27話 潜む影に対抗してみよう (後編)
とりあえずプレイヤー事情はさて置いて、此処にいる訳と現状報告を交互に説明し合った。
「俺達はフェルスケイロの通商ギルドからの依頼でな。海からの魚が入って来ないってんで、最初は徒歩で一日掛かる村まで行った。そしたらそこは争った跡も無く誰もいなくなっていてな」
「ムチャクチャ大事じゃないのよ……」
「で、他の漁村はどうなってるんだって事で北上してきた、のよ。二日前はまだ平穏無事だったんだが……だけど、夕方ぐらいに村人が『船がどうとか』と騒ぎ出したらあっと言う間に村中霧に覆われて。村人はバタバタと倒れた端からゾンビになるわ、散発的に襲って来るわ、時折強いスケルトンは混じってるわ、外には出られないわで、途方に暮れてここに避難したらこの子と出会ったと言う訳さ」
「もう無理して女性的な言葉使いをしなくてもいいんじゃないかな? 破綻して余計に変ですよ」
「ううっ……」
ケーナの突っ込みに項垂れるクオルケ。
ポツンと一人でいた少女はルカと言い、この村唯一の生き残りだそうだ。
無論名前を聞き出すのにケーナが親身に話し掛け続けたのもあるが。この小屋は遊び場だったらしい。
霧が地下にまで進入して来ない事と、食糧倉庫のためまじないが掛かっていた事もあり、被害を免れていたようだ。
寧ろ此処から出る為には霧を通らないといけない訳で、子供がアレに触れたら一瞬でゾンビ化だ。
かと言って残して原因解明に出掛けてかつての村人からの襲撃に遭わせる訳にもいかず。
クオルケが時々外に出て、ちまちまとゾンビを減らしていたということだ。
「ケーナが居れば色々戦法が取れるな。この子をお前に任せた方が安全だし、その間俺達が原因を潰して来る」
「小屋ごと遮断結界で覆っちゃえば誰にも手が出せないと思うけど?」
入院していた中で子供相手に辛抱強く待って話す事が多かった為、ルカはケーナの服を掴みすっかり懐いた様子だ。
年はまだ十歳になったばかりらしいが、子供の少なかった村ではかなり物静かに育ったとか。
そんな子を寂しいまま放置はさせられないと、エクシズとクオルケは片っ端から叩き潰す方法を推奨した。
逆にケーナは後衛役もいたほうが良いと提案した。
エクシズのプレイヤーにしてみれば、かつてのメインがソレだった為に、戦闘補助がいるといないでは戦術に幅が増えるのは承知している。
「流石『気遣いの』タルタルソース。自分達の行動が阻害されても子供優先ですか」
「ソース言うな。こんな所にひとり残して行くなんて可哀想だろうが」
「誰も独りきりにするなんて言ってないけどね……」
アイテムボックスから青と赤のハンドベルを取り出したケーナは、両方を見詰めて思案した。
クオルケは見慣れないアイテムなので効果の程を知らないが、エクシズ(タルタロス)はかつてゲーム中にオプスと二人でそれを使用したケーナ達の騒動に巻き込まれた過去があるので、あからさまに嫌な顔になった。
「って言うか何で二個も持ってんだよ……」
「そりゃーそれだけ遊んでいたからねー」
「この廃人めが」
「褒め言葉ですよーだ」
「ゴメン、二人の会話がさっぱり分からない」
ゲームを始めてから然程経っていないクオルケには、超絶ギルドメンバー同士の会話にはついていけない。
蚊帳の外だったクオルケに詫びたケーナは、取り出したハンドベルについての解説を入れる。
「これはゲームで経過一万時間遊んでれば貰えるの」
「二個も持ってりゃ廃人認定だよな」
「さすがくりーむちーずメンバー……、予想の斜め上を行く廃人っぷり」
「効果は執事かメイドを呼び出して、千ギルで十日間ハンドベルで呼び出した人に仕えてくれるのよ。 レベルは呼んだ人の半分」
「なるほど、そいつを俺達に同行させようってつもりか?」
「ブブー、違いますぅ。同行は私がするわ、この子の守りは任せるけど。でもシィかロクスかどっちを呼ぼうかなー?」
「出来ればメイドじゃ無い方で頼む、あんなもんがリアルで出てきたらと思うと墳死する」
なにがあったのかとても拒否したい口調だ。
出来ればその問題なメイドがどういったものが好奇心が疼くクオルケだったが、状況にそんな暇は無いと自重する事に。
「でもお金取るんだ、千ギルってそこそこに微妙だな」
「うん、今のリアデイルで言い直すと銀貨千枚、すなわち金貨十枚だけどー」
「「高っっ!?」」
異口同音に揃って驚愕にひっくり返る二人。逆に疑問顔になったケーナは聞き返した。
「あれ? 二人ともゲーム中のお金持って無いの? 一ギルが銀貨一枚なんだけど……」
ケーナが軽く説明すると息が合うのか揃って呆ける二人。
エクシズは拳を握り締め、牙を剥き出し歯軋りして唸る。クオルケは頭を抱えて部屋の隅で小さくなってしまった。
二人の奇行に不安になったルカがケーナの背中にしがみつく。
「大丈夫よルカちゃん、二人は自業自得だから」
「…………ん……」
「おのれええ、それさえ知っていればあの時にどうにかなったモノを……」
「…………恥を忍んで酒場でウエイトレスしてた俺って……」
「本気で今まで何やってたのよ、貴方達……」
お金でよっぽどの損失でもあったのかと仮想敵に唸る竜人と、苦労してバイトしてたと言う事を伺わせるクオリケの反応に心底呆れるケーナ。
気にしなくて大丈夫かと気分を一心させ、青い方のハンドベルを軽く振った。
── チリリ──ン……
余韻が倉庫内の空気に溶けていき、ケーナの立っていた場所の正面の空間が左右に開いた。
倉庫の壁に掛けられていた物品もろともCG空間の平面図に縦線が走り両開きの扉がゆっくりと開くように。ギイイィと音が響きつつ白い空間が開いた扉の向こうに出現した。
軽いカツーンカツーンという足音が聞こえたと思ったら、白い空間から滲み出た人物がケーナ達の前に姿を現した。
黒い瞳に黒い髪に黒い猫耳、さっぱりとしたセミフォーマルスタイルの執事服をビシッと着こなした少年バトラーがそこに居た。
背後に開いていた扉は何時の間にか跡形もなくなっている。
ケーナよりやや背の低い少年は数歩進み出て、彼女の前で恭しく頭を下げた。
「お久し振りにございます、御主人様。御呼びによりロクシリウス参りました。どうぞこの私めを存分に御使いください」
ケーナは背中でしがみついたまま目の前で起こった摩訶不思議な出来事を、硬直して見ていたルカに微笑み掛ける。
落ち着かせるように「大丈夫よ、この人はとても優しいから」と話しかけて緊張を解くと、手を取って猫耳執事に紹介した。
「ちょっと手が離せない用事があるから、この子、ルカの事をお願いできる?」
「畏まりましてございます」
ロクシリウスはルカの前に膝を突いて視線を合わせると、深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ルカ様。ロクシリウスと申します、どうぞ宜しく御願い致します」
少女はケーナとロクシリウスを交互に見詰めて戸惑っていた。
ケーナが背中をポンポンと落ち着かせるように軽くたたくと、ロクシリウスが差し出した白い手袋越しの手に自分の手をおずおずと重ねた。
「信用して頂き光栄です。ルカ様」
にっこりと彼に微笑まれて頬を染めると、ぺこりと頭を下げた。
ルカは背後から頭を撫でられると不思議そうにケーナを見上げ、堪らなくなったケーナにギューッと抱き締められてじたばたと慌てている。
「じゃ、ロクス。外が有害の霧だから遮断結界張っておくけど、済み次第解除するからそれまで宜しくお願い」
「はい、承りました。このロクシリウス、命に代えましてもルカ様を御守り致します」
「ルカちゃん、ちょっとここでロクスとお留守番しててね? なるべくすぐ終わらせるから」
ロクシリウスの腰部にしがみついたルカはケーナの言葉に悲しそうな顔をしながらも小さく頷いた。
気を取り直したケーナはルカに笑顔を見せると、神妙な顔で一連の事態を見物していたエクシズらを振り返った。
「んじゃまー、お掃除しましょうか!」
「なんと言うか……。保母さんかお前は?」
「スッゴい手慣れてる感じだけど?」
「リアルの私は寝たきりで、相手にしてたのが老人や子供ばっかりだったからねー」
「そ、そうか……」
素直に自分の境遇、それも随分と悲観的なものをあっけらかんと語るケーナに気後れするものの納得するエクシズ。
INすれば常にゲーム内に居たので実際は引き篭もりニートとしか思ってなかったのだ。認識的に間違ってはないが……。
地上に戻り、視界もロクに利かない霧の中で小屋自体にケーナが【遮断結界】を施していると、早速ゾンビ達がよたよたと迫って来た。
エクシズとクオルケによって危なげなく退けられ、ケーナが手を出す必要も無い。
物理防御は二人任せで申し分無いと考えたケーナは脳内でコマンド画面を展開し、最適魔法の選択に専念した。
エクシズの使う武器は大柄な竜人族の身長より更に長いハルバード。
斧と槍の複合した武器で若干斧部が大きめの、遠心力で叩き割る手合いのモノだ。
六百レベル竜人族のパワーから生み出された威力は【戦闘技能】に頼らずとも、振り回した衝撃だけで固まっていたゾンビ達を纏めて寸断した。
両手で武器を使い分けるタイプのクオルケは、中近距離の間合いを切り替えながら闘うテクニカルファイターだ。
左手のサーベルで接近戦をこなし、主に敵の攻撃を捌きつつ誘導しながら場所をエクシズに譲って、トドメは彼に任せる。
右手に持つチェーンウィップは【戦闘技能:旋輪斬】(中空から鞭の高速回転による風のリングを作り、射出して対象を切断する技)で霧の中を蠢く影をいち早く迎撃する。
ケーナが手を貸す間もなくあっさり駆逐され、動きを止めた端から塵に還るゾンビ達。
「連携プレーだねー」
「二人で組んで一年以上経つからな……ね」
最初に会った時はそれなりに様になっていた喋り方だったが、ケーナと相対した事によりペースを乱され、地が出た影響により言葉使いがぐだぐだになってしまったクオルケ。
エクシズは苦笑うしかない。
「それよりこの霧イベント、該当物件あったわ。【能動技能:増強】取得クエストよ。ボス敵は幽霊船と海賊船長」
「よく覚えて、るわね……」
「あははははー、それはまあ、無駄にやりこんでますから……」
「スキルマスターだしなー」
無論、無駄に蓄積データの多いキーからの情報なので、笑って誤魔化す。
油断無く周囲を伺う役はクオルケに任せ、エクシズは対処法をケーナと交わすべく振り返ってビキリと硬直した。
ケーナが全力戦を想定した装備に変えていたからであるが、彼女にとっては至って普通な装備であると思い直した。
「……おいおい、普段は温厚なお前がそこまでするってーのは珍しいな?」
「こっちは召喚獣が一人やられちゃってるのよ。鬱憤だって晴らしたくなるわ」
「納得した。召喚獣さえも大事に使うお前だしな、そりゃ怒るわな。ちなみに何をやられた?」
「……ケンタウロス、二百五十レベル」
「再召喚まで十日か」
「そうね」
召喚獣の撃墜は喪失にはならないが、再召喚までレベル×1時間経たないと再使用は出来ない。
高レベルになればなるほど使用制限が掛かる良い例だ。
それはともかくクオルケから見れば警戒中に後ろで呑気に会話をされてはかなわない。
対処を何とかしてほしいと振り返り、トラウマ的な光景にギクリと身を強張らせた。
「なっ……! ……き…ぎ……『銀環の魔女』おぉっ!?」
「あ、いけね」
「?」
ケーナ専用特殊兵装とも言うべき銀環を腰回りに浮遊させた姿、即ち彼女と相対した者は一部の例外を除いてこの姿にトラウマを持っていると言っても過言ではない。
びっくり仰天しているクオルケの内情が分からないケーナに、エクシズが補足説明をした。
「こいつ大惨事遭遇イベントに居合わせたらしいぜ」
「大惨事言うな」
それだけで当事者のケーナは納得した。内心納得したくない事だがせざるを得ない。
ケーナの二つ名が広まった事件は三つ。
スキルマスター就任直後の三国間月例会戦と青国首都モンスター襲撃の突発イベントと茶国首都モンスター襲撃の突発イベントだ。
特に茶国のイベント直前にバージョンアップが有り、『範囲攻撃における建物へのダメージの適応』と言う試験的なモノが実施されてしまった事が主な原因だ。
イベント開始から僅か十数分で、茶国の首都は大空襲もかくやといった瓦礫の広がる焼け野原と化した。
NPCには適応されなかったものの、MMOリアデイル始まってゲーム史上における大惨事と言われ、語り継がれる事件である。
敵モンスターの被害もさることながら、直接的な原因は広範囲隕石爆撃による所が大きく、居合わせた参加プレイヤー達は街が天上から降り注ぐ岩塊によって瓦礫と化す様を戦慄を持って見届けた。
それから暫くはネット内に惨劇の画像が飛び交い、運営側は試験的なバージョンアップを見直して茶国首都を元に修復した。
しかし、茶国首都は通称廃都と呼ばれる事が多くなったり、冒険者人口が激減したりした。
無論ケーナの二つ名『銀環の魔女』は悪名として轟き、彼女がそれからしばらくは公式戦に顔を出さなくなったのは言うまでもない。
そう言った経緯を持つ装備なので、この場すら壊滅させるのではないかと疑心暗鬼になろうというものだ。
彼女にはそんな気はなく、聖属性魔法を範囲に拡大して霧を晴らそうとするだけの考えであった。
「眩しいのが来るぞ、目を瞑れ」
「ええっ!?」
【魔法技能:極大聖光滅】
エクシズからクオルケへの忠告に間髪入れずケーナの聖属性高位魔法が炸裂した。
銀環によって【増幅】と【拡大化】の付加された浄化光が瞬く間に霧を退け、不浄な者を飲み込んだ端から消滅させて行く。
霧の結界を越えて溢れ出した光は、波打ち際に密かに停泊していた発生源である幽霊船をも飲み込む。 海賊頭の高位テラースケルトンから船員の雑魚スケルトンまでをあっさりと浄化消滅させ、おどろおどろしい幽霊船すらも聖光で焼き尽くし塵に変え消し飛ばした。
対象は不浄なモノにしか作用しない魔法の為、村自体の家屋は無事である。
唐突に光が治まった後には人の気配を失い寂しそうな佇まいを見せる村。
あちこちに樽や桶が転がり腐食しかけてボロボロになった網がただ風に吹かれ、つい最近まで人が住んでいたと言う形跡を残すのみであった。
念の為周辺を警戒し、風精霊と光精霊を二体づつ喚び出して付近の探索をしてもらう。
西の空が赤くなってきていたのでエクシズと相談し、この場で野宿する事に。
もしもの事を考えて、その辺の家に遮断結界を張って寝泊まりする予定だ。
「あとはルカちゃんどうしようか?」
「本人の意志次第では此処に残るかもな……」
「子供一人だけで危なくね……ない?」
ケーナの呟きにエクシズは達観したように、クオルケは心配そうに心証を口にする。
ケーナが小屋に掛かっていた【遮断結界】を解除すると直ぐに扉が開き、そこにはルカを連れたロクシリウスが立っていた。
「お疲れ様です」と礼をする猫耳執事と繋いでいた手を振り払った少女は、呆然となりながら人気の無くなった村を見回し、涙目で一軒の家に走って行った。
「っ……お、かあさんっ……!」
微かに聞こえた必死な声にエクシズ等は悲痛な視線で見送る。
ロクシリウスの視線に首を振って返したケーナは、ルカの後を追ってその家に歩み寄った。
ケーナより離れたロクシリウスは近場の家から薪を失敬すると、炊事場を借りて夕食の準備に取り掛かった。