顔合わせは結構です
この国の歴史をもう少し深掘りしたい、と思って部屋から出た。自分の力についても知りたいし、この国の歴史についても知っておきたい。
蔵書室に向かうと今日も誰もいない。みんな仕事で忙しいのだ。私のようにふらふらしている人間はいない。
本を選んで蔵書室から出ようとすると、向こうから集団が歩いてくるのが見えた。身なりで先頭に立つ人間は地位が高そうだと判断する。
嫌な集団に遭遇してしまった、と思いながらも失礼がないように頭を下げてその集団が通り過ぎるのを待つ。
早く通り過ぎてくれないかな、と思っていると足音は私の前で止まった。
「見たことのない女だな」
冷たい声だった。私が今まで聞いた中で一番温度をもたない声と言っても過言ではない。その人物が思い当たってぎくりとしてしまう。
「ギリウス王子、いかがいたしました」
「見たことのない女がいる。誰だ」
「女、顔を上げよ」
顔を上げると、王太子殿下と同じ黒い髪に青い瞳の男が何人かを引き連れて立っていた。
同じ髪の色、同じ瞳の色なのに、ずいぶん王太子殿下とは顔が違っている。王太子殿下は精悍な顔つき、と言った感じだが、こちらは冷たい顔に見える。
「名は」
「フューイと申します」
「誰の許しを得てここにいる」
「王太子殿下にお招きいただきここにおります」
そう言うとギリウス王子がはっと鼻で笑う。小馬鹿にしたような嫌な笑い方だ。それに側近たちも迎合するように笑う。
そう言う集団なのだとすぐにわかった。ギリウス王子のことを諌めることなど絶対にしないだろう。
「お前、兄上の女か」
言い方も悪い。そんな尋ね方をされて嬉しい人間なんて一人もいない。ただ、ここで否定するとならなぜ王宮に招かれていると追求されそうな気配があった。
「まあ、はい、そんなところです」
「相変わらず女の趣味も悪いな」
そう言って側近たちと笑い合うギリウス王子は、私の想像する王族、という感じだ。ライアス王国の貴族にも似たようなのがウヨウヨいた。
近づかないようにしようと思っていたことを思い出して、ギリウス王子にお辞儀をしてその場を離れようとする。
「どこに行くつもりだ」
「ご用が終わりましたかと思いまして」
「俺より先にこの場を離れようなど、無礼な女だ」
「大変申し訳ございません」
深く礼をしてこの場をやり過ごそうとする。その時、足を強かに蹴られた。声は出さずに黙ったまま礼をした態勢を崩さなかった。
そのままふん、とギリウス王子が言って私の前を通り過ぎていく。足音が遠ざかったところでやっと顔を上げてギリウス王子が去った方向へ舌を思い切り出した。
「フューイ様、こんなところにいらっしゃったのですか」
ギリウス王子が去った方向とは逆の方向から侍女のニールがそう言って近寄ってきてくれる。良かったニールがいない時で。
私の不躾に蹴りをかますくらいの方だ。私は一応王太子殿下の客人なのに。侍女に対してはさらにひどいだろう。
「探しに来てくれたんですか」
「当たり前にございます」
そう言ってニールがさあ、お部屋に戻りましょう、と言ってくれる。
ニールは私のことも王太子殿下のことも一人でしているから忙しいはずなのに、迎えにきてくれたことが嬉しくて、第二王子のことはどうでも良くなってしまった。
嘘だ。どうでも良くなってはいない。いつか痛い目を見せてやるからな、と思ってしまう。
「ギリウス王子は側近がたくさんいるのに、なぜ王太子殿下にはいないのでしょう?」
「それは」
「俺の方がはるかに強いからだ」
いきなり聞こえた声に振り向くと、王太子殿下が立っていた。驚いていると王太子殿下は何でもないことのように私たちの隣を歩く。
「何歳だったか忘れたが、一つ下のギリウスと剣の手合わせをしたことがあった」
「そうでございましたね」
ニールがにこやかに王太子殿下に向かって頷く。ニールにとっても忘れ難い出来事だったのかもしれないし、この優秀であろう侍女はなんでも覚えているのかもしれない。
「俺が本気を出す前に倒れてしまった」
「泣いて泣いて大変でしたね」
「そうなんですか」
「ギリウスの剣の腕が下手なわけじゃない」
「王太子殿下が規格外だったのですね」
「呪いのおかげだな」
その話を聞いているうちに部屋についた。私が扉を開けて中に入ろうとすると、王太子殿下が屈んで耳元に顔を寄せてくる。ニールに聞かれたくない話かと、私も顔を寄せる。
「足をどうした」
目ざとさにぎくりとしてしまうが、慌てて顔を離してにっこりと微笑んだ。ギリウス王子に蹴られたことを知ったら、王太子殿下は怒るかもしれない。そういったことに厳しそうだ。
「なんでもありません」
訝しげな顔をしていた王太子殿下が諦めるようにふ、と力を抜いた。
「何かあれば話せよ」
そう言って背を向ける王太子殿下に礼をして、ニールにお礼を言って部屋の中に入る。
椅子に座って足をみると、まだ腫れてもいないしあざになってもいないけれど赤くはなっていた。
自分より先に行こうとしただけで蹴るなんて、なんて奴だ、と思いながら力を当てると、スッと痛みが引いていった。
私はこの力があるから、痛みがあってもすぐに無くすことができる。でも他の人はそうではない。
そう思うとやっぱり周りの人間は大切にしてほしい。
「今度会ったらさっさと逃げよう」
そう決めて力を当てるのをやめた。




