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26話 潜む影に対抗してみよう (中編)

 翌日にマレールの宿屋を出発したケーナは、王都の西門で騎士団が通り過ぎるのを待つことにした。 時間的にはAM八時となったくらいに、騎士団が街の人からの声援を受けつつ王都を出て行く。


 先ずはフェルスケイロ騎士団の旗を掲げた兵士。

 騎乗した騎士が二十人程に追従して馬車が八台、その周りを囲みながら行進する兵士が八十人程と最後尾に騎馬が十騎。総勢百十人ちょいといった一団が通り過ぎて行った。

 盗賊退治という目的から言えば微妙な数だが、場所が隣国なので余り刺激しない配慮もふくまれている。西門にいた守衛の話ではその分、人員には精鋭を選んでいるとか。


 勿論その中にはシャイニングセイバーも混じっていて、門の所で出待ちしていたケーナに気付いて目を剥いた。

 騎士団より少し遅れて乗合馬車やら商団やらの一行が追従する。騎士団にくっ付いて行き、護衛に掛かる諸経費を少しでも減らそうという魂胆の者たちだ。

 それに混じるようにしてケーナも移動を開始した。

 先頭の騎士団が騎馬移動なので早足に近い速度だが、あまりに遅れるようならば召喚獣でケンタウロスかスレイプニールでも喚べばいいやと、思いながら。


 王都から随分と離れた所でケーナに先頭集団から離れた騎馬が近付いた。並足で横に並び、馬上から話しかけてくるのはシャイニングセイバーだ。


「なにやってんだ、お前は? 俺達に付いて来て不甲斐なかったら後ろから吹き飛ばすつもりか?」

「どこの暇人よ、それ? 私は竜宮城探しに例の村までは同行しようと思っただけよ」

「ああ、コーラルの言っていたアレか……。それはともかく徒歩でか? 民に対してのデモンストレーションも済んだ事だし、兵士達も馬車に乗せて少しスピード上げるぞ」

「ああ、それで馬車があれだけいたのねー」


 話しているうちにソレは起こっているのか、商団の馬車にすら少しづつ離されているケーナたち。

 「ふむ」と考えたケーナに剛を煮やしたのか、シャイニングセイバーは彼女の手を取って馬上へ引っ張り上げた。勿論自分の正面に手綱を掴む腕の間にお姫様抱っこで。


「な……っ!?!」

「特別に俺が乗せて行ってやろう。何、気にするなイベントモンスターの攻防の時の礼だ」


 医者と父親以外では、異性に抱き上げられると言う経験が初めてのケーナである。

 みるみるうちに顔を赤らめさせて、絶句したまま体を硬直させた。第三者から見ると竜人族(ドラゴイド)とハイエルフではあるが、中の人がプレイヤーと知っているだけにケーナの受けた衝撃はそれだけに留まらない。

 しどろもどろになり、普段の飄々とした雰囲気すら感じさせないケーナに、シャイニングセイバーは流石に様子がおかしいと見た。

 顔も赤いし、目を合わせずにあちこちに視線が飛んでいる。


「どうした、疲れているのか? 冒険者と言っても体は資本だぞ」

「う……、わ、分かってる、……わよ。い、いきなりこんな……。言葉に詰まる、ってーの……」

「それにしては随分顔色がおかしいが……?」

「い、いいい……、いきなりこんなことされりゃーだれだってこうナルワッ!!」


 途中で羞恥心のために声が裏返ってしまい、更に恥ずかしさで縮こまるケーナ。

 礼のつもりで考え無しに自分の取った行動が、”お姫様抱っこ”という図になった事に今更ながらやっと気付いたシャイニングセイバー。

 しかし覆水盆に帰らず、速度を上げた騎馬は既に先頭集団に戻りつつあり、殿(しんがり)を務めていた騎士達や副隊長格の騎士が目を丸くして、戻ってきた騎士団長の奇行を見つめた。

 更に好奇心の視線に囲まれ、益々体を縮こまらせるケーナ。もう羞恥心で即死するかの如く赤面していた。


「ううっ……、シャイニングセイバーのばかァ……」

「いや、済まん。そんなつもりじゃなかったんだが、とりあえず悪かった」


 腕に抱えた美人エルフにペコペコと頭を下げる騎士団長を見て、同僚達の目が生暖かいものに変化するのはそう時間が掛からなかった。

 ケーナに謝っていたシャイニングセイバーが気がついた時にはもう遅い。


「団長、彼女いたんですね」

「……は? 何を言ってるんだお前達……」

「まさか遠征に彼女を連れてくるほどラブラブだとは、団長にも男の甲斐性と言うものがあったんですね?」

「よっ! うらやましいねえ、このこのっ!」

「いやちょっと待て! これは違う、誤解するなよ」

「団長、人前で否定するなんて彼女さんにも悪いですよ。ここはひとつ潔く認めては?」

「やー、俺達は祝福するぜ。なあ皆?」

「「「「「「「おおおおおおお───っ!!!!」」」」」」」


 全然関係無いところで騎士達のテンションがMAXになっていた。馬車に乗っていた兵士達も何事かと顔を覗かせている。

 話に置いてけぼりになっているシャイニングセイバーと、その腕の中で真っ赤なまま騎士団公認カップルにされて複雑な気持ちのケーナ。


「重ね重ね済まん」

「スカルゴが文句言ってきたって知らないからね、もう……」


 本来であれば二日掛かる行程をまず初日で走破した騎士団は、街道脇の野宿場で野営を行っていた。

 そこでようやく誤解を解く機会に恵まれたケーナとシャイニングセイバー。

 馬上に乗せるまでの経緯を軽く説明して「紛らわしくて申し訳ない」と騎士団長が頭を下げた。

 やっと赤面状態から開放されたケーナも、簡単な自己紹介を述べ頭を下げた。


「初めまして、冒険者のケーナと言います。先程は失礼を致しました、皆様にはスカルゴの母と言った方が分かりやすいかと」


 途端に騎士達から驚愕の悲鳴が大合唱するが、既に恒例な反応なので涼しい顔でスルーした。

 しかもなし崩しに野営が騎士団と一緒にされていて、文句を言う暇もなく女性騎士と寝床まで一緒に決められた後であった。


「なんというか……、シャイニングセイバーにしてこの部下有りって感じなんだけど」

「それは褒められてるのか、馬鹿にされてるのか?」

「……一応、褒め?」

「なんで疑問系なんだよっ!?」


 種族や年齢などもさておいて、役職すらも関係なく軽口で会話する二人を見た部下達は「脈アリじゃね?」「お似合いだよな」などと囁き合っていた。

 しっかり聞こえていたりするが、反論すると照れ隠しだと思われそうなので聞かなかった事にする。

 但し、シャイニングセイバーが「お前等なーっ!」と部下を追い回したので、ケーナの思惑は微妙に功を奏していなかった。


 行程としては次の日の半日程度同行した後は別れるので、シャイニングセイバーの騎馬には同乗せず【召喚魔法】でケンタウロスを喚び出した。

 これはスカルゴの母なら何か突拍子も無いことをしてくれるに違いない、とか言う騎士達の期待に応えての事だ。

 侍気質な上に他の者にも礼儀正しいケンタウロスは、騎士達にも概ね好意的に受け入れられた。


「なんでまたあんな性格してんだ?」

「喚んだら既にあんなんだった。リアル召喚恐るべしよね」


 順調な旅路も騎士団と別れて途中の小道に入るまでだった。

 海の見える平野からやや下った所に件の漁村はあるらしいが、騎士団と別れた事で周囲の喧騒が途絶え、異常が露わになる。

 ケンタウロスの足音と微かに聞こえる細波の音以外が全く聞こえないのだ。ついでに何かを彷彿とさせる生ぬるい空気も漂っていた。 


殿(との)! 不穏な気配が致しますぞ」

「鳥の声すらしないってのもオカシいわよね……」


 ゲーム中でも海辺に近付けば海鳥の鳴き声がデフォルトで聞こえてくるし、村から人のざわめきなどが届くだけに、この静寂は不自然過ぎた。

 強い潮の匂いにケーナの眉がひそめられる。ゲームでは食べ物の匂い以外はかなり曖昧な為、ケーナが潮の匂いを感じるのはこれが初めてだ。


 緩やかな下り坂が続く岩肌が覗いた大地は砂に塗れ、所々低木や雑草に覆われた中を馬車がなんとか通れるくらいの小路が続いている。

 それは途中からぷっつりと途絶えて、濃いクリーム色の停滞した霧の中へ。

 あの辺が村だと思われる場所は、小高い坂道の上から眺めれば分かるくらい低気圧の塊に似た霧にすっぽりと包まれていた。

 ケーナの髪がそよぐ程の海風が吹いているというのに吹き散らされる様子もなく、ゆったりと渦巻いている。 


「うわぁ、何あれ……」

「なんと言いますか、危険地帯だとしか思えない有り様ですな」


 胴体横にマウントしてあった槍で風を斬るケンタウロスが、厳つい顔を更に険しくして臨戦態勢を取る。

 霧イコール水系の敵かと予測したケーナはアイテムボックスから火蜥蜴の剣(エターナルフレイム)を取り出して抜き身で持ち、自分達に物理&魔法の防壁を施した。

 近付けば近付く程、異様な状態を保つ半円状に渦巻く霧は何処かの野球場(ドーム)のようで、壁となって侵入者達を阻むが如く。

 中まではさっぱり見通せず、【探査魔法】でもケーナ身辺に何かが近付くまでは全く分からない始末。 本来であれば視界の端に表示される円十字型レーダーの形状を取って数時間持つこの【探査魔法】である。

 常に中央が自分の位置、味方は緑点で敵は赤点と表示され、半径数百mをカバーするプレイヤーの標準装備だ

。 単独行動を取る事の多いケーナ達、はぐれ者(ソロプレイヤー)には必須技能だ。しかし、現状直径五メートルと言った範囲でしか表示されていない。


「この霧、阻害効果持ちね……。何か似たようなクエストを何処かで見た気がする?」

「殿、討ち入りのご命令を」

「赤穂浪士じゃないんだから止めなさいって。外から纏めて吹き飛ばすって手もあるけど、村人は無事でした。とかだったら厄介だしなあ……、慎重に進むわよ?」

「ハッ、仰せのままに」


 何も言わなくても先頭を切って進むケンタウロスに、少し遅れて霧ドームに侵入したケーナは肌がチリチリする感覚に足を止めた。

 油断なく構えたまま同じ感覚を味わうケンタウロスも入った所でケーナの先に佇み、周囲を慎重に警戒する。

 内部は外から見たよりは薄くなっているが、見通し四~五メートル前後くらいしか視界が確保出来なかった。上方からは微かな光が射し込むくらいで、全体的に薄暗い。


 何気なく自身のステータスを確認したケーナは、そのままケンタウロスのステータスに目をやってギョッとなる。

 現在値/MAX と表示されているHPの現在値が、見ている最中にもゆっくりと減っているからであった。


「ちょッ!? この霧ダメージ付加もっ!?」


 素っ頓狂な声を上げたケーナが慌ててケンタウロスに【回復魔法】を掛けようとするのと、霧の中から人間大の影が飛び出してくるのがほぼ同時だった。

 それも背後から。


「殿っ!」


 視界の隅に表示されたレーダーに気付くよりも早く、間に割り込んだケンタウロスが主人の代わりに一撃を受けて、吹き飛んだ。

 その隙に間合いを取ったケーナの前にふらふらと立ち竦むのは、典型的なゾンビだ。

 土気色の肌、濁ってあらぬ方向を向いた瞳、切れたり破れたりで泥だらけの辛うじて体に纏わりつく衣服だったもの。

 一部と言わず体の各所の皮膚がめくれ、濁った色の肉が見え隠れしている。肉の腐った臭気が辺りに立ち込め、ケーナの表情がしかめられた。

 ゲーム中のCGとはまた違うリアルそのままの醜さを現すそれは、ポピュラーな雑魚キャラとも言える。

 しかし、他のゲームではどんな扱いにしろ、リアデイルの地では存在するのは弱レベルだけには留まらない。時折、中には見た目で油断させておいて強レベルのモノも出現する。

 それは呼気とも声ともつかない「ォオゥオゥオォォ……」と音を発して、生者を威嚇する。

 「ご、御武運を……」との言葉を残し、輪郭を滲ませ消えてしまったケンタウロス。彼のレベルは二百五十はあった筈だが、それをいとも簡単に吹き飛ばすなど、このゾンビ少なく見積もっても三百レベルはあるだろう。


 今のリアデイルでこのレベルのゾンビを作れるのはプレイヤー以外に無いと判断したケーナは、待機状態にあった【魔法技能(マジックスキル):単体回復:デュールLv.9】を目の前のゾンビに向けて解き放った。

 死者が回復魔法を受ける事は、対抗効果として最大の威力を発揮する。

 白い光に全身を染め上げられたゾンビは体の端から擦れるように消えて行き、あっという間に白色に塗り潰されて跡形も無く消え去った。

 四百レベル程度のプレイヤーであれば瀕死からHPを満タンにまで回復させる効果を持つ魔法に掛かれば、この程度の敵は造作も無い事だ。


「って言うかどっから出てきたのよ! 今のっ!?」


 このドーム内に入ってきたばかりのケーナにとって、背後には”外”があったはずだ。

 それとも迷いの森のように足を踏み入れたその瞬間から、ドーム内の何処かに飛ばされる仕掛けでもあったと言うのか。

 フェルスケイロで買っておいた普通の短剣に聖光(シャインライト)を掛けて周囲を照らして見る。

 ほんの周囲三メートル程度だが、白色に輝く光はクリーム色の霧を焼き照らす。光の効果が続く限り浄化領域を作り出す聖魔法だ。

 この霧は何かの術式で毒霧のような効果を及ぼしていたらしい。チクチク感がなくなった事で一息ついたケーナは、とりあえず霧の向こうに微かに見える大きい影に向けて歩き始めた。


 真っ先に足を向けた先にあったのは民家だった。

 辺境の村と同型の使い古されてはいるが、まだまだ人が住んでいても問題ない。潮の香りもするが同時に先程のゾンビと似たような臭気も漂う中、ケーナは立ち止まった。


「さて、どうしよう?」


 そもそも竜宮城を探しに来てこんな珍事に遭遇するのは予定外だ。

 ドーム内に居るのは全てゾンビと見なし、最大火力で村と霧ドームごと焼き払うか。

 それともこのアクシデントの原因を突き止めて、可能ならば早めに排除すべきか。

 民家の壁に背を預けて考え込んでいるとレーダーの端に赤い点が出現、揺らめく影と不気味な唸り声からゾンビと決めつけ火蜥蜴の剣(エターナルフレイム)をそっちに向かって放り投げた。


 炎を放出する剣は空中で複雑な変形を行って四本足で着地。

 大きさこそ人の膝位までしか無い程の犬サイズだが、所持用の四百レベル分の実力は備えている火炎を纏った金属トカゲだ。

 たちまち霧の向こうから「オボゥァー」「キシャー」などと怪獣決戦じみた音声が聞こえてきた。

 暫くすると霧の向こうの喧騒は止み、悠々とした足取りで火蜥蜴が戻って来る。

 ソレはケーナの目前で跳ねると空中で元の剣形に変わり、彼女の手に収まった。剣に欠けた様子も無いのを確認したケーナは敵地の中で考え事に適した場所、民家の屋根に飛び上がる。


 火蜥蜴の剣(エターナルフレイム)を鞘に収めたケーナは、足音を忍ばせながら屋根を移動する。

 ある程度は密集して建てられているのが幸いして、隣家に飛び移るのにいちいち地面に降りる必要もなくて済んでいる。

 移動しながら眼下に蠢く影を見つけて幾つか実験をしてみた。

 先ずは風の魔法で背後に声を飛ばしてみる。【魔法技能(マジックスキル):伝達】を起動させるとノロノロとケーナがいる方向を向いた後、背後から掛けられた「わっ!!」との声に機敏に反応して振り返り、霧の奥深い方へ進んで行ってしまった。


「普通のゾンビみたいに生命感知で向かって来るわけじゃないみたいね。魔法と音にも反応してるし……」


 何気なく呟いたものの、キーからの返答はなし。こんな時は何か自分の言ったことに対して検索している事が多いので特に気にしない。 

 持っているのも疲れたので、屋根に置こうとした短剣を背後に振り返って突き立てた。

 ガチンと金属と金属が噛み合う音が小さく響き、ケーナの短剣を手甲で防ぐ軽装甲に身を包んだ女性が居た。

 レーダーに白点で表示されるのは他プレイヤーを表す為、死角から近寄って来た者を敵と見なして攻撃したのである。


 しかし、された方は目を白黒させて焦った表情でケーナの攻撃を防ぎつつ、ジリジリと押されている攻防に驚愕していた。

 同レベルであれば人族の方が筋力は上になるが、【サーチ】で見るに相手のレベル四百三十はケーナの半分程だ。この状態であればまだ此方の方がパワーでは勝る。

 ケーナの片手が腰の剣に伸びたのを目ざとく気付いた相手は、慌てて声を掛けてきた。


「ま、待った待った! 敵じゃない、俺は敵じゃないから!」

「この状況で死角側から忍び寄ってきたくせに、それを信じろと? 騙すのならもっとましな嘘を付きなさいよっ!」

「本当に違うんだって。俺達も霧に閉じ込められてどうしたらいいか困惑してんだよ。頼むよ、信じてくれよ……」


 泣きそうな懇願に、虚偽する様子もないと感じたケーナは油断なく短剣を引いた。一応長剣(エターナルフレイム)には手を添えたままのケーナ。

 安堵の溜め息をついた女性は家屋周りの影を探りながら、ケーナに手招きをして付いて来るように指示した。


 しばらく屋根伝いに移動すると、おそらく村の端と思われる小さな倉庫へ辿り着き、中へ誘導された。

 中は投網やら竿やらが雑多に積み重ねられている四畳くらいの小部屋で、女性は真ん中の床板を跳ね上げ、現れた階段に顎をしゃくってケーナに進むよう示した。

 階段は十数段下ったのち扉に行き着き、女性がケーナの脇から手を伸ばして扉を三・四・二と叩く。

 暫く待つと中から低い声で「いいぞ」と声がして、扉を開けて入室するように勧めた。


 レーダー上、中には少なくとも他プレイヤー二人の存在があると仮定し、ケーナは警戒しながら中へ足を踏み入れた。

 此方は上の部屋より倍近い広さで貯蔵庫だったのだろう、魚臭さが鼻につく。

 壁には網やら魚籠やら鍬やらがぶら下がっている。他には口の開いた樽が二つ置いてあり、中は空と干物が少しだけ入っていた。 


 窮屈そうに身を丸めた灰色の竜人族(ドラゴイド)と隅に毛布を被った小柄な人、子供か何か。

 床にはぼんやりと光る石が置いてあり、各人をうっすらと照らしていた。


「エクシズ、やっぱり人が入って来てた……わ。お……私より強そうだしプレイヤーかもしんな、……しれないわ」


 しかしエクシズと呼ばれた竜人族は反応せず、口をカパッと開けてケーナを凝視していた。訝しげに思った女性が顔面を叩くと我に返り、ケーナに掴み掛かった。

 瞬間、貞操の危機を感じたケーナは長剣を引き抜き、炎に包まれた刀身を竜人の喉元へ……、  



「…………いや、確認がしたかっただけ、なんだが」

「異種族を襲うなんて、ずいぶんと飢えたトカゲだこと」


 部屋の真ん中で両者は停止していた。リーチの差は明確なので、ケーナから距離を詰めたのだ。

 竜人はケーナの肩を掴み、ケーナの剣は竜人の喉元の鱗を切り裂く寸前で止まっていた。


「やっぱりお前ケーナだな! こんな剣デフォルトで持ってる奴なんかお前しかいねーし」

「生憎とアナタのように愉快な名前の知りあいは居ないハズよ」


 竜人のステータスをチラリと確認したケーナは呟く。竜人の名前の欄には『Xxxxxxxxxxx』などと適当すぎるアルファベットが並べて有るだけだ。

 ゲーム中にもAだとか一文字を並べただけの名前は良く見たが、実際に遭遇すると何と呼べばイイのか分からない。だから『エクシズ』と呼ばれているのだろう。


「この状態じゃ分からんだろうが、こっちは別アカウントキャラだ。メインはタルタロスだ」

「……たる、たろす……、タルタ……。ああ、タルタルソース!」

「やっぱてめーはそー呼ぶと思ったよっ! うん、間違いなくケーナだな、良く生きてたなテメェ!」


 タルタロスとは同ギルド(くりーむちーず)メンバーでの数少ないエルフ種族マジックメインで、大火力よりは搦め手側で勝負するテクニック系プレイヤーだった。

 むしろ大半が変人プレイヤーで占められる中、数少ない常識人でツッコミ要員である。

 竜人なんかで肉体労働をやっているのはその反動らしい。レベルは六百三十と今まで会って来たプレイヤーの中ではダントツの高レベルだ。

 それはそれとして、灰色の竜人と軽装甲にサーベル持ちの女性の二人組に見覚えがあった。

 

「なんかよく見たらヘルシュペルで道を訪ねた二人組だった件について……」

「ああ、そう言われるとギルドで盗賊について聞いてきた……ね」


 あの時は姉御肌な女性と思ったのだが、ケーナと相対した時からやたらと男性的な言動が目立っている。


「言動に気をつけろって言っただろーが。こいつ中も同性だから疑問に思われてるぞ」

「しょーがないじゃないかい、殺されると思ったんだから。地も出るってーの」

「そりゃ当たり前だ、ケーナは限界突破のスキルマスターだぞ」

「うぞっ!?」


 それだけの会話でケーナにはピンときた。

 以前にオプスにこういったプレイヤーについて聞いた事が有る。ステータスにヒューマン:♀:名前クオルケ、と記されてるのを確認して確信を突いてみた。


「そっちのクオルケさんはもしかしてネカマってやつ?」

「うぐっ…………」


 図星を指されたクオルケは胸を押さえて視線を逸らした。

 視覚効果で現すならば、頭頂部から下までザクッと矢印が突き刺さったと言うべきか。



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