リャトの過去
シュルベルの故郷はどこなんだろう、と寝台に寝転がって考える。やっぱりあのたくさんの墓石があったところなんだろうか、と思った。
子爵の屋敷に寄らせてもらって今は体を休めている。子爵は王太子殿下と話をしているらしい。その間も休ませてもらえるのはありがたいことだ。
ギリウス王子も、マーロ様も、リャト王子も疲れたのか馬の歩みはゆっくりとしていた。三人とも早々に部屋に入って行っていた。
太陽神リオとの会話の時、息をするのが精一杯だと言っていた。私が普通に会話ができたのは女神ティアのご加護なのかもしれない。そう思って左手につけている腕輪を触る。女神ティア、心から感謝します。
女神ティアは力を授けたものに甘いような気がする。毒も効かないし、神とも会話をすることができる。それなら、シュルベルには特に甘かったのではないか。最初の愛子は特別だったのでは。女神ティアの逆鱗に触れたと言っていた。勇者カリアスが女神ティアと普通に会話をできたとは思えない。それなら勇者カリアスが無礼を働いたのは女神ティアにではなく、魔法使いシュルベルになのでは。
寝台にゴロゴロと転がりながらそんなことを考えていると、コンコン、と扉がノックされた。誰だろう、と思いながら声をかけられるのを待っているとあの、と小さな声が聞こえた。リャト王子だ。
寝台から起き上がって、扉を開ける。そこには本を抱えたリャト王子が所在なさげに立っていた。
「どうしました?」
声をかけるとリャト王子が、あ、あの、と話し始める。
「マ、マーロが、は、話してみると、い、いいですよって」
「マーロ様が?どうぞ」
不思議に思いながらも部屋に招き入れると、リャト王子はおどおどとしながら部屋に入ってきた。暖炉の前に置かれている椅子に座るとリャト王子も座る。
何か喋り始めるんだろうか、と思って待っていると何も話さない。その代わり何度も口を開いては閉じてを繰り返している。だからずっと気になっていたことをきいてみることにした。
「質問してもいいですか」
私の言葉にリャト王子が何度も頷く。
「どうして引きこもりになったんですか」
遠回しに聞いても直球で聞いても失礼な質問だ。だから余計な言葉は省くことにした。私がそう尋ねるとリャト王子は目を軽く見開いた。それから斜め下を見た。
「り、理由が、あ、あったわけでは、な、ないんです」
無言のままリャト王子を見つめる。そうすると目があった。
「た、たまたま、そ、外に出た時に、じ、侍女が、ぐ、愚痴を言っているのを、き、聞きました」
リャト王子がまた私から目を逸らす。どもりながらリャト王子が語ってくれた内容は、私でも思い当たりそうなものだった。
侍女が言っていた悪口はギリウス王子のものだった。あの言動なら仕方ないと思う。侍女に対する態度も悪かったし、以前は気に入らないことがあると人を蹴っていた。
その時は気にも留めなかった悪口が、何度も頭の中を駆け巡るようになった。立派なギリウス王子が悪口を言われているなら、きっとリャト王子自身も言われているんだろうと思いだすまで時間はかからなかったそうだ。
そう思ってしまうと、だんだん部屋から出ることが億劫になった。それでも最初はどうにか部屋から出ていた。その時間がどんどん短くなっていき、気がついたら、
「へ、部屋の、と、扉を、あ、開けることも、こ、怖くなりました」
「それなのに、なぜ、ついてこようと思ったのですか?」
なぜリャト王子はついてこようと思ったのだろう。そしてなぜ、王陛下はそれをよしとしたんだろう。私の言葉にリャト王子が唇を柔らかく噛み締めた。その後、口を開く。
「ず、ずっと、こ、このままでは、だ、だめだと、お、思っていて、だ、だから、つ、ついていこうと」
そう言ってリャト王子が口を閉じた。そうか、ずっとあの部屋の中でリャト王子は自分のことを責め続けていたのか。あの部屋の中で自分のことを責める生活はどれほど辛かっただろう。
「えらいですね」
そう言うとリャト王子が傷ついたような顔をした。何が傷付けてしまったのだろうと、思っているとリャト王子が首を振った。
「え、えらくは、な、ないんです」
「なぜですか。部屋から出るのは勇気がいったのでは」
「ち、ちがいます。え、えらいのは、え、えらいのは、ぼ、ぼくじゃない」
リャト王子がまた首を振る。その表情はなぜか追い詰められているように見えた。
「み、みんなが、ふ、普通に、で、できていることを、ぼ、ぼくはできない。え、偉いのはぼ、僕ではない」
絞り出すようにそう言ったリャト王子に、ああ、そうか、と合点がいった。みんな普通に外に出て仕事をしたり、自分の趣味に時間を使ったりしている。その中でリャト王子はそれができなかった。だから自分が絞り出した勇気も自分で認められない。
「みんなと同じことは大切でしょうか」
「え」
「違っていてもいいのでは。それこそ私は癒しの力が使えます。でも、王太子殿下のように剣は振れない」
リャト王子が驚いたような顔で私を見る。それに微笑みかけた。
「誰しも勇気を出す場面がありますが、その場面は人によって違います。ご自身の勇気を認めてあげても良いのではないですか」
ずっとあの部屋にいて、外に出ることは怖かったはずだ。リャト王子の踏み出した一歩は大きな一歩だったはず。
「あ、ありがとう」
リャト王子はそう言って目を伏せた。私はそれに微笑んでおいた。彼の心が少しでも軽くなればいいし、自分のことを認めてあげられるといいなと思った。




