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2話 魔法を使ってみよう

後で見直すと結構誤字脱字が。 そんな文章でもお気に入りが9件も……。

戦々恐々としながら書いています。

「ハッ!?」


 思いの外ショッキングな事実に意識を飛ばしていたケーナは、目の前に広がった風景がオレンジ色に染まっているのに気付いた。


 約丸々半日が無為に経過してしまったことに愕然とする。

 同じような事実に直面すれば誰でも打ちひしがれるだろうと強制的に自分を納得させておいた。誰とは言える者も居ないが、黒歴史として記憶の彼方に追放しておこう。





 窓などの高尚な物が無いため、扉となる鎧戸を閉めると部屋の中は一気に暗くなる。

 一度閉めた鎧戸を半開きにさせ、改めて部屋を見渡して壁に掛かる備品のランタンに目が向かう。


「ここの明かりって確か、ランタンが灯っていたような……?」


 サバイバルの訓練を受けたわけでもなく野宿をしたこともないケーナには、部屋に備え付けのランタンの灯し方など知るはずもない。自然と手段に挙がるのは魔法だ。


 周囲を照らすライトの魔法は、ダンジョン探索を専門とする者には必須技能で、比較的楽なクエストで手に入る。それがないときは物品であるランタンに頼るしかない。

 これがまた細かいところまで凝ったアイテムで、燃料を消費するわ、効果範囲が狭いわ、片手の装備として緊急時には持ち替えねばならないわと不便極まりない代物だった。使うのは本当の意味での初心者だけだろう。

 魔法の方はランタンだけと言わず、武器や防具などに掛けて潜る者。

 マジックアイテムとして装備品に付与して作る者。

 完全後衛援護職と割り切って、全身を七色に光り輝かせる阿呆な行為に及ぶ者もいた。


 『我を崇めよ~』

 『うわっ眩しっ!』

 『後光が、後光が差しているよ!』

 『阿呆は放っておいて先行きましょ?』

 『そだね』

 『『『置いていくなっ!!』』』


 当時の会話を昨日の事のように思い出して、ケーナは忍び笑いを漏らした。



 先ずは魔法行使の実践にもなると考え、実行してみることにした。

 目標をランタンへ固定し、脳内から技能を呼び起こして起動させる。


魔法技能(マジックスキル):付加白色光LV1:ライト:ready set】


「発動」

 「ッ!?」


 特にゲーム中と代わり映えのしない発動方法に安心したケーナ。

 安心できない部分は、煌々と照らされる部屋の半開きになった扉から漏れた小さな悲鳴であろう。

 恐る恐る隙間から覗く気配がして、部屋に顔を見せたのは宿屋の娘のリットである。壁のランタンが煌々と輝く様を見て、ギョッとした表情を見せる。彼女の反応に首を傾げたケーナは扉まで歩み寄った。


「どうしたの、リットちゃん?」

「あ……、あの、これ、へいき?」


 予想外の怯えようにライトが原因だと理解したケーナは、手をパタパタと振って危険の無いことをアピールした。


「ああ、これ? 唯の明かりだから爆発したり人に害があったりしないよ。大丈夫」


 そこまで言われゆっくりと入ってきた少女は、それでも壁にぴったり貼り付いたまま前へ出ようとしない。もしかして普通の村人というのは、魔法を目にすることすら珍しいのではないだろうか? とケーナは疑問に思う。


「リットちゃんは、魔法を見るのは初めて?」


 答えは小さくコクリと頷いた仕草によって判明した。ついでに彼女が部屋を訪れた理由も。

 手に持った皿を満たす獣油に浸された糸から蝋燭みたいな灯火が点いている。宿泊客の部屋に備え付けてあるランタンに火を灯すのは彼女の仕事だったのだろう。


「……あ、リットちゃんのお仕事を邪魔しちゃったかな?」

「ううん、こっちの方がずっとあかるい。おねーちゃんすごい」

「そ、そうなんだ。このくらいで喜んでもらえるなんて、私も嬉しいな」


 顔を見合わせて笑い合う。

 従姉妹以外では久し振りの同性同士の交流に、ケーナの胸の中には暖かいものが満ちていた。





 それにしても、かつてこの大陸に蔓延していたプレイヤーたちはいったいどうしたのだろうと新たな疑問が湧き上がる。

 まさか運営側から「はい、明日から二百年後の世界を始めますよ~」などと発表があったとしたら、間違いなく「ふざけんなっ!」と言う意見が大半を締めるであることは想像に難くない。七国間戦争イベントは間違いなくリアデイルというゲームのステータスの一因だったのだから。


「明日は塔まで足を延ばしてみようっと。……ん?」


 予定を心に書き込んだケーナは不意にローブの裾を引かれて、傍に近寄っていたリットに気付く。


「あのねあのね。夕ごはんって言いにきたの」

「あ、引き留めちゃって御免ね」

「だいじょうぶ、お客さんはおねーちゃんだけだから」


 ぶっちゃけて言ったらマズいんじゃ……。とか、宿屋の娘としてその発言はどうなのよ? とか、一人で葛藤しているとリットに手を引かれる。

 彼女はケーナが考え込んでいる間に半開きになっていた鎧戸を閉め、(かんぬき)を掛け終えていた。そしてケーナの手を引いて階下へと促す。


 朝と違い部屋にまで階下のざわめきが小さく聞こえてくる。

 夜には村の人たちが憩いを求めて集まるのだろう。


 階段の途中から食堂の様子を窺うと、若者から老人まで二十人ほどの男衆が席を埋め、飲んだり食べたり陽気に喋ったりしていた。


 朝食の時と同じ席に座ると、間を置くことも無く夕食がマレールの手によってケーナの前へ並べられる。 


「騒がしくて済まないねえ。特に害になる連中でもないし、気にしないでやっとくれ」


 朗らかに笑いながら一言断るマレールの言葉に、すかさずあちこちの席から反論が上がる。


「酷いぜ、女将!」

「そうだそうだ。売り上げに貢献してやってるだろう!」

「気をつけなお嬢ちゃん、こう見えてコイツは若い頃に村一番の武勇d……ぶぺっ」


 最後の発言者にはマレールから直々のお盆の洗礼が飛んだ。

 唐突に始まった漫才まがいの喜劇に、さすがのケーナも口を開けて唖然とする。ソレが可笑しかったのか食堂、いや酒場と言った方が正しいか。がドッと笑い声で埋め尽くされる。


「温かいうちに食べちまいな、父さんの料理は最高だよ」

「あ、はい。いただきます。……あれ?」


 マレールを若くして細身にした容姿の女性に、未だ湯気の立つ並べられた料理を勧められ首を傾げる。 朝は見かけなかったなぁと、ケーナの顔に疑問が出ていたのだろう。彼女もそれを見越していたのか苦笑いで自己紹介を始めた。


「あたしはルイネ。この宿屋の長女。もう結婚していて、夕食時だけ手伝いに来てるんだよ。アンタが珍しい長期宿泊客かい?」

「はい、ケーナと言います。よろしくお願いします」

「おいおい、客が従業員に対して使う言葉じゃないねぇ。どこのお嬢様よ?」


 丁寧な言葉遣いってほど綺麗な喋り方はしてないつもりだったケーナは、なんと答えたものかと言葉に詰まる。助けは女将のマレールから入れられた。


「こーらルイネ、お得意様を困らせるんじゃないよ。せっかくの料理が冷めちまうだろ。無駄口叩いてる暇があるなら酒の一つでも運びな」

「はいはい、ちょっとくらい良いじゃないのさ。まったく母さんは……」


 ぶつくさ言いながらウェイトレス業務に戻るルイネの背中を見送ったケーナは、カウンターの中のマレールを心配そうに見上げた。強い口調で娘を叱る様だったマレールは、怒った様子も無く楽しそうにケーナに目をやった。


「ん? あの娘の相手してくれるんだったら、先ずはソレを食べてからにしておくれ」

「はい、頂きます」


 朝のスープに少量の肉と野菜を継ぎ足して更に深い味わいになったものと、小皿のサラダが並んだメニューだった。朝と同じく始終笑顔で「おいしい」を連発するケーナにマレールは気を良くし、お代わりを勧めてくれた。












 幾らかの時間が過ぎ、酔い潰れた村人たちが目立ってきた頃。

 ケーナの隣にはルイネが座っていて親しい友人のような会話をしていた。主にケーナが話す側だ。暗黙の了解でこのくらいの時間になると実家のウェイトレス業務からは解放されるらしい。


「ふーん。ケーナは二百年前にもこの宿屋(ウチ)に来たことがあるのかい」

「あの時はここも国境の交易路で、馬車だらけだわ、人だらけだわ。村中宿屋だらけだったけどね」


 逆に内心大慌てなのはケーナの方だった。

 二百年前のことを聞かせてほしいとせがまれたが、つい先日までの世界観を語れと言われても周囲の光景なんて有象無象のような感覚で捉えていたので、詳しくは記憶していないのである。多少の誇大妄想や嘘も交えつつ口にするのには罪悪感が伴う。


「じゃあ、ひい婆ちゃんにも会ったことがあるんだ。絶世の美女だったっていう噂なんだけど?」

「さ、さすがにそこまでは見ていなかったなあ……」


 何故二百年前の容姿が今になって噂になっているのかが恐ろしい謎である。


「そもそもケーナはこんな辺鄙(へんぴ)な場所に何をしに来たんだい?」

「あー、えーと、探し物を……」

「さがしもの?」


 空になったジョッキを幾つも抱えたマレールが後ろを通りながらする質問に、正直に返す。

 お盆を持ったまま興味深そうに話を聞いていたリットの首を傾ける仕草が可愛くて、つい頭を撫でてしまったケーナに微笑ましい視線が向く。


 探し物とは言ったが、正確には探し場所だ。

 サポートAIのキーの言によると、マスターシステムと切り離された状態であるケーナたちは、ワールドマップの位置情報の恩恵を受けない状態にある。

 すなわち迷子を通り越して世界の遭難者になっている。知りたいのは拠点の塔の場所であり、この村からどれだけ距離があるかという問題も含む。


 というのも、暫く世界に慣れるためにこの村に滞在しようと決めたからだ。


 指輪の効果で塔まで行くのは問題無いが、帰りはどうしても塔の建つ外縁の森から村まで戻ってこねばならない。

 最初は飛行魔法で高々度まで上がってから帰ることも考えたが、魔法を見たことのないリットの反応から考えるに、モンスターと間違えられた挙句、余計な警戒心を村人に与えてしまっては本末転倒である。

 平和に暮している人たちの迷惑になる行為は避けねば、というのは自己満足なのだが。


「何を探してるんだい? よければ力になるよ」

「ん~、えっと、森に囲まれた銀色の塔なんですけれど?」

「「ッ!!?」」


 聞かれたので何気無く口にしたケーナの言葉に、年長者のルイネとマレールが絶句した。

 その表情には驚愕が、瞳には恐れがありありと表れている。


「あ、あんな恐ろしい所に何しに行くつもりだい?」

「や、止めておきなよっ。あんな得体の知れない所に行くのは!」


 声の震えが彼女たちのその場所に対する畏怖を示している。

 しかしその発言にはケーナを心配する様子が見て取れていた。しかしながらその畏怖を向けられるのは、銀色の塔の主であるケーナそのものである。彼女の頭上にはその恐れられている意味が分からず、疑問符が大量に浮いていた。


(え? え? 二百年もほったらかしにしていたらドラゴンでも住み着いたとか?)


 さもポピュラーなモンスターの代表格なドラゴンだが、リアデイルというVRMMO内には領域徘徊敵(アクティブ)でのドラゴンは存在しない。

 最も多くドラゴンが存在するのは、プレイヤーやギルド所有ダンジョンなどの拠点だ。そこに番犬ならぬ番ドラゴンとして存在しているからである。つまり他人の拠点を荒らす目的以外でドラゴンと戦いたければ、【召喚魔法:ドラゴン】を持っているプレイヤーに呼び出してもらうしかない。

 ケーナが辿り着いた結論はそういう意味で、誰かが所有者の居ない状態の塔を占拠して、拠点として使っているかもしれない可能性である。



 しかしそういった心配は次のルイネの言葉で裏切られた。……悪い意味で。


「あそこには恐ろしい『銀環の魔女』が住むっていう伝説があるんだよ!?」


 ガヅンッ!!


 倒れ込むようにカウンターへ額を打ち付けたケーナに、今度はマレールたちが不思議そうな顔をした。

 しばし様子を見ても小刻みに震えているだけで起き上がる気配も無い。何かの病気だろうかと心配したリットがケーナのローブの裾を引っ張ると、ガバァッと上体を起こすだけでなく椅子から立ち上がった。


「だ、大丈夫かい? ……具合が悪いんじゃあないだろうね?」

「大丈夫で健康です問題ありませんでは今夜はこの辺で失礼しますおやすみなさい!」


 なにやら早口で言いたいことだけを述べ、もの凄い速さで階段を駆け上がっていったケーナを三人はポカンと見送った。


「どうしたんだろう、おねーちゃん……」

「『銀環の魔女』の名前にトラウマでもあるんじゃないかな?」

「とてもそうは見えなかったけどねぇ。……まあいいや。お前たち、今日はお開きにするよ」


 マレールの鶴の一声で片付け作業を再開した子供たちは、直ぐに様子のおかしいケーナのことなど忘れていった。









 一方、部屋に戻ったケーナはベッドの中で毛布を被り、ぷるぷると身悶えていた。


「二百年も経って“アレ”が残っているなんて……。超ハズカシ過ぎる……」


 しかもタイミングを合わせたように本人の耳へ入るなんて、まさしく運営側の悪意としか思えない。


 『銀環の魔女』というのはケーナの悪評と言っていい二つ名だ。


 スキルマスター通過の副賞に、プレイヤーが望む通りのアーティファクトの譲渡があった。

 勿論能力付加にもある程度の上限はあるが、譲られるものはかなり破格ともいえる特殊装備だ。

 彼女の注文したのは魔法関連ステータス上昇と障壁を内装したアイテムで、デザインを運営側に任せたら使い手を囲むように浮かぶ巨大な銀環となって届いた。ここまではまだ良かったのだ……。


 装備するとサービスで浮遊の魔法が自動起動し、七国戦争時に初めて見た味方プレイヤーからはどこかのシューティングゲームの大ボスのようだという評価を受けた。しかし見た目と評価は実に似通っていた。唯でさえ種族効果プラス、スキルマスターなうえに限界突破レベルの相乗効果で魔法攻撃値は全プレイヤーの中でも頭二つ分くらい飛びぬけている。

 それがさらにパワーアップされたうえに、威力上昇効果の掛かった大魔法がドッカンドッカン飛んでくるのである。当然敵に回ったプレイヤーは震え上がり、初お披露目にして不名誉な二つ名が付けられる経緯と相成った。


 まさかケーナにとって封印したい黒歴史と言うべき称号(モノ)が、時空と世界を超えても未だ伝説となって残っていようとは……。

 まったく、人の口に戸は立てられないとはよく言ったものである。


 暫く羞恥心で震えてはいたが頭を振ってネガティブな考えを追い出し、思考を切り替える。 結局塔の場所を聞くこともできなかったので「明日また聞き直そう」と開き直った。


 しかし、異名が残っているということは明らかに過去にプレイヤーが存在していた証拠にほかならない。

 ケーナ以外の他のプレイヤーたちが残っていたとして、人族や猫人族(ワーキャット)だった場合は二百年という年月で確実に寿命を迎えているだろう。だがドワーフ族やエルフ族だった者も結構居たはずなので、探せば見つかるかもしれない……。


「この問題について考えると、確証無いうえに終わりが見えないから止めよう」


 思考が同じ所を徘徊するうえに相談できる人も居ないので、同志ができるまで保留にしておくことにした。




 部屋の扉に鍵を掛け、することもないので就寝しようとする。

 寝るには早いと思う時間ではあるが、科学文明で育った桂菜には、この世界の娯楽など考えもつかない。そもそもこの世界自体が娯楽ではあったわけだし。


 問題は寝る時に邪魔な、煌々と輝き部屋を満遍なく照らすランタンであろう。

 ライトの持続時間は六時間(ゲーム時間でである)。普段ダンジョンで使用する際は切れる頃が探索中断の合図だったので、そのまま外へライトを持ち出して放置するのが定番であった。寝るのだから暗い方が良いかと思って、黒色光LV2を重ね掛けした後に真っ暗闇の中、毛布へ潜り込んだ。


「どうせ朝になる前には消えるもんね」


 装備品も寝る時には要らないと思ったが、寝間着があるわけでもなく。

 ごつごつする左腕のアームガードだけ外して、アイテムボックスへ入れておく。マレールに聞いたところ、お風呂なんてものは贅沢品に当たるというので、自身へ汚れを落とす効果の【清浄】魔法を掛けて眠りについた。












 夜半も過ぎ、村が寝静まる静寂の中、家屋の裏を縫うように移動する二つの影があった。


「いやゼナのアニキ。相手は冒険者っつー話ッスよね。忍び込むなんてそりゃムチャですよ」

「ばっかテメエ、あんなお嬢ちゃんが凄腕なワケねーだろ。俺たちにはいいカモだぜ」


 その二人は村でもチンピラとかこそ泥とか言われ、後ろ指を差されるゼナとライルというはみ出し者であった。

 狙うは昼間に大金をちらつかせたケーナの懐。彼女の見た目は新米冒険者とも言えそうな小娘なので、初対面の者はそう考えるのが正常だろう。しかし中身は、過去の時代で言うところの超越者。はっきり言ってネズミが怪獣に挑むような無茶振りだが、本人たちは気付く余地もない。


 農家の納屋から無断で失敬した梯子(はしご)を、ケーナの宿泊する部屋の窓へ続く屋根に掛けて静かに登る。鎧戸の隙間から薄い金属板を差し込み、内側の(かんぬき)を外す。

 しかし、子分のライルは繊細な作業の直後に、開いた窓の内側から真っ暗闇を照射され、情けなくも小さな悲鳴を上げて仰け反った。勿論背後には何も無く、真っ逆さまに落下してドスンと痛い音が静寂に響く。


「何をやってんだオメェは。……って、なんだこりゃあ?」


 月明かりの中、部屋から飛び出す闇は異様な光景となって外へ伸びる。躊躇(ちゅうちょ)はあったが、恐怖より欲が勝ったゼナは闇の中へ足を踏み入れようとした。

 直後内部から噴き上がった魔力の高まりにも気付かずに。



 ケーナの装備には色々と能力付加や特殊効果の掛かりまくったEX(エクストラ)品が多い。

 その中の一つ、右腕にある銀輪にはアクティブモンスターに自動対応する仕様の【召喚魔法:雷精LV3】が仕込んである。

 元々は離席状態時の備えに作られていて、『対痴漢用』と名付けられていた。その理由に運営側の突発的な思いつきで全都市が魔物に襲撃されるイベントがあったりするからだ。その他にも悪戯目的で離席状態のプレイヤーに落書きをしようとする行為もある。たとえ都市内に居たとしても安全とは言えない証拠であった。


 それが今回の賊を敵と認識し、即時自動召喚(術者の最大LV×召喚LV×10%)の三百三十レベルという脅威で雷精が出現した。荒い3Dフレームで描かれた外殻のライオンがゼナの鼻先で収束し、放電現象を伴って実体化した。部屋の中に乗り込もうとした上半身を余波で感電させ、悲鳴を上げて落下したゼナを追って外へひらりと降り立つ。


 下でようやっと痛みの取れたライルの前に痙攣したゼナが落ちた。その後に続いたのが熊ほどもあるスパーク状態の獅子だ。

 二人共泡を食って痛む体に鞭を打ち、脱兎の如く逃げ出した。雷獅子は二人の後を村中追い掛け回し、村から出た所で追うのを止めてケーナのもとへ戻る。

 

 器用に開け放たれたままだった鎧戸を閉め、部屋の中央でお座りをした雷獅子。黒ライトの持続時間が過ぎる頃には内包した魔力を使いきり、その存在を霧散させて消えるのだった。


 

 無論、昨晩そんなことがあったとは全く知らないケーナは、翌朝に鎧戸の隙間から差し込む朝日で爽快に目覚めた。事件は四六時中主の中で外を観察しているキーの知るところではあるが、報告するようなモノでもないと分類され、事実は闇に葬られた。


「わあ、良い天気」


 鎧戸を開けて緑の匂いのする外気を部屋に取り入れたケーナは、初めて見る日の出直後の大自然が醸し出す風景に感動する。幼い頃家族で登った山の情景を思い出してちょっと涙ぐんだりして。

 飽きずに美しい風景を延々と眺めていたが、その視界の端で光を反射する物があると気付いた。彼女は視線を右へ向け、【鷹目】でズームを掛ける。


「……あ、あった」


 視界右の山脈の麓。コチラからだと半分から上部分しか見えないが、そびえ立つ銀色の塔がはっきりと存在していた。


「今日はアレが目標かな?」


 くすりと微笑んだケーナは、扉を叩くノックの音に窓から離れて鍵を外す。何はともあれ、リットと挨拶を交わし、朝食を食べてからにしようと思いつつ扉を開けた。



最強チート主人公の片鱗も見えない……。

実際にその威力を開放するのはまだ先の予定ですが。

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