第8話 去る者と、残る者
処分が下るまでの数日間は、奇妙な時間だった。
実技演習には出られない。
授業には出席していいが、発言は控えるように言われた。
誰も、はっきりとは何も言わない。
だが、空気だけが、答えに近づいていく。
『社会的隔離が進行しています』
「だろうね」
ノウマの報告に、淡く笑う。
廊下ですれ違う生徒たちは、目を逸らす者が多かった。
露骨な敵意はない。
ただ――関わりたくない、という距離。
それが一番、堪える。
◆
昼休み、図書棟の奥で、僕は老教師を待っていた。
ここなら、人は来ない。
「来てくれたか」
ほどなくして、白髪の教師が姿を現した。
「……処分、決まりそうですか」
「ほぼな」
隠しもしない。
「学園は、君を“危険ではないが、扱えない存在”と判断した」
その言葉に、妙な納得があった。
「考えることを禁じはしない。
だが、広がることは恐れる」
老教師は、静かに言う。
「それが、この場所の限界だ」
「……先生は?」
「私は、君を評価している」
はっきりと。
「だが、守りきれるほどの力はない」
それもまた、正直だった。
「一つだけ、忠告をしよう」
老教師は、杖を床に軽く突いた。
「君の考え方は、人を救う。
だが同時に、人の責任を奪う」
聞き慣れた言葉。
だが、重さは増していた。
「答えを渡すな」
再び、その言葉。
「問いを残せ。
答えは、必ず誰かのものになる」
それが、彼から受け取る最後の教えになる。
◆
その日の夕方、正式な通達が出た。
アルト・クロウ
王立魔法学園における在籍を解除する
理由:教育方針との重大な齟齬
追放。
だが、罪状は書かれていない。
罰ではなく、排除。
それが、この学園なりの結論だった。
『感情反応:低』
「自分でも、意外だよ」
もっと怒るか、悲しむと思っていた。
だが実際には、
長く息を止めていたのが、
ようやく吐き出せたような気分だった。
◆
寮を出る準備をしていると、扉が叩かれた。
「……アルト」
リュシアだった。
いつもの凛とした表情だが、
どこか硬い。
「決まったのね」
「うん」
短い沈黙。
「私は、残る」
それも、彼女らしい言葉だった。
「学園は、私に合っている」
「知ってる」
完成された者は、壊れにくい。
老教師の言葉を思い出す。
「でも」
リュシアは一歩、近づいた。
「あなたが間違っていたから、
こうなったわけじゃない」
「分かってる」
「なら、なぜ行くの?」
その問いには、少し考えた。
「ここにいると、
誰かが考えるのをやめる」
それが、一番の理由だ。
「私も?」
まっすぐな視線。
「……君は、違う」
正直に答える。
「君は、理解しようとしていた。
真似しようとはしなかった」
リュシアは、少しだけ目を伏せる。
「それでも」
顔を上げ、言った。
「私は、あなたと同じ道は行かない」
「それでいい」
この別れは、対立ではない。
分岐だ。
「でも」
リュシアは、はっきりと言った。
「……あなたが正しいかどうかは、まだ分からない」
一瞬、言葉が止まる。
「でも」
リュシアは続けた。
「間違っているとも、思えない」
「アルト」
名前を呼ばれる。
「あなたの考え方は、
完成していない」
少し、笑う。
「知ってる」
「だから」
彼女は続けた。
「どこまで行くのか、見てみたい」
それは、約束ではない。
だが、
いつか再び交差することを、
確かに予感させる言葉だった。
◆
夜明け前、学園を出る。
門は、相変わらず無駄に大きい。
『移動を開始しますか』
「うん」
振り返らない。
ここで学んだことは、
魔法じゃない。
考えることの重さだ。
それを抱えたまま、
次に向かう場所は――
まだ、何も決まっていない。
だが、確かに言える。
この先では、
誰かの答えになるのではなく、
誰かが考える理由でありたい。
その願いだけを胸に、
僕は学園を後にした。
こうして、
学園という世界は終わり、
現実という名の次の段階が、
静かに始まった。
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