17話 断罪を押し付けてみよう
戦闘シーンに時間が掛かりました。
開始の合図は甲高い金属音から。
大剣と棍が激しくぶつかり合って火花を散らす。
「チィッ!」
舌打ちして噛み合った場所から急速後退する頭目。
自分の武器とケーナの武器を驚愕して見詰める。
「馬鹿な、餓狼の剣で破壊出来ねぇだと……」
「お生憎様。餓狼の剣の特殊効果は武器破壊、レア品とEX品はその範疇では無いと言う事よ。勉強不足ね?」
「チィ、てめぇプレイヤーか!」
「察しが悪すぎ、頭使ってる?」
餓狼の剣に魔力を込めた頭目は、青い軌跡を周囲に描きながら剣を大振りにして回転を始める。予備動作だけで放つ攻撃が丸分かりなケーナは、同じタイミングを計りながら棍に魔力を流し込んだ。
【戦闘技能:大剣特化:葬絶の暴風!】
青く光るラインの混じった轟風が頭目を覆い隠し、左右にブレながら横に広がる竜巻を作り上げる。風は鋭利な刃物と成って空を裂き、大地を削りながらケーナに迫る。
【戦闘技能:剛腕の撃槌!】
片やケーナはそれを視認すると、黄土色に輝く棍を垂直に地面へ突き込む。
途端に無風状態の中心に居た頭目の足元が陥没し、暴風もろともすり鉢状に裂けた地面の内へ転がり落ちた。
「うわあっ! たった、とわたっぶっ!?」
「ぷっ」
情けない悲鳴と何かにぶつかった音が聞こえ、ケーナは噴き出した。直ぐに意識を切り替え、なんとか穴から這い出ようとした頭目目掛けて横殴りに一撃を見舞う。
―――カーン!
金属音と共に宙を舞う青い首、もとい青い兜。泥だらけになった青い鎧の首から上には浅黒い肌にコメカミから生えた捻じくれた角、ゲーム内バランスブレイカー種族、魔人族だ。
オールラウンダーなヒューマンを更に強化したステータスを持つ種族で、βテストプレイヤーからは存在に懐疑的だった。最初は選択する者も多く居たが、余りにも遣い難いのでどんどん数を減らして行き、最終的にはハイエルフに続く不人気キャラへと転落したのである。
長所は能力値。欠点は黒の国にしか所属できない所と、他の国でNPCの応対の態度が最悪な所。値段が倍になったり売って貰えなかったり、ノンアクティブモンスターにも絡まれる事も原因だ。
同レベルであればハイエルフのケーナにとっては最悪の相手であったが、四百三十プラス五十レベル上乗せしたとしても格下相手。しかし、油断は禁物として間合いを空ける。
所属が同じ国だとしても全員を見知っている訳ではないが、あそこまで態度が悪いと噂くらい流れていそうなものだろう。だとすると、ケーナの死後加入したプレイヤーかもしれない。
「クソッ! そんなスキル聞いた事もないぞ。それにオマエッ! さっきからステータス隠しやがって不公平にも程があるぞ!」
(うわあ……)
警戒態勢を崩さぬまま呆れるケーナ。
逆ギレした頭目、魔人族は剣を地面に叩き付けて怒りを露わにする。
「チュートリアルすっ飛ばした人はみんな同じ事言うね。自分よりレベルが高いとステータス詳細なんか見れやしないわよ」
「なんだと! てめーみたいな奴が俺よりレベルが高いだなんて事があるもんか!」
文句を言いながら打ち掛かって来た剣を棍で外側へ弾く、同時に片手で保持した雷撃下位魔法を撃ち込んだ。ケーナから放たれた横に進む雷撃は、鎧に当たる直前で不自然に弾けて消え去る。魔人族はそれを見て至極当然と行った表情であざけ笑う。
「ハッ! 覇王の鎧は魔法を無効にするんだよ、思い知ったかこの野郎!」
「そんな事、充分知ってるしっ! ゲームでは通用しないけど、リアルではそうもいかないのよ」
棍の先端を魔人族へ向けて専用特殊武器の真価を発揮させる。「伸びよ!」と持ち主の命令に従い、如意棒は瞬時に伸びる。突拍子も無い現象に動きを止めた魔人族の胸に突き刺さり、その体を後ろに大きく撥ね飛ばした。
「な!? があっ!!?」
「如意金箍棒、一万三千五百斤。知っているかしら?」
元の長さに戻った如意棒を手元でくるくる回したケーナは、転がって行った魔人族が再び崩落した穴に転落したのを確認。
【魔法技能:突穿怒涛】
穴に向かって水撃魔法を叩き込んだ。本来のゲームであれば、術者の頭上に空気中から染み出した水が巨大な球を形成する。しかし、ここでは水が直ぐ傍に大量にあるので、湖から立ち上がった水柱が放物線を描き、穴に嵌まった魔人族へ降り注いだ。
なにやら溺れかけた悲鳴が聞こえてくるが、おそらくは「魔法は効かないのになんでーっ」とか叫んでいるのだろう。あちらの都合などお構い無しに、ケーナは矢継ぎ早に魔法を連発する。
【魔法技能:招雷激射】
晴天の空から槍の如く落下した雷が、白い目を剥いて水に沈み掛けていた魔人族を避け水そのものに突き刺さった。目に痛い黄色い放電現象とともに、バシャバシャと飛沫を上げながら水に浸かったまま激しく痙攣する魔人族。
水蒸気がシューシューと蒸発する音と、こんがりと蒸し焼きにされた魔人族。彼のHPはレッドゾーンに突入していて一撃でも食らえば昇天しそうだ。念入りに凍結魔法で半身水ごと氷漬けにし、ケーナは額に向かって如意棒を落とした。
「ぐげっ」とカエルの潰れた様な声と共に覚醒すると、自分の状況を確認し目を白黒させる。
「くそっ! なにしやがる、いてーじゃねえか!」
「痛いでしょ? それがリアルの痛みだと何故分からないの?」
ゲーム中は痛いと言っても、皮膚の表面をちくちくする程度のフィードバックに抑えられていた。余程の者でも無い限り、リミッターを外して痛覚全開で痛みを受けようだなんて思わない筈だ。魔人族のプレイヤーは溺れかけ、感電で全身を引きつらせた覚えと今まさに寒さと凍傷で痛覚が悲鳴を上げる感覚に真っ青になった。
逆光で見えないが無表情で見下ろすケーナに今更ながら震え、怯える。しどろもどろに言い訳を始めた。
「う、嘘だ。……こ、こは、ゲームだろう……。死んだって、リセット、が……出来る、はず、じゃないか……」
「死んだら終わりよ。コンティニューなんか存在しないわ。残機はゼロ。リセットボタンも無いわ、ご愁傷様ね」
「そん、な……、た、助けてくれよ! ボクは、まだこ、子供なんだぞっ!? 子供を殺したらけ、警察にっ……!?」
「警察なんていないわ。因果応報、自分のした事は自分で責任を取らなくっちゃね? 貴方は賊の頭目としてどれだけの人に迷惑を掛けたのか自覚してる?」
自分でも冷静なほど冷たい声にケーナは空しさを感じる。
魔人族のプレイヤーはボロボロと涙を流し始めた。
「ぐずっ……、うえぇ、た、助けて。助けてよ、うわぁうう……、うわああああああ!」
「さよなら」と呟いたケーナが如意棒を振り上げる。
次の瞬間【直感】に従いその場から飛び退いた。 ケーナの立っていた場所と魔人族のプレイヤーの間ヘ矢が飛んできたからだ。
慌てて背後に振り向いたケーナの視界に、数騎の騎馬が駆け寄って来るのが見えた。時間を掛けすぎて賊側の援軍かとも思ったが、先頭を駆けて来るのがケイリナだと知り警戒をあらわにする。
武器を構えたまま警戒を崩さないケーナに危険と判断したのか、同僚の騎士達をその場に留まらせてケイリナだけが馬から降りる。ケーナの間合いの外側(如意棒に射程は無いが)で膝を付き非礼を詫びた。
「申し訳有りませんお婆様。この者達は私の同僚です、どうか警戒を解いてくれませんか?」
「騎士団が何の用? 今からコイツに止めを刺すところだったんだけど……」
「生憎とその罪人はヘルシュペルの法で裁かせて貰いたい」
その問いに答えたのはケイリナでは無く、その後ろからやって来た貫禄のある顎鬚も立派なヒューマンの騎士だった。他の騎士とは鎧に入っている紋章が違うので騎士団長ぐらいかと推測する。しかしその発言にはケーナも呆れた。
「正気!? 貴方達にコイツが抑えられると思っているの? そこのケイリナだってコイツの足元にも及ばないのよ?」
周りの騎士が驚いたようにケイリナを見る。騎士団長も彼女に目をやって本当かと視線で問いかけた。
「実際に剣を交えたわけではないので力量の程は分かりませんが……、お婆様がそう言うのなら間違いは無いでしょう」
素直に認めるケイリナがどうして中隊長なんかをやっているのか、ケーナは不思議に思うが情けを掛けている時間は無い。魔人族は【常用技能:常時HP回復】が専用スキルに入っているので、回復して動き始めないうちに裁断を下しておく必要がある。如意棒を振るおうとしたケーナに向けて、周りの騎士達が一斉に抜剣した。
一触即発の空気の中、泣きじゃくる魔人族の声が響く。優先順位を考慮したケーナは今はまだ国家に対してどうこうする必然は無いと判断し、如意棒を小さく縮め右耳のイヤリングへと戻す。
これに胸を撫で下ろすのはケイリナである。ケーナが本気になったならば、精鋭とは言え自分達なんぞ赤子の手を捻るよりも簡単だと知っているからだ。魔法を使って凍結を溶かし、頭目を穴から引っ張り出す。
ケーナは代わりに取り出した黒いリングを、騎士達の威嚇もものともせず魔人族へ歩み寄り、彼の首にがっちりと嵌めた。途端に装備解除されてアイテムボックスに戻ったのか、覇王の鎧が消え失せる。
黒いインナー姿になった彼は呆然と自分の体を見下ろし、中空に浮いた自分のステータス画面を確認して顎を落とす。装備欄の首に『懲罰の首輪』と表示され、その効果により自身のステータスが一割に低下したのを確認したからだ。
「こ、この首輪、持ってるってことは……、お、おまっ。おマエエェェエッ!?」
「残念、ここで命を落としていた方が幸せだったかも。レベルの差が理解出来て良かったわね?」
『懲罰の首輪』は違法行為や目に余るプレイヤーに施される警告アイテムである。これを使えるのはGMか超越者クエストを抜けた二十四人の限界突破者だけ。実はクエストの中に人格診断テストが含まれていて、これをクリアしないと超越者クエストは合格できない。
目的は人数不足のGMを補う役目も持っていて、運営側からその意図を伝えられた時は流石に全員呆れたものだ。
『懲罰の首輪』は強制装備品で、外せるのはGMか限界突破者のみ。効果はレベルとステータスを1/10まで下げる事。但し二個目を貰った場合は問題行動有りの要注意人物と判断され、アカウントそのものが綺麗さっぱり削除される。
彼は此処に来てケーナが何者かをようやく理解した。GMはレベルを持たないNPC的な存在のため、見分けるのが簡単だが限界突破者は違う。ごくごく普通かどうかは判断しかねるがプレイヤーだ。
「これで貴方達にも扱う事が出来るでしょ。でも油断していると足元掬われるよ?」
「分かりました、肝に命じておきます。ありがとうございます、お婆様」
呆然とした表情のまま引っ立てられて行く魔人族。ついでに辺りに倒れていた野盗達も捕縛され檻馬車に詰め込まれて行く。騎士団長が何かを言い掛けたが、ケイリナが反論して口を閉じさせるとしぶしぶ頷き、馬に跨って去っていった。おそらく参考人として着いて来いとか言いたかったのだろう、それをケイリナが止めさせたらしい。
「果たして引き渡しちゃって良かったのか悪かったのか……。それは神のみぞ知る、かなあ?」
自身の行動を省みつつ、溜息を付いて肩を落とす。そして当初の目的を果たすためにアイテムボックスより守護者の指輪を取り出した。案の定、それは緑色にキラキラ光っていた。
定番のキーワードを棒読みで投げやりに唱えたケーナ。しかし指輪は光るだけで沈黙を守っていた。 なんの反応も無いのに首を傾げた途端、足元が欠き消えダストシュートトラップみたいに黒く開いた穴に落下した。
「っ!? って、なによこれ……」
悲鳴を上げかけたケーナは、何時の間にか硬い地面の感触を感じて大きな溜息を吐き、周囲に目をやって絶句した。
そこに広がっていた光景は廃墟。一面薄緑色に染まった神殿風で、床の大理石は罅割れ太い花崗岩の柱は折れたり倒れたりしてまともに立っているのなどは数本である。空には中天に太陽が登っているが、緑色のフィルターが掛けられているせいで色褪せた過去の栄華といった印象を受ける。降り立った正面には王座があり、頭蓋骨が乗っかっていた。
周囲に散らばる骨を踏まないように近付いたケーナは頭蓋骨に手を当てて【サーチ】。何の反応も無いのを見てこれが中核かな? と半信半疑でMPを微量に譲渡してみる。
反応が無いので王座を目標に切り替えると、周囲の色に染まっていた王座がビロード色のクッションと金の縁取りの姿へ一瞬で変わる。それと同時にカタカタと音を立てた頭蓋骨がふわりと浮き、周囲から骨が飛来。王冠を頭頂部に頂いたガイコツとなって直立した。
「あ、こっちが守護者なのか?」
なるほどと頷くケーナの前でどこからともなく扇子を取り出したガイコツ。パンッと広げると口許を隠して左手は腹に置く。
『よくもこのような辺鄙な場所へいらっしゃいましたわね。フンっ、仕方が有りませんけれど歓迎いたしますわ。どうぞ光栄にお思いになって』
「……………おい……」
今さっきまでの戦闘の倦怠感を吹っ飛ばす高飛車な言動に、ケーナの眉間にシワが寄る。こんな守護者を使っている変わり者がいるのかよと表情が物語っていた。
「私はスキルマスターNo.3、ケーナ。ここは誰の塔?」
『ああ、マスターのご同輩でしたの。では仕方がありませんが教えて差し上げますわ、この塔の管理者はオペケッテンシュルトハイマー・クロステットボンバー様ですの。お分かr……あ、あら?』
名前を聞いたケーナは脱力して地面に突っ伏していた。さすがのガイコツもなんと声を掛けていいのか躊躇する。
しばらく地面でうち震えていたケーナは、頭をひとつ振って立ち直る。しかし表情には諦めにも似た表情が浮かんだままだ。
「オプスか……、はぁ……。それならこの変なのも頷けるなあ」
『誰が変ですの! 誰がッ! 私ほど高貴なオーラが滲み出るスケルトンなぞ、何処を探してもいませんわよ』
どーやっても骨にしか、それ以外に形容する物には見えない。
オペケッテンシュルトハイマー・クロステットボンバー、略してオプスは数少ない魔人族のプレイヤーでスキルマスターNo.13だ。 元々は十四番目だったが当時の十三番目のプレイヤーがノイローゼになってゲームから撤退したため、繰り上げ登録されたのだ。しかもギルドも同じだしβテスト時代からの古い腐れ縁で、まともに会話するのがケーナだけになっていたと言う。癖がある過ぎる人物ではある。
一言で言うと馬鹿、二言で言うと変人。放っておくと延々と喋り続けるか、無駄な雑学知識をひけらかすか、電波を受信し始めるきわめて高度な天才だ。ただし戦争における戦略知識は右に出る者がいない程の戦略家で、他国の者には『リアデイルの孔明』とまで呼ばれていた。一度、ケーナを含む千レベル台四人だけでオプスの指示に従った結果、紫と黄の国に勝ってしまった事例がある。本人達は魔法を限界まで酷使する羽目になってへろへろだったが。
それにケーナにとっては悪友であると同時に師でもある。自力で本も読めず、PCも使えないケーナが色々な知識を得られたのは彼のお陰だ。その彼の御喋りがもう聞く事が出来ないと思うと、一抹の寂しさがケーナの胸に飛来した。
『まったく、他人の塔の中でいきなりしょんぼりしないで下さいましっ。不愉快ですわ!』
黙ったまま意気消沈してしまったケーナに文句を垂れるガイコツ。語尾には心配するような響きが含まれていた。 同時に一冊の赤い装丁の本と指輪をケーナへと差し出した。
「……え?」
『私のマスターがきっと貴女が此処へ来るはずだと信じて疑わなかったものですわ。ホラ、ありがたく受け取りなさいな』
「あ、ありがとう……」
困惑したまま指輪と本を受け取ったケーナは軽い気持ちで本を開いた。
”親愛なる者への永遠の一瞬へのそこはかとない慈しみそれはわかるだがそれは自らの周辺に留まりせいぜい愛すべき無垢なるキミたちとの生活を邪魔しないでくれよくらいのレベルだとしか受け取れないあたかも「戦争」が「不可避な災害」であるかのようにだから視線はリアデイルの外には向かないリアデイルの自己中心的な心性の一般的な姿がそこにあるせいぜいキミのことが心配なレベルなのだ彼らにとっては感傷に浸って「あの頃はよかった世界はこのキミ達のように忠実だったのに」くらいの発想か彼はキミが運営の理不尽さに憤って噛み付くことを想像もしないいや想像もできない精神の貧困がそこにある……”
オプスはやっぱりオプスだったかと言う文章に無表情にページを閉じた。少なくとも冒頭の一文からは何を言いたいのかさっぱり分からない。「こりゃ腰を据えて解読する必要があるな」と、ケーナはウンザリした。なにせ向こうは電波な天才だ、平凡な自分ではどうとって良いのか分からない文章で溢れているだろう、冒頭がこれだと。
『フ、フン。ようやっとまともな表情になりましたわね。まったく私の塔を辛気臭い表情でうろつかないで欲しいものですわ。それとここのアイテムボックスのモノは好きに使えとマスターが仰っていたので、どうぞ御自由に』
言うことは言い終えたのか、優雅な足取りで玉座の横に立ち微動だにしない守護者。変人だが悪友に似て妙に気を使う守護者に好印象を抱いたケーナはアイテムボックスから毛布を取り出すと、適当なガレキを枕にして横になった。
色々あって疲れたので、この中で一泊してから帰ろうと決めたのだ。どうせ守護者は嫌味を言っても追い出しはしないだろうと踏んで。しいて言うならばあの無駄に喋る悪友の夢でも見れれば良いなと思いながら……。
それでは皆様、よいお年を。