第二章エピローグ
部屋の中で医学書を読んでいると、部屋の扉がノックされた。誰だろうと思って部屋の扉を開けて見ると、そこにいたのは王太子殿下だった。
「今、いいか」
「どうぞ」
テーブルに積んであった医学書を端に寄せる。王太子殿下はその医学書の数を見ると驚いたような顔をした。
「医学書か」
「はい、もっと人体に詳しくなりたいと思いまして」
「そうか」
向かいの椅子に座った王太子殿下は、私の顔を探るような目つきでじっと見た。それを真っ直ぐに見つめ返していると、あちらから逸らされる。
「リオ神がいっていただろう。まずは魔法使いシュルベルに頼むといいと」
「はい。楽と舞を、魔法使いシュルベルの故郷に奉納せよ、と言うことですよね」
「やはり、故郷はあの場所だろうか」
「きっとそうでしょう。そうでなければ、あの場所の説明がつきません」
「そうだな」
王太子殿下が沈んだような顔つきをした。それはそうだろう。あの場所の大量の墓石はあの場所で何があったのかを想像させるに容易い。私もできれば近づきたくない。
「楽は、リャトが調べてくれた。明日テセトに会いに行こうと思う」
「そうですか」
「お前も一緒にきてくれ」
「わかりました」
テセト第四王子は横笛の名手だといっていた。横笛の名手。本当にうまいのだろう。明日聞かせてもらえるだろうかと考えていると、王太子殿下がこちらをじっと見つめていることに気がついた。
「どうしましたか」
「いや、医学を学んでどうするつもりだ」
「…もしも王太子殿下の呪いが溶ければ、私はお役御免になります。その時は街で診療所でも開こうかと」
隠していても仕方がない。正直にそういうと王太子殿下の瞳が見開かれた。そんなに驚くことだろうか。
「それがお前の夢なのか」
「夢、と言いますか、食い扶持はないと困るので」
「…そうか」
それだけいって王太子殿下は黙ってしまう。なんなんだろう、と思いながら王太子殿下を見ていると、何度か口を開こうとして閉じる。そして王太子殿下がふ、と笑った。
「どうされましたか」
「勝手にな、呪いが解けた後も一緒にいるものだと思っていた」
「…」
それに何も答えられずにいると、王太子殿下がテーブルの向こうから身を乗り出して来た。思わず体をのけぞらせてしまう。
「呪いが解けた後も王宮に仕えることも考えておいてくれ」
「…わかりました」
どうしてそんなに前のめりになったのだろう。そう思って王太子殿下を見ると、姿勢を正した王太子殿下が微笑んでくる。それに怪訝な顔を返しておいた。
「テセト第四王子はどういった方なのですか」
「テセトはな、まだあれが続いているかもしれないな」
「あれ、とは」
そういって私が首を傾げると、王太子殿下が困ったように笑う。その笑顔だけで王太子殿下は何も教えてはくれなかった。
たまには馬に乗っておけよ、下手になるぞ、と王太子殿下に言われて、馬に乗るために厩舎にやってきた。馬を撫でていると、隣に人が立つ気配がする。誰だろう、と思って顔を上げると、そこにはギリウス王子とリャト王子がいた。
「お久しぶりです」
「…誰かを連れ歩けといっただろう」
「すみません」
ギリウス王子にそう言われて頭を下げる。そうすると上からため息が降ってきた。
「リャト王子もお久しぶりです」
「う、馬に乗るんですね。ぼ、僕もこれから乗るんです」
おや、と思った。どもりがマシになっている。私が気づいたことに気づいたのかリャト王子が照れくさそうに笑った。
「で、できるだけ、ひ、人と話すように、しています」
「そうですか」
そういって頷くとリャト王子も頷いてくれる。ギリウス王子はリャト王子のことを気にかけているのだろうと思うと、本当に根は悪い人ではないと思った。
「リャトは、父上から兄上と俺の補助を頼まれている」
「そうなのですか」
「は、はい。あのあと、父上から、た、頼まれました」
少し誇らしげにそういうリャト王子に、思わず微笑んでしまう。きっと王陛下はリャト王子に役目を与えることで外とのつながりを持てるようにしたのだろう。
「よかったですね」
「は、はい!精一杯努めます」
そう言ってリャト王子が自分の馬を連れてきます、とその場を離れる。ギリウス王子と二人きりになって、ぽんぽん、と馬の腹を叩いた。
「今度、お茶をしませんか」
「二人でか」
「誰か呼んでいただいても構いません」
「…二人でいい」
その言葉にギリウス王子のことを見ると、顔は見えないようにあちらを向いていた。それに微笑んでしまう私がいる。向こうから馬を連れて歩いてくるリャト王子が見えた。きっと楽しい馬の練習になると思った。




