第6話 真似るという近道
エリオと話した翌日から、学園の空気はさらに微妙なものになった。
露骨な変化はない。
だが、確実に何かがずれている。
実技演習場に集まる生徒たちの視線が、
まず教師ではなく――僕に向くようになっていた。
『注視率、上昇中』
「嬉しくないな……」
『同意します』
ノウマの声も、どこか硬い。
◆
その日の課題は、火球の安定維持。
生成して終わりではなく、
一定時間、形を保ち続ける訓練だ。
失敗する生徒は多かった。
火球が揺れ、
歪み、
最後は霧散する。
「焦るな。出力を上げすぎるな」
教師が何度も同じことを言う。
だが、生徒たちはどこか上の空だった。
――違う。
彼らは、教師の言葉ではなく、
別の“成功例”を探している。
◆
「……見てろ」
低い声が聞こえた。
振り返ると、同じ班の生徒――マルクが前に出ていた。
彼は、実技の成績が振るわないことで有名だ。
努力はしているが、結果が伴わない。
詠唱が始まる。
声の抑え方。
詠唱の区切り。
魔力の集め方。
――僕の動きに、似ている。
『模倣が始まっています』
ノウマの声が、低く告げた。
マルクは、慎重に詠唱を進める。
速度を落とし、
出力を抑え、
途中で調整を入れる。
火球が生まれた。
小さいが、形は安定している。
「……できた!」
周囲がざわめく。
成功だ。
少なくとも、表面上は。
だが――
『不整合を検知』
次の瞬間。
火球が、不自然に縮んだ。
「え?」
魔力が行き場を失い、
内側に圧縮される。
「下がれ!」
教師の叫び。
火球は弾けるように消え、
衝撃波が走った。
マルクは尻もちをつき、
咳き込みながら息を整える。
幸い、怪我はなかった。
だが、空気は凍りついていた。
◆
「今のは――」
教師が厳しい声で言う。
「誰のやり方だ」
視線が、一斉に僕へ向く。
心臓が、嫌な音を立てた。
「違います」
咄嗟に、マルクが声を上げた。
「俺が……勝手にやりました」
その言葉は、必死だった。
だが、教師の視線は外れない。
「君」
僕に向けて、言う。
「説明できるか」
『回答は慎重に』
ノウマの警告。
僕は、ゆっくりと口を開いた。
「……途中まで、合っていました」
正直な言葉だ。
「でも、余白を残す意味を、
理解していなかった」
教師は眉をひそめる。
「余白?」
「調整の余地です。
完成させない、という選択」
ざわめきが広がる。
――完成させない?
それは、この学園では異端の発想だった。
「……つまり」
教師は言葉を選ぶように言う。
「君のやり方は、
真似すると危険だと?」
「危険、というより……」
言い切るべきか、迷う。
『明確化を推奨します』
「理解せずに使うと、壊れます」
その場が、静まり返った。
◆
演習は中断された。
生徒たちは、ひそひそと囁き合いながら解散していく。
マルクは、俯いたまま去っていった。
――彼は、悪くない。
悪いのは、
「失敗しない形」だけを見せてしまった僕だ。
『自己責任と他者影響の境界は、曖昧です』
「慰めてる?」
『分析です』
相変わらずだ。
◆
演習場の隅で、リュシアが立っていた。
いつから、見ていたのか。
「……今の」
彼女は、静かに言った。
「あなたのやり方を、
“完成形”だと思ったのね」
「違う」
「分かってる」
リュシアは首を振る。
「だから、私は真似しない」
その言葉に、少しだけ救われる。
「未完成のまま使うには、
覚悟がいる」
彼女は続けた。
「失敗を引き受ける覚悟が」
――さすがだ。
『完成形は、未完成を正しく恐れています』
ノウマの評価。
リュシアは、僕を見た。
「あなたは、その覚悟を
他人に背負わせてしまう」
責める口調ではない。
ただの事実確認だ。
「……そうだね」
否定できなかった。
◆
その日の夜。
寮の部屋で、僕は一人、ノートを開いていた。
ページの端に、
大きく×をつける。
――真似させるな。
――答えに見える形を残すな。
老教師の言葉が、頭の中で反響する。
『……十分な予測データがありません』
一拍置いて、続く。
『不確実ですが、強い反発が起こる可能性があります』
「追い出される、かな」
『可能性はあります』
淡々とした答え。
だが、不思議と怖くはなかった。
むしろ――
ここに居続ける方が、
何かを壊してしまいそうだった。
失敗しない近道は、
誰かを救う。
同時に、
考える理由を奪う。
その事実から、
もう目を逸らすことはできない。
学園は、静かに次の段階へ進んでいる。
そしてその中心に、
意図せず置かれてしまったのが――
他ならぬ、僕自身だった。
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