第3話 失敗しない理由
実技演習のあと、教室の空気は微妙に変わっていた。
露骨に騒がしいわけではない。
だが、静かでもない。
視線が増えた。
それも、好意的なものばかりではない。
「……また失敗しなかったな」
「詠唱、下手なのに」
「ずるくないか?」
そんな声が、机の向こうから聞こえてくる。
――ずるい、か。
『感情的反応が増加しています』
「だろうね」
ノウマの声に、内心で頷く。
この学園では、
失敗すること自体は珍しくない。
むしろ、失敗を繰り返して上達するのが“正しい道”だ。
だからこそ――
下手なのに失敗しない存在は、居心地が悪い。
◆
午後の座学は、いつも通りだった。
教師が神話を語り、生徒が書き写す。
「火とは神の怒りであり――」
誰も疑問を挟まない。
誰も「なぜ」を口にしない。
僕はノートの端に、小さく図を書いていた。
今日の実技を、思い出しながら。
そのとき、横から視線を感じる。
リュシアだ。
彼女は机に向かっているが、
意識は完全にこちらに向いている。
『観察されています』
「分かってる」
視線が合うと、彼女は逸らさなかった。
逃げない。
それだけで、彼女がどんな人間か分かる。
◆
昼休み。
中庭の隅で、僕は一人ノートを開いていた。
そこに、足音。
「……やっぱり、ここにいた」
リュシアだった。
「探してたの?」
「いいえ」
即答。
「ただ、話したかっただけ」
それはそれで、十分に重い。
彼女は僕のノートをちらりと見た。
「それ、演習の?」
「うん」
「失敗しなかった理由?」
核心を突く。
『回答には注意が必要です』
「分かってる」
僕はノートを閉じた。
「完成させないようにしてるだけだよ」
正直に答えた、つもりだった。
だが、言葉にした瞬間、
――これでいいのか、という迷いが胸をかすめる。
完成させていない。
それは、逃げではないのか。
それでも、他に言いようがなかった。
「それが聞きたいの」
リュシアは、真剣だった。
「どうして、あんなに不器用なのに、
あなたは一度も崩れなかったの?」
不器用。
否定しない。
「あなたの魔法、完成してないって自分で言うの?」
「言うよ」
事実だから。
「完成させると、失敗する余地がなくなる」
「それの何が悪いの?」
「悪くはない」
ここは、はっきりさせる必要があった。
「君の魔法は、完成してる。
だから強いし、綺麗だし、正確だ」
リュシアは黙って聞いている。
「でも、完成してる魔法は、
“その形”でしか成立しない」
ノートを開き、簡単な円を描く。
「僕のは、未完成だ。
だから、多少ズレても戻せる」
「……余白、って言ってたわね」
「そう」
リュシアは、しばらく考え込んでいた。
やがて、静かに言う。
「あなたの魔法は、
失敗してきた人たちのための形ね」
その言葉に、少しだけ驚いた。
『認識が深化しています』
「そうかもしれない」
僕は正直に答えた。
「才能がある人には、必要ないやり方だ」
リュシアは小さく息を吐く。
「……だから、あなたは派手じゃないのね」
「うん」
「でも」
顔を上げ、まっすぐ僕を見る。
「だからこそ、
見過ごせなかった」
その視線に、
胸の奥が少しだけざわつく。
◆
「ねえ」
リュシアが言った。
「あなたの名前、まだ聞いてなかった」
「……アルト」
一瞬の間。
「アルト・クロウ」
彼女は、その名前を噛みしめるように口にする。
「私はリュシア。
リュシア=エル=フェイン」
「知ってる」
「でしょうね」
小さく笑う。
それは、余裕ではなく、
どこか照れを隠す仕草だった。
「アルト」
「なに」
「あなたのやり方を、
真似しようとは思わない」
はっきりとした言葉だった。
「私には、私の完成形がある」
「それでいい」
心から、そう思った。
「でも」
彼女は続ける。
「失敗しない理由を、
理解できないままなのは嫌」
それは、教えを乞う言葉ではない。
並び立とうとする言葉だった。
『相互影響度が上昇しています』
「難しい言い方だな」
『ですが、健全です』
ノウマのその評価に、少しだけ救われる。
◆
リュシアが去ったあと、
僕は中庭に一人残った。
失敗しない魔法。
未完成の魔法。
それは、
誰かを救う形にもなり得るし、
誰かの努力を否定する刃にもなり得る。
今日、失敗した生徒たちの顔が浮かぶ。
そして、
その視線が、次はどこに向くのかも。
『次の変化点は近いです』
ノウマの声が、静かに告げた。
僕はノートを閉じ、立ち上がる。
――まだ、この学園は静かだ。
だが、
失敗しないという異物は、
確実に波紋を広げ始めていた。
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