第2話 天才の完成形
実技演習場には、独特の緊張があった。
円形に区切られた床。
中央に立つ生徒が、順番に火球を生成していく。
「次、第三班」
教師の声に呼ばれ、一人の男子生徒が前に出た。
詠唱が始まる。
声量は十分、動きも教本通り。
だが――途中で言葉が詰まった。
「……っ」
火花が散り、魔力が霧散する。
「失敗だ。最初からやり直せ」
教師は淡々と言う。
珍しい光景ではない。
次の生徒も、火球は出たが形が歪み、すぐに消えた。
その次は、魔力が暴走しかけ、補助教員が慌てて制止する。
「焦るな。
魔法は才能だが、制御は訓練だ」
教師の言葉に、生徒たちは黙って頷く。
――失敗するのは、当たり前。
この学園では、それが前提だった。
◆
そして、彼女が前に出た。
リュシア。
その名が、まだ呼ばれなくても分かる。
姿勢に無駄がない。
魔力が、静かに、だが確実に集まり始める。
詠唱は澄み、よどみがない。
一音も無駄がなく、まるで整えられた旋律だ。
火球が生まれる。
大きさ、熱量、密度。
どれも申し分ない。
しかも一度で成功。
調整も、やり直しも必要ない。
「理想的だ」
教師が頷く。
「これが、完成例だ」
拍手が起こる。
誰も異論はない。
リュシアは一礼し、静かに戻る。
その表情には、当然という自信があった。
――彼女は、失敗しない側の人間だ。
◆
「次、アルト・クロウ」
名前を呼ばれ、僕は一歩前に出た。
正直、居心地は悪い。
さっきまでの流れで、期待値は限りなく低い。
詠唱を始める。
……噛みそうになる。
声は小さく、所作もぎこちない。
周囲から、かすかな失笑。
『①は問題ありません。
②に集中してください』
ノウマの声が、頭の奥で淡々と響く。
――性質を、ずらす。
魔力が、ゆっくりと集まる。
速くない。
美しくもない。
だが、止まらない。
掌の上に、小さな火球が生まれた。
派手さは皆無。
熱量も最低限。
けれど――崩れない。
「……合格」
教師が少し首を傾げながら言った。
「出力は低いが、安定している」
ざわり、と空気が揺れる。
「また、あいつか」
「地味なのに失敗しない……」
「さっきの人たち、やり直してたのに」
そう。
僕は上手くない。
だが――失敗しなかった。
◆
そのとき、視線を感じた。
リュシアだ。
こちらを、はっきりと見ている。
称賛でも、軽蔑でもない。
確認するような目だった。
休憩時間。
水を飲んでいると、彼女が近づいてきた。
「あなた」
声は落ち着いている。
「さっきの魔法」
「……何か問題でも?」
「いいえ」
即答だった。
「問題はない。
むしろ、正確」
意外な評価だった。
「でも」
彼女は一瞬、言葉を選ぶ。
「遅いし、綺麗じゃない」
「否定しない」
「それなのに、どうして失敗しないの?」
そこだ。
『核心質問です』
ノウマが静かに告げる。
「君は、一度で完成させる」
僕は答える。
「僕は、完成させない前提でやってる」
リュシアは眉をひそめた。
「意味が分からない」
「失敗しないように、余白を残す」
少し考え、補足する。
「速さも、出力も、ぎりぎりまで上げない。
だから、崩れにくい」
彼女は、僕の手元を思い出すように視線を落とした。
「……確かに」
小さく、そう呟く。
「あなたの魔法は」
顔を上げ、続ける。
「“完成してない”」
それは、貶し言葉ではなかった。
「うん」
僕は頷く。
「完成してないから、失敗しにくい」
沈黙。
やがて、リュシアは言った。
「私のは、完成してる」
「そうだね」
「だから、失敗しない」
「そう」
彼女は、少しだけ視線を逸らす。
「……でも」
そして、はっきりと言った。
「あなたのやり方、
才能がない人でも立てる場所を作ってる」
それは、評価だった。
『対等な認識が成立しました』
ノウマの声が、静かに響く。
僕は、少しだけ肩の力を抜く。
「教えるつもりはないよ」
念のため、言っておく。
「考え方が違うだけだ」
リュシアは、しばらく僕を見てから、言った。
「……それでも」
「うん」
「同じものを、違う見方で見るのは――悪くない」
そう言って、彼女は踵を返した。
このとき、僕は気づいていなかった。
失敗しない魔法が、
失敗してきた人間たちの目に、
どう映るのかを。
それが、
この学園で最初に生まれる歪みだということを。
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