第9話 失敗が許されない場所
学園を出てから、三日が経った。
当てもなく歩いていたわけではない。
だが、行き先が決まっていたとも言えなかった。
街道を南へ。
王都から離れるにつれて、人の往来は減り、建物は低くなり、畑の手入れも荒れていく。
――豊かじゃない土地だ。
『統計的にも、発展が停滞しています』
「だろうね」
ノウマの声に、小さく返す。
学園では、「失敗」は恥で済んだ。
やり直しができたし、時間もあった。
だが、この先にあるのは――
失敗が生活を壊す場所だ。
◆
村に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。
木造の家々。
石畳ではなく、踏み固められた土の道。
人々の顔には、疲れが刻まれている。
「……旅の人か?」
声をかけてきたのは、年配の男だった。
「はい」
「珍しいな。
この辺境に、用事がある人間なんて」
正直に言うべきか、迷う。
「……仕事を、探してます」
嘘ではない。
男は少し考え込み、やがて言った。
「それなら、領主館に行け」
「領主?」
「ああ。
若いが、真面目な人だ。
今は、人手が足りてない」
人手不足。
どこも同じだ。
だが、
この村の空気には、
“切羽詰まった感じ”があった。
◆
領主館は、村の端にあった。
館と言っても、
学園の建物に比べれば、ずっと質素だ。
扉を叩くと、すぐに応答があった。
「どなたですか」
若い声。
「仕事を探しています。
学のある人間です」
少しだけ、盛った。
扉が開く。
現れたのは、二十代前半と思しき青年だった。
整った顔立ちだが、目の下には隈がある。
「……アルト・クロウです」
名乗ると、青年は目を見開いた。
「まさか」
驚きと困惑が入り混じった表情。
「王立魔法学園の……?」
噂は、早い。
「在籍していました。
今は、違います」
一瞬の沈黙。
やがて、青年は深く息を吐いた。
「……入ってください」
◆
執務室は、書類の山だった。
机の上も、床も、壁際も。
どれも中途半端に整理されている。
「改めて」
青年は頭を下げた。
「僕は、この地の領主――
カイ・ヴァレン」
その名には、聞き覚えがあった。
学園時代、
成績は中の下。
だが、真面目で、投げ出さない男。
「学園で、少しだけ」
「覚えていてくれましたか」
苦笑が返る。
「正直に言います」
カイは、机に手を置いた。
「この領地は、限界です」
唐突だが、誇張はなかった。
「収穫量は年々落ち、
災害の予測もできない。
人手も、判断力も、足りない」
彼は、まっすぐ僕を見る。
「学園でのことは聞いています。
危険な考え方をする人物だ、とも」
言葉を選んでいる。
「それでも」
一拍置いて、続けた。
「あなたは、
失敗を減らす方法を知っている」
その言葉に、胸の奥がわずかに痛んだ。
『依存の兆候が検出されます』
ノウマの声。
だが、ここで否定するのは、簡単だ。
そして――無責任でもある。
「……僕は、答えを出せません」
先に、釘を刺す。
「正解を保証することもできない」
カイは、少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「それでいい」
即答だった。
「この地では、
失敗一つで人が死ぬ」
重い言葉。
「だからこそ、
“考えないで済む正解”が欲しくなる」
彼は、自嘲気味に笑う。
「……でも、
それが一番危ないことも、分かっている」
意外だった。
彼は、分かっている。
分かった上で、頼ろうとしている。
それが、一番難しい。
◆
その夜、仮の部屋を借りた。
小さな机と、簡素なベッド。
窓の外には、闇に沈む畑。
「……ここでは、失敗できないな」
『はい』
ノウマの返答は短い。
「学園より、ずっと重い」
『判断の影響範囲が拡大しています』
「それが、怖い」
正直に言った。
『撤退も選択肢です』
「……でも」
目を閉じる。
学園での出来事が、脳裏をよぎる。
失敗しない方法。
縋る人間。
真似るという近道。
「ここで逃げたら、
また同じことが起きる」
別の場所で。
別の誰かに。
『感情が判断に影響しています』
「そうだね」
否定しない。
だが、感情を抜きにしても、
ここは“試される場所”だ。
失敗が許されない場所で、
失敗を前提に考えることができるのか。
それを、確かめずにはいられなかった。
◆
翌朝。
畑に立ち、土を握る。
乾いている。
水の巡りも悪い。
『改善案は複数存在します』
「……今日は、聞かない」
『了解しました』
ノウマが、少し間を置いて答える。
まずは、見る。
話を聞く。
判断を遅らせる。
学園とは違うやり方で。
ここでは、
正解を急ぐこと自体が、最大の失敗になる。
そのことを、
アルト・クロウは、
まだ誰にも言えないまま――
領地という現実の中へ、
一歩、踏み込んでいった。
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