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『伯爵家次男に転生した俺は、前世の知識で世界を変えていく』  作者: バモス
第一章 幼少期編

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111/112

第112話 同じものを作るために

 翌朝、シュゲール伯爵家の鍛冶場には、ゴルンのほかに三人の鍛冶職人が集められていた。


 作業台の中央には、《砂鉄鋼小刀・試作三号》が置かれている。硬い鋼を刃側に、粘りのある鉄を背側に使い、二つを鍛接して作った小刀だ。


 切れ味そのものは試作二号と大きく変わらない。しかし、木材や革を使った試験では刃こぼれが少なく、曲げ試験でもすぐには折れなかった。


 もちろん、欠点もある。


 作るのが難しい。


 手間がかかる。


 そして何より、今のところ安定して鍛接できるのはゴルンだけだった。


アルス「今日は皆さんにも、これと同じやり方を試してもらいたいです」


職人「俺たちがですか?」


アルス「はい」


 職人の一人が試作三号を手に取り、刃と背をじっくり観察する。


職人「親方が作ったんですよね?」


ゴルン「ああ」


職人「同じようにやれと言われてもなぁ……」


アルス「そこを調べたいんです」


職人「調べる?」


アルス「ゴルンさんだけが作れるなら、たくさん作れませんから」


 ゴルン一人が優秀でも、それだけでは技術として広がらない。


 これは長時間の製鉄で学んだことと同じだった。


 一人の職人だけに頼る仕事は、その職人がいなければ止まってしまう。


 ならば、他の職人でも同じように作れる方法を探す。


 アルスは、それを確かめたかった。


ゴルン「まずはやってみろ。失敗しても構わん」


職人「親方にそう言われる方が緊張しますよ」


ゴルン「失敗したら坊ちゃんが喜ぶぞ」


職人「え?」


アルス「喜びませんよ!?」


ゴルン「原因が分かるって喜ぶだろ」


アルス「……それはちょっと嬉しいです」


職人「やっぱり喜ぶじゃないですか」


 鍛冶場に笑い声が広がった。


 こうして、最初の試験が始まった。


 ◇◇◇


 使用する材料は、できるだけ条件を揃えた。


 硬い鋼と、粘りのある鉄。


 大きさも厚さも近いものを選び、接合面を整える。


 最初に挑戦する職人は、ゴルンのもとで長く働いている男だった。普段から農具や包丁を作っており、鍛接そのものも経験がないわけではない。


 それでも、性質の違う二つの材料を狙った位置でつなぎ、そのまま刃物へ仕上げるのは初めてだった。


 材料が炉へ入る。


 職人は炎と鉄の色を見つめる。


職人「親方、このくらいですか?」


ゴルン「俺に聞くな。自分で見ろ」


職人「そう言われましても……」


 アルスは二人を交互に見る。


 以前の自分なら、ゴルンの言葉を「職人は経験で覚えるもの」と受け止めていたかもしれない。


 しかし、今は違う。


アルス「ゴルンさん」


ゴルン「なんだ?」


アルス「ゴルンさんは、何を見て『今だ』って決めてるんです?」


ゴルン「鉄だ」


アルス「それは分かります」


ゴルン「色と、表面と、火の具合だな」


アルス「もっと詳しく」


ゴルン「詳しくって言われてもな……」


 ゴルンが腕を組む。


ゴルン「熱が足りなきゃ色が暗い。上げすぎれば鉄を傷める。表面の具合も変わる。長年やってりゃ分かる」


アルス「その『分かる』を知りたいんです」


ゴルン「面倒な坊ちゃんだな」


アルス「大事です!」


 ゴルンはため息をついたものの、炉の前へ移動した。


 そして職人と並び、加熱されている試験片を見る。


ゴルン「今はまだ早い」


アルス「どうして?」


ゴルン「色が足りねぇ」


 少し待つ。


ゴルン「今度は近い」


アルス「何が変わりました?」


ゴルン「鉄全体の色が揃ってきた。端だけ明るいんじゃ駄目だ」


アルス「全体を見る?」


ゴルン「ああ。それと表面だ」


 アルスは急いで記録する。


 ただ「十分に熱する」と書くのではない。


 どこを見るのか。


 何と何を比べるのか。


 職人の頭の中にしかなかった判断を、少しずつ言葉へ変えていく。


 やがてゴルンが頷いた。


ゴルン「今だ」


 職人が材料を取り出す。


 細かな砂を使い、接合面を合わせる。


 そして金床へ。


 カンッ、カンッと槌の音が響く。


 最初は弱く。


 材料がずれないように。


 その後、中央から外側へ向かって槌を入れていく。


 冷却後。


 曲げ試験を行った。


 ぐっ、と力を加える。


 しかし。


 パキッ。


 端の一部が剥がれた。


職人「駄目か……」


アルス「待ってください!」


 アルスが接合面を覗き込む。


アルス「全部失敗じゃないです」


職人「いや、剥がれましたよ?」


アルス「でも、こっちはくっついてます」


 接合面の中央付近は比較的しっかりつながっている。一方、端の部分は接合が弱い。


ゴルン「叩き方だな」


職人「俺の?」


ゴルン「ああ。端へ行く頃には温度も落ちてた」


 アルスが顔を上げた。


アルス「時間?」


ゴルン「それもある」


 炉から出した瞬間から、鉄は冷え始める。


 つまり、鍛接に適した状態でいられる時間には限りがある。


 温度だけではない。


 取り出してから。


 砂を使い。


 金床へ運び。


 槌を入れる。


 そこまでの動きも、結果に影響する。


アルス「急げばいい?」


ゴルン「雑になったら意味がねぇ」


アルス「速くて、丁寧に?」


ゴルン「そういうことだ」


アルス「難しい……」


職人「俺もそう思います」


 職人とアルスの意見が一致した。


 ◇◇◇


 二人目の職人は、一人目の失敗を見てから挑戦した。


 今度は、炉から金床までの動きを先に確認する。


 使う道具も手の届く位置へ置いた。


 鍛接に使う細かな砂も、必要な量を事前に準備しておく。


アルス「前より準備が増えましたね」


ゴルン「作業が始まってから探し物してるようじゃ遅ぇからな」


 アルスは頷いた。


 長時間製鉄でも同じだった。


 火が燃え始めてから木炭がないと言っても遅い。


 鍛接も、鉄を炉から出してから槌を探しているようでは温度が下がってしまう。


 作業そのものだけではない。


 作業を始める前の準備まで含めて、一つの技術なのだ。


 二人目の職人が材料を取り出した。


 今度は迷わない。


 砂。


 接合。


 金床。


 槌。


 カンッ。


 カンッ。


 カンッ。


 中央から外へ。


 前の職人より、明らかに動きが滑らかだった。


 冷ましてから曲げる。


 ぐっ。


 ぐぐっ。


 剥がれない。


アルス「おお……!」


職人「成功ですか?」


ゴルン「切ってみろ」


 接合部を切断し、断面を見る。


 大部分はつながっている。


 ただし、一か所だけ小さな隙間が残っていた。


アルス「惜しい」


ゴルン「だが一回目よりずっといい」


職人「準備だけでこんなに変わるんですね」


アルス「準備も作り方の一つなんだ」


 アルスはその言葉を手帳へ書いた。


 ◇◇◇


 三人目。


 今度は、あえてゴルンがほとんど口を出さなかった。


 代わりに。


 先ほどまでにまとめた簡単な記録を渡す。


 そこには、接合面を整えること、炉へ入れた後に見る場所、鉄全体の色が揃うのを確認すること、道具を先に準備すること、金床では中央から外へ槌を入れることなどが、短い文章と簡単な絵で記されている。


職人「これを見ながら?」


アルス「はい」


職人「親方に聞いちゃ駄目ですか?」


アルス「危ない時は聞いてください。でも、それ以外はできるだけ自分でやってみてほしいです」


ゴルン「坊ちゃんの実験に付き合ってやれ」


職人「分かりました」


 加熱。


 確認。


 取り出す。


 接合。


 鍛接。


 槌の音が続く。


 アルスは何も言わずに見守った。


 やがて試験片が完成する。


 冷却。


 曲げ試験。


 剥がれない。


 切断。


 断面。


 小さな不完全箇所はある。


 だが。


アルス「できた……」


ゴルン「ああ」


アルス「ゴルンさんが教えながらじゃなくてもできた」


 完璧ではない。


 それでも。


 紙に残した手順を見ながら、別の職人が鍛接に成功した。


 それはアルスにとって、試作三号が完成した時とは違う嬉しさだった。


 自分が作ったわけではない。


 ゴルンが作ったわけでもない。


 別の人が。


 同じ考え方を使って。


 近い結果を出した。


アルス「これなら残せる」


ゴルン「何がだ?」


アルス「技術です」


 ゴルンがアルスを見る。


アルス「ゴルンさんがいなくても、やり方が残ってたら、次の人が覚えられる」


ゴルン「紙だけで鍛冶屋にはなれねぇぞ」


アルス「分かってます」


 アルスはすぐに答えた。


アルス「紙は、ゴルンさんの代わりじゃないです」


「教えてもらったことを忘れにくくするためのものです」


 ゴルンは少しだけ目を細めた。


ゴルン「ならいい」


 職人の技を。


 紙だけですべて再現することはできない。


 槌の重さ。


 鉄から返ってくる感触。


 火の音。


 色。


 匂い。


 長年の経験。


 書けないものは、いくらでもある。


 だから。


 職人はいらない。


 そういう話ではない。


 むしろ逆だ。


 経験ある職人が持つ知識を、次の職人が学びやすくする。


 そのための手助け。


 それが手順だった。


 ◇◇◇


 午後になると、アルスたちは失敗した試験片を並べていた。


 成功したものだけを見るのではない。


 失敗したものも残す。


 最初の試験片は、端が剥がれた。


 別のものは、温度を上げすぎて材料が傷んだ。


 また別のものは、接合面に余計なものが残っていた。


アルス「成功した見本だけじゃなくて、失敗した見本もあった方がいい?」


ゴルン「俺はそう思うぞ」


アルス「どうして?」


ゴルン「初心者に『こうしろ』って言うより、『こうするとこう壊れる』って見せた方が早い時がある」


アルス「なるほど」


 アルスは失敗した試験片を手に取る。


 以前。


 粗鋼を作り始めた頃。


 失敗した鉄も比較箱へ残した。


 それが。


 後になって。


 どれほど役立ったか。


アルス「失敗も教材になるんだ」


ゴルン「きょうざい?」


アルス「教えるために使うものです」


ゴルン「また変な言葉を作ったな」


アルス「便利ですよ?」


ゴルン「まあ意味は分かる」


 成功例。


 失敗例。


 両方を並べる。


 職人たちは実際に手に取り。


 接合面を見比べる。


職人「これは端だけ剥がれてる」


職人「こっちは中に滓が残ってるな」


職人「こっちは叩きすぎじゃないか?」


ゴルン「そうだ。見て覚えろ」


 アルスは、その光景を見ながら笑った。


 自分が説明しなくても。


 職人同士で。


 話が始まっている。


 知識が。


 人から人へ。


 動き始めていた。


 ◇◇◇


 数日後。


 同じ三人の職人に。


 もう一度。


 鍛接をしてもらった。


 結果は。


 最初より。


 明らかに良かった。


 もちろん。


 全て成功したわけではない。


 材料の状態によって。


 接合が弱いものもある。


 加熱を見誤ったものもある。


 それでも。


 成功する割合は。


 少しずつ。


 上がっていた。


アルス「一回目より増えた」


ゴルン「ああ」


アルス「偶然じゃない?」


ゴルン「まだそう言い切るには早ぇが、良くなってるのは確かだ」


アルス「じゃあ、もう少し続けましょう」


ゴルン「そうだな」


 急いで商品にはしない。


 まして。


 すぐに領外へ売るつもりもない。


 まず。


 この鍛冶場で。


 同じ品質のものを。


 繰り返し作れるようにする。


 それが先だ。


 ◇◇◇


 その日の夕方。


 父カインが鍛冶場を訪れた。


カイン「今日はずいぶん人数が多いな」


アルス「鍛接の練習をしてもらってます」


カイン「ゴルン以外にも?」


アルス「はい」


 アルスは成功した試験片と、失敗した試験片を見せる。


カイン「失敗したものまで残しているのか」


アルス「こっちも大事なんです」


カイン「ほう?」


アルス「どこが悪かったのか、見て分かるから」


 カインは二つの試験片を見比べる。


カイン「なるほどな」


 そこへゴルンがやって来る。


ゴルン「坊ちゃんのせいで、失敗作を捨てにくくなりましたよ」


アルス「役に立つじゃないですか」


ゴルン「鍛冶場が狭くなる」


カイン「必要なら保管場所を決めよう」


アルス「本当ですか?」


ゴルン「旦那様まで乗らないでください」


 カインが笑う。


 それから。


 作業台に置かれた簡単な手順書へ視線を落とした。


カイン「これは?」


アルス「鍛接する時に見るところと、準備することを書きました」


カイン「これがあれば誰でもできるのか?」


アルス「いいえ」


 アルスは即答した。


アルス「鍛冶を知らない人が読んでも、たぶん無理です」


カイン「では、何のためにある?」


アルス「覚えるのを助けるためです」


 アルスはゴルンを見る。


アルス「ゴルンさんに教えてもらって、練習して、その時にこれがあれば、忘れにくくなると思います」


 カインは。


 静かに頷いた。


カイン「人の代わりではなく、人を育てるための道具か」


アルス「はい」


カイン「それなら大切にしろ」


 その言葉に。


 アルスは嬉しそうに頷いた。


 ◇◇◇


 その夜。


 アルスは自室で手帳を開いた。


 窓辺には。


 北の村でもらった花が。


 乾燥させた状態で大切に残されている。


 アルスは今日学んだことを、ゆっくりと文章にしていった。


 『ひとによって おなじ「これくらい」はちがう』


 『じゅんびも つくりかたのひとつ』


 『せいこうしたものだけじゃなく しっぱいしたものものこす』


 そして。


 少し考えてから。


 最後の一文を書く。


 『かみにかけば しょくにんがいらなくなるんじゃない。つぎのしょくにんが おぼえやすくなる』


 アルスは。


 その文章を。


 何度か読み返した。


 前世の知識を。


 この世界へ持ち込む。


 それだけなら。


 自分一人でもできる。


 けれど。


 自分だけが知っている技術は。


 自分がいなくなれば。


 そこで終わる。


 ゴルンだけができる技術も。


 ゴルンがいなくなれば。


 いつか失われるかもしれない。


 だから。


 教える。


 残す。


 実際にやってもらう。


 失敗する。


 理由を考える。


 もう一度やる。


 そうやって。


 技術は。


 人から人へ。


 受け継がれていく。


 アルスは。


 手帳を閉じた。


 だが。


 まだ一つ。


 大きな問題が残っている。


 鍛接できる職人は増え始めた。


 それでも。


 《砂鉄鋼小刀・試作三号》を一本作るためには。


 試作二号より。


 多くの時間がかかる。


 多くの工程が必要になる。


 失敗する材料も出る。


 性能は良くても。


 高すぎれば。


 農民や普通の職人には届かない。


 翌朝。


 鍛冶場へやって来たアルスを待っていたのは。


 ライムだった。


ライム「アルス様」


アルス「ライム?」


ライム「カイン様からのお話です」


アルス「お父様から?」


 ライムは。


 作業台に置かれた試作二号と試作三号を見る。


ライム「そろそろ、この二本を作るのに」


「実際にどれほどの材料と時間が必要なのか」


「調べてみてはいかがでしょう」


 アルスは。


 目を瞬いた。


 良いものを作る。


 次に必要なのは。


 その良いものを。


 人々へ届けられる形にすること。


 鋼の研究は。


 性能だけではなく。


 《作るために必要な手間と費用》という。


 新しい課題へ。


 進もうとしていた。

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