第4話 失敗の意味を知る人
その日の実技演習は、いつもより早く打ち切られた。
理由は単純だった。
――失敗が、多すぎた。
火球が途中で霧散し、
詠唱が詰まり、
魔力が制御を失いかける。
補助教員が何度も前に出て、場を落ち着かせる。
「今日はここまでだ」
教師の声には、わずかな疲労が滲んでいた。
失敗自体は珍しくない。
この学園では、むしろ日常だ。
だが今日は違った。
失敗の回数ではなく、
失敗の仕方が、どこかおかしい。
同じところで詰まり、
同じ順番で崩れ、
立て直そうとして、さらに悪化する。
まるで――
考える前に、何かを“なぞっている”ようだった。
『周囲の思考密度が低下しています』
「それ、どういう意味で使ってる?」
『自分の判断より、成功例を優先している可能性があります』
……成功例。
胸の奥が、わずかに重くなる。
◆
演習場を出ようとしたところで、声をかけられた。
「君」
振り返ると、白髪の老教師が立っていた。
魔法理論担当――という肩書きだが、
実際の授業は神話や過去の逸話がほとんど。
学園の中でも、浮いた存在だ。
「少し、時間はあるかね」
「……はい」
断る理由はなかった。
老教師はゆっくりと歩き出す。
僕は、半歩遅れてその隣についた。
「君の魔法は」
唐突に、そう切り出された。
「派手ではないな」
「よく言われます」
「だが、崩れない」
足を止め、こちらを見る。
「なぜだと思う?」
問いだった。
『即答は避けてください』
ノウマが静かに告げる。
僕は少し考えてから答えた。
「完成させていないからでしょうか」
老教師は、意外そうに目を細めた。
「ほう」
それだけで、続きを促してくる。
「出力も速度も、限界まで上げない。
余白を残して、戻れるようにしています」
老教師は、しばらく黙っていた。
そして、ふっと小さく笑った。
「……懐かしいな」
「え?」
「昔、同じことを考えた」
胸の奥が、わずかにざわつく。
「魔法を理屈で解体しようとした。
成功率を上げ、再現性を持たせようとした」
「結果は……?」
「失敗だ」
即答だった。
「理論は形になった。
だが、人がついてこなかった」
老教師は、遠くを見るような目をする。
「人はな、理解する前に答えを欲しがる。
考える前に、真似をする」
今日の演習が、脳裏に浮かぶ。
「君の魔法は、優しい」
老教師は続けた。
「失敗しにくい。
才能のない者でも、立てる場所を作る」
「それは……」
「だが」
言葉を遮られた。
「失敗を奪うことにもなる」
その一言が、胸に突き刺さる。
「失敗は、痛い。
恥ずかしくて、怖い」
老教師の声は静かだった。
「だが、考える理由になる」
視線が、真っ直ぐ僕を捉える。
「君がいると、
人は“考える前に、君を見る”」
『警告内容:重大』
ノウマの声が低くなる。
「……それでも」
僕は、絞り出すように言った。
「失敗し続ける人もいます」
「いるとも」
老教師は頷く。
「だから難しい」
一拍置いて、はっきりと言った。
「答えを渡すな」
その言葉は、重かった。
「考え方を示すのはいい。
だが、答えに見える形で示すな」
老教師は背を向ける。
「君は、もう目立っている」
良くも、悪くも。
去り際、振り返って一言。
「天才の少女――リュシアだったか。
あの子は大丈夫だ」
「……どういう意味ですか」
「完成している者は、簡単には壊れん」
そう言って、老教師は歩き去った。
◆
一人になった演習場で、僕は立ち尽くしていた。
失敗しない魔法。
考えなくても使える方法。
それは、
誰かを救う形にもなり得るし、
誰かの努力を奪う刃にもなり得る。
『あなたの行動は、最適解ではありません』
「分かってる」
『ですが、完全な誤りでもありません』
ノウマの言葉は、珍しく曖昧だった。
「……難しいな」
『はい。
人が考えるという行為は、極めて非効率です』
少し間を置いて、続く。
『ですが――
だからこそ、価値があります』
その評価に、胸の奥がわずかに軽くなる。
僕はノートを閉じ、立ち上がった。
失敗しないという異物は、
確実に、この学園の思考を揺らし始めている。
次に何が変わるのか。
それは、魔法そのものではない。
――人の在り方だ。
そして、その中心に、
自分が立っているという事実から、
もう目を逸らすことはできなかった。
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