第7話 責任という名前の影
翌朝、学園は静かすぎた。
いつもなら聞こえてくるはずの、
実技演習の準備音や、
廊下を走る足音がない。
まるで、
皆が何かを待っているようだった。
『不自然な沈黙です』
「うん……」
ノウマの言葉に、短く返す。
嫌な予感は、昨日から消えていない。
◆
掲示板の前に、人だかりができていた。
近づくと、紙が一枚貼られている。
【通達】
昨日の実技演習中に発生した魔力事故について、
関係生徒への事情聴取を行う。
該当者は、第三講義棟・会議室へ。
該当者。
具体名は書かれていない。
だが、視線が自然と僕に集まる。
「……行ってくる」
誰にともなく言って、歩き出す。
『精神的負荷、上昇』
「平気」
『根拠は?』
「ない」
ノウマは、それ以上何も言わなかった。
◆
会議室には、教師が三人いた。
実技担当。
学年主任。
そして――老教師。
彼がいることに、少しだけ救われる。
「アルト・クロウ」
学年主任が、淡々と名前を呼ぶ。
「昨日の事故について、
君は関与しているか」
質問は、すでに結論を含んでいた。
「直接はしていません」
僕は、正直に答える。
「助言も、指示もしていない」
「だが」
実技担当が口を挟む。
「君の“やり方”を真似た結果だと、
当人は証言している」
分かっていた。
「どういうやり方だ?」
問われる。
『簡潔に』
「完成させない、という考え方です」
教師たちの表情が、微妙に変わる。
「完成させない?」
「はい。
出力や速度を抑え、
崩れにくくする」
沈黙。
やがて、学年主任が言った。
「それは、教本にない」
「そうですね」
「危険だとは思わなかったか」
この質問は、重い。
『責任の所在を明確にしようとしています』
ノウマの分析。
「……危険だと思います」
正直に答える。
「理解せずに使えば」
室内が、さらに静まる。
「ならば」
学年主任が言う。
「なぜ、広まることを止めなかった」
喉が、きゅっと鳴った。
「止められる立場ではありません」
「だが、目立っていた」
それは、事実だ。
「結果として、
事故を誘発したとは考えないか」
――来た。
責任という名前の、影。
「……考えています」
嘘は言わなかった。
◆
「待ちなさい」
そのとき、老教師が口を開いた。
全員の視線が、彼に集まる。
「彼のやり方は、事故の原因ではない」
はっきりとした声だった。
「原因は、模倣だ。
理解なき模倣」
「だが」
実技担当が反論する。
「危険な考え方を示したのは事実だ」
「危険でない魔法など、存在しない」
老教師は、ゆっくり言う。
「我々は、失敗を前提に教えている。
ならば、考えること自体を禁じるのか?」
一瞬、誰も言葉を返せなかった。
老教師は、僕を見て言う。
「アルト。
君は、答えを与えたか?」
「……いいえ」
「ならば」
教師たちに向き直る。
「彼を断罪するのは、
思考そのものを罪にする行為だ」
重い沈黙が落ちる。
だが――
それで終わりではなかった。
◆
「結論は、後日とする」
学年主任が告げる。
「だが、君にはしばらく
実技演習への参加を控えてもらう」
事実上の、隔離だ。
「反論は?」
「……ありません」
あったとしても、
今ここで言えることではない。
会議室を出ると、廊下にリュシアが立っていた。
待っていたのだろう。
「……聞いた」
短い言葉。
「ごめん」
それは、彼女らしくない言葉だった。
「君が謝ることじゃない」
「分かってる」
それでも、彼女は続ける。
「でも――
あなたが矢面に立つ形になった」
否定できない。
「私は、何も言わない」
その宣言は、冷たくも、誠実だった。
「でも、
あなたが間違っているとは思わない」
それだけ言って、彼女は背を向ける。
庇わない。
だが、切り捨てもしない。
それが、彼女の選択だった。
◆
寮に戻り、ベッドに腰を下ろす。
「……こうなるか」
『予測範囲内です』
ノウマの声は静かだった。
「追放される?」
『可能性は高いです』
「そっか」
不思議と、恐怖はなかった。
むしろ――
ここに居続ける方が、
何かを壊してしまう気がしていた。
『後悔はありますか』
「あるよ」
即答した。
「でも、戻りたいとは思わない」
『……記録します』
その言葉に、少しだけ笑った。
学園は、答えを出そうとしている。
それが、
思考を許す答えか、
排除する答えかは、
まだ分からない。
だが一つだけ、確かなことがある。
――ここでの選択が、
僕の進む道を決める。
学園の外へ向かう道を、
静かに、確実に。
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