第5話 縋るという選択
その日から、視線の質が変わった。
以前は、
――気味が悪い
――なぜ失敗しない
そんな距離のあるものだった。
今は違う。
もっと近くて、
もっと切実だ。
「……アルト」
昼休み。
中庭の片隅でノートを開いていると、控えめな声がかかった。
顔を上げると、見覚えのある男子生徒が立っていた。
同じクラスだが、あまり話したことはない。
名前は、確か――エリオ。
成績は悪くない。
座学では真面目で、ノートも丁寧。
だが、実技になると結果が出ない。
昨日の演習でも、
彼は三度失敗していた。
「なに?」
できるだけ、普通に返す。
エリオは少し迷ってから、言った。
「……教えてほしい」
来たか、と内心で思った。
『依存兆候:中』
ノウマの声が静かに響く。
「何を?」
分かっていて、聞き返す。
「失敗しないやり方」
その言葉は、震えていた。
「俺、ちゃんとやってるんだ。
詠唱も覚えたし、手順も間違えてない」
それは本当だろう。
彼の努力は、見ていれば分かる。
「でも、できない」
エリオは拳を握りしめる。
「みんな失敗してるのに、
お前だけ、いつも成功してる」
責める口調ではない。
むしろ――縋るような響きだった。
◆
「……一緒にやろうか」
僕は、そう言った。
教えない。
だが、突き放しもしない。
演習場の端。
人の少ない場所。
エリオが詠唱を始める。
途中までは、悪くない。
だが、②の段階で魔力が揺れる。
「止めて」
僕は、すぐに言った。
エリオは驚いた顔でこちらを見る。
「最後までやらない」
「でも……」
「崩れかけてる」
彼は、言われた通り詠唱を止めた。
魔力が霧散し、何も起きない。
「……失敗じゃないのか?」
「失敗する前に、止めただけ」
エリオは呆然としている。
「もう一度。
今度は、速さを落として」
「え?」
「完成させようとしないで」
エリオは戸惑いながらも、再度詠唱を始めた。
ゆっくり。
一語一語を確かめるように。
火球は、出なかった。
だが――暴走もしなかった。
「……できてない」
「うん」
僕は頷く。
「でも、壊れてない」
エリオは、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言う。
「……それで、いいのか?」
その問いに、胸が少し痛んだ。
「すぐに結果が欲しい?」
彼は、黙って頷いた。
当然だ。
ここは学園で、評価される場所だ。
「でも」
僕は続ける。
「今まで、何度も失敗したよね」
「……ああ」
「それでも、続けてる」
それは、才能とは別の強さだ。
「壊さずに続けられるなら、
そこから考えられる」
エリオは、唇を噛みしめる。
「……お前みたいに、なれる?」
その言葉は、
希望と依存の境界線にあった。
『回答には注意が必要です』
ノウマの警告。
僕は、深呼吸してから答えた。
「なれない」
はっきり言った。
―本当は、別の言葉を探していた。
だが、それは嘘になる気がした。
エリオの肩が、びくりと震える。
「僕は僕だし、
君は君だ」
視線を逸らさず、続ける。
「同じ結果を、同じ形で出す必要はない」
「……じゃあ、俺は?」
「君の形を探すしかない」
残酷に聞こえるかもしれない。
だが、これ以上優しい言葉は嘘になる。
◆
その様子を、少し離れた場所から見ている視線があった。
リュシアだ。
腕を組み、黙って見ている。
評価でも、警戒でもない。
確認だ。
エリオは、深く頭を下げた。
「……ありがとう」
「まだ、何も教えてない」
「それでも」
彼は、小さく笑った。
「少なくとも、
“できない理由”は、分かった気がする」
去っていく背中は、少しだけ軽く見えた。
『依存兆候:低下』
ノウマの声が告げる。
だが、安心はできなかった。
◆
その夜。
寮の部屋で、僕は天井を見つめていた。
「これで、よかったのかな」
『最適ではありません』
ノウマは即答する。
「だよね」
『ですが、破綻はしていません』
それは、慰めにも、警告にも聞こえた。
エリオは、考える道を選んだ。
だが、全員がそうするとは限らない。
失敗を恐れる人間は、
必ず――答えを欲しがる。
そして、その答えに、
似せたものを作ろうとする。
僕は、ノートを閉じる。
今日、差し出したのは、答えじゃない。
だが、答えに見える何かだったかもしれない。
『次の変化点は、近いです』
ノウマの声が、静かに告げた。
学園は、まだ壊れていない。
だが――
縋るという選択が生まれた時点で、
歯車は、もう回り始めていた。
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