弱る
子爵の屋敷についたのは夜も更けてからだった。どうぞ、と招き入れてくれたのはみなりの整った老紳士で、ご子息も挨拶に出てきてくれた。
「スーフォン子爵、急な来訪ですまないな」
「とんでもございません。ごゆっくりお寛ぎください」
そう言ってスーフォン子爵が侍女や使用人に合図を出すと、侍女や使用人たちが動き始める。こちらへどうぞ、と言ってくれる侍女についていくと、部屋に案内してくれた。どこの屋敷も部屋数がすごい。こんなに部屋があって何に使うんだと思ってしまう。
「食事は後ほど持って参ります」
頭を下げて侍女が部屋から出ていく。ため息をついてかぶっていたマントを脱ぐ。開放感はあるけれど心許なくもなった。私は昨夜のことをまだ引きずっているらしい。
ため息をついて暖炉の前の椅子に腰掛ける。暖炉にはまだ火が入っておらず、植木鉢が置かれていた。
大きく息を吐き出して、天井を見つめる。今夜は一人で眠れるだろうか。誰かについていてもらわないと眠れないとなると話が変わってくる。もしも一人で眠れなかったら、リャト様とマーロ様の部屋で眠らせてもらおうかな、と思っていると扉がノックされた。
びくりと体が強張るのがわかる。大丈夫、落ち着け、と自分に言い聞かせて扉まで近寄ると外から声が掛かった。
「俺だ」
声は王太子殿下のものだった。扉を開くとそこに、侍女を従えた王太子殿下が立っていた。
「今日は一緒に食事を取ろうと思ってな、いいか」
「構いませんけど」
気を使ってくれているとすぐにわかった。それでも人がいてくれるのはありがたい。
侍女がテーブルの上に食事を用意してくれる。それをぼんやり眺めていると、背中を叩かれた。
「食べよう」
椅子に座って向かいで王太子殿下が食事をとるのを見つめる。王族らしい綺麗な食事の取り方だ。私も王宮に上がってすぐの頃に散々躾けられた。私が見ていることに気づいたのか王太子殿下が顔を上げる。
「どうした」
その王太子殿下を見ていたら羨ましくなってきた。自分の身を自分で守れるということのなんと大きなことだろう。ギリウス王子もリャト王子もマーロ様も最低限、自分の身は自分で守れる。そこで気づいた。
「王太子殿下、私にも鍛錬をしてくれませんか」
「…わかった。だがまずは護身術からだ」
王太子殿下があっさりと頷いてくれたことに拍子抜けをした。護身術か。それが今の私には一番必要なものだろう。そう思って頷く。
「フューイに教えるのは俺のほうがいいだろうな」
王太子殿下が独り言のように呟く。返事をもらおうとは思っていない言葉だった。それを不思議に思いながら食事を食べていると、王太子殿下が困ったように笑う。そして手を伸ばしてきた。
「困ったな」
そう言って頭を撫でる王太子殿下になんとなく何に困っているのか尋ねることができない。尋ねても返事は返って来ないだろうと思ってしまった。
食事の後も王太子殿下は何かと理由をつけて部屋にいてくれた。そしてこれから眠る時間だ。昨夜のことを思い出しそうになって首を振って追い払う。何度も思い出すと体にも心にも悪い。
大丈夫。今日は子爵の屋敷だから、あんなことは起こらないはず。そう思って寝台に潜り込むとどくどくと心臓の音がうるさい。今日も眠れないかもしれない。そう思いながら天蓋を見つめていると、部屋の扉がノックされる。
寝台を降りて近づくと、俺だ、というギリウス王子の声がした。こんな時間になんだろう、でも助かった。扉を開けると仏頂面のギリウス王子が立っていた。
「護衛をしてやる。扉の前には俺がいるから、ねろ」
それだけ言って扉が閉められる。王太子殿下と話し合ってそうなったのか独断できたのかはわからないけれど、ありがたい話だ。
でもギリウス王子が寝られないのは困る。扉を開けるとすぐそこにギリウス王子が座っていた。
「一緒に寝ませんか」
「バカなことを言うな!」
そんなに起こらせるようなことではないと思うのにそう言われて、王族だからか、と合点がいった。そう言うことをしていなくても、ゲスな勘ぐりをする人間はいる。そうすると世継ぎの問題が出てくる。
うーん、と考えて私もギリウス王子の隣に腰を下ろした。ここでなら眠れそうな気がする。
「部屋で寝ろ」
「寝るまでここにいさせてください」
「運ぶのが俺になるだろう」
「申し訳ありません」
そう言ってギリウス王子の隣で膝を抱える。廊下は寒くも暑くもなかった。人がいるという安心感からかうとうとと眠たくなり始める。寝る直前、なんとなく怖くなってギリウス王子の手を握った。
ギリウス王子はびくりと動いたけれど、何も言うことはなかった。その反応に心から感謝していると、すぐに眠りに落ちてしまった。




