20話 王都を防衛しよう
「ふ、またつまらぬモノを蹴ってしまったわ」
「……………」
「だ、大丈夫ですかマイさん!? 気をしっかり持って!」
手足をあらぬ方向へ投げ出し、地面にめり込んだままピクリとも動かぬホーンベア。
既に事切れたソレを前にして髪をかき上げたケーナは、何処かのサムライの様なセリフを吐いた。
騎士でも二人掛かりでやっとどうにかなるモンスターを、たった数秒で片付けてしまったケーナに愕然とするマイ。ケーナが水上を歩くという非常識な行為を目撃した前例があるロンティは、正気を取り戻すとマイの意識をこちらに戻すために呼びかけた。
風精にホーンベアを探させ、見つけたらなるべく広い所に誘導。
毛皮を加工品として使いたいが為に、斬り傷や刺し傷を付けたくなかったケーナは何時もの通りに【戦闘技能:チャージ】で蹴り飛ばした。
今回は前回の失敗を踏まえて、樹木へ被害が及ばない様に吹っ飛んだホーンベアを風精に頼んで上空へ巻き上がらせた。単刀直入に表現すると、蹴殺と墜落死のダブルコンボによって、完膚なきまでに息の根を止めたのである。
マイが放心した意識を取り戻したのはケーナがホーンベアの解体をその場で行い、周囲にむせ返る血の匂いが撒き散らされはじめてからであった。
一応風精に命じて他のモンスターが集まらない様に風の流れをコントロールさせた為、その場に途轍もない臭気が集中した。
青い顔で口を押さえたマイはロンティに付き添われ、風結界の外側の森へと駆け込むようにその場を離れた。ゼアウルフ達もキチンと命令を守り二人の後を付いていく。
ケーナは手早くホーンベアを解体する。切り分けた肉は凍結して毛皮はなめし、骨も加工してさっさとアイテムボックスへ放り込んだ。
後は自分に浄化魔法をかけ、停滞した空気を吹き散らせば依頼は終了だ。
探すのに大分手間取ったので、もう空の端はオレンジ色に変わっている。
ケーナは今夜はこの広場で一夜を明かす事に決めた。
ゼアウルフ達に二人を此方へ引っ張ってくるように命令し、風精に礼を言って召喚を解くと【召喚魔法:白竜:Lv.5】を使用。純白の羽毛に覆われた五階建てのマンション大クラスのドラゴンがケーナの前へ現れた。
程なくウルフ達の背に乗って戻ってきた二人は、悠然とそこに佇む白竜の荘厳な風体を見るなり目を点にしてゼアウルフの背から落ち、コロンと地面に転がった。
此処に来るまでの行程で出てきたモンスターは、簡易式の呪い程度で防げる低位のモンスターと格が違うのが多かった為、安全を考慮しての策である。
羽毛の翼に包まって寝ると、とてももふもふな気分でグッスリ眠れると考えた理由もあった。
なんとか二人を宥めるとホワイトドラゴンの広げる翼の内側に引き込み、その場で野営の準備を始めた。
顔を見合わせて黙ってしまった二人にケーナは苦笑する。
「ドラゴンを見るのは初めてなのかな、二人とも?」
ケーナが作ったパンとチーズと串焼肉をもそもそと食べながら、二人は頭上の夜を遮り焚き火に赤く照らされるドラゴンの顎をチラチラ見ていた。
ケーナの問いに顔を見合わせると、しばし間を置いて頷いた。
古い記憶を思い出すようにマイが答える。
「人づてに話を聞いた程度、ですが。随分前に騎士団長の方がそのような話をしていました」
「それなら私も聞いた事が。古い遺跡にはまだそこを守るためにドラゴンが残っている所があるとか……」
「騎士団長? 二百年前から居る人なのかな?」
「多分そうだったかと思います。竜人族の方ですし」
「ふうん、強い人なのかな?」
「ええ、強いですよ。岩ぐらい簡単に叩き割る人ですから」
(それってもしかしてプレイヤー?)
疑問もあるが本人を見ないとどうなのかも判らない。
意識を切り替えて学園の事に話題を移すと、二人の緊張がほぐれるまで失敗談や体験談の話に付き合う。楽しそうに笑う合う二人がホワイトドラゴンの事を気にしなくなるまで。
─── フェルスケイロ side
ケーナ達が森の中でホワイトドラゴンと共に一晩を過ごしていた翌日のことである。
冒険者ギルドに集っていた者達の中で、ひとりの男がポツリと呟いた。
「そういやあ、あのお嬢ちゃんここ三日くらい姿を見せねえな。また何処かへ護衛で行ったのか?」
ここに入り浸るパーティ“凱旋の鎧”。
ケーナが依頼を受けた日に彼女と会話を交わした男達だ。数日前に受けた依頼で懐の暖かい彼等は特に無駄遣いに費やすこともなく、割のいい依頼目当てで冒険者ギルドにたむろしていた。
仲間の呟きには、彼等の頭脳労働担当である術士の青年が憶測も交えて答える。
「狩猟系の依頼でも受けたのではないですか? 彼女の事ですからきっと元気でやっていますよ」
「あの嬢ちゃん見てて危なっかしいからなあ、大丈夫なのか?」
「そろそろ何処かのパーティにでも紹介してやったほうがいいんじゃねえ?」
仲間達が口々にケーナの事を思って口を出す中、重甲冑に身を包んだ男だけが首を横に振った。
「あの嬢ちゃんと対等に肩を並べられる奴でも居ればな……」
重々しく呟いた言葉にパーティ仲間が言葉を途切れさせる。互いに顔を見渡す沈黙の中、男は苦笑して皆に詫びた。
「ああ、済まん。なんかそんな感じがしただけなんだ。失言だったな、忘れてくれ」
「おいおい、コーラル。なんか妙に意味深な呟きじゃねえか、惚れたか?」
「なっ!? だ、だれがあんなお嬢ちゃんに!」
コーラルは絶句した後に仲間で茶化した男に食って掛かった。
パーティの盾と決定打を叩き出すコーラルの怒りを受けては堪らないと外へ逃げ出す仲間。追う事を止めたコーラルは初めてケーナを見た異質さに身震いした。
── かつて、VRMMORPGリアデイルというネットゲームがあった。
外見二十代の人族として作成され、コーラルと言うキャラクターが生まれた。
顔も名前も何も判らない他人とキャラクターを通して知り合い、困難に手を組み、互いに成長した楽しい夢の国は、思いもかけない出来事によって衰退の道へと転がり落ちた。
そしてサービス終了の最後の日。なんとなくな思いで最後まで残っていたコーラルが気が付くと、自分のギルドの砦にひとり佇んでいた。
砦は既にその機能を停止していた。
砦の中を隅から隅まで探したがメンバーは誰も残っておらず。マップ機能も使えない有様で、どうにかこうにか人里へ降りてきた。そこに広がっていたのはかつてのプレイヤーが栄華を誇った時代より更に、二百年近く経過した時代であった。
最初に降りたった村で悩みぬいた挙句、コーラルとして今後を生きて行く事を覚悟した彼。世話になった村から冒険者志望の者達とフェルスケイロの王都へ出て、そこで冒険者となった。
最初七名いた仲間達も十年も経った今では四人しか居ない。死んだ者もいれば抜けた者もいた。
あちこちを巡りながら同じ様に世界に残ったプレイヤーを探し続けたが、十年も経ち自身が年を重ねたと自覚する頃。
再び拠点にしたフェルスケイロの王都でケーナと名乗る新米冒険者と出会った。
一般常識も満足に知らないその女性エルフをひと目見たコーラルは愕然とした。
【特殊技能:サーチ】でレベルやステータスを見抜けなかったからだ。
ただ不明と表示されるそれには覚えがある。自分よりレベルの高い者の数値は見ることが出来ない、VRMMORPGリアデイル特有のシステムだ。
あの女性が捜し求めていたプレイヤーであった場合、他にも幾人か残っている可能性がある。彼女にそれとなく確認するためにケーナについて噂をかき集めて見れば、出るわ出るわプレイヤーらしき行動が。
曰く、『水の上を歩いていた』 現在の世界では水上歩行の魔法は失われている為、実に確定的な証拠だ。
曰く、『フェルスケイロ有名所三兄妹の母親』 当人達を確認しに行ったら、会えたのが港湾区工房長カータツだけだが。彼のレベルは三百な為、その三人ももしかしたらプレイヤーの可能性もある。
悶々とケーナについての考えを巡らせている姿に、仲間達はついにあの堅物にも春が来たかと笑い合っていた。
そこへ意外な者達がギルドの扉をくぐって来た。
白い甲冑に肩のグリフォンの紋章。フェルスケイロの騎士団に所属する騎士だ。
二人組の片方は普通に見られるような人族の騎士だったが、もう片方は体躯に匹敵する巨大な大剣を背負った銀色の竜人族だった。
人族の騎士はギルド内部をぐるりと見渡すと、真っ直ぐ受付嬢の所へ近付いて行き、何かを言付けている。
入り口で立ち止まっていた竜人族はコーラル達込みで数人程の冒険者に問い掛けた。
「済まないが人を探している。薄桃色の髪をした身なりの良い女性を見た事はないか?」
街中で会うと大抵の騎士は横柄な態度を取るため、冒険者には嫌われている。
それだけに先に断りを入れた竜人族の騎士の態度には好感が持てた。しかし、見た事のある者は居ないらしく、ほぼ全員が首を横に振った。
それとは別にコーラルは違う物を見て目を剥いていた。
【サーチ】で竜人族のレベルが読めないのである。大剣使いの銀の竜人族、記憶にあるのはかつての自分の所属していたギルドのサブリーダーだった男。たしか名前を……。
「……シャイニング、セイバー……?」
「ああ、たしかに俺はその通りの名前だが……。ん? 名前教えたか?」
「“銀月の騎馬”……の?」
「な……に? お前その名前を知るとはっ!?」
焦った口調の竜人族と視線が絡み合い、睨みつけたその目が驚愕に見開かれる。
「お前、コーラルかっ!?」
「サブリーダー! アンタかっ!!」
二百年来、と言えば良いのか分からないが、元ギルドのメンバーはガッチリと握手して再会を喜び合った。
コーラルのパーティ達とシャイニングセイバーの同僚の騎士は、笑い合う二人をポカンとして見つめているだけだった。
ロプス・ハーヴェイは悩んでいた。
片手には桶。中でドドメ色の液体が異様な臭気を放っている。
徹夜の成果という名の失敗作だ。輝きに魅せられて自分の手で作ってみたくなった。その原因は妻の母親が行使した『古代の御技』だ。
妻であるマイマイに相談したところ、物を作製するなら弟のカータツが専門だと言われた。
彼に聞くと『くらふとすきる』なるものが必要で、それを新たに取得するとなるとケーナが持つ技能しか得られる手段がないそうだ。
『それはケーナ殿に頼めば手に入るのか?』
『……難しいな。お袋はそういった技能を管理する立場にある。たとえ俺たちが欲しいからと言ってくれるとは思えねえ。後は試練を受けて合格するしか手段はねえな』
試練も千差万別。
時間が掛かるモノや殺意高いモノなどあるらしく、それは守護者の塔と言われる場所に行ってみないと判らないとか。
本人に会って確認してみようと思えば、依頼でいなかったり会っても話す時間が取れなかったりと、タイミングが悪い。
仕方なく同じ材料で同じモノが作れないかと色々試してみたが、道は果てしない。何を作っても納得のいくものが出来ず、廃棄物が山のように増えただけだ。
遠方から取り寄せた材料もあっただけに、残念でならない。
失意のどん底で学院の敷地の端にある穴を掘っただけのゴミ捨て場に来て、桶の失敗作を注ぎ込んだ。
見れる者が見れば分かるが、其処には踊る矢印と『???』と表示されたフキダシがあった。
所詮プレイヤー以外には見えぬ意味の無い物だ。廃棄物の中にオクソレの根とロッガの目玉とヌェイブの舌が混じっていなければ……。
トボトボと穴に背を向けたロプスの背後で光が迸った。
驚いて振り返った彼は眩しさで顔を覆いながらも、幾筋の細い光が穴があった場所から吹き上がるのを見た。
光は校舎より高い空中に三次元で線を描く。
ずんぐりむっくりな丸い胴体にヒレ状の腕に鋭い爪、短い脚はどっしりとした体を支える為の太い爪が。最後に嘴の長い鳥に似た頭部、口腔には牙がギッシリと。
見たことも聞いたことも無い生物を描き終わると光は消えた。
校舎内から目撃していた生徒も、その足元から見上げていたロプスも光の線で描かれた怪物から目が離せなかった。
そして次の出来事に仰天した。
線の内側に忽然と骨が出現したのだ。
骨だけではなく肋骨内に納まる内臓。骨を肉付ける筋肉に続き、皮膚が全身を覆い尽くし。羽毛が生えて空洞だった眼窩に目玉が形成され、ギョロリと周囲をねめつける。
見ていたほうからは途方もない時間に感じられたが、実際には三秒もかからずに怪物が完成し、地響きとともに大地に足を下ろした。
容姿を端的に表すならば、脚が鉤爪の生えたトカゲで胴体がペンギン。飛ぶことには向かない退化した翼からは真っ白な爪が二本突き出ている。
頭に乗っかっているのは牙のギッシリ生えた細長い口を持つイルカだ。
頭頂部までの高さ十メートルはあろうかと言うそれは、よちよちと一歩を踏み出そうとして学院の壁に勇み足を取られ、転倒して大河へ落下し盛大な水柱を上げる。
周辺を航行していた為にその光景にでくわした者達は突然発生した高波に舵を取られ、転覆したり投げ出されたりと大河には悲鳴や怒号が響き渡った。
――― シュギイイィィィイイイィッ!!
中洲と住宅部の中間で起き上がったイルカペンギン凶悪面は、そこで初めて産声を上げて存在をアピール。腰あたりまで水に浸かった身体を起こしてから、ぴょんと背を伸ばす。
恐怖で逃げ惑う人々に構わずに歴史的な二歩目を踏み出そうとし、港湾区の桟橋を踏み抜いてその上に倒れ込んだ。
再び高波を伴う水飛沫。木っ端微塵に吹き飛ぶのは桟橋を構成していた木切れ、小舟や生活用品に逃げ遅れた者達。
起き上がる際にも下から桟橋部分を掬い上げる怪物。
翼腕部分をバタバタさせ、シュギュシュギュと笑うように鳴くと、遊びの様な仕草で川岸にある桟橋増設部分を削りに掛かった。
この破壊活動は貴族街側からもよく見え、緊急事態と踏んだ王と宰相は騎士団を出陣させた。
だが如何な騎士団と言えど怪物と相対する為には大河を越えなければならない。ムチャクチャに大波が起つ中を越えられずに、中洲で怪物が上陸するまで指をくわえて見てるしかなかった。
学院も敷地から出現した怪物に戦闘を辞さない考えの生徒も居たが、学院長の一言で生徒全員を貴族街側の岸へ避難させた。
教会でも似たように非戦闘員を避難させ、神殿騎士団と回復魔法の使える者達で中洲に打ち上げられた怪我人の手当てに奔走していた。
この騒ぎの中カータツと合流したマイマイはロプスから怪物の出現を詳しく聞き、カータツと顔を見合わせて「そう言えば……」と切り出した。
「確か御母様が中洲にはヤバい場所があるとかないとか、言っていたわね……」
「おいおい、お袋が『ヤバい』っつーならとんでもねーぞ。何で詳しく聞いておかねーんだよ、姉貴」
「しょーがないじゃない、兄さんの暴走とかケイリックの事とかあって、今の今まで忘れてたわよ!」
「待て待て、姉弟喧嘩している場合か! アレはどうしたらいいんだよ!」
二人の間に割り込んで、対岸で嬉々として建て増しの桟橋部分を破壊している巨大なペンギンを指差すロプス。
知らなかったとは言え自分の仕出かした事だ。何かしら事態の鎮静の手助けをしたいと思っていた。 ロプスに諭された姉弟は怪物を先ずはじっくり凝視し、難しい顔で考え込む。
「不味いな俺達より強いぞアイツ」
「考えるより行動をしろ、よ。牽制くらいするわよカータツ!」
「少しは先を考えろよ! コッチに注意を向けて対岸に目標定めたらどーすんだよ!」
「あ……」
弟に言われて初めて気付いたマイマイは両手を合わせ、魔法を撃つ寸前の体制で硬直した。
男達は確信する「こいつ言われなかったらそのままぶっ放してたな」と。
「こりゃさっさと住民街側に移動する必要があるな……」
カータツの呟きと同時に怪物は桟橋部分を粗方削り終え、いよいよ上陸に掛かろうとしていた。
一方、住民街側では行方不明者の探索に駆り出した騎士団の同僚を住民達の避難誘導に充て、先行したシャイニングセイバーとそれに付き合うコーラルが怪物のお膝元へ接近していた。
「おい! どーすんだよあれ!」
「決まってる! ブチ倒すだけだ!」
「ちょっ、おまっ!? 術士の援護もなしで二人だけでどーにかなるわきゃねーだろーがーっ!!」
バキバキと家屋を踏み潰し、破壊だけをまき散らす採取ポイントイベントモンスター。
手前で急ブレーキを掛けて立ち止まったシャイニングセイバーは、このまま戦う事に否定的なコーラルを見据え、気が付いたように頷いた。
「そうか、そう言えば冒険者だったかお前。済まん、つい昔の様にギルド単位で考えてたな……」
殊勝に頭を下げるかつてのサブリーダーに嫌な予感が拭えないコーラルは、確認の為に聞いてみた。
「俺が突っ込まなかったら、アンタは特攻を止めるのか?」
「まさか、突っ込むに決まっている。これでも国を守る騎士を自負しているんでな!」
だからといって突撃思考で行けばいいと言うモノでは無かろう。
呆れかえって背中の大剣を抜くコーラル。つくづく突撃しか出来ない馬鹿の戦闘方法は変わらないと思った。
「コーラル?」
「ただ働きだが付き合うぜ」
「すまん、恩に着る」
「全部終わったら飲み代はお前にツケとくからな」
再び怪物に向かって疾走する二人。
身体能力を一時的に引き上げる【能動技能】を幾つか起動させ、家屋に飛び乗り屋根の上を飛び跳ねながら加速する。
「相手はデカブツだ! 頭をド突いてひっくり返すぞ!」
「わーったよ!」
加速した運動エネルギー諸共、技に上乗せして二人は空を舞った。
【戦闘技能:衝突撃破】
【戦闘技能:破斬撃坑】
ほぼ同時に二条の流星が怪物の顔面に突き刺さって大爆発を起こした。
悲鳴らしき声を上げ、もんどりうってひっくり返る怪物。
スローモーションで倒れる怪物と同様、技の余韻で対空から落下の途中にいたコーラルとシャイニングセイバーの二人。身を捩った怪物の翼が彼らにも迫った。
空中なので回避行動も取れず、ラケットに打たれたテニスボールの如く跳ね飛ばされて、随分離れた民家に突っ込んだ。
再び大河に上がる大水柱と轟音と高波。住民街でも家屋を倒壊させ立ち昇る二条の土煙。
「あークソッ! 予測出来るかあんなん……」
倒壊した家屋から自分の上に積もった残骸を押しのけて、シャイニングセイバーは身を起こした。鎧はあちこちひしゃげヒビが入り、銀鱗の体躯も流血で赤く染まっていた。
「おいコーラル生きてるか?」
呼びかけと同時にガラガラと何かが崩れる音はするが、肝心の本人の反応がない。
焦ったシャイニングセイバーは折れた構造物だったモノを掻き分けて、仲間を掘り起こす。太い大黒柱を叩き斬ってようやっと身を起こしたコーラルは、竜人より満身創痍な有り様だった。
「流石四百レベルオーバー。HPが二割切った、ぜ」
「キツいんなら寝てろ、後は俺がやる」
全身血まみれで見るに耐えないが、ぼろぼろになりながらもその眼には闘志が宿っていた。風通しのよくなった大穴が開いた屋根からは王都の空がよく見える。
空以外には身を起こし、戦う気まんまんの怪物の頭部。
どんどん接近してくる様子が見て取れるその頭部が、突如として爆炎に包まれた。何が起きたのか理解が追いつかない二人の周囲で白い光が瞬く。
傷ついた鎧はそのままだが、その身に受けた傷はみるみる癒されて痛みが引いて行った。
「まったく……。幾ら貴方が騎士団の中で群を抜いて強いからと言って、単騎で突っ込んでいくのは感心しませんね」
『光り輝く背景』をバックに、神殿騎士団の蒼い法衣に身を包んだ麗人が『鈴鳴りの音』と共に現れた。白い光は麗人、大司祭のスカルゴが行使した中位回復魔法だ。
「スカルゴか、助かったぞ。礼を言う」
「まだ終わってはいませんよ。私の妹と魔法師団が中洲側からアレの意識を引いていますから、貴方達にはもう一度突っ込んで貰う必要があります。回復と防御に関しては此方で引き受けましょう」
話をしている最中にも『キラーン』やら『シャリーン』と光って鳴る変な人物に、コーラルはあんぐりと口を開けた。
「おい、シャイニングセイバー。なんだこいつは……」
「ん? 知らないのか。こいつがあの有名なマザコン大司祭だ」
「誰がマザコンですか誰が。私は唯、母上殿に惜しみない愛を差し上げているだけですよ」
「「それをマザコンと言うんだっ!!」」
状況も忘れてつい突っ込んでしまう二人であった。
変な所で切れました。