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11話 落ち込んでみよう

美辞麗句の慣用句が足りない脳みそに嫌になります。

朝からポチポチと打っていたら出来上がったので投稿、次は遅くなるでしょう。


 事の起こりは教会の大聖堂から始まった。


 早朝のお勤めの後、意外な客を迎えたスカルゴは意味の通らない質問に首を傾げた。


「……、うむ。その様子だとそちらはまだ気付いてなさそうじゃな」

「なんなんですか、アガイド殿? 質問ならせめて分かりやすく掻い摘んでお願いできませんか」


 ついと横に向けた視線を無駄に『キラリーン』と輝かせ、その先に居て誤解したシスターがバターンとぶっ倒れた。それを苦笑いでスルーしたアガイドは口髭を撫で付けながら、もったいぶったように口にする。


「先程、隠者から連絡があってのう。なんでもケーナ殿が二日も宿屋の部屋に閉じ篭っているそうじゃ、もしかしたら何かの病気……」

「な! ななななななっ! なあぁんでぇすってえええええええええっ!!!?」


 その場に居た者が硬直するほどの、ありえないうろたえっぷりを晒す大司祭に驚いた。

 神官が震える声で大司祭に声を掛けようとするが、もの凄い勢いでその場を走り去ったスカルゴに目を白黒させていた。アガイドですらその消失っぷりに呆れ返るほどである。







 ─── 一方、そんな話題に上げられているとは知らぬ本人は。


 宿屋の部屋に篭り、毛布に包まって力無く硬いベッドに横になっていた。

 衝撃の事実から数日。色々考えていたことが全部吹っ飛び、どうしていいか分からなくなった。というか遅ればせながら五月病というか、ストライキというか、ぶっちゃけただの不貞寝である。

 宿屋の女将さんにも随分心配を掛けてしまっている。申し訳ないけれど立ち直るまで暫く放っておいてほしいと思う。


 だからと言ってこのままどうやっていれば良いのだろうか?

 いっそのこともうすっぱり現世との接点を切り離して塔に引き篭もるか? 辺境の村にずっと骨を埋めるか? 探したところで他のプレイヤーが居ないんじゃ、全塔を蘇らせたとしても誰にも会わないのは確実だ。


「なにかこう気分の晴れるものでもないものかなあ……」


 ボソっと呟いた時、階下が突然騒がしくなった。

 被っていた毛布から頭だけを出して首を見回す。なにかとんでもなく慌てた者が取る物もとりあえず階段を駆け上がっている。といった音が聞こえ、扉ごとふっ飛ばす勢いで開かれた……







 ─── 同時刻。


 宿屋の猫人族(ワーキャット)の女将さんは天井を心配そうに見上げた。

 原因は宿屋に長期宿泊しているエルフの女性、ケーナである。

 数日前から何か沈み込む理由があったらしく部屋に閉じ篭って出てこない。様子を見に行ったら病気でもなく、やる気がごっそり抜け落ちているといった感じでぐったりしていた。

 こりゃもう時間が解決するしかないと、放置しておくことに。


「ケーナちゃん大丈夫なのかなあ?」

「まあ、病気じゃないって言ってるんだから平気じゃね?」

「何か悲しいことでもあったのか?」


 よく夕食で固まっているメンバーが心配して、色々な憶測を上げている。なんだかんだ言いつつも、異種族間での連帯感が高まってはいるらしい。それだけでもこの宿屋を立ち上げた甲斐はあったかなと思わせる光景ではある。


 しみじみと女将さんが食堂の会話を黙って聞いていると、通りの外側がやにわに騒がしくなった。

 宿屋に残っていた者たちが気付いた時には遅く、出入り口の扉が豪快に吹っ飛んだ。

 ……かに見えた。


「くぉこぉかああああああああっ!!」


 一言に清涼感を含んだ風が内部を席巻し、レモン色に煌く麗美な髪が弧を描いてその者を彩る。

 目立つ蒼い法衣が人目を引く。有名人も有名人、王都の女人誰もが憧れる絶世の麗人。こんな場所に来るような身分ではない。王都の権力者No.3である大司祭スカルゴ様その人であった。


『どえええええええええっ!?』


 その場に居たもの全てが壁際にまで後退するショックを受け、素っ頓狂で異口同音な悲鳴を上げた。

 宿屋の中の人々の慌てようなども眼中に無く、『しゃらーん』と鳴った法衣の帯に星の瞬きが背後から彼を際立たせる。

 「フッ」と髪をかき上げ、流し目で男女構わず魅了する笑顔を漏らす。


 宿屋の女将は揉み手で以って彼に礼をして、その場をとり繕った。


「ど、どうなさりました……か? 大司祭様。この宿には何もやましいものなど……」

「確かに、宿には何もありませんし。それについては咎める気もありません。私の問題は唯一点、ここの客一人だけなのですから」


 キラキラと潤いの視線が、百戦錬磨の女将さんの心をドッギャーンと揺さぶった。

 ふらりと倒れかけた自分をなんとか根性で押さえ込み、カウンターに手をついてその身を支える。


「ここに私の母上殿が泊っているはずです。どちらにいらっしゃいますか?」

『………は?』


 女将さんだけではなく、その場に居た者全てが疑問符を浮かべた。

 今この有名人は何を言ったのだろう? 母とか言わなかったか? いやそんな馬鹿なことが……? そんな高貴な方がどこに? 


「単刀直入に言いましょう。私の母上であるケーナと名乗る女性はどちらにいらっしゃいますか?」



 ────空気が凍りついた。いや、空間が停止した。


 確かに居るケーナというエルフ女性、冒険者、……大司祭の母!? 

 皆の脳裏に浮かんだ言葉が現状を理解し、目の前の存在と等符号で結ばれ………、なかった。


『ええええええええええ───っっ!?!?』


 例によって例の如く悲鳴にも似た叫び声が宿屋を揺るがした。それを受けても揺るがない大司祭は『ギラーン』と獲物を狙う眼で二階に続く階段をターゲッティングする。

 『サラサラ』たなびく髪を手櫛で整えると咳をひとつ。両手を広げ軽やかに『希望にキラめいた背景』を背負い、階段を爆走していった。


 残されるのはデッサンが狂って原型を留めない宿屋の女将と、宿泊客だけ。









 階下から謎の悲鳴と言えばいいのか怒号と言えばいいのか意味不明の叫び声が聞こえ、静かになったと思ったら何かが爆走してきた。原因と思われる人物が扉を吹っ飛ばして室内へ入り込んできた。

 ストーカーか強盗じみた行いにベッドから飛び起きたケーナの目前には、レモン色に煌く長髪に柔らかい翠の瞳。細面の顔にすらりとした長身を、金の縁取りが編まれた青い法衣を纏った麗人が立っていた。


 ケーナが心当たりのあるその容姿に声を出そうとした瞬間。

 「おおっ!」クイックムーブで接近、「母上殿!」その両手を取り自らの手に包み、「ご無沙汰しております」手の甲に口付けを。背筋に何か冷たい物がゾゾゾゾッと駆け上がる感覚に引きつるケーナ。


 『フラッシュ効果』でまぶしい笑みを浮かべたそれは、一歩下がって臣下の礼を取ると、「遅ればせながら」重厚な管楽器系の『音楽を纏わらせ』、「長兄スカルゴ」面を上げた細い切れ長の目筋には『真珠色の涙』がぽろぽろと、「母上の愛に報いるべく」たちまちケーナもろとも周囲に『薔薇の園』が咲き誇り、「参上致しました」と申告した。


 もはや無言で表情を失ったケーナは、ベットから起き上がった体勢のまま真っ白になっている。


「な……な、………ななな…、……こ……」

「お体の具合が悪いとお聞きしまして参った次第です」『キラーン』


 真摯な瞳がケーナを捉える。ケーナはベッドの中で震える腕にそっと力を込めた。

 そんな母親の様子を体調が悪いのだろうと決め付け、『ヒマワリの咲き誇る草原』をバックに両手を広げ、諸人を迎えるかのように満面の笑みを浮かべたスカルゴ。


「さあ、このような宿ではなく我が家でそのお疲れになった心と体を癒しましょう」

「こ、……ここここ、この変態がああああぁあ───っ!!!!!」


 嫌悪感いっぱいのパニックになったケーナの繰り出した渾身の拳が、満面の笑みの中心を捉えた。





「ちょっと兄さん! 大司祭が町のど真ん中を爆走していくなんて責任ある立、ば……と、して………ぇ?」


 数分後。事態に気付き、慌てて身内を回収に来たマイマイは宿屋のケーナの部屋で天井に頭を刺してぶら下がる自分の兄と。現実逃避して毛布にくるまった挙句、【遮断結界】で完全に外界と隔離された自分の母を見た。










「いやー、そりゃもう無理じゃねえか?」

「カータツも真面目に考えなさいよ! 御母様がこのまま閉じ篭っちゃったらどーするつもりよ!」


 色々とあちこちに人の眼があるので、三兄弟で相談するのに相応しいスカルゴの執務室。すなわち教会に、母親の一撃を受けた兄を連れて逃げ込んだマイマイは、カータツを呼び寄せて対策会議を開いた。

 長兄は自分の執務机で難しい顔をして考え込んでいる。さすがに久し振りの邂逅の結果があれでは大分応えたらしい。自業自得だと思ったが、今の問題はそっちではなく母親にあった。


「いや、だからってなあ。姉貴はお袋が全力で閉じ篭ったら、結界破れる自信があるのかよ?」

「くぅ………」


 弟の正論にマイマイは反論を封じられた。

 確かに七国時代には二十四人しか居ない最高峰の超越者中のひとりとして君臨し、神代の時代より存在する遺跡神殿の主、と認められている上位大魔道師。(←息子たち視点から見た美化しすぎの経歴)

 とても自分のような普通の魔道士がかなう相手ではないと分かりきっている。 


「姉貴の腕前で普通なんて言ったら、今の人間たちは最低ランクなんじゃ……」


 ブツブツ口にしたマイマイの独り言に突っ込んでみたが、本人は気付かない。

 「どーすりゃいいもんかなあ」と頭を掻いてカータツが長兄に声を掛けようとした時。「そうか! 分かったぞ」苦悩していた彼は、揺るがない決意をたぎらせ立ち上がった。


「ど、どーしたんだよ兄貴。何か結界でも破る手段が?」

「いや、母上殿に殴られた理由がだ!」どどーんと背後で『荒波が舞った』


 彼はクローゼットから式典用の正装法衣を取り出し、──金色に煌くので王様より目立つからマイマイに止められた──、『水の飛沫』を散らせながら羽織ってポーズを決めた。


「母上殿に会うのだ! やはりみすぼらしい格好では至上の母上殿には御目汚しだったのだな!」『がらぴっしゃーん』背後に『雷が落ちた』

「ある意味、兄貴が一番潔いかもしれねえなあ……」


 隣で姉の魔力が高まるのを肌で感じ、巻き込まれないうちに部屋を退出する。

 カータツの持つ技能(スキル)は低位の回復魔法と補助魔法と建築関係の技術技能(クラフトスキル)くらいなので、二人の喧嘩に巻き込まれると命がいくつあっても足りなくなってしまう。とりあえず話せば通じるのではないかと問題の宿に向かってみることにした。


 閉じた扉の向こう側で轟いた爆音はきっちりと聞こえないフリをして。



 ……が、途中の市場で運良く、それとも間が悪かったと言うべきか。

 買い食いして肉串を頬張るケーナの姿を見かけてスッ転んだ。妙な視線を向けてくる市場関係者の視線に耐え、全身の筋肉をフルに使い、プルプルと立ち上がった。最後の気力を振り絞って母親に突っ込みを入れる。


「おおおお、おおお、お袋っ!? 閉じ篭ったんじゃなかったんかよっ!?」

「あれ、カータツ。どうしたのこんな所で? 貴方もお肉食べる?」


 「おじちゃーん、串もうにほーん!」と楽しそうな母親を見たカータツから、ガックリと最後の気力が抜け落ちた。俺たちの苦労はなんだったんだ? と背中が語っていた。




 その辺に転がっていた木箱に並んで腰掛け、肉串を喰ったり果物をかじったりするケーナに心底から溜息を吐くカータツ。心配する元になった本人はちょっと吹っ切れたような清々しい笑顔で、義息子に頭を下げる。


「うーん、御免ねー、なんか心配させちゃってー。ちょっとショックなことがあったんだけど、お腹が空いて甘い物とか食べたらその考えがどーでもよくなったんだよ。ふふふ、馬鹿みたいだよねー」

「姉貴がもうこの世の終わりみたいな顔してたぜ。後で顔出してやってくれよ」


 「ごめんねー」と笑っていたその表情が曇る。 


「ところで、さっき飛び込んできた金色の変態だけど……」

「ああ、なんか兄貴が暴走したとか、突っ込んだとか姉貴が言ってたな」

「あー、やっぱアレ、スカルゴなんだねー……」


 母親の眼が死んでいるのを見たカータツは大体を悟った。

 アレを見たのか、的な同情で。自分たちも通った道だし、母にも知っておいてもらいたい性癖だったから、この機会も丁度いいのだろう。


「まー兄貴もお袋至上主義だもんなー。あの状態が普通だから覚悟してくれよ」

「あ、あれでふつーの状態なんだ……。育て方間違えたかな?」


 勿論、スキルの覚えさせ方の点で。

 まさかああも【特殊技能(エクストラスキル)薔薇は美しく散る(オスカル)】を真っ当に使いこなす人材だとは思ってもいなかった。ある意味天性の才能なのだろう。人格は残念な方向だけど。


 むしろお陰様と言えばいいのかショックは違う方向にぶっ飛んだか霧散したか。

 あんなものを目前にするとプレイヤーうんぬんの存在はどーでもよくはないが、問題としては息子の方が然るべき処置が必要だ。


「そう、一度思いっきり人格ごと破壊してやってから、真っ当な性格を再インストールしてやればいいのよね!」


 あの娘にしてこの親有りな発言に、腰掛けていた木箱からカータツはずり落ちた。

 但し危険度で言うならば、コチラの方がその腕前から言って王都諸共灰にしかねない。腕を掴んでその考えを真っ向から否定する。


「待て待てお袋っ! 何考えてやがる、兄貴を殺す気かっ!? あれでも兄貴はこの国のことを考えて今までやってきたし、いつかお袋が安心して人前にも姿を見せられるように、人心の平定に心情を注いできたんだ。頼むからその兄貴の思いやりまで否定しないでやってくれ!」

「………カータツ」


 いきなり息子の口から飛び出した裏事情に、胸が熱くなるケーナ。カータツが本気でその点についてはスカルゴを信頼していることも、自分がそのスカルゴの人となりを一面だけで判断していたという恥ずべき行為をしていたと知った。


「そう、……だよね。変、って、一面だけで……、里子に出しちゃった私が、スカルゴのことを判断しちゃいけないよね……」

「はあああぁ。わ、分かってくれりゃーいいんだよ。あー吃驚した。っておぅわっ!」


 隣の母親にいきなり抱きすくめられたカータツが素っ頓狂な声を上げる。じたばた暴れるカータツを博愛固めにしたケーナは、「ごめんね」と小さく呟いた。


「そう思うんなら人目を気にしてくれっ!」

「ん? ……あれ?」


 市場の客や、手の空いた市場の売り子さんたちが、こちらを隠れ見ながらひそひそとしている光景が目に入る。

 良い歳をしたドワーフが可憐な女性に抱きすくめられているのだ、邪推もしようというモノである。少し赤くなったケーナであるが、自分たちは何もやましいことはしていない。それは自信を持って言える。

 唯、親子で抱き会っていただけなのだから。


「ふふふふ、良かった」

「『良かった』じゃ、ねーよ! 好奇の視線に晒されるこっちの身にもなってくれ!」


 力にモノを言わせて無理やり引き剥がしたカータツが、ケーナの笑顔を見て首を傾げた。


「お袋、なんかちょっと変わったか?」

「……うん、そーかも。だって私には貴方たちが居るモンね」

「何を言っているのかよく分からねえよ? お袋が居れば俺たちが居るのは当たり前だろ?」

「ふふふ、そーだね。ありがとう、カータツ」


 (そうだ、プレイヤーの仲間が居なかったからって何を嘆いてたんだろう。私にはまだ家族が居るモンね、それだけで今は充分だし。私はここに居てもいいんだもの)



「じゃ、スカルゴの所に行こうか」

「え”?」


 兄姉大戦が勃発しているあの場所へ?

 何度か巻き込まれているから分かる。混沌の光景を思い出してカータツの表情は凍った。 


「ん? どうしたの。スカルゴってば落ち込んじゃってるの?」

「いや……。姉貴ととんでもない喧嘩の真っ最中だったかと……」

「兄妹喧嘩? ……まあそういうこともあるかー」


 母親にとっては達人レベルの魔法の撃ち合いは「そういうこと」で片付けられるくらいに低レベルのことらしい。実際はどう思われているのだろうか知らない。教会が吹っ飛んでいないといいが、などと考えた息子の心親知らずのケーナは早く行こうと促した。


 

 先程出てきたばかりの教会に戻ったカータツとケーナを、先日ケーナを門前払いした年配のシスターが出迎えた。


「まあ、カータツ様。スカルゴ様でしたら未だマイマイ様とお部屋で……」

「まぁだやってんのかよ……」

「そ、それで、あのう、そちらの女性は?」

「ああ、そういやーシスターに以前、門前払い食らったんだっけなー、お袋」

「………え? えええ?」


 どう見ても年若い女性にお袋と呼びかけるここの大司祭の弟に、たらーりとシスターの背筋に冷たい物が落ちた。当の本人は髪をかき上げて、その小さく尖ったハイエルフの証である耳を見せ、「どもー」と一礼する。


「一応言っとくか。コレが俺たちのお袋だから、ぞんざいに扱うと兄貴から雷が落ちるぞ」

「カータツ……。お母さんコレ扱いはさすがに傷つくんだけど……」


 親子の漫才を聞くどころではないシスターは、以前自分のやらかした無礼にいきなり平伏した。


「も、申し訳ございません! 知らぬとは言え大変失礼なことを! お許しください!」

「あ、いえいえ。知らなかったことですし、私は特に気にしてませんから頭を上げてください」

「そーだぞ、お袋はなんかの地位に就いている訳じゃねーし」


 二人してなんとかシスターや騒ぎを聞きつけた神殿騎士をなだめ、スカルゴの執務室前までやってきた。扉に特に異常は無いが、時折この辺りの廊下を『ズズン』と軽い揺れが襲う。 


「以前、兄貴と姉貴がこの部屋に結界を張ったんだよ。お陰で外まで被害は及んでいない」

「ふーん」


 ケーナはアイテムボックスから黄色い液体の入った瓶を取り出すと、扉を少し開けて瓶を中に放り込んで扉を閉める。

 直後、中から ── どっぱあああああん! ── と、珍妙な炸裂音が響いた。音と光で敵を麻痺させるフラッシュグレネードみたいなアイテムである。


 後頭部にでっかい汗玉を垂れ流すカータツが、シーンと静まりかえった部屋の扉と母親を交互に見やる。たっぷり1分待ってからケーナは扉を開ける。

 中から床を這うように流れ出してくる黄色い煙をケーナは【風魔法】を使い、窓から外へ散らして換気をする。  

 

 部屋の中はそんな惨憺(さんたん)たる有り様ではなかった。

 調度品などにも保護魔法を掛けてあったのだろう。椅子や机やソファーが部屋のあちこちに転がっているだけだ。その中に眼を回したスカルゴとマイマイが混じっているくらいである。

 二人を部屋の隅に追いやるとケーナとカータツで椅子などを綺麗に元の位置に戻す。カータツが襟首掴んで持ってきた兄妹へ、小さな氷を作り出したケーナが二人の背中にソレを突っ込んだ。


「「ふひょおおお~ぉおおおっ!?」」


 奇声を上げて飛び起きた二人は、有り様に爆笑している弟と母親に気付き唖然とした。


「母上殿!」「御母様!?」

「や、二人とも。御免ね、なんか心配掛けちゃったみたいでさ」


 カータツがソファーに座り、スカルゴとマイマイを床に正座させたケーナは、その前に自分も正座して深々と頭を下げた。


「二人とも心配掛けました。ごめんなさい」

「ちょっ、お母様!? なんで頭なんか下げてるの! 謝るのは私たちっ!」

「そうだぞマイマイ疑わしきはお前だ、母上殿に心労を掛けるなどとはあってはならない……」

「兄貴はちょっと黙ろうな?」


 洒落の無い黒い笑みを浮かべたカータツの得物、首狩りの斧(ギロチン)を首筋に当てられてはさすがのスカルゴも黙る。頭を下げたままケーナは謝罪を述べた。


「私は自分本位の考えに囚われて、自棄になり貴方たちの存在を邪険に扱いました。母親として失格な行為です、申し訳ありません」


 そのままの真摯な謝罪の姿勢を貫く母の姿に兄弟たちは顔を見合わせる。

 カータツは斧を仕舞い兄たちと同じく床に正座。マイマイは頭をコツンと叩き、かぶりを振って姿勢を正したスカルゴと握手を交わす。妹と握手を交わしたスカルゴは法衣の上着を脱ぎ、ケーナの肩を叩いて起き上がらせた。して三人揃って頭を下げる。


「母上殿、また昔のようによろしくお願い致します」

「うん、よろしく御母様」

「俺たちのお袋はひとりだけだしな」

「うん、うん! よろしくね三人とも」


 目尻に浮かんだ涙を拭ってケーナは笑った。

 たちまち三人にも伝染し、部屋は明るい笑いに包まれる。




「は──、最初に兄貴が暴走した時はどうなることかと思ったわよ、私は!」

「自分はただ、アガイド殿から母上殿が病気かもしれないと聞いてだな、心配になるだろう」

「なんでアガイド様がそんなことが分かるのよ?」

「隠者がどーとか言っていたな、そういえば……」

「隠者!? 御母様、監視されているの!?」

「私の知覚範囲外から様子を見てるってくらいじゃないかな? あんまり近付くくらいだと【自動召喚:雷精】に迎撃されちゃうみたいだし、私は特に気にしないよ。唯でさえお目付け役みたいなキーがいるもの」

「はあ、それは母上殿が御契約なされている聖霊だそうですね。相変わらず規格外な……」

「やれやれ、俺はもう呼び出された時はどーなることかと思ったぜ……」


 ここでポンと手を叩いたケーナが「あ、そうそう」と呟いた。


「これとは別に二人にお話があります。あ、カータツは仕事放って来たんでしょ? もう戻っていいわよ」

「ああ、じゃあお暇させてもらうぜ。さすがにあいつらに一から十まで任せるわけにはいかねえ」

「とりあえず二人ともそこに正座」


 一度立ち上がった二人はケーナが【威圧】【眼光】【魔眼】【気圧】【恐怖】を立ち上げて黒いオーラを纏ったのに、兄妹は表情を引きつらせた。


「お、おおお、御母様。い、いいい、いったい何を……」

「は、母上殿!? い、いいったい何をそんなに御怒りに……?」

「カータツに色々聞いたわよ、今後は喧嘩の度に魔法で撃ち合うとか禁止。その辺りの常識について貴方たちに言い聞かせなくちゃ。勿論、スカルゴのその過剰な【特殊技能(エクストラスキル)】の使用についてもね?」


 悪鬼羅刹のような黒い表情に赤い三日月みたいに哂う口に兄妹は戦慄した。


 仕事に戻るために部屋の扉を閉めて、世にも恐ろしい悲鳴をシャットアウトしたカータツは大きく伸びをして首を鳴らした。


「自業自得だ兄貴たちは」


 

私のイメージするドワーフはロー○ス島のギ○リと言うよりは、伊東岳彦さんの書くリューナイト(アデューレジェンド)に出てきた大賢者ナジー的なイメージでございます。 なんかそれだけで画面がコミカルに。


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