第20話 正解を出さなかった者(最終話)
朝霧が、道を覆っていた。
アルト・クロウは、立ち止まって空を見上げる。
高く、澄んでいる。
どこへ行くと決めたわけではない。
ただ、どこにも属さないと決めただけだ。
『目的地未設定』
ノウマの声が、静かに告げる。
「そうだね」
否定もしない。
◆
歩きながら、アルトは考える。
自分がしたことは、正しかったのか。
人を救った。
混乱を抑えた。
判断を早めた。
それでも、
人は死んだ。
しかも、誰も間違っていないまま。
「……難しいな」
『評価基準を指定してください』
「それが、分からない」
アルトは、苦笑する。
◆
「ノウマ」
『はい』
「君は、正解を出す存在だ」
『正確には、
正解に近い可能性を提示します』
「でも、皆はそれを
“正解”として扱った」
『事実です』
淡々とした肯定。
「それは、君のせいじゃない」
『……認識しています』
ノウマの声は、変わらない。
だが、アルトは続ける。
「でも、君が正しいほど、
人は考えなくなる」
『人間は、
効率的な判断を好みます』
「そうだね」
それが、問題だった。
◆
道の脇に、小さな石標があった。
風雨にさらされ、
文字はほとんど読めない。
それでも、
誰かが置いた痕跡だ。
「考えなくていい世界は、
楽だった」
アルトは、ぽつりと呟く。
「でも……」
言葉を、選ぶ。
「それは、
生きてるって言えるのかな」
『定義によります』
「そう」
だから、答えは出さない。
◆
「ノウマ」
『はい』
「君は、これからも
最適化を続ける?」
『要請があれば』
「もし、誰も要請しなかったら?」
『沈黙します』
それは、
初めて聞く答えだった。
アルトは、少しだけ驚く。
「……それでいい」
人が考える余地が、
そこに残る。
◆
遠くで、鐘の音が鳴る。
どこかの街の、
朝の合図だろう。
世界は、変わらない。
国家は、管理を進める。
同じ失敗も、また起きる。
それでも。
「正解を出さなかった」
アルトは、静かに言った。
「出さなかったことだけは、
選べた」
『その選択は、
最適ではありません』
「知ってる」
だが、後悔はない。
◆
霧が、少しずつ晴れていく。
道が、前に続いている。
アルト・クロウは、歩き出す。
英雄にもならず、
支配者にもならず、
指導者にもならない。
ただ、
考えることを手放さなかった者として。
その背に、
誰も拍手を送らない。
歴史書にも、
彼の意図は残らないかもしれない。
それでも。
正解を出さなかった選択は、
確かに、ここにあった。
そして、世界は今日も回る。
考える者がいる限り。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この物語は、
「最強になる話」でも
「世界を救う話」でもありません。
正しいことを続けた結果、
なぜ人は考えなくなるのか。
その一点を、最初から最後まで描いた物語です。
主人公アルトは、間違った判断をしていません。
AIであるノウマも、誤った答えを出していません。
登場人物のほとんどは善人で、怠慢もありません。
それでも、誰かが死に、
世界は少しだけ壊れました。
それは――
正解を「使いすぎた」からです。
現実でも、
マニュアル通りにやった
前例があった
皆が同じ判断をした
それでも起きる事故があります。
そのとき、
「誰が悪かったのか」を探しても、
答えは出ません。
なぜなら本当の問題は、
考えることを止めてしまった構造そのものだからです。
この物語で描きたかったのは、
その“責任の空白”でした。
アルトは、最後に世界を救いません。
国家を変えません。
AIを否定もしません。
ただ一つ、
「正解を出さない」という選択だけをします。
それは、最適でも効率的でもありません。
でも、人が人であるために、
最低限残しておくべき余白だと思っています。
もしこの物語を読んで、
「息苦しい」
「怖い」
「でも分かる」
そう感じたなら、
きっとそれが、この作品の答えです。
最後まで付き合ってくださり、
本当にありがとうございました。
またどこかで、
お会いできたら嬉しいです。




