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16話 説得で強襲しよう

 この国に来て三日目、エーリネ達に二~三日留守にすると言伝してケーナは出かける事にした。


「依頼ですか?」

「うん、騎士団の防衛線まで補給物資を届けるお仕事」

「そうですか。まあケーナ殿なら心配要らないと思いますが、気を付けてくださいね」

「嬢ちゃんなら滅多な事じゃあどうにもならねえと思うが、気を付ける越した事はねえ」

「はい、エーリネさんもアービタさんもありがとうございます」


 皆に快く送り出されたケーナはその足で王都の西門へ向かう。予め荷馬車を早朝から用意しておくとケイリックに言われたからだ。

 辿り着いた西門の外には門を守る衛士と、ここを行き来する商人達の馬車が幾つか。南には下れないので、北の外殻通商路を通って小さい村等と交易する個人の馬車だとか。 


 その中に小型の簡単な幌の掛かったロバが曳く、ちんまりとした荷車といった感じのモノがあった。見た目はリヤカー? 傍らに待っていたのは堺屋の若旦那、ケイリックの息子イヅークである。彼は視線が合うと深々とお辞儀をしてケーナを迎えた。


「申し訳有りません、曾お婆様。早朝からご足労をお掛け致しまして……」

「早朝って程でも無いでしょう。陽はある程度登っちゃったし、むしろ遅いとか言われる位かと思ったわよ」


 陽の登り具合から時間にしてAM七時といった頃合だ。旅の間であれば皆の朝食を済ませて馬車が走り出すくらいなので、充分遅い。


「いえ、父が無理を言って曾お婆様の手を煩わせるのですから、これくらいは私共が頭を下げます。今回の依頼、受けて頂いてありがとう御座いました」

「そんなに受ける人居ないんだねー、この仕事……」

「兎に角、途中で何が起きるか分からない状勢ですから。騎士団と堺屋に関わっているとあれば、尻込みする者が多くて困ってしまいますね」


 苦笑する若旦那の苦労が偲ばれる場面に、ケーナはつい彼の頭を撫でた。ケイリックから彼女に付いての概要だけ聞いていたイヅークは、恐れ多くて縮こまってしまう。 


「まあ、部外者の私が言うのもなんだけど、偶には失敗しても当たり前みたいな気概で、リラックスして仕事に当たればいいよ。ホラまだ貴方の上に責任が取れる人が居るんだしね?」

「あ、はあ……。それはそれで難しいですね」


 門を守る衛士とイヅークに見送られ、ロバの手綱を握ったケーナはそのまま王都から望める坂を下っていく。よく訓練されているらしいロバは【獣使い】を使わなくても此方の意図を察してくれて、徒歩の速さに合わせてカポカポと着いて来てくれる。

 一時間ほど下り湿地帯や湖を避ける様に蛇行した道になった頃、王都を振り返って見ると豆粒とまではいかないが随分小さくなっていた。 


(この速度で二日かー。道を外れるとぬかるみに嵌まるとか言ってたわね。直線距離ならもっと早いはず)


 自身のスキルを幾つか脳内に選択、最善な策で近道するために力を解き放った。










「……お婆様。たしかにケイリックの奴から、貴女様が此方に補給物資を届けるから自由に動けるようにして欲しいと、今日(・・)伺いましたが。それが早朝あちらを出たはずの貴女様が、何故夕方になる前に此方に着いているのでしょうか?」


 簡単なバリケードが左右の斜面まで延びている。その北側に木を組んだだけのバンガローの簡易版の本部と、宿泊用の大型テントがいくつかあるだけ。街道のこの辺りは左右に突き出した崖があるせいで防衛線を構築するのに都合がいい。

 この騎士団の駐屯地にケーナが辿り着いたのが、出発した日の夕方前三時位と言うべきだろうか。時間にして二十八時間位の短縮行程である。予めケイリックより連絡を貰っていたケイリナはともかく、補給物資の到着予定を聞いていた他の騎士達は驚いてケーナを迎えた。


 荷は騎士団の者が責任を持って荷降ろしをしてくれて、ロバの世話もここの下働きの人達がキチンとやってくれた。ケーナが何をしているのかと言うと、簡易本部へ連れて行かれ簡単な職質をされていた。 ここの中隊長の任に付いているケイリナとその副官の猫人族(ワーキャット)がケーナの前に立っている。


「ううー、補給が待ち望まれているのだと思って急いで来たのに、この仕打ちは酷いわ」

「いえ、ですからお婆様。別に責めている訳ではないのですが……」

「中隊長、此方の冒険者とお知り合いですか?」

「ああ、実の祖母だ。だからと言って対応は普通で構わない」

「はあ、…………はぁ!?」


 あどけなさの残る十代後半のエルフ女性と、キリっとした実直さが前面に出た自分達の指揮官を交互に見る副官。ケーナは「あー、またかー」と言った感想だが、ケイリナは姉妹の様だと自分で思っていた。 もちろんケイリナが姉側の。気恥ずかしさにわざとらしい咳をしてその話題を逸らし、腰に手を当ててケーナに理由を詰問する。

 「しょーがないなー」と苦笑したケーナは素直にここに至るまでの行程を白状した。




「『浮かして』、『引っ張って来た』ぁ!?」

「簡潔に方法を述べるとまさにその通り」


 ケーナのプレイヤーとしてみれば至極何でも無い事だが、一般の常識を覆す工程に副官はすっとんきょうな声を上げた。

 ロバと荷車に【浮遊】を掛け、ベラドキャンサー(普通乗用車程度の大きさで足が四対八本、ハサミが二対四本ある紅い蟹)と言う原生生物を召喚してそれに引っ張らせた。【浮遊】は一定高度を保つし、蟹は街道だろうが草原だろうが川や沼だろうが構わず走破するので、ほぼ一直線にここまで来れた。

 だからと言って騎士に危険人物認定されそうな情報は伏せて、【増強】付きの【飛行】で引っ張ってきたと言い張る。実際それだけでもとんでもない方法なのだが、難しい顔をした副官の人はケイリナに目配せをされてしぶしぶ納得した。


「だからと言ってケイリックの望む様な自由行動は慎んで頂きたいのです」

「あ、やっぱり?」


 模範解答が返ってきて、お役所仕事は何処も変わらないんだとケーナは納得した。ほぼ予想していた通りの返答に、強制突破を実行する方向で動こうと思ったその時、やおら外が騒がしくなった。

 砂利を踏んで走り回り、大声で会話を飛ばすようなざわめきの後、荒々しくドアが開かれ騎士の一人が走りこんできた。息を付いて胸に片手を添える騎士礼を取り、はっきりと告げる。


「報告します! 襲撃です、数は九機。敵はロックゴーレムだと思われます!」

「何っ!? 全員に迎撃体制を取らせろ!」


 副官の人が青いマントを翻し、早足で外へ出て行く。その後を報告に来た騎士が続き、ケイリナが部屋を出て行こうとして振り返ってケーナに指を突き付ける。


「お婆様はここで大人しくして頂きましょう。いいですね?」

「さーてね」


 ふてぶてしい笑みで返すと「怪我をしても知りませんよ」とだけ捨て台詞を置いてケイリナが出て行く。 

 椅子の背もたれに肘を付いたケーナは、ここに到着した時にざっと【サーチ】を掛けて確認した情報を吟味する。おそらくケーナから見てまともな戦力と言えそうなのはケイリナだけ、副官の人の力量でアービタよりやや弱いくらい。他の騎士達については論外だ。

 この襲撃の隙を突いて防衛線を抜ける手段もあるが、痛手を受けているのであれば恩くらい売っておいて損は無いだろう。かつての戦争のような雰囲気がひしひしと伝わってくる空気に、懐かしさを感じたケーナは席を立った。





 夕暮れに染まる赤い草原を、鈍重な動きで防衛線に向かい歩を進める九つの影があった。それより随分後方に馬に乗った数機の影。

 七つは人と同じ大きさのごつごつした岩で構成されたロックゴーレム、しかし残りの二つは他よりやや大きさが違う。それを冷静に分析したケイリナは小さく舌打ちをした。 

 騎士団で支給される長剣では圧倒的に不利な相手だ。大槌(ハンマー)などの打撃武器でなければ、決定的なダメージを与える事は叶わないであろう。それでも騎士として国に仕える者として『不利だから退け』などとは言えない。部下達に痛手を負わせてしまう現状に歯痒い思いをしながらも命令を下す。


「全員抜刀! これより先には進ませるな!」


 多数の鞘鳴りが自軍に響き、副官の号令で雄叫びを上げた騎士達が一斉に岩人形達に突っ込んだ。

 最初に戦場に響き渡るのは、金属と金属がむなしく弾け合っただけの甲高い音。突こうが斬ろうが火花は散るがその身に食い込むのは叶わぬ事である。鈍重な相手の拳は空を切って双方とも碌なダメージは与えられない。

 しかしこの場で不利なのは、一定位置から先に進ませたくない騎士側である。ダメージは無くとも足を止める事が無い岩人形達は、じりじりと防衛線まで距離を詰めて行く。 


 焦った一人の騎士が紅く光る目を持つ顔面目掛けて渾身の突きを放った。一際大きな金属音が響き、空洞の中に光る紅い目を穿った。……かに見えた。剣がそこに嵌まっただけで、痛覚を持たない岩人形には痛くも痒くもない。逆に攻撃が通じた感覚で動きを止めた騎士は、頭上から振り下ろされた強烈な一撃に兜を凹まされ、地面に叩きつけられた。 

 悲鳴を上げる暇も無く昏倒。続く大黒柱の如く太い足に蹴り飛ばされて人形の様に宙を舞い、あっけなく十数mも弾かれる。力無くグッタリと地面に転がったその鎧は、胸の所がべっこりと潰れていた。 

 同僚が口々に名前を呼ぶがピクリとも動かない。


「クソッ!?」


 一人が倒れた事で焦りが生まれ始めた騎士達には、先程のような雄々しい雰囲気は消え去っている。

 一際大きな一体を副官と二人掛かりで片足を崩し、移動を困難にさせたケイリナは更に二人の部下が放物線を描いて空に舞うのを目にした。

 更に追撃をかけようとその二人に足を向けるもう一体の大きな岩人形。副官の静止にも構わず進行方向に躍り出たケイリナは、剣に魔力を込めた。周囲の騎士達から感嘆の声が上がる中、紅い魔力で炎を吹き上げる剣を振りかぶったケイリナはその力を解き放った。


武器技能(ウエポンスキル)火の衝撃(ファイヤーブレイド)


 半円状の紅い斬撃が一直線に空を切り裂き、岩人形(大)の胸板へ突き刺さった。同時に大爆発を起こし、もんどりうったソレは後ろへ引っ繰り返って地響きと土埃を巻き上げる。騎士達から歓声が巻き起こる中、荒い息と玉の様な汗を浮かべ剣を支えにして膝を付く体を強引に止める。


「中隊長!」

「いや、平気だ。しかし無理か……」


 呟くケイリナと副官の目の前で、倒れたばかりの岩人形(大)がゆっくりと身を起こす。目を剥いて驚愕の表情を浮かべる部下達を見て、撤退も止む無しかとケイリナが思い始めた時。



「上等上等、独学で其処までやるとは大したモノよねー」 

戦闘技能(ウエポンスキル)収束雷撃斬(プラズマブレイド)


 すぐ脇を雷光が駆け抜けて行った瞬間、目前の脅威は袈裟懸けに切断されていた。地響きを立てバラバラに砕かれ地面に残骸が転がるだけになる岩人形(大)の成れの果て。その先で足元に転がってきた石ころを蹴り飛ばすケーナがいた。

 肩に担いだ片刃の身長より長い大剣、刀身は黄色く輝き多少の放電現象を伴っている。突然の闖入者に騎士達は切り結んでいた岩人形(小)より距離を取って、ケーナへの警戒心を向ける。


「教育が行き届いていて結構な事だね」

魔法技能(マジックスキル)砲爆雷撃(ザン・ガ・ボア):ready set】


 ケーナの周囲に人の頭程もある放電する球体が八つ形成される。黄色い放電から金色の雷撃へ、一回りその姿を大きく膨らませた魔法球はケーナの「行け」との呟きに蛇行しながらくるくると空へ登り、十数mの高度から大音響と共に雷撃を岩人形達に降らせた。上空から落下した斧の様な雷撃にカチ割られ、岩人形達は次々に無機物の石ころへ戻っていく。


 至近距離で響いた爆音にしばらく耳を押さえていた騎士達だったが、脅威はあっけなくたった一人の手によって去った事に呆然としていた。ケイリナが声を張り上げる事で動き出し、慌てて同僚の救助に向かう。


「【炎撃(ファイヤーボール)】を剣に纏わせてそのまま撃ったのね。発想はいいけれど、その間何も出来ない上に魔力を使いすぎで後に続かない、って所?」

「お恥ずかしい限りです」


 ケイリナの最終奥義を簡潔に述べるケーナを驚愕の眼差しで見る副官。それの二段も三段も上を行く技能を何の負担もなく撃った以上に、高密度の魔法を片手間に使いこなす魔道士なんて聞いた事もない。

 その視線を特に気にもせず大剣をひと振り、刃に残った放電を落とすと腰に添えた手の中へ剣を仕舞い込む。大剣があった事すらも消え去り、唖然としている副官を一瞥したケーナはケイリナへ近付く。


「ここの手柄は貴方達で得た物にするといいよ。それとも小娘一人に壊滅しかけた騎士団が助けられましたって、報告する?」

「くっ……。何がお望みです?」

「では当初の予定通り、ここを通らせて貰いますね。ロバと荷車は帰りに引き取りに来るから、お世話お願いね?」

「……好きにしてください。でも、部下を助けて頂きましてありがとうございます」

「生憎と孫を助けただけだから、気にしなくていいよ」


 そのまま背を向けて南へ歩いて行くケーナ。声もなく見送ったケイリナは立ち上がると唖然としている副官の肩を叩く。


「あ……、い、今の冒険者は一体なんなんですか?」

「恐らく大陸最強の人物だよ。此処で見た事は他言無用と他の者にも通達しておけ。あの方の存在を何処かに漏らすと大変な事になる。主にヘルシュペルの損失と言う支払いをせねばならないしな」

「いや、そんな馬鹿な……」

「あと伝令を出して人員の補給、防衛線を前進させるぞ。私の言葉を証明するいい機会だ、よく見ておくといい。あの人の通った後に何か残っているか確かめられる」


 伝説の軍勢が蹂躙するようなケイリナの口調に、しかし命令を実行するために陣地を走り回る副官。 中隊長の言葉を証明は意外に早くやってきた。


 陽が落ちてようやく駐屯地がいつものような静けさを取り戻した頃、南の空に光の柱がそびえ立ち、半円ドーム状の赤いグラデーションが宵闇の草原を一瞬昼間のように照らし出した。 

 騎士達が蜂の巣をつついたようなざわめきで右往左往する中、微細振動が足元を揺るがしてドオオオオォォン、と音が響いてくる。


「お婆様め、人目が無いからと手加減抜きでやったな……」


 かつて母親に聞いた事がある「貴女のお婆様の一撃は都市を消し飛ばすのよ」と。いまのはソレに相当する魔法だろう。


「あ、……、あんな現象が人の手で起こせるものなのですか?」


 隣に並んだ副官の言葉に詰まった表情に重々しく頷いた。ザーっと青ざめる彼にあれで全力ではないと思われる、なんて言うのは酷だろうかと考え込むケイリナ。部下にその場所へ斥候を向かわせるのを忘れずに命じておく。







 先程の襲撃の際、後方の騎馬が気になっていたケーナは【召喚魔法:風精】に後を追わせてみた。なんと騎士団の駐屯地から半日も行かない所で粗末な駐屯地を見つけ、図々しさに呆れた。

 一々相手にするのも面倒臭くなった彼女は、広範囲火炎系最上級魔法で焼き払う。但し付加効果を【気絶(スタン)】に変えて。たむろっていた盗賊達は目を回してのびている、半日はそのままになるだろう。

 ついでに【召喚魔法:竜】でアースドラゴンを三匹喚び出して、進行方向の夜の中へ解き放つ。光精も喚び出して夜道を照らす。

 その後を追う様に歩きながら先程の岩人形(ロックゴーレム)について思いを馳せる。 


「うーん、さっきのゴーレムのレベルはおかしい……。キー?」

『7体ハ43LV、1体ハ86LV、モウ1体ハ129LV、デス』

「とすると【召喚魔法】のレベル制限で一、二、三で計十二。合ってるね……ってプレイヤーが生き残ってるって事?」

 『公式設定ノ通リデアレバ、ドワーフ、エルフ、魔人族、ハイエルフノ辺リデ可能性ガアリマス』


 【召喚魔法】には一定のルールが存在する。同種の種族を呼び出す場合は最大九体までで、召喚対応レベルは合計で十二になるようにしなければならない。各魔物や動物にも属性が存在し、地系のモンスターを呼び出せば風系のモンスターは呼び出せないし、水系のモノは地系のモノよりレベルダウンして、火系のモノは同レベルに限られる。

 図にすると、最初の召喚地系:『火系=地系≧水系 ×風系』と言った具合に。 


 少なくともそんなものが成立するのはプレイヤーの証拠だ。すなわち野盗のボスには中堅レベルのプレイヤーが存在している事を意味する。推定四百三十レベル前後の。


「手強いわけだ。ケイリナはともかくスカルゴ達でも相手にはならないわな」


 騎士団が簡単に蹴散らされる理由がコレで判明した。 

 それ以上に疑問なのは運営が撤退した世界に、どうやってプレイヤーが紛れ込んでいるのかであろうか? ……である。ケーナのように偶発的な事故がそうそう起こるとは思えない。 


「どっちにしろ情報が無いし、本人と出会った場合にでも聞いてみるしかないかー」


 砦に引き篭もって自分の王国を築いていそうな為、出会う確率は低そうだと判断する。 

 夜も更けてきたのでアースドラゴン達を防衛のために呼び戻し、ケーナは野宿をする事にした。ドラゴン達は一番無防備になる就寝時の防衛に待機させておく。





 ─── しかし、予想は往々にして裏切られるものである。


 もしもの時に備え妖精王の羽衣の上にシルバーメイルを、胸や腕を守るパーツ分けになっているものを追加装備して問題の『三日月の城』付近。陽が昇ったあたりで辿り着いた時には、小舟を使って城の建つ小島へ上陸する野盗達。それを湖岸からじっと見つめる、トゲトゲの装飾の付いた蒼い全身鎧に身を包んだ何者かが居た。


 【サーチ】を使って四百三十二レベルと確認。 背負っている大剣と全身鎧マント付きにヤレヤレと脱力する。


「ネタ装備マニアか~。 強敵だなあ……」


 特に潜むとか忍び足とか、隠れる的な要素無しで歩み寄ったケーナは簡単に発見された。ボスらしきプレイヤーの周りに突っ立っていた腰巾着に。


  「ボス! 敵ですゼ!」

  「馬鹿野郎、閣下と呼べって言ってあるだろう!」


 もったいぶるように右腕を横に、腕に掛かっていたマントを翻しゆったりと振り向いた。なんと言うかいちいち芝居が掛かった動作である。もちろん「普通に振り向けばいいのになあ」とケーナも呆れていた。

 此方を振り向いた兜の中の赤い瞳と目が合う。翼を開いたブルードラゴンを兜に使っている装備なんて唯ひとつしか無い、攻略が肉弾戦になる方向にケーナはウンザリした。その兜の横から伸びる黒い角も原因のひとつだ。


「なんだてめー、ココへ来る途中には俺の部下がわんさか居たはずだ」

「ああ、あれ。焼き払っちゃったよ」

「な、なんだとおっ!? てめーそれでも血の通った人間かっ!」


(あれ?)


 やたらと矛盾した言動にケーナは首を傾げた。聞いた話と随分食い違う発言だ、少なくとも同じ盗賊達の命は大切に思っているらしい。それなのに騎士団とかは蹴散らしても何とも思ってはいないと見える。


「そっちだって騎士団の駐屯地に岩人形(ロックゴーレム)とか差し向けてきたじゃない」

「あ? ああ、あれはいいんだよ。手を下すのは俺じゃないからな」

「……え?」


 それは即ち岩人形(ロックゴーレム)が手を下したのであって、あくまで自分は命令しただけだと言いたいのか? と。あまりに無責任な発言に、ケーナは耳を疑った。もしかしてコイツは今になってもここをゲームの中だと思っているのだろうか。


「ここは、リアデイルよ?」

「あったり前じゃんか、GMが居ないからプレイヤーキラーだって好きに出来るだろう? レベルが上がってウハウハだぜ」


 言動に子供っぽさを感じて、ケーナは大体を察した。見た目は青年だけれども中身は倫理観が乏しい子供だと。それを言ってしまえばケーナも自分が大人だなんて思ってはいないが、出逢ったら適当に相手して逃げようと思っていた気分は完全に吹き飛んでいた。


「ここは現実よ。子供の我が儘で人の生き死にまで決めて良い世界じゃないのよ」

「何言ってんだよお前。ここはゲームじゃんか、誰を倒してレベルを上げようが俺の勝手だろう」


 アイテムボックスからメインウエポンを選択、先端に金環が付く赤い棍棒を引き抜く。同時に【能動技能(アクティブスキル)】の戦闘用を全て起動させる。常人なら近付いただけで無力化できる凶悪な効果を持つもの含め、十二種類の威嚇、威圧、攻撃補助、防御補助、ダメージ付加、被ダメージ減少などが同時起動する。


「その間違った認識を改めて貰うわ。ここは現実の世界よ」

「アホな事言ってんじゃねーよ、ここはゲームだって言ってんだろ。そっちこそOS含めてシステムを作り直せよ」


 背負った大剣を引き抜く、縦半分に割れた刀身からは牙が生え剣自体が「ゲ、ゲゲゲッ」と叫び声を上げた。周囲に居た賊達はケーナの異様な雰囲気に当てられて、既にほとんどが泡を吹いて気絶していた。


「プレイヤーに敵うと思うなよ、この身の程知らずが」

「そのままその言葉をそっちに返すわ」


 予期せぬ出会いから、主義の違いを通らせる為の戦闘(じゅうりん)が始まろうとしていた。



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