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 ロッシがたまり場にしている、捨てられた建物から2人が出ると、直樹は急いでバイクにカギを差しエンジンを掛けた。


 私が見ている前で、お兄ちゃんは自分のフルフェイスのヘルメットを被る、勿論オリジナルのペイントが描かれているの。ヘルメット全体に一羽のように二羽の鳳凰が翼を広げていた。


 『次は何?』


 もうトラブルは沢山、私はこのまま帰りたい。


 「もうちょっとだけ付き合え、いいもの見せてやるから……な?」


 優しい声と顔の直樹に奈保子は肩をすくめて、先にバイクに跨っている兄の後ろに奈保子も乗った。


 ずるい、その顔をされたらお兄ちゃんの言う事に私が従うのを知っている。


 小さい頃から、私を宥める時にいつもその顔で宥めた。私はだからお兄ちゃんのその表情に弱い。


 直樹の愛車が2人を乗せて動き出す、家の方向とは全くの逆方向に進む。奈保子はまだお家のベットとシャワーとの涙の再会は先とため息をついた。


 早くベットの枕に顔をうずめて欝な気分に浸れば、大丈夫。次の朝には爽やかな私になっているはずさ。


 完全武装のフルフェイスの下で、奈保子は乾いた笑みをうっすらと浮かべながら、バイクは山に向かって走行していく。


 道は完全に峠道の中に突入。最初はまばらに民家があったのだけれど段々に山道に入り、現在は女性の幽霊が道の端に立っていないのが不思議なくらい暗く人気の無い道をひたすら真っ直ぐに山の頂上を目指して直樹は進む。


 黙って直樹に掴まっていた奈保子も、目的地の分からない峠道に少しだけ不安になってきた。


 まるで自分の私道のように車の一つも入っていない、それもそのはずだ。現在は高速道路が造られて直樹と奈保子が通っている峠道を苦労して登る必要性は無い。


 ほんの数百円、または数千円をだせば片道2時間近く掛かる峠道を、三十分で通過できるなら皆さんもそうするでしょう。


 だがしかし、この兄は登ります!一味違うねぇ~。


 私は怖いんじゃ!!車が通らないから余り手入れされなくて左右の草木は伸びてるし!道を照らす外灯なんて存在しない。


 バイクのライトとお兄ちゃんのバイクテクニックだけが私の生命線。


 今日のお兄ちゃんは信用ならない、もしかしたらワザと転んで耐久性チェックとか言って横転しないだろうな?


***


 長いような短いような距離をバイクで走り、直樹はポツリと呟く。


 「もう着くぞ」


 そういって、数秒後には道路の脇にバイクを止めた。


 『怖いって、こんな所で止まんないで』


 ついでに、エンジンも止めると周りから夏の虫の音と草木が揺れる音しかない。超カモーン幽霊さん状態。

 

 お兄ちゃんが目で急かすから、私はバイクから降りてお兄ちゃんが降りるのを待つ。


 もしバイクが傾いて倒れそうになったら、お兄ちゃんがバイクを支える為に私が降りてからお兄ちゃんはバイクから降りる。


 意外にバイクって起こすのが大変なのだ。

 

 「ここではヘルメット被らなくてもいいぜ?」

 「ん、そうする」


 私はヘルメットを外した、ちょっとここではフルフェイスを被ったままだと流石に暗い。通気性の高いフルフェイスであろうと暑さには少し蒸れ、脱いだら顔を振って髪の毛に空気を送った。


 直樹が懐から小さめのライトを取り出すと、よく見ないと気付かない土を人の足で踏み固めた獣道を照らした。


 「いくの?」


 あれ?いつから肝試しになった?

 

 微かな希望を求めて聞いてみる。そんな奈保子を見つつ、楽しそうに直樹は頷く。


 「ああ」


 奈保子が改めて獣道をみると、ライトの一寸先は闇。風の音やゆれる木々さえも恐怖を煽る。


 「やだぁぁぁあああ!!怖いのやぁーーーー!!」


 当然の権利で拒絶を示す奈保子、そのままバイクに向かって逃げ出そうとする寸前で直樹は奈保子の腕を掴む。


 捕らえられた奈保子は半無きの顔で暴れた。


 断固反対の私!これはさっきのお不良集団に囲まれた時とは違う恐怖。リアルホラーは止めて!!


 「大丈夫だって、俺は此処に何度か行ったけど……」


 私の手を掴んで、ドンドン奥へ行く。私は唸りながら踏ん張るけどお兄ちゃんの怪力には適わない。


 今の私の姿は、さながらお風呂を嫌がる猫みたいだ。そういえばニックネームは「黒猫」だったよね?笑えない。


 前を歩くお兄ちゃんの顔は暗くて顔は、窺えないが絶対笑っている。


 「……女の叫び声しか聞いてないぞ?」


 人気なのない獣道に入ってからそんな事言うな!!


 一瞬で背筋に寒気が走り、先ほどまで踏ん張っていた奈保子が逆に直樹に引っ付いて歩く。


 その女の叫び声が後ろから聞こえそうな雰囲気に、露骨に奈保子は怯えた。


 怖い怖い怖い………。


 ガタブル震えながら、直樹に奈保子が着いて歩いくと開けた平坦な場所にでた。


 奈保子の前に一つの光りが通過する、ビックリして小さな悲鳴を上げたが、光りの正体が分かると目を見張る。


 小さな川が流れて、月明かりでも十分見渡せる。それ以前にライトと月以外に漂う光りがあった。


 無数の蛍だ。


 幽霊がでるとか、そんな恐怖心なんぞは呆気なく忘れてしまう。


 命の光りをともして、次の世代に命をつなげていく幻想的な光景に奈保子は魅入った。


 「凄い……」

 「な?俺のお気に入りの場所」


 直樹も川を見る。蛍が懸命に光りを出して雌を呼び。蛍は直樹と奈保子を歓迎するかのごとくに周囲を飛ぶ。


 暫く2人は無言で蛍を見続けていたが、ポツリと小さな声で直樹が喋り始めた。


 「俺、鳳凰学園を卒業したら留学するつもりだ」

 「え?」


 奈保子は直樹が外国の学校へ行きたいなんて、初めて聞いた。


 「前から決めていた、多分めったに帰れなくなる。鳳凰学園なら連休で家に帰れたけど、本当に年に数回しか日本へは戻らないよな…」


 直樹は背伸びをして、大きくため息をつく。


 「だから、お前には俺の見てきた大切なモンを知っていて欲しいんだ。ゴメンな俺のわがままに付き合わせて」


 直樹が大きな手で、奈保子の頭を撫でる。


 この時、兄の直樹が私を無理やりチームの皆に会わせたのか、それが分かった気がする。


 ロッシのチームもこの蛍が生息している山も、きっと今年でお別れなんだ。


 甲本家の嫡男の直樹は将来を選べない、本人も嫡男としての生き方を選んだ。だから、私に見せている。


 私は双子の妹だけど、お兄ちゃんのような重い責任は無い。家を継がないから、そして期待に応えられる兄のおかげで私の将来は自由に選択できる。

 

 明日突然に私が画家を目指そうが作家を目指そうが、許され誰も咎めない。


 そうだ、私はお兄ちゃんの甘い蜜ばっかり吸っているじゃない。


 跡継ぎではないから、女の子だからってお兄ちゃんに出来ない甘えを皆から注がれている。


 お兄ちゃんは何でも1人でこなせて、習得していくけど。私は特別に何かの才能があったわけじゃない。


 だからこそ周囲は私が可愛かった、普通の女の子として愛された。


 ホラ、多少手間が掛かるほうが成長の楽しみって感じでね。


 別に冷遇されているなんて無いけど、沢山の期待をお兄ちゃんは全部を背負っていく。そして期待と責任で一杯になり、お兄ちゃんの掌から零れ落ちていく大切なモノだってある。


 それが、チームと自由な時間。


 大学へ行くと自由な時間は無いだろうな。


 大学を卒業するとなお更に。今ですらもう18歳、ちょいと昔なら立派な成人で正式な結婚すらできる。


 直樹は大人の1人として、加藤の分家であり甲本家の嫡男とみなされ様々な場所で待遇を受ける。


 きっと、お兄ちゃんの双子の片割れである私に零れていく大切なモノを見て欲しいのだと思う。


 大切な時間の思い出を共に共有して、私がお兄ちゃんの証人になろう。


 一生の思い出になるなら、ひと夏くらいお兄ちゃんに付き合う。ロッシの副リーダーの黒猫として。


 お兄ちゃんが忙しさに紛れて思い出さなくなっても、お兄ちゃんにとって、もう1人の自分に値する私が決して忘れぬように。


 奈保子は直樹の手を握ったら、強く直樹は握り返してきた。


***


 暫く無言で蛍を見ていた2人だったが、再び直樹のアラームが鳴ったので我に返った。


 「やべっアイツが来ちまう」

 「誰?」


 直樹は急いできた道を戻り始めた、ちゃんと私の手をつないで。


 「名前は知らないただ夏休みの間だけ、この時間と場所に現れるやつがいるんだ」


 蛍がいた横道から、バイクを止めてある道路に戻ると。奈保子の背後からごっついエンジン音が遠くから響く。


 音からして、バイクだ。そのバイクが高速でこちらへ峠道を登ってくる。


 「おいでなすった、本日のメイン!何やっている、速く乗れ奈保子!!」


 嬉しそうに私の乗車を急かす、直樹は既にヘルメットを被ってバイクのエンジンを噴かせ。お兄ちゃんに習い私も慌ててフルフェイスを被り、直樹の後ろへ座る。


 直樹は奈保子が乗った瞬間にバイクを走らせて、道路の真ん中で止まった。


 後ろから来たバイクも直樹の隣にブレーキの音と一緒に止まる、奈保子が横を見ると直樹とは違うタイプのバイクと長身の男性らしい人がバイクに跨っていた。


 こんな場所に来る人も奇特なんだけど、バイクもまた個性的。


 バイクと相手のフルフェイスにゴテゴテとペイントが描かれている、しかも統一性もなく気に入ったデザインがあったら描いてたしていった感じ。


 ほら、男の子の子供が初めて買ってもらった自転車に自分でシールをベタベタはって汚くしたアレに似ていた。


 直樹もペイントが沢山飾りついた男も、バイクを横一列に並べてエンジンだけ唸らせ停止している。


 しかも……いや~に私を相手の男が見ている気がするわぁ。ペイント男もフルフェイスだったから暗くて表情を窺えない。


 私は正直、居心地わるい。何が始まるんだろう?


 って思った刹那、空気抵抗を抑える為に体制を低くしたお兄ちゃんのバイクと、ペイント男のバイクが一気にエンジンを吹かし、タイヤが急に高速回転。


 私の心の準備が整う前にフルスロットルでバイクがタイヤに悲鳴を上げさせて、道路に跡を残しつつ二台は凄い勢いで走り出した。


 世界が信じられないスピードで駆け抜けていく。


 ギャァァァァアアアアアア!!!!!


 アホ!!死ぬ!なんちゅうスピードだぁ峠道って道が細いんだぞ!?クネクネ急カーブの連続なんだぞ!?だから事故死したって怪談話の噂がよく峠道ってだけで立つんだよ!!


 今後の人生を賭けて直樹にしがみつく奈保子、エンジンが本物の獣みたいに唸り叫ぶ。ついでに私も声さえ出てないけど心では泣き叫んでいる。


 映画のワンシーン並みのカーチェイスを自分が体験するなんて、夢にも思わなかった!でも全く嬉しくないのはどうして?そりゃ死ぬかもしれないからよ!!


 自分突っ込みも冴えちゃうわ!キャー!!そんな車体を傾けて急カーブを曲がらないでぇぇ!!


 直樹は奈保子を乗せたままカーブをするために、車体を足の膝がつきそうなほどに傾ける。高速のスピードのまま。


 「落ち着け奈保子!俺に呼吸を合わせろ!」

 『そんな事言ったって…』


 直樹は前を向いたまま奈保子に叫ぶ。


 「大丈夫だ!俺とお前なら勝てる、世界中でお前しか俺と完璧に呼吸を合わせられる奴はいない」


 ちょっと唖然とした。


 まったくお兄ちゃんは……。


 奈保子は横をチラリと見ると、ほぼ同じスピードで競り合っているペイント男を見る。


 視線が合った気がする、アイツはずっと前方以外では私を見ているような…。気持ち悪うッ!


 そんで私たちに向かって、直線の安定している道でなんとハンドルから片手を外し、中指たててfuck youしちゃってきた。


 明らかに挑発だ、下品なヤツ。


 わたくしお嬢様なのでこんなタイプは嫌いですわよ?


 好感度は最初からないゼロ評価だったペイント男に奈保子はマイナスのイメージがつく。


 「ほら、気合いれろっとさ」


 直樹は嬉しそうに奈保子に言ってきた。


 フルフェイスの中で奈保子ため息をつく、意外にもこの高速移動にも慣れ始めてきた自分の適応能力が高さに驚き。


 パーフェクト超人のお兄ちゃんが操作ミスなんてするわけが無い、そう私を乗せて事故なんて死んだってお兄ちゃんがするものか。


 それよりも怖いのは今のレースに負けて、また連れてこられるかもしれない危機の方が恐ろしい。


 奈保子は早く終わらせてしまおうと直樹の腰にしがみつくだけではなく、直樹の呼吸に合わせて体を動かす。


 直樹と同じように体制を低くして、空気抵抗を少しでも減らす。カーブの時には恐れずに直樹と共に体を傾けて曲がるのを邪魔しない。


 格段にバイクの安定が上がった。奈保子には直樹と一体になった興奮を覚える。


 直樹と奈保子が蛍を見ていた場所は峠の登り道の頂上付近、今度は道が続くのに身を任せて下っていく。


 尚更、バイクは信じられない自殺をしたいのかと思わせるような速度で二台が駆け抜けていく。


 直樹の背中越しに何度か曲がったカーブよりも曲がりにくいカーブが出現、直樹に密着した奈保子にも力が篭る。


 「最後の難所だ、俺に合わせろ」


 直樹とペイントの男は同時に足でギアチェンジをして、最後の急カーブに備えた。


 接戦だった対決も此処で決着がつく。


 奈保子も真剣な顔で、息を飲み。その時を待った。


 二台のバイクは大きくカーブに車体が傾く、しかしペイントの男が乗っているバイクの方が若干曲がるのが遅かった。


 ペイントの男が見せた隙を直樹が見逃さず、曲がった先の一直線の道で加速しペイントの男のバイクよりも先に走る。


 「よっしゃ六勝四敗ぃぃ!!今日は俺の勝ちだ!」


 やっと現れた街灯の下を通過した途端に直樹が片手を離しガッツポーズを作った。


 集中していたのでどれ程走ったのか奈保子は気がつかなかったが、平坦な一線の道路になったのに気付く。


 先ほどのカーブを最後に峠道は終わったみたい、後は緩やかな道ばかり田んぼと畑が左右に並ぶ道を走る。お兄ちゃんからも力を抜く気配もあるのでレースは終了だろうね。


 私もホッと息をついた。

 

 ピッタリくっついていた後ろのバイクも速度を落として、段々とお兄ちゃんと私が乗っているバイクと距離が開く。お兄ちゃんは気にせずにそのままペイントの男を置いて行くみたい。


 「おい奈保子、アイツに挨拶してやれ」


 直樹が奈保子に言ってくる、しかし奈保子はバイク同士の挨拶というか合図なんか知らない。


 『やらなきゃ駄目?』

 「俺は腕はなせないんだぞ?お前がしてくれ、な~にお互いの健闘を称えるのは悪くないだろう?」


 そりゃそうだ。でもさ、まさか夏休みの間ずっとお兄ちゃんは私やお母さんに内緒でデットレースしてたなんて呆れるやらお兄ちゃんらしいやら……。


 今更何を言っても遅い、それよりも嬉しそうな声を出しているお兄ちゃんに水を差したくない。


 『どうすればいい?』

 「簡単だ、まず手を握って腕を伸ばせ」


 素直に直樹の指示通り、ジャンケンのグーの状態で腕を垂直に伸ばした。


 「そんで、親指を立てろ」


 ああ、それね。それなら私も知ってるわ、変な合図じゃなくて良かった。


 『こうね』


 変な合図じゃないと分かったら結構得意げに私は親指を立てた。中々友好的(?)なサインではないか、こうやって顔も名前も知らずの人と交流を持つのも素敵だと思う。


 「よしよし、そこから親指を地面に向ければ完了だ」

 『はいはい…………「死ね」になっちゃったじゃないの!!』


 警戒心ゼロの私はお兄ちゃんに言われるがままに、親指を地面にむけちゃった。誤魔化そうとしても、もう遅し。


 私の親指を地面に示す「死ね」または「地獄に落ちろ」サインは相手にバッチリ認識されただろう。


 後ろを窺っても、相手のバイクは停止してフルフェイスを脱ぐ動作をしていたが、暗さと距離がありすぎて顔の詳細までは分からない。


 祈るのは私が騙されてやっちゃった「死ね」のサインで気を悪くしないで欲しい。罪は全てお兄ちゃんにあります私は無罪でございます。


 「ははっ奈保子ぉお前やるな!」


 全てを分かった上での、この発言。応龍女子高の聖母マリアといわれた(嘘)私でも腹が立ち、操縦中の無防備なお兄ちゃんの背中をドンっと叩いた。


 「いって」

 『嘘付け、もう今日は真っ直ぐ帰るからね!』

 「はいはい、楽しかったな?」

 『楽しかったのはお兄ちゃんだけでしょう!!』


 キーッと直樹の軽い挑発に簡単に乗る奈保子は、後ろのバイクに乗っていた男こそ高校生活最後の夏休みをどん底に落す男だった……なんて直樹の背中を叩く奈保子には気づくはずも無かった。


***


 「ヒヒヒッまさか二ケツで負けるなんて、なっさけな~い」


 ペイントの男が乗っているのはレプリカ(スーパースポーツ)でかなり前屈みにはなるが、風除けが付き空気抵抗や操作性を総合すると峠道にはうってつけのバイク。


 少しでもバイクを知っている人なら、この勝負自分のレプリカを選ぶだろう。それくらい峠の勝負には強い。


 かたや今日は二人乗りだったアイツのバイクはネイキッド、風除けも無く空気抵抗は自分のよりは数段上。まっ場所を選ばずオールマイティのタイプで恐らくエンジンも改造して従来のエンジンではなく、自分と同じのを積んでいると思われる。


 お互いのバイクの種類は別として、バイクの腕と度胸は同レベルとしよう。


 しかし、相手は2人分の体重と空気抵抗のハンディがあったはずだ。


 で、負けた。


 ペイントの男はフルフェイスを脱ぐ、別にヘルメットなんて在っても無くてもどうでもいい。しかし顔を堂々とつき合わせて勝負するにはお互いの立場がセッティングしにくい立場にお互いがある。


 ここでは誰であろうとも、只の勝負仲間。


 普段なら気など使わないが、この勝負を一度きりで終わらせるのはもったいなくてお互い見て見ぬフリを続けていた。


 この場所では夏休み限定のどちらが速く峠道を下れるかを競うライバル。それ以上でもそれ以下でもない。


 一時のスリルと興奮を味あわせてくれれば、それだけで最高にハイってやつだ。


 ペイント男はハンドルにヘルメットの顎ベルトを引っ掛けると、体を前に倒し頬杖をして遠くなっていく、あいつ等のバイクの光りを見つめた。


 ペイント男の身長は直樹と同じくらい長身で、髪は長く後ろ首まで伸び染めすぎてボサボサの痛みが激しく癖のある金髪。


 しかも前髪は長く目元を完全に隠れても、綺麗な鼻筋と高い鼻と引き締まった顎の形で、よほど隠れている目の形が可笑しくない限りはハンサムと認識されるであろう。


 体もがっちりとして、細く筋肉がついている。だが首から覗ける薄い上着の襟からはタトゥー(刺青)が見えて模様は黒のトライバルタトゥー。


 タトゥーのデザインは多種多様なのだが、曲線が美しく描かれ両肩から首に向かって細い翼のようなものが見えた。


 自分の体にもペイントしているペイント男はニカッと笑う。


 「やっべ興奮してきた」


 ここで下半身が反応してもどうしょうもない、でもペイント男はニアニア先ほどの接戦を思い出すと興奮を抑えられなかった。


 「まじ可愛い猫だったな、アイツの後ろの子猫ちゃん」


 隙があれば見ていた、バイクの後ろに座っていた全身黒のレーシングスーツのフルフェイスちゃん。可愛すぎる猫のイラストも気に入った。


 猫のヘルメットを被ったアイツ、猛スピードにも怯まない大した心臓にもゾクゾクしてしまう。


 つか、あの男なのか女なのかも分からないのに可愛いのが悪い。一部の肌も露出してないのにSEXYでそそるのも責任はあっちにある。


 理不尽?んな分けないだろうがぁ、なあ?


 奈保子が聞いたら、病院が来いぃぃぃ!!なんて叫ぶだろう。


 だがしかし、ペイント男は撤回する気はサラサラ無かった。本気なのだから。


 ああ、可哀相に。自分に目をつけられて。


 「これって何だ?一目惚れってやつ~」


 今日とは違う明日が来ると思うとペイントの男は、心の底から嬉しくてどうにかなってしまいそう。


 不気味な峠道の終点で、男の腹の底から発せられた高笑いを明るい月だけが哀れな男と奈保子を見守り続けた。



やっと主要の登場人物が揃いました。奈保子が主人公にペイントの男と直樹で+αで話が展開して行くので、これで話が進みますわ。


さて最悪の夏休み、実際にはもう冬休みが近いのですが……始まります!!

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