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24話 勧誘を拒否しよう

 

 村長が村の奥の日当たりの良い場所を提示して、集まってきた村人達がそれに頷いた。

 昔はこの場所にこの村を開拓した創始者の家があったとかで、今まで誰もここに家を建てようなんて言う者は居なかったらしい。


「え!? いいんですか、そんな所を私に譲って頂いて?」

「ケーナ殿は何にも関係がないのに、この村に尽くしてくれたじゃろ? こんな事くらいしないと儂等の気が済まんのじゃ」


 村長の言葉に周囲の村人達は一斉に頷いた。

 そこまで言ってくれているのを無碍に断るわけにもいかず、有り難く頂戴しておくケーナだった。ついでに女性たちから生活に必要な物をひと通り教えて貰う。

 全部キーに記憶させて、揃えるのは家を建ててからだ。その中には一家に一匹必要な山羊とかもあったので、これは何処かで買って来るしかない。

 家具の大半は材料さえあれば自作出来るので大丈夫だが、問題はこの村で何かを作って村人達と分け合えるかであった。


 流石にコレには浴場があるので気にしなくて良いと村人達は言ってくれた。それだけに頼るわけにはいかないので、要思案件にしておく。

 一番手っ取り早いのがギルドで高額依頼だけを受けて、そのお金を村に入れる事だ。

 但しケーナはフェルスケイロで妙に有名になりつつあるので、他の冒険者の反感を買いやすい所がデメリットだ。


「なんか考えよう……」

「じゃあ、とりあえず俺と狩りにでも行こうぜ。そうすれば珍しい肉も喰えるし、売る物も幅広くなるだろう?」

「そうですねー、しばらくはロットルさんと狩人でもしましょうか……」


 肩を叩いて提案してくれたロットルに感謝して、それを受け入れるケーナであった。


「って、やっぱこーなるのかーっ!」 


 その晩、宿屋の食堂。夜には酒場に早変わりするその場に於いて『ケーナちゃんを村に歓迎する会』という名目の宴会が開かれた。

 勿論そうなった経緯を全く知らないラックス一家や、浴場に使われている魔法の調査に来たオウタロクエス王宮術士二名と、その護衛の冒険者四名も混ぜ込まれて。


 村人が食堂の外にまでテーブルや椅子を並べての宴が開かれ、強引に上座に着かされたケーナの元へ酌をしに大人達が詰め寄った。

 あちこちで肩を組み、陽気に歌う村人達で熱気がもの凄い。こりゃもう諦めたほうが早いとケーナは流されるままだ。

 しいて言うならばやりたい事があったので、マレールに後で文句を言われるかもしれないが【毒無効】の腕輪を使い、酔っ払う事を防いでいた。


 時折、強い敵意を含んだ視線を感じたので元を辿ると、昼間に突っ掛かって来た猫女性が此方を睨みつけていた。目が合うと眉を寄せて嫌な顔をして顔を背ける。

 一体何がそんなに気に喰わないのか、ケーナは理解しかねていた。


 宴も後半。酔って覚束無い者が増えてきたところでケーナは席を立った。

 心尽くしをしてくれた村の人達に対して、ちょっとした余興を披露しようと思ったからだ。空気を読んでくれたマレールが手を打ち鳴らして皆の注意をケーナに向けさせた。


「ホラホラ、皆。ケーナが何か言いたいそうだよ!」

「すみませんマレールさん」

「いいってこれくらい。ホラ、言う事いっちまいな」

「はい。では皆様~。本日は私の為に楽しい宴の席を設けて頂き、ありがとうございます」


 深々と腰を折って一礼するケーナに、村人達から拍手や口笛が飛んだ。

 誰とは言わないが一部の席の人物は「粗野ですわ」とでも言いたげに顔を背ける。


「皆様から受けた恩を少しでも返したく思いまして、少しばかりの余興にお付き合いください」


 と、テーブルの上に出すのは小麦粉や果物や卵など、料理となる前の材料の数々。

 流石にこの村に住む者ならばいい加減理解する。ケーナが”材料”から複雑な工程も無しに”完成品”を作り出す手段が有る事を。

 知らないのは村に来たばかりで彼女と面式がないオウタロクエスの客人達だ。

 テーブルの上に山と積まれた材料を一瞥して、興味がないと仲間との会話に戻る。

 そんな彼等も次にケーナの取った行動で顔色を変え、呆然となる。


「貴族様の食しますデザートと言うモノをこの場で作り出して見せましょう」


 言うや否や【料理技能(クッキングスキル):ケーキ】を使用。

 胸の前に抱えるような仕草を取った両手の間にオレンジ色の火魔球が形成され、テーブル上の山より幾つかの材料が吸い込まれた後、瞬時にケーナの手の中にケーキが現れた。

 ふかふかのスポンジ二層の間には赤みの掛かったベリーの実とクリームが挟み込まれて、上面と縁取りを飾るのは真っ白い綿のようなクリーム。

 一般的に言うならばホールケーキと呼ばれる分類であるが、高尚な貴族のお菓子というものを見た事も聞いた事もない者達から見ればこの上ない芸術品の様相を呈していた。

 おまけにふわっと漂ってくる果実の匂いに混じる甘い匂いに、引き寄せられる程の魅力を皆は感じていた。


 ケーナはテレビから得た知識で、マレールに頼んで包丁を暖めた布で拭き取りながら八等分に切り分けて貰う。

 真っ先に食べて貰うのはマレールとリットとガットとルイネ、村長と村長の奥さんとロットルにとりあえず勧めて見た。

 素直に何の抵抗もなく真っ先に食べたのはリットで、口に含んだ後目を丸くして硬直してしまった。

 心配になったケーナがおそるおそる「口に合わない?」と聞くと、首を振って「ううん、おいしい、すごくおいしいよ!」と笑顔で強調した。

 宿屋一家や村長達も初めて食べる甘いクリームやふかふかな舌触りのスポンジに、目を丸くしながら手をつけていく。

 全員が異口同音に「美味い!」と言ってくれたので、予め仕入れた材料をフルに使い次々にケーキやパイを作り出していく。

 作り出す端からこの場に居る者達によって瞬く間に無くなっていった。

 

 食堂の端に席を取る南国の客達にもソレは行き届き、それぞれが目を剥いたり白黒させたりして食べる様子が見て取れた。

 あっちの政治体系や貴族などの有り方は分からないが、充分驚いてくれただろうと思った。

 ……そのまま驚いていてくれれば良かったのだが、楽しい宴の空気も読めない人物が立ち上がるまでは。


「私は認めませんわっ!! ……もッ!?」


 そのまま次に続く言葉を言い放とうとした彼女は兄によって口を塞がれ、もがもごーっ!? と暴れ始めた。

 最初の一言でその場に居た村人達の「楽しい時間に何言ってんだおめー」と集中した睨みに晒された事が、兄の行動を発起させる原因だ。

 哀れにも羽交い絞めにした妹を引きずって、二階へと消えて行く兄妹。


「なんじゃありゃ……」


 目を点にして呟いたロットルの言葉がその場に居た村人達の心を代弁した。

 やや水の差された宴だったが、その後も村人達は普段食べられない甘いお菓子に舌鼓を打ち、大騒ぎをしていた。


 どちらにしろ回避したと思っていた嵐が再び上陸して来たのは、宴も終わり村人達が去った後にマレールらと後片付けをしていた時の事だった。

 その場に居たのは眠い目をこすりながら皿を運ぶリットとルイネ、洗い物に回るマレール。何故か流れでテーブルを拭いているケーナが居た。


「悪いねえ、ケーナ。主賓だったのに手伝って貰っちゃって」

「いいんじゃないかな? これで私も村の一員になったんだし、お互いサマでしょ」


 皿運びの世界記録に挑戦しているようなルイネに声を掛けられたケーナは、その膂力(りょりょく)に苦笑しながらも雑巾を(すす)ぎつつそれに返答する。

 腰元で服の裾を引きつつ自分を主張するリットがいたので、彼女にも笑顔で返した。

 途端に笑顔になったリットに幸せを噛みしめるケーナ。実に安い気がしたが、努めて気にしない方向で。


 その幸せも長くは続かない。

 キーの接近警報に視線を向けた階段から、件の猫人族(ワーキャット)の女性が駆け下りてくる。

 ケーナの手前まで突進してくると、敵意の篭った視線で穴が開くほど睨んできた。さっきの続きを言いたかったらしく胸を張って宣言する。


「私は認めませんからっ!!」

「なにこのメンドクサイ女」


 ケーナの胸中をルイネが代弁してくれた、猫女性はルイネをキッと睨みつける。

 流石に冒険者家業をやっている者に睨まれると一般人のルイネは引く。視線の間に割り込んだケーナはルイネへ雑巾を手渡すと、戦闘モードの【能動技能(アクティブスキル)】を幾つか起動させ、逆に猫女性を睨み付けた。

 結構な付き合いにもなって、友人と呼べる間柄のルイネを怯えさせたのに腹が立ったのもあるが、これ以上自己主張の激しい者をマレール一家に触れさせたくなかったのもあった。

 

 ケーナから逆に威嚇された猫女性は一歩後ずさり、自分の行為に気付いて愕然とした。

 プライドが高すぎて自分が怯える行為が信じられなかったのだろう。

 その表情を見て意趣返しが出来たケーナは吹き出した。視線は益々強くなって返って来たが。


「何故貴女のような下賎の者が、女王と同じ古代の技を使えるのです!?」

「……ああ、なるほど。里子かなんかなわけね?」


 なんとなく思い当たったケーナののんびりした態度に猫女性は逆ギレした。

 絶句した後に更に強い敵意を向けてきた。ぶっちゃけケーナ自身も話し合うのが面倒臭いと思えるほどだ。


「で、認めないからどうするのよ?」

「決闘を申し込みますわ!!」


「…………は?」


 言われた事にポカンとして情報を吟味する、直ぐに決定的な事実に気付きそのまま返答した。


「ごめんね。私、弱い者イジメの趣味はないんだ」

「誰が弱い者ですかっ!?」


 当然として千百レベルと七十弱レベルではアリが核ミサイルに喧嘩を売るようなものである。当然の反応だ。

 しかし向こうはそうは思わないようで、即答で弱い者扱いされ更に機嫌が悪くなった。

 噛みしめたハンカチを引きちぎるレベルで。流石のケーナですらも相手の対応に鬱陶しくなってきた。


「貴女をこの私の前に跪かせて見せますわ」

「ああそう、……きっと無理だと思うけどなあ」


 自己主張の激しい猫女性の高笑いでもしそうな態度に、ゲンナリした表情で肩を落とすケーナ。

 承諾もしてないのに向こうは既にヤる気であるらしい。とうとうケーナも視界の中に入れるのを諦めた。


 上機嫌と言えば良いのか部屋に戻っていく猫女性が姿を消すと、階段の影から猫女性の兄が現れた。

 あちらもウンザリした表情を隠そうともせず天井へ目をやり、ケーナの方へ近付くと頭を下げた。


「すまん、妹が無理を言ったようだ」

「あ、……ああ、いや、別にいいけど。もう承諾したことになってんのね……。なんなのあれ」

「重ね重ねすまん。あいつは女王を敬愛していて、アンタの使う技が女王を侮辱していると思ったのだろう。まあ、遠慮はいらんから叩きのめしてやってくれ」

「お兄さんのセリフじゃないと思うなソレ。あ、私はケーナ、貴方は?」

「俺はクロフ、あいつはクロフィアだ。まあ、宜しくしてくれると嬉しい……が」

「うん、あっちの子はちょっと考えてみる」


 何故かクロフとケーナの溜息が重なった。理由は押して知るべしである。


 時間をすっ飛ばして翌日の早朝。朝から村にほど近い街道で問題の決闘が執り行われた。

 見届け人にはクロフと、猟に行く為に偶然此処を通り掛かったロットルが巻き込まれた。

 村の中でやらないのはクロフィアの武器が弓で、ケーナの主な攻撃方法が魔法だからだ。あと村人にこんな私闘で迷惑を掛けたくないのもあった。

 しかも始まる前からクロフィアのテンションがMAXで、ケーナは最下層だった。さもありなん。


 無言でクロフィアの速射から始まったが、事前に展開してあったケーナの【遮断結界】により矢は手前で全部地に落ちた。

 次に魔法が放たれたがそれもケーナの手前で見えない壁に阻まれて霧散した。

 最後に剣を抜いて斬りかかって来たクロフィアは、やはりケーナの手前で見えない壁にぶつかり、跳ね飛ばされて地面に尻餅を付いた。

 分かりきった顔で沈黙したケーナが深ーい溜息を付くのを見て、その表情がみるみると屈辱に歪む。

 叩きのめせといわれて「はいそうですか」と言えないケーナはとりあえず聞いてみた。


「……で? まだやるの?」

「くっ……!」


 屈辱で歪んだ顔が小刻みに震えながらビクついた表情に変わり、目の端に大粒の涙が浮かんだ。

 それを腕で強引に拭って立ち上がったクロフィアは、ケーナに背を向け一目散に走り去って行った。 村とは反対方向へ。


「はあー……」


 もう一度肩を落とし大きな溜息を吐くケーナ。

 その肩をポンと叩き、ロットルが手を振って猟に出かけて行った。慌てて「付き合わせて御免なさい」と頭を下げる。

 その姿が街道の向こうに見えなくなって、面倒臭いイベントも終わったなあと振り向いた所に衝撃的な姿を見つけてしまった。

 クロフが偉い人の臣下がするように片膝を付いて跪いていたからだ、ケーナに向かって。


「え、ええええ……」


 流石のケーナもこれは引く。

 思わず数歩後退り、更にやっかいな面倒事が待っていた事実に愕然とした。


「ど、どどど、どうしたんですか、クロフさん。地面にしゃがみこんじゃって?」

「は。話に伺っていた通りのお優しい人柄。 このクロフ感服致しました」

「ええええー。だ、だってクロフさんが言った通りに叩きのめしたんだよ? どこが優しいって?」

「それでも最後まで止めを刺そうともせず、妹が逃げ出しても追い込もうともしませんでした」

「どんな鬼畜だよ私っ!?」


 つい勢いに任せて突っ込み、途中で今の話の中にあった変な部分に気が付いた。


「え、聞いたぁ? 誰に私の話を?」

「我等が女王サハラシェード様にです。主からの密命を受け今回は此方の地に参りました」

「ん? どこかで聞いたような名前?」


 そのクロフが告げた南国オウタロクエスを治める女王の名に聞き覚えの有るケーナは首を傾げた。

 どこで聞いたのかと思案した脳裏で、キーからそれにまつわる会話ログを提示された。


  『お姉様お姉様、私もお姉様に(なら)って里子登録しました』

  『へー、サハナも? 関係は子供にしたんだ?』

  『はい、女の子で同族でサハラシェードって言うんです。何処かで出会ったら可愛がってくださいね?』

  『いや、NPCをどうやって可愛がれっちゅーんじゃ……』

  『エターナルさんには関係ありませんから黙っていてください』

  『……はい』


「ああ、そういえばサハナの子がそんな名前で……」


 かつてあったハイエルフコミュメンバーで【以心伝心】で妹登録したサハナと言う名の、子リス系かまってプレイヤーの里子がそんな名前だと思い出した。

 エターナルはコミュ内で最年長の兄登録していた、おそらくゲーム内唯一の男性ハイエルフプレイヤーだ。

 ケーナの最終時の記憶では、当時たったの六人しかいない弱小コミュだったので、メンバーは全員覚えている。


(いやちょっと待てよ。サハナ=妹、の娘って事は姪で私は伯母…………って事は私王族扱い!?)


 どんだけ面倒事が回ってくるのかと更に憂鬱な気分になるケーナ、そこまで考えればこのクロフの取る姿勢にも納得が行く。

 それ以前にハイエルフと言う種族自体がエルフの王族と言うカテゴリーだ。エルフが(かしず)くならともかく猫人族(ワーキャット)に臣下の礼を取られるいわれはない。 


「み、密命って?」

「は。詳細を述べさせて頂きますと、少し前に各国に放った隠者からフェルスケイロで冒険者に”ケーナ”と名乗る者が加わったと報告がありました。女王はその情報を(いた)く気にされていて、詳しく調べるように我等を派遣されました。勿論、貴方を監視していた訳ではなく、各地で噂を集めるだけでしたが。その情報を吟味した結果、女王は貴女を本物のケーナ様と確信し我等が派遣されたのです」

「うわあ……。大体言いたい事は予想が付くけど、妹さんもその隠者か何か?」

「いえ、あれは違います。冒険者と術士二名と同じく表向きの理由で同行しただけです」


 古代の御技の術式を調べるというのが建前で、実際はケーナを勧誘しに来たらしい。 

 一国の主導者と言う者はそこまでやるものかと呆れた、むしろそんな面倒事を此方に持って来ないで欲しい。

 これから竜宮城探索に家建設と重要なイベントが目白押しなのだ。そこまで予定を思い出し、この問題は自分が慌てるものではないと思い当たった。


「はあ、じゃあ女王様に伝えておいてよ。 私はオウタロクエスに行くつもりはないって」

「は、……はあ? いや確かに女王の意志は貴女様を我が国にお迎えする事ですが……」

「私まだ色々やらなきゃならない事がいっぱいあるんだ。 友人の塔を探さなきゃならないし、家も建てなきゃならないし、村人さん達にお世話になったお礼も返してないし、エーリネさんやアービタさんにも返さなきゃいけない恩があるし。息子や娘もこの国に居るし、孫に会いにいかなきゃいけないし。冒険者としてオウタロクエスに行く事はあっても、女王の関係者としてお城に行くつもりはないから。そうサハラシェードには言っといて」


 姪として気にしなきゃいけないのは分かるが、今のケーナにそんな余裕はない。

 サハナの忘れ形見みたいな者だし一度位は会ってもいいかなと思ったが、優先順位でやる事が多すぎるので、落ち着いたら会いに行こうと考えた。


 きっぱりと断りの返事を受けたクロフは戸惑う。

 彼の受けた命令は『ケーナの意志を聞いて来る事』が第一目的なので、とりあえずの任務は果たしたことになる。

 しかし、この命令を下した本人の前で落胆した表情を見せると思われる返答を述べるのは勇気が要る事であった。

 少しは足掻いて引き止めたいが、ケーナの立ち寄ると思われる各地に派遣された隠者(クロフ)達には最後に付け加えられた指令の中に重要事項があった。 

 すなわち、『絶対に対象の機嫌を損ねてはならない事』。

 これに疑問を感じた仲間の隠者達からの問いに対して女王の返答は『伯母様が本気になればこんな国など一日で焦土です』と、およそ本人が聞いたら「どんだけ伝言ゲームで拡大化してるんだよ!!」と激昂しそうな会話である。

 妹との決闘を見ていてその片鱗は見えたので、続けようとした言葉を飲み込んでクロフは己を自制した。

 贔屓目を差し引いたとしてとしても、クロフィアは冒険者としては上位に位置する。その妹がひとつの魔法だけでケーナに掠り傷すら負わせられなかったのだ。

 守りに入っていたから良かったものの、攻撃に転じていたのならぞっとする結果が待っていただろう。


「そろそろ、村に戻りますか。クロフさんはどうします?」


 クロフが跪いているにも関わらず、態度を変えないで普通に接してくれているケーナには好感が持てた。

 立ち上がって服に付いた土を払うと、「妹を探してから戻ります」と告げた。


「ああ、じゃあ御免ねって伝えておいてくれませんか?」

「モロ馬鹿にしてるようにしか聞こえないのですが……」

「ああ、そっか……。うーんと、じゃあ。怒ってる顔しか思いつかないな、友達になれると面白そうなんだけど」

「あれだけ嫌味を言われて、そう来ますか。奇異な方ですね、ケーナ様」


 不思議者扱いされたケーナはその通り不思議そうな顔で首を傾げた。


「まあ、いがみ合うよりはマシでしょ」

「……分かりました。一応伝えてみますが、返事は期待しないでくださいよ?」


 普段から少し微笑んだ表情をしているのでクロフの顔色は読みにくいが、声に楽しそうな雰囲気が混じっていたのでケーナは強く頷いておく。


 一度その場で別れたケーナがクロフに連れられたクロフィアに会うのは昼飯時を過ぎた頃になるが、その時交わされた会話は以下の通り。


「これで勝ったと思わないで下さいましねっ! この売女!」

「なんでっ!?」


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