13話 国境を越えてみよう
初めてのシーン。色々と酷い、そして短い。
そして喚び出した二頭目をほぼ全員が遠巻きにして見ていた。
くぅ~ん
「ええっ!? 駄目ですかー?」
「他の馬が怯えるからダメだ!」
かろうじて前に出てきたアービタにダメ出しされて落ち込むケーナ。その頬を元気付けるように舐めるのは三頭犬である。
馬サイズと言う共通点から喚び出されたコレ、全員が出現した瞬間慌てて逃げ出したのだ。
暴れかけた馬共々幾らか離れた場所で此方を伺っている。
「仕方有りません殿。所詮は人族、我等とは相容れぬ身なのです」
仰々しい言い方でケーナを慰めるのは、赤毛で天パな髪に口周りの立派な髭も雄々しい壮年の男性。 革の軽装に槍を持った出で立ちで、下半身は馬。
一頭目に喚び出された人馬だ。ゲーム中で従順だった彼は、召喚した理由を説明すると。
「申し訳ありませんが殿。某、荷馬の真似事をするのは遠慮したい」
……と拒否られてしまった。
と言うか、実際に召喚すると普通に会話出来る仕様に、喚んだ側がビックリしている。「話し方が武士っぽいのは仕様なのだろうか?」と自問するケーナだが、他の者が気にして無いので聞くわけにもいかない。
仕方なく三頭目に着手するケーナ。アービタが落ち着けとネゴシエイトする中、もこもこのうり坊が魔方陣からぴょんと出現してケーナに「ぴー」と挨拶をかわす。
「どーです、これなら愛らしくて文句ないでしょう?」
つぶらな瞳、口元からちょこんとのぞく小さな牙にまるまると肥えたサツマイモのような体躯、お尻にちみっと生えたくるりと輪を描く尾。可愛いもの好きな人なら問答無用で駆け寄って、抱き締めたい愛らしさだ。
しかし、アービタは一蹴した。
「……そんだけデカくなければな」
喚び出したケーナの倍程もある体躯、体高は軽く三メートルもあり一回り小さい幌馬車サイズである。
「ごめんね、ぴーちゃん。申し訳ないんだけど、馬車曳いてくれないかな?」
ぴぴー!
鼻を上向きに胸を張ろうとしているが、ころころな体型の為ままならないようだ。
ケーナに頭を撫でられて「ぴー」と喜んでいた。大きさを除けば特に怖くないので、炎の槍傭兵団員は安堵しながら馬車の影からでてくる。
ケルベロスとケンタウロスは【姿隠し】で最後方に配置し、何かあった時に備えさせた。うり坊は馬車と繋げないので、綱をくわえて引っ張ってもらう。
団員の一人がおっかなびっくりうり坊を撫でて、ケーナに尋ねた。
「見た事の無い獣ですけど、なんて奴です?」
「まだ残ってるか知らないけど、クリムゾン・ピグの子供だよ」
アービタ諸共群がっていた団員達がビシッと硬直した。何人かは恐る恐る周囲を伺う。
クリムゾン・ピグとは大陸に生息する野生動物の中で最大級の大きさを誇る猪で、南の山脈地帯に僅かな数が時偶に目撃される。頭から尾にかけて鬣が炎を纏うのでその名がついた。成獣は体高十メートル、体長二十五メートルぐらいまで成長し、その雄々しい見かけによらず随分大人しい。
但し、母子に手を出した場合は報復を覚悟せねばならない。彼等の突進は想像を絶する破壊力があり、街壁ですら紙の様に引き裂く。そんな獣の子が目の前にいる、つい親を探して目が泳ぐのは仕方が無い条件反射だろう。
ゲーム時代はレアモンスターで、『硬い・痛い・しぶとい』とその強力さにみんなの嫌われ者であった。ケーナすらも単独で戦うのは遠慮したい相手だ。
気にはなる問題であるが、一行には日程が大事なのでもたもたするよりは早々に出発する事になる。
ケーナは命令やらしなければならないので、うり坊の曳く幌馬車の傍に立つ。それよりやや後方に姿の見えない三頭犬と人馬がついて商隊は出発する。
アービタやエーリネの話によると直ぐにヘルシュペルの関所が存在するらしいので、今夜は其処で一夜を明かさせてもらう事になると説明されている。
ケーナは野営になると炎の槍傭兵団員の話が楽しみになっていた。今まで何処に行き何があったのか、皆がそれはもう面白おかしく脚色しながら話すからだ。団欒の様に焚き火に囲まれた場が毎晩待ち遠しくて、今からでも頬が緩む彼女だった。
ふと、その耳が囁く木々の声を捉えた。
──キヲツケテ、──アクイアル。
風に揺れる葉ズレの音に混じって静かに周囲の樹木が騒ぎ出す。それは進むにつれて大きく、そして増えて行く。
うり坊の背を軽く叩いたケーナは、近くを歩いていた団員に断って先頭へ向かう。集団戦闘に慣れていない彼女は、一時的に傭兵団に組み込まれる形で護衛のなんたるかをアービタに教わっていた。
「アービタさん!」
「おう、嬢ちゃんも気付いたか。どうもおかしな気配が流れてやがる、おそらくはあそこからだな」
既に色々と察していたアービタは、目前に見えてきた関所を指した。馬車が二台は並んで通れそうな間隔の門柱と、左右に広がり森の中まで続く白い壁が続いている。
槍を持った歩哨は二名。微妙に揺れながら立っている以外は誰も見当たらない。副長に声を掛けて商隊を止めさせたアービタは、エーリネの乗る箱馬車に近付いて襲撃の危険性がある事を伝えた。
「まさかヘルシュペルがですか……?」
「そうとは限らねえな、国同士がどうにかなったってんなら国境なんか呑気に開けてられねえ」
街道はそれ程幅がないのでエーリネは手早く指示を出し、斜めに重なる様にして停車させる。アービタはケーナと他二名を、常に馬車の護衛に付かせてから国境門へと声を飛ばした。
「おい! さっさと出て来な! 種は割れてるぜ!」
風に乗って舌打ちが重なり、警備兵の横から黒いローブを纏い、杖を持った顔色の悪い男が姿を現す。 幾つかの下卑た声が森の中から響いたのを感じ取ったケーナは副長にそれを伝え、自分に【姿隠し】を使ってから後ろへ移動する。
三頭犬に右側の森の伏兵を排除しろと命令を出し、人馬に馬車左側の警護を任せた。
本人は箱馬車の上に移動、【姿隠し】を切って補助魔法で援護に徹底する。
弓矢に狙撃されやすい位置だが、この中では一番防御力が高いので囮になるつもりだ。その旨は既にアービタも了承済みである。普段は嬢ちゃん呼ばわりしているが、仕事になると男女関係なしに役割を振ってくれるのはケーナにとっても有り難い。
ゲーム時代は範囲でも敵味方の区別が付いていた攻撃魔法だが、流石に乱戦で使うのは躊躇われた。 周囲が森のせいもあるので、今回は自粛する。
「勘がいいのがいるようだな。だが生憎とお前達はここで終わって貰う。女と荷物は俺達が有効活用してやろう」
下卑た笑いを浮かべた男が杖を振り回して降伏勧告らしきものを告げてくる。
アービタは首をすくめて鼻で笑ってやった。
「そんだけ下品じゃ、モテるわきゃーねーな。なあ嬢ちゃん?」
「レベルも低そうだし……」
「きっ、貴様等ァ! 暴言を吐いた事を後悔させてや……」
──────「ぎゃあああっ!?」
顔色の悪い男が言い終わるより先に、森の中から恐怖と絶望がない混ぜになったかの悲鳴が轟いた。 同時に足元からぞっとするような寒気のする獣の咆哮が響き渡る。
【恐怖】の効果を持つ三頭犬の範囲攻撃【地獄の遠吠え】である。商隊を警護する側の団員達にはちょっとビックリする程度の効果しかなかったので、敵味方の区別は付いてるようだ。
恐怖に囚われた伏兵達。胸当て程度の革鎧に短剣や弓矢を持った者達が、片側の森から次々に狼狽しながら飛び出してくる。
【魔法技能:上位物理防御上昇:ready set】
同時に詠唱待機していたケーナの魔法が味方全体へ効果を及ぼした。瞬く蒼い輝きが傭兵団員のみならず、商隊メンバーや馬、果ては馬車にまで降り注ぐ。
自分の身体が仄かに蒼く光るのに驚いたアービタだったが、やるべき事を忘れてはおらず、団員へ発破を掛けて恐怖に駆られた野盗達へ止めを刺す。
馬車の上からその光景をモロに眼にするケーナは、すっぱい思いが湧き上がるのをなんとか心の内に押し返した。今後の憂いを断つ為と事前に説明されていたのもある。今の世の中を良く知らない自分が口出していい問題だと思えなかったからだ。
ケーナの葛藤などは関係無しに襲撃はまだ終わりを見せていない。
功を焦ったのかチャンスと見たのかは分からないが、反対側の森から同じ様に数人の野盗が飛び出して来た。しかし、隠行しているために視認出来ていないが、そこは召喚獣の防衛線が控えている。
馬車に近付いた野盗のひとりが唐突に真上に吹き飛んだ。更にもう一人が顔面がひしゃげる程の衝撃を受けて横へ弾かれ、もう一人は空間にいきなり出現した槍に串刺しにされる。瞬時に三人を無力した中央に人馬が姿を現し、人を串刺しにしたままの得物を掲げ、高らかに名乗りを上げた。
「やあ、やあ! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは部族にその人ありと言われた人馬のヘイゲルなりーっ!!」
これには敵味方共呆気に取られた。
アービタなどは槍を振るう手を止めて「おいおい、お前の独壇場じゃねえよ」と苦笑い。顔色の悪い男は「な、……なんでこんなところにあんな者が!?」と腰が引けている。ケーナに至っては「名前、あったんだ……」とおそらくこの中で一番酷い事をポツリと零した。
関所で歩哨の格好をしていた野盗が、頭を潰せば終わると判断してアービタ目掛けて付き進む。
しかし、彼の守護を命じられていた【水精:水魚】から飛んだ【水の刃】に至極あっさりと胴体を両断され絶命した。槍を構えて迎撃体制を取っていたアービタは、肩すかしをくらってがっかりする。
馬車の上から降りたケーナに、森の中から姿を見せた三頭犬が近付く。口の周りを真っ赤に染めた姿にケーナはやや引きぎみだ。労うため少々おっかなびっくりに頭を撫でてやると「くぅ~ん」と満足げに三つの首が喉を鳴らした。
「で、アンタはどうするんだ? 手下はいなくなったぜ」
「く、くそっ! ……だが俺にはまだコレがある!」
ニヤニヤ余裕の表情で、顔色の悪い野盗の頭を挑発する炎の槍傭兵団全員。憎々しげに顔を歪めた男は、片手に持った杖を見せつける様に掲げた。アービタが負け惜しみと思って口を開こうとした時、顔色の悪い男は起動呪文を紡いだ。
【内包する猛き炎撃】
一瞬でその頭上に形成された赤、朱、紅を混ぜ込んだ炎の球体が出現する。
誰かが何かを言いかけるよりも早く、回転しながら直径を人が飲み込めるほどに肥大化させたそれは、施術者の命に従い唸りをあげて射出された。
……ケーナ目掛けて。
二頭の召喚獣を労っていた為に背を向けていた彼女が、異変に気付き振り向いた瞬間。 爆撃の使徒は彼女を捕らえて炸裂した。
燃えさかる炎が衝撃波を伴い爆発。周囲にいた人々の鼓膜を震わせつつ黒煙と火の粉を四方八方へ撒き散らす。商隊の方からも悲鳴が上がる中、ケーナの居た所は燃え盛る炎と黒い煙に包まれた。
「嬢ちゃんっ!?」
「は、ははははっ! どうだ、この俺様に逆らうことがどういった意味か分かったか!」
団員が憎々しい視線と共に自分の得物を握り締め、今にも飛びかからんと怒声を張り上げる。逆に闘争心を煽ったのに気付かない男は満足気に高笑いを続ける、……滑稽なほどに。
「馬鹿かお主。殿がこの程度の炎でどうにかなる訳ではなかろう?」
わうん!
男の表情が笑ったまま固まった。アービタ達も声の聞こえてきた方向を振り返る。常人であれば死が訪れていたであろう爆撃の場所を。
青白い燐光が炎と煙をあっさり吹き飛ばした。
槍を気だるげに持つ人馬と、三つ首全部が牙を向き出して威嚇する三頭犬。その中央に左腕の手甲が変形し、銀の弓を構えるケーナの姿があった。
足元には白い魔法円。陣から青白い燐光がとめどなく溢れ、上昇し、左腕の弓と弦の間に収束して行く。
大地に白い霜を振り撒きながら周囲がバキバキと音を立てて氷原に変わっていく。顔色の悪い男もアービタ達も恐ろしい現実離れした魔力がその左手弓と、引き絞る右手の間に統合されるのを見た。
強力な術式が構築され、何色をも寄せ付けない純白の矢がそこに完成される。
「な……、なんだ、き、貴様っ! そ、その……魔力は!?」
「私に傷をつけたかったらせめてコレくらいの術を使いなさいっ!!」
【魔法技能:convert:青氷の白夜】
シュカッ ……と射出音はあっさりとあっけなく、見る者が見ればモノに対する音としてはあまりにも簡単に。しかし着弾する方はそんなモノでは済まされない。
自分で捻りだそうだなんておこがましい程、強力な魔力で編まれた至宝のブツが。
万人に死が訪れると言いきれる具現化された絶望が。
自分に向かっているだなんて誰が信じようか。
こんなものは御伽噺の中で魔王に向けて放たれるモノだろう!? それが話の過程はどうあれ今まさに目の前に!
ガラスが砕け散る音が多重奏に響き、森に囲まれた国境の街道沿いに真っ白に彩られた華が咲く。
大小の氷の六角柱で構成され、大地に根付いた華の様に透明な純白が広がるその中央。
恐怖に顔を歪めた、先程まではたしかに人だった雪像が立っていた。その左右に広げた腕がぽっきりと折れて落下し、氷の花びらに当たってコナゴナになったのを皮切りに、全身が雪解けに晒された雪達磨のごとく崩壊した。
「……、ふぅ……」
「お見事です、殿」
わううん
ぴー
召喚獣に褒められてちょっぴりニヤけつつも手を振って謙遜するケーナの姿に、重苦しい空気を感じていたアービタは頭を振って彼女の背中を引っ叩いた。 パシーンと響くいい音に、光景に飲まれていたその場の皆はハッと自分を取り戻す。
「ふぎゃっ!」
「すげえな嬢ちゃん! あんなものを食らって無傷だなんてよう!」
そう褒めたつもりのアービタは、彼女の表情に暗い影が差したのを見てうろたえる。
「ど、どうした!? 何処か怪我でもしたのか?」
「ええ、髪の毛が火にちょっとやられて……」
「……なんだよ。ビックリさせんなよ、重症かと思ったじゃねーか」
「ちょっ……、女性にそんな事を言うなんて! アービタさんてば恋人さんに愛想つかされちゃいますよ」
「この俺にそんなもんが居るよーに見えるかァ!」
「ええええっ! 居ないんですかっ!? アービタさんてば面倒見が良さそうだから、付いて来そうな娘が二人や三人……」
「……嬢ちゃん、ちょっとお前の俺に対する認識と言うものに付いて話そうぜ。 朝までみっちりと」
「私までその毒牙にっ!?」
「今、毒牙って言ったか、あぁん?」
仲の良い兄と妹のじゃれ合いみたいになってきた二人の応酬に、団員達も顔を綻ばせる。
解り過ぎる程はっきりと彼女の力を証明した形がそこに華咲いているが、それで彼女自身が強力な能力をむやみに振り回すだけの人物で無いのは、この旅に関わる全てのメンバーの知る所だ。……使う方向性は時々的外れなところがあるけれども。
「今から王都の宿屋の裏まで来い!」
「何処の!? って言うかどうやって!?」
ぎゃいぎゃいと続く喧嘩の様な微笑ましい雰囲気を中断させるのは心苦しいが、副長は心を鬼にして二人の間に割って入る。
「……団長もケーナさんも、その続きは後で朝までじっくりやって貰うとしまして。とりあえず後始末の指示をお願いします」
「副長さんまで決定事項っ!?」
「あー、わってるよ。まずは死体の片付けだな。それから国境の向こう側に広場があるから、旦那達はそっちで野営の設営を頼まあ。二人位はそっちの護衛に付けよ?」
「それなら護衛は……、ヘイゲルとぴーちゃんお願いね?」
「承りまして御座います、殿」
ぴぴぴー
あらかた片付けが終わって、全員が夕食にありつけたのは陽もとっぷりと暮れた時間だった。
あれから周囲を探索した結果、骨までこんがりと焼けた死体を四人分発見した。元々この国境を守っていた兵士のものだと、何回かここを行き来しているエーリネが確認。後でヘルシュペルの王都に着いたら通商ギルドに遺品と共に報告するそうだ。
「西を拠点とする盗賊がこっちまで流れてきやがったのか……」
「そのようですね。こんなものまで所持するとは侮れなさそうです」
雰囲気が暗くなった空気を払拭するかのごとく、やたらと楽しそうな声が響く焚き火の周り。団員と商人達が今までの体験談を些かオーバーぎみに脚色して、ケーナや子供達の楽しそうな笑い声が響く。
馬車の陰で盗族達の動向について意見を交わしていたアービタと副長は、昼間倒した盗賊の頭が持っていた杖を慎重に扱っていた。エーリネは知らなかったが、ケーナはこの杖が何なのか良く知っていた。
【炎撃】を起動呪文だけで発動させ、使用できる者を選り好みしない汎用のアイテムだ。ゲームだった頃には初心者が初期から使えるアイテムとしては破格の代物である。
『これは……使い捨てだけど、全部で十回使える奴ですね。後七発撃てます』
『こんなのがごろごろしてたのかよ、二百年前は……』
『売ったら良い金額になるんじゃないですか?』
『こんな何処の誰に渡るか分からないアイテムは、売るよりアービタ殿に渡した方がマシですよ』
『え゛? 俺等が持つのかよ……』
『何でしたら三十回使える奴でも新しく作りましょうか? 便利ですよ?』
『『絶対に作るんじゃないっ(作らない様にお願いしますっ)!!』』
今そこで普通の女性と同じ様に笑っているが、改めてその規格外さを知る事になったと言うべきか。それでも変わらない関係に安堵すべきか。
「味方で良かったですね」
「其処に落ち着くのか、お前は……」
指摘されましたので、後書きと前書き的なものは活動報告へ。