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18話 利益の精算をしよう

明けましておめでとう御座います。


「あーうー、うー」

「何を陸に上げられたポンスみたいに唸ってやがるんだよ。嬢ちゃん?」


 オプスの守護者の塔で一泊して更にもう少しMPを譲渡したケーナは、騎士団の駐屯地でロバと荷馬車を受け取ってヘルシュペルに帰還した。

 その足でケイリックを訪ねると既に『野盗の頭目捕縛せり』なる一報が伝わっていたらしく、大仰なお礼として頭を下げられた。

 砦に残る残党の掃討自体はまだされていないので、西側の外殻通商路が通行可能になるには討伐隊が出た後に安全が確認されてから。と言うことになるようだ。


 そしてまた翌日。

 アレで良かったのかと頭を悩ますケーナに声を掛けるアービタの一言だ。

 ちなみにポンスとはエッジド大河ではポピュラーなナマズみたいな魚である。

 焼いて良し、煮て良しと家庭料理の材料として一般的に使われている食材だ。

 少し悩んだケーナだが、アービタであればむやみに口外しないだろうと思い、昨日の頭目捕縛のいきさつを話した。 


「むう、そんな奴だったのか。しかし言動が随分と子供だな……。魔人族には会った事はあるが、そこまで酷いのは聞いたことは無いぞ」


 流石に見た目が青年でも中身は子供のプレイヤーなんですよ。

 などとは口が裂けても言えないので適当に誤魔化す。

 現在のリアデイルでは魔人族も他の異種族と変わらない扱いになっているので、あからさまに差別意識を持つものは少ないのだとか。


「まあ、その場に居たわけじゃねえが、嬢ちゃんの判断はソレでいいんじゃねえか?」

「え? でも生きて渡しちゃったのが少し心配で……」

「まあ待て。そもそも嬢ちゃんは依頼で補給物資を届けに行ったんだろう? もしかしたらその中に大旦那の希望も入っていたとしてもだ。俺たち冒険者は依頼を受けて動くから、判断するのは依頼を出した側ってことだよ」

「そう、……なんでしょうか?」

「どちらにしろ被害は国に響いてるんだ。騎士団に引き渡して国に判断を委ねたってのが間違いなんかじゃねえ。嬢ちゃんが悩むのはお門違いってもんだろうよ。討伐も依頼されて無いのに手を出しました、殺しましたってされたんじゃ国の面目丸潰れだからな」


 相談したかったのは国との軋轢が生じるって事ではなかったが、誰かに「それはお前が悪い」とか面と向かって言われなかっただけケーナの内心は落ち着いたモノになった。

 ちょっとは迷いが晴れたケーナの表情を見たアービタがニヤリと笑う。


「すみませんアービタさん。ありがとうございます、相談に乗ってくれて」

「おお、先輩冒険者の助言もちったあ役に立つだろう。御代はケーキでいいぜ」

「実は気に入ったんですね?」


 誤魔化す様にワハハッと笑うアービタにケーナは苦笑してしまう。

 手持ちの材料が不安なので、ケーナが市場に補給へ行こうとしたら、外から帰って来た団員が呼びとめた。


「ケーナちゃんよう。お客さんだぜ」

「え、はい?」


 団員が背後に指差す先に騎士甲冑姿のケイリナが立っていた。






「先ずはコレをお納めください」


 色々話したい事があると言うので街中をぶらぶらしながら聞くことに。

 混雑する繁華街を外れたところで、ケイリナは小袋を差し出す。

 受け取ったケーナは見た目に関わらずやたらと重い袋を覗き込んだ。入っていたのは無数の銀貨だ。


「ナニコレ? ケイリックが昨日言っていた後で届けるとか言う報酬?」


 補給物資を届ける。フリをした野盗支配領域の奪還にしてはやたらと数が多い。

 金貨2枚分くらいにはなりそうだ。


「冒険者ギルドにあった依頼の総金額と聞いていますね。お婆様の名前は伏せて、善意の第三者的な感じで、愚弟が商人たちを丸め込んだらしいのですよ。おかげで名も知れぬ冒険者に感謝する商人達が多いみたいです」


 依頼盤にあった三割の『盗賊をなんとかしてください』を思い出し、ケーナの顔が困惑気味になる。

 ちょっと過剰報酬過ぎやしないかと考え込む祖母の姿に、ケイリナも可笑しくなって笑い出す。


「実際それだけの働きをしたんですよお婆様は。国からも感謝状を出そうとか話が持ち上がりましたが、なんとか止めてもらいました。有名になったりするのはお婆様も望まないと思いまして」

「それはありがとうねケイリナ。ここでイキナリ召喚状なんか渡されたらどうしようかと思った」

「但し、王と宰相、騎士団長にはお婆様の事を知らせてあります。権力者が大嫌いで守護者の塔に関係する人物と伝えて有りますので、滅多な事ではお婆様にちょっかいは掛けてこないと思います。一応気をつけてください」

「ん、わかった」


 守護者の塔については、国にエルフが多いので昔を覚えている者から伝わった逸話が事欠かないらしい。

 おかしな話が蔓延しているのだと聞いたケーナは、近辺に居たのがオプスなだっただけあって、その噂はほぼ真実だと確定している。

 曰く、城が馬車仕立てになって走り回っていただとか。

 曰く「取りに行くのは鶏肉」とか叫びながら本物のゴーストが家に乱入して来たのだとか。

 曰く、満月の晩にゴーレムとドラゴンが棍棒を持って円筒形の木を叩き続けていただとか。聞いている方が頭痛を起こす内容ばかりだ。


「ところで先日捕まえた魔人族ってどうなったの?」

「地下牢の厳重な所に押し込みました。牢番によれば、何か呆然としたまま動かないそうですよ。お婆様がつけたあの首輪には何の意味があるのですか? どんなことをしても外れないのですが」

「あれを外せるのは私の他にはもう居ないと思うよ。外したら城ごと吹っ飛ぶと思いなさいね」

「判りました。皆にはそのように伝えます」

「注意しておくことが一点。首輪の効果でアイツの能力は十分の一に落ちてるんだけど、アイテムボックスの中まで干渉は出来ないんだ。低レベルで使えるアイテムで爆裂系のモノを持っているかもしれないから、身動き出来ないように雁字搦めに拘束するのをお薦めするよ」

「あ、はい。わかりました」


 ゲーム中に使えるアイテムは武器防具も例外ではないが、使用最低レベルと言うものが設定されていた。

 覇王の鎧はレベル百五十からでないと装備できないため、前回は『懲罰の首輪』を取り付けた途端に解除されたのだろう。

 おそらくはアイテムボックス内に格納されている筈だ。

 回復系のアイテムなら低レベルから使える物が結構な数があるものの、その魔人族がどのくらいの数を所持しているかまでは判らない。

 攻撃系や補助系のアイテムはピンからキリまで存在し、レベル四十で使える物も幾つかあった。

 ケーナがスカルゴとマイマイを気絶させたスタンボムはレベル三十もあれば誰でも使える物だ。

 威力は作成した者によるが、室内で使えばチンピラ程度なら一網打尽に出来るはずである。


「そういえば、ケイリナは騎士団でどんな扱いなの? 騎士団長よりアナタの力量の方が上でしょう?」


 レベルと言う言い方をしないのは、この時代の人間がレベル制を知らないからだ。

 だいたい強いか弱いと言う認識でしかない。


「今は騎士団で中隊長に組み込まれていますが、本来は騎士団の指南役なのです。今の騎士団長は私の弟子でして」

「ああ、野盗の被害が馬鹿にならなくなったから、急遽騎士団に組みこまれたのね?」


 ケーナは成る程と頷いた。

 それなら平騎士の妙に畏まった態度や、騎士団長が素直にケイリナの言う事を聞くのも納得できる。

 ケーナの見立てだと”平騎士<炎の槍傭兵団員<騎士団長<アービタ<<<ケイリナ”といった所だろう。

 しいて言うのならば実戦経験の不足差が、冒険者よりも騎士団の弱体を招いているように見受けられた。


「騎士団が冒険者より弱いのは今も昔も同じなのね~」

「はあ、すみません」


 恐縮した様に頭を下げるケイリナ。

 誤解が無いように昔のことを持ち出しただけだと付け加えておくが、事情のわかっているケイリナは特に反論もしない。

 しばらく雑談に興じていた二人だったが、別の騎士がケイリナを呼びに来たことでその場はお開きになった。


「それではお婆様、私はこの辺で失礼致します。おそらく先も見えてきた事ですし、そちらの護衛に当たっている商隊も話が纏まる頃でしょうから、今回お会い出来るのはコレが最後かと」

「うーん、それはそれで寂しい気もするなあ。ま、なにか権力に関わらなくて私に出来る事があったらマイマイ経由でいつでも呼んで?」

「フェルスケイロからヘルシュペルまでですか? それはそれでわざわざ長旅までしてこちらに来る事も大変でしょう」

「あ、大丈夫。この王都目掛けて【転移】登録したから、行き来は一瞬だよ」

「はぁ、転移…………ゑ!?」


 ケーナから何気無く飛び出したトンデモ発言に、ケイリナは聞かなきゃ良かったと激しく後悔した。

 最高峰の魔道師だとは分かっているが、普通に会話するだけでも常人の斜め上を遥かに飛んで行く単語がポンポン飛び出す。

 自身の精神衛生上、早めに話を終わらせたケイリナは、呼びに来た騎士と共にその場を去って行った。

 何か慌てている様子のケイリナに宮仕えも大変なんだなーと、感心するケーナである。




(なんかもうお婆様と呼ばれても気にしなくなってるし。慣れって怖いなあ)


 降って沸いたあぶく銭(と言うには金額が洒落にならないが)でコッチ名産の酒でもお土産にしようと市場に足を向ける。

 勿論ケーキの材料も大量に仕入れて宿屋へ戻った。

 戻ったらエーリネが戻っていて、野盗の頭目が捕縛された事で商談が予定より早く進み、翌日にでもヘルシュペルを出国するとの事だった。

 流石に西の外殻通商路はまだ使えないので、再び東の通商路を経由して帰ることになる。


「って、まーた私任せですか……」

「期待していますよ、名も無き冒険者殿」


 ニコニコと喰えない笑顔で眼鏡を押し上げたエーリネの発言に、ケーナは頬を引きつらせた。

 もはや隠し事どころではなくすっかりバレている。

 続いて商隊のエーリネの部下、家族で乗り込んでいるシュルスがケーナに小袋を渡した。

 入っていたのはこれもまた銀貨が大量にだ。


「とりあえずケーナさんの取り分ですね。像も結構な数が売れましたから」

「ええと、何個作りましたっけ? 八十個でした?」

「全部で百二十個ですね、売れ残りは有りませんから完売と言うことで。ひとつが八銀貨、ケーナさんの取り分が四割で銀貨三枚と銅貨十枚です。全部で……、三百八十四銀貨になりますね」

「とすると、一万九千二百銅貨ぁ? マレールさん所に四百八十日も泊まれるなあ……」


 野盗討伐代も含めると七百三十日に延長する。ちなみに速計算を行ったのはキーだ。

 しかし周りで話を聞いていた者達は、換算方法のあまりのしょぼさに脱力してあちこちに突っ伏した。

 皆の陸に上がったマグロのような様相にケーナは首を傾げる。


「……いや、ちょっと待て……。大金貰って、換算方法がそれでいいのかよ……、流石、嬢ちゃんは違う……」

「そうっスね……、何かこう、もうちょっと実のある使い方、とか……」

「こ、これこそがケーナ殿の真骨頂。……見習うべきか、呆れるべきか……」


 好き勝手に言われているとは知らず、市場で買って来た御菓子の詰め合わせを商隊の女性や子供たちに配るケーナであった。



 帰路は特筆すべきことは何も無く順調に進んで行った。

 損失した馬はキチンと補充しているのでケーナが召喚獣を呼び出す必要も無い。

 再び兵の派遣されていた国境を越えて、エッジド大河に近付いた時にフェルスケイロの騎士や兵士が川岸に集っていた。

 そこには大量の材木が山と積まれ、今にも橋を架けようとしているようにも見える。

 その割には人足の姿は欠片も見えず、エーリネは何が起こっているのか見極めようと商隊を止めさせた。


 商隊の接近に騎士達も気付いていたようで、責任者らしき代表が此方へ歩み寄る。

 闘技場で会った偉そうな騎士を思い出したケーナは、素早く馬車の陰に隠れた。

 厄介事のような気がしたからだ。


 しかし厄介事と言うものは関わり合いになりたくなくともあちらから歩み寄ってくるものだ。

 騎士との話し合いから戻ってきたエーリネが、今から此処に橋を掛ける準備をするらしい、と皆に告げた。


「今からァ? どうやって?」

「作業する人も居なきゃあ、それ用の道具も見当たらないぜ?」

 

 材料有り、人員無しと聞かされればケーナには心当たりがある。

 馬車を降りて見渡せば小舟で川を渡ってくる末の息子の姿を見つけた。


「カータツ!」

「! お袋か! なんでこんな所に?」


 岸に上がってから駆け寄ってくる見慣れたドワーフの姿にケーナは「やっぱり」と安堵する。

 状況の分からない騎士たちからはざわめきが起こる。

 エーリネやアービタたちは事前に二人の関係を知らされているので、特にコレと言った反応は起こさない。

 並んだ二人に凄まじい違和感を感じて頭を抱えるだけだ。

 片や十代後半のエルフ美少女。片や対象的な厳つい髭だらけのドワーフである。


「事前に聞いてはいたが、何か間違ってねえか?」

「あれで親子……。大陸の七不思議ぐらいの違和感じゃ有り得ませんね」


 カータツは国の専任技師なので護衛も務める騎士たちがケーナを警戒する。

 誤解の無いように『親子』と言う関係性を話し、騎士を下がらせたカータツは此処に居る理由をケーナに話した。


「ああ、西の外殻通商路が使えないから、ここにきちんとした橋を架けようって算段なのね?」

「ま、橋が架かる前に野盗のボスは捕縛されちまったようだが。残敵掃討も含めてヘルシュペルと合同でフェルスケイロでも兵を出すらしいぜ。どちらにしろ俺の仕事は変わらないが」


 ついでだから親子共同作業にしようと言う事になり、二人は地面に橋の概略図を描いて協議する。

 騎士を纏める中隊長を務める者はアービタたちへ近付いて、彼等に話し掛けた。

 アービタの名は冒険者ギルドでも有名で、その昔騎士団に籍を置いていたこともあって騎士からすれば話しやすい。


「アービタ殿、あのエルフ女性がカータツ様の母と言う事は本当なのですか?」

「俺の槍に誓って断言してやる。マジだ!」


 きっぱりと言い切るアービタに幾人かの兵士は目を丸くする。

 国内でも教会の大司祭スカルゴと王立学院校長マイマイと造船所工房長カータツが兄妹なのは有名な話だ。

 すなわちあのエルフ女性はその有名所三人の母だと。

 

「橋を架けるにしちゃあ人足が一切見当たらない様だが?」

「ええ、カータツ様は本来、人手等無しでモノを建築する”(いにしえ)の技術”に精通してますから。材料さえ揃えれば問題ないのですよ」

「あー、そういや嬢ちゃんもそんな技使ってたな。親が使えると子供も使えるのか?」


 呑気に二人でウムウムと頷き合いながら会話していると、エーリネが横から忠告を挟んだ。


「お二人とも、なにやら雲行きが怪しくなってまいりましたよ?」

「「ああん?」」


 不思議そうな顔でエーリネに応えた二人は、仲良く話し合っていたはずの親子が険悪な空気を放っているのにギョッとした。


「だーかーらー、何で川岸スレスレから橋を架けるのよ! そこで一段上に坂を作ったら馬車とか上り難くなって、曳く馬が可哀想じゃない!」

「お袋の様に川岸スレスレから水面並行に橋なんぞ架けたら、大水になった時にあっさり流されるだろう! 橋自体は川面から距離とらないとダメだ!」

「大体なんで橋脚にこんなに資材を使うわけ!? ここを減らせば橋の歩道部分をもっとマシに出来るでしょ!」

「お袋が大河を甘く見ているからだろうが。足場さえ残っていれば歩道部分はまた架けりゃーいいことだろうがよ! それだけあれば俺みたいな専門家が居なくても再び橋は繋げられる!」


 ふー! しゃー! と、ネコの喧嘩じみてきた言い争いに、介入する事も出来ず唖然と見る商隊や傭兵団、騎士兵士。

 アービタから目配せを受けたケニスンが、腰を引けつつも仲裁に入った。

 勇気ある行動に兵士たちからも感嘆の声が上がる。


「あのぅ、お二人とも少しは落ち着いて話をしたらどうッスか……?」

「ケニスンさんは黙ってて!」←【威圧】付き

「関係ねー奴はすっこんでいろ!」←【眼光】付き

「……はい、失礼したッス」


 が、迫力に負けてあっさり後退した。

 兵士からのブーイングに「じゃあお前等が仲裁してみろッス」と牙を剥いて反論する。

 普通(?)に見えて実際は千百レベルvs三百レベルなので、うかつに間に入れない緊張感がひしひしと周囲に圧力を掛けていた。


「川岸のスロープを降りる前から橋を架けてしまえば、川面からも距離を取れるじゃないの!」

「だーからそれをすると材料が足りねえって言ってるだろーがっ!」

「材料が足りないのを腕でカバーするのが職人って………、あ!」

「は? どうしたお袋?」


 言いかけて何かに気付いたケーナが一旦停止する。

 誰かの手も借りずに沈静化した怪獣クラスの喧嘩に、行く末を見守っていた見物人が不思議そうな表情を向ける中、中空からイキナリ出現した樽サイズの鉄球がケーナの周囲に降り注いだ。

 その数実に十二個。

 一撃で人の命が簡単に奪える凶器攻撃に悲鳴を上げながら慌てて距離を取る関係者たち。

 引きつった顔のカータツへ満面の笑みを向けたケーナが、嬉しそうに解説した。


「コレよコレ、橋脚に鉄心を入れればいいのよ。材料が足りなきゃ調達すればいいのよね」


 第三者的に言えば「何処から調達してきやがった!?」と言いたい所だが、ケーナが微妙に恐ろしく誰も文句を挟めない。

 実はこの鉄球はオペケッテンシュルトハイマー・クロテットボンバー、略してオプスの塔のアイテムボックスに格納してあったシロモノだ。

 そこには一部の武器とアイテムを除けば資材ばっかりであった。

 本人の許可もあるので、ケーナは手ごろなモノをちょいちょいと拝借して来たのである。

 その際には守護者に『火事場泥棒みたいです事』とか嫌味を言われたが、右から左へスルーした。


 再び腰の引けた息子を引っ張り、スキルの構築画面で協議を続ける。

 鉄は鉄でもオプスの加工した神鉄なので、【建築:橋】に使用できるのはケーナのみ。

 橋脚部分をケーナが担当し、歩道部分をカータツが敷設することで大体纏まった。


 波乱万丈で始まった橋建造計画だったが、実行に移した後は早かった。 

 二人の周囲に風が舞い川が裂け、両岸から空中へ飛び出した材木や鉄球が呆気に取られる皆の視線の中、形を変え外観を整え地面に落下。みるみるうちに橋が敷設されていく。

 わずか五分も掛からない時間で馬車も楽に通れる幅広の橋が完成し、親子二人は満面の笑みを交わしてガッチリと握手する。

 一拍遅れて、両岸から拍手が巻き起こった。



 その晩は橋を渡った所で一団が野営をしながら大宴会となった。

 カータツとケーナは敷設したと言っても大した労力を使ってはいない、むしろ苦労したのは川下から材料を運んできた兵士たちであろう。

 親子二人はせっかくだからと言われて、離れた所で談笑する場を設けてもらった。

 その為、他の人に聞かれずに秘密話に興じることが出来たので、僥倖と言えよう。


「生き残りだぁ!?」

「わあっ、しーっしーっ!」

「ああ、ゴメンお袋」


 必然的に話題はヘルシュペルで猛威を振るっていた野盗の頭目の話になる。

 今更ながらケーナは彼の名前を聞いてなかったのに気が付いた。

 ステータスは見たがレベルばっかり気にしていたので、名前の確認をすっかり忘れていたのである。

 彼のレベルは息子たちより上なので、鉢合わせになる前に処断できてよかったと胸を撫で下ろした。


「なんだその世間を舐めた奴。なんで始末しなかったんだよ?」

「しようとしたんだけどね。国との軋轢を作るわけにも行かないので引き渡した。そういえば処分どうするんだろう、聞くの忘れた」

「おいおい、投げやりだなあ。後で姉貴から確認して貰うしかないな」

「ああ、そう言えばマイマイにもお仕置きしなくちゃね」


 黒い笑みを浮かべたケーナから流れ出したおどろおどろしい気配に、背筋を凍らせるカータツ。


「いやいや、そんなにショックだったのかよ!? 姉貴もしょーがねーな、少しくらい言っておけば良かったのに」

「まあ、私も大人気なかったけど……。あやうく決裂冷戦状態になるところだったのよ」

「!? あっぶねーなそりゃ……。うん、姉貴強く生きていてくれ」


 早々に姉を見捨てて星に祈るカータツ。

 それを見て仲が良いなあと苦笑するケーナ。


「二人とも良い子だったし、改めて決裂しなくて良かったと思うわ。色々便宜も図ってもらったし。孫もいいものよねー」

「数日のうちにすっかり孫馬鹿になってやがるし。なにがあった?」


 胸に手を当てて優しい笑みを浮かべる母親に呆れる息子。

 そこだけ別世界となった暖かい光景に、チラ見していた者も自然と笑みが浮かぶ。

 しかし、空気を読むが約束を果たして貰ってないので、無視したアービタが声を掛けた。


「おーい、嬢ちゃん! 出発する前に言っていたケーキ、今作ってくれ」

「……って、今ですか? アービタさんもしょーがないなあ。虫歯になっても知りませんよ」

「けーきぃ?」

「もう面倒臭いから全員分作ろうっと。カータツ、貴方も食べなさいね?」

「いやー、俺は甘いモノはちょっとー……」

「くすん、息子が母親の料理を拒否するんですよ、……どう思いますエーリネさん?」

「極刑ですね」


 やれやれ仕方が無いなあと立ち上がったケーナから声を掛けられたカータツは、エールの入ったジョッキを掲げて軽く回避した。

 しょんぼりと項垂れて泣き真似をしたケーナがエーリネに同意を求めたところ、彼は至極真面目な表情で言い切った。

 それは周囲にも伝染し、騎士や兵士が「カータツ様、親を泣かすなんて男として最低の行為ですよ」やら「息子として親孝行は大事です」と声を掛けられ投げ遣りに声を張り上げた。


「あー分かったよ! ケーキだろうが甘いものだろうがドンと来い! じゃんじゃん作ってくれ、お袋!」

「そう、よかったー。ここで断られたらスカルゴに泣き付こうかと思った」


 【特殊技能(エクストラスキル)薔薇は美しく散る(オスカル)】全開に長兄が迫る説教を想像したカータツはゲンナリとした顔になる。

 それを見て溜飲が下がったケーナは噴き出して笑う。


 暗い夜のしじま、一角が明るく染まった野営地に炎の勢いにも負けず劣らずの笑い声が広がった。


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