。
おそらくはそれだけの儲けが見込めるモノなのだ。
ついさっきまで隣にいた付き合いの長いアービタと、「嬢ちゃん様々だなあ」とか気楽に笑い合っていたのが嘘のような切羽詰った危機感に、つくづく世の中の不運と幸運バランスに舌打ちをせざるを得ない。
最初の襲撃はヘルシュペル国境を越えてしばらく進んだ辺りだった。
オーガ一体とゴブリン三体に後ろから襲撃されて、アービタが仲間の半数を連れて対処に向かった。
商隊は少し離れて待つ予定であったが、ある程度離れた所で更にゴブリン五体がアービタ達と分断するように現れたのだ。
副団長の判断で、馬車のスピードには付いて来られないとして商隊を早足で進ませた。
しつこいゴブリンを撒くくらいには橋まで来ることになり、渡り掛けた所で対岸側からオーガが三体現れ、残った団員でなんとか防いでいるところへゴブリンに追いつかれたのだ。
多分、何時まで経っても戻らないアービタの方にも増援があって足止めをされているのだと思われる。
とても「少しだけ知恵」が働く、ともいわれるオーガ達が取る戦法ではない。
背後に何者かの思惑が見え隠れする組織立った行動に戦慄すら覚えるエーリネだった。
つい今し方頭上を通過して行った巨大生物の存在もあり、何かとんでもない出来事が裏で進行しているのではないか。
……というのは考え過ぎなのか、胸騒ぎがしてならない。
今はまだ幅の限られた橋の構造上凌げているが、こちらにも増援があった場合にはどう見ても防ぎきれなくなる。
【魔法技能:load:雷光よ薙払え!】
救援の手が差し伸べられたのはその時である。
川下側から空気を灼きつつ伸びてきた数条の雷蛇が、橋や馬車を無視して副団長達と攻防を繰り広げていたオーガ三体に突き刺さった。
その想像を超えた破壊力は絶大で、肩口に食らったオーガは腰から上を一瞬で炭化させる。
雷光が腹に当たったオーガは膝下と頭を残して胴体を丸ごと炭化して崩れ落ちる。
数条いっぺんに食らったオーガは只の消し炭と成り果てた。
副団長やエーリネを含む視線が魔法の飛んできた方向を振り向けば、さほど離れていない空中に子供を抱いたままでフワフワ浮くケーナがいた。
「「ケーナ殿!?」」
驚くのも束の間、今度は商隊の後列に頭上から大質量が橋脇へ落下。
最前列の馬車までびしょ濡れになろうかという程の水柱が吹き上がった。
勿論見越していたケーナによって商隊には【結界】が張られ、影響を受けたのは最後列でちくちくと嫌がらせをしていたゴブリンのみである。
五体とも水圧によって吹き飛ばされ、もがきならがら河を流されていった。
どちらにせよ橋に残っていたとしても、落下したグリーンドラゴンと相対せねばならなかったので奴等にとっては幸運な事だろう。
「ケーナ殿! お願いがあります!」
消し炭になったオーガ達も払拭された橋に降り立ち、再会の挨拶を交わそうとしたケーナを制して傭兵団の副団長が声を荒げた。
「は、はい? どうしたんですか?」
「暫くの間、商隊の護衛をお願いできないでしょうか?」
「はあ、いいですけど?」
訳が分からないままケーナが頷くと、エーリネに一声掛けた副団長は残った団員を引き連れて元来た道を駆けて行った。
「団長ご無事でええええっ!!」と、鼻息荒く。唖然と見送ったケーナに、エーリネは頭を下げた。
「ありがとうございます、ケーナ殿。お陰で人も荷も無事で済みました」
「え? ああ。偶然通り掛かって良かったですよ」
キュ~ロ~
そこへ鳴きながら飛来したグリフォンがグリーンドラゴンの横にゆっくり着水した。
「グオゥ」「キュオロ~」と双方で挨拶らしきものを交わし、大人しくケーナの命令を待つ。
一度、村までリット達を下ろしに戻ったので、その背には誰も乗っていない。
ルカだけはケーナと離れるのを嫌がったので仕方なくそのままである。
一旦橋を渡った場所で事のあらましを聞き、ルカを紹介した。
「ほお、ケーナ殿の娘さんですか?」
「……ルカ、です」
ぼそぼそっと呟いてケーナの腰にしがみついたままペコリと頭を下げる。
「エーリネと申します。どうぞよろしく、ルカ嬢」
珍しく促されるより前に自分から挨拶をしたので、嬉しそうなケーナ。
それだけで何となく母親っぷりが分かってしまったエーリネは苦笑した。
「にしても、オーガがこんなことするのは珍しいんですか?」
「まあ、ここまでの戦法をとるのはまずないはずですよ。その話はアービタ殿が戻って、落ち着いてからにしましょうか」
ゲーム中ではクエストによって蛮族が組織立った行動を取るのが普通だった為、いまいちピンと来ないケーナである。
グオゥロゥ~
考え込んだ主人の代わりに歩哨を務めていたグリフォンとグリーンドラゴンは、橋をがやがやと騒々しい一団が渡って来るのを見付け、威嚇の声を上げた。
先頭を歩いていたアービタはドラゴンを見ると顔を引きつらせて、おっかなびっくり近付いて来る。
厳つい男たちにビビりまくったルカはケーナの後ろに隠れてしまう。
「お疲れ様ですアービタさん」
「よ、よお、嬢ちゃん」
「すみませんケーナ殿、ありがとうございます」
副団長は礼を言って団員たちを配置に付かせ、商隊を進ませる準備に入る。
「怪我人とかは?」
「ああ、平気ッスよ。これぐらいなら怪我したうちに入らないッス」
一番重傷者に見えた左腕に包帯を巻いたケニスンが、軽口を叩くのを見て頷いた。
もう大丈夫かと判断したケーナは召喚獣二体を労ってからグリーンドラゴンだけを送還した。
「じゃあ、村でお待ちしてますので話はそこでしましょう」
ルカを抱いてグリフォンの上にひらりと跨ると、エーリネに一声掛けた。
主人の命令を受けたグリフォンは水飛沫を巻き上げて上昇し、村へ向かって飛翔して行った。
見送ったアービタの顔にはありありと不満そうな表情が見て取れる。
「なんだなんだ、嬢ちゃんにしちゃあ随分薄情じゃねえか……」
「優先順位から見て、娘さんに負けましたね」
ぷっ、と噴き出したエーリネは彼女の親馬鹿っぷりからして当然だと頷き、アービタを困惑させていた。