第19話 国家の言葉
報告書は、三枚だった。
紙質は上等。
文字は整っている。
感情を挟む余地は、どこにもない。
◆
「……地方での一時的安定」
エレナ・ヴァルハイトは、淡々と読み上げた。
「非公式な判断手法の存在」
「中心人物の関与」
「小規模事故の発生」
「当該人物の自主的撤退」
事実だけが、並んでいる。
そこに、
“なぜ”は書かれていない。
「中心人物――アルト・クロウ」
名前を口にした瞬間、
会議室の空気が、わずかに動いた。
「王立魔法学園出身。
特筆すべき戦闘能力なし。
魔力量、平均的」
エレナは、顔を上げる。
「にもかかわらず、
判断が集約されていた」
それが、問題だった。
◆
「つまり、個人依存だ」
グラント・ロウが、短く言った。
「危険ですね」
エレナは、即座に否定も肯定もしない。
「再現性は?」
「不明」
別の官が答える。
「手法は、文書化されていません」
「ただし、簡易な行動指針は存在」
「……指針?」
「現場で作られた、覚え書きです」
エレナは、書類に目を落とす。
箇条書き。
短文。
余白だらけ。
「即効性のある対応のみ」
「長期的管理は、ほぼ考慮されていない」
彼女は、静かに結論づけた。
「未成熟」
◆
「だが、結果は出ている」
グラントが、腕を組む。
「一時的とはいえ、
混乱は抑えられた」
「事故も、小規模だ」
「それを、どう評価する?」
エレナは、少し考えてから答える。
「危険だが、価値はある」
即断だった。
「管理できれば、だがな」
グラントが、口角を上げる。
「本人は?」
「撤退済み」
「逃げた?」
「報告上は、違います」
エレナは、淡々と続ける。
「責任を取った、とも読める」
それは、
彼女なりの最大限の評価だった。
◆
書記官リオネルが、静かに筆を走らせる。
議事録には、こう記される。
——個人に依存する判断体系は危険
——だが、一定条件下で有効
——当該人物の思想は、管理対象とする
そこに、
“考えることをやめた理由”は、
一行も残らない。
◆
「呼び戻すか?」
グラントが、問いかける。
「いずれは」
エレナは、即答しなかった。
「まずは、観測が必要です」
「彼がいない状態で、
同じ仕組みがどう動くか」
「動かなければ?」
「それも、重要な情報です」
彼女は、冷静だった。
国家は、
思想を理解する必要がない。
理解できないものは、
分類し、管理すればいい。
◆
「結論をまとめます」
エレナは、会議を締める。
「アルト・クロウは、
英雄ではありません」
「反逆者でもない」
「ただし――」
一拍置いて、続ける。
「放置できる存在でもない」
それが、国家の言葉だった。
◆
その頃。
アルト・クロウは、
国家の会議など、知る由もなく。
静かな道を、一人で歩いていた。
背後で、
世界はすでに、
彼を“現象”として扱い始めている。
彼の意図とは、
まったく関係なく。
そしてそれは、
次に訪れる対峙の、
静かな前触れだった。
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